著者
芳賀 健一 長谷川 隆 岸本 寿生
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.81-95, 2005-09-30

本稿は、2003年11月6日〜2004年1月22日に富山大学経済学部で開講された「応用経営特殊講義消費者金融考」についての実施報告である。日本の大学おいて、単位を認定する科目として消費者金融をテーマにしたものは、本学が初めてであると推察されるので、その報告に意義があると考える。第1章では、「消費者金融考」開講の背景として、学内にパーソナル・ファイナンス研究会の発足や消費者金融サービス研究振興協会による研究助成について説明し、「消費者金融考」構想の経緯を述べた。さらに、講義方針として、外部講師の活用や双方向型講義などについて解説した。第2章では、講義の内容が紹介されている。代表的な講義として、芳賀健一(新潟大学経済学部教授)「今日の経済状況と消費者金融問題」、中山孝一ほか(消費者金融連絡会)「消費者金融の成長」および伊藤司(南山大学法学部助教授)「上限金利問題」の講義について、その内容を詳述している。また、講義後半に行われた双方向講義として、学生からの意見や質問を紹介している。主な質問としては、「無人契約機と貸倒の増加の関係に」とか「多重債務を防止するために、業界全体で個人に対する貸出上限規制」、「自己破産の発生」などがある。第3章は、受講生の反応と講義の成果をまとめている。講義アンケートでは、いずれの講義も、過半数以上が「講義への関心度が高い」と回答されており、総合評価として「非常によい(26.3%)」、「よい(73.7%)」という回答を得た。レポートからは、「消費者金融のイメージの変容した」、「消費者金融市場および経営の実態がわかった」とか「金利のグレーゾーンの存在を知った」、「個人信用情報の重要性を認識した」、「消費者金融の必要性を感じた」、「多重債務の怖さを知った」および「消費者金融への関心が高まった」などの学生の意見が寄せられた。第4章では、今後の講義を継続していくための課題を挙げた。第5章では、消費者金融に関する講義の意義として、(1)学生の学術的問題意識の向上、(2)消費者金融への多角的アプローチ、(3)実務型社会科学教育の実践、(4)消費者金融の学術研究の契機という4つの点を詳述した。この点をもって「消費者金融考」を開講した成果とした。
著者
松尾 範久
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.2, pp.29-34, 2002-11-01

日本経済がバブル崩壊後の後遺症から容易には立ち直れない中で、93年以降、軒並み上場を果たしてきた消費者金融サービス業界は、業績の好調さが際立っている。各社ともにテレビCMを活用するなど知名度向上に努めてきたほかIT化の推進や業界のイメージアップ活動に邁進。低金利下での無担保ローン残高の増加により収益拡大につながってきた。ただ、それぞれの企業毎に業績推移に違いも見られるほか、リストラによる失業者の増加から貸し倒れの増加が懸念されるなど不安定要因も想定される。市場規模がかなり大きくなってきたことから、これまでのようなビジネスモデルの延長線上で収益の伸びがどこまで維持されるのかは予見しずらい状況でもある。足元の業績好調に支えられた株価形成が、今後どこまで続くのかがアナリストとしての関心の的であるが、それとは別に消費者金融サービスの上場8社の時価総額が5兆円を超え、経常利益が7000億円を超えてきた現状において他の金融ビジネスや産業との比較においてもそのパワーが感じられる点や過去のインデックスとの比較から相対的な期待の高まりが感じられる。企業の実態を分析し、投資家に伝える役割を担うセルサイド、バイサイドのいずれの組織にも属さない独立した証券アナリストとしてこれまでの消費者金融株の動向を分析し、今後の各企業の課題等を明らかにしていきたい。今回は最後にインターネットを活用した投資家へのアンケートを実施。個人投資家の消費者金融株への認識度を調査した結果を示しておいたので参照願いたい。
著者
樋口 大輔
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.1, pp.21-32, 2001-11-30
被引用文献数
1

本研究は、消費者金融会社の収益および費用の構造が業者の規模によってどのように異なるのかを捉え、それをもとに貸付上限金利の引き下げの影響を分析する。消費者金融会社の収益と費用は、業者の規模によって大きく異なることが明らかになった。中小規模の業者は大手と比較して高コストであり、それを支えるために貸付金利を相対的に高く設定するという構造になっている。それゆえ、上限金利の引き下げにより中小業者の大半が深刻な業績悪化に陥ることが予測される。出資法に定められる貸付上限金利が2000年6月1日に40.004%から29.2%へと引き下げられたことによって、消費者金融業に対する次のような影響が考えられている。すなわち、(1)消費者金融会社の経営状態の悪化、(2)リスクの高い顧客層への融資不能、(3)違法業者の横行である。『貸金業者の経営実態等の調査』((社)全国貸金業協会連合会実施)によって集められた財務データに基づいて消費者金融業者の収益・費用の構造をみると、以下のようにまとめられる。消費者金融会社の収益構造は、貸付平均金利に比例して中小規模の業者が相対的に高い営業収益を獲得している。逆に、費用構造においては、小規模な業者ほど総貸付残高に対する費用の割合が高くなっている。したがって収益と費用の関係でみると、中小規模業者は収益力が高いとはいえない現状である。貸付上限金利引き下げの影響を分析するために、同データを用いてROEを算出し、その変化のシミュレーションを行った。ROEは平均して大手が20%前後、中堅以下の業者では3%〜10%程度であると推計される。平均金利が29.2%に引き下げられたと仮定して算出した場合、およそ半数の業者でROEがマイナスとなった。大手は平均的な貸付金利が29.2%をすでに下まわっているためほとんど影響がみられないが、中小業者は金利を大幅に低下させなければならないため、顕著な影響を受ける。このようなシミュレーションの結果により、上限金利引き下げの悪影響として考えられていることの一部が確認された。
著者
春井 久志
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.4, pp.35-57, 2004-09-30

2002年10月に始まった銀行による「年金保険」の窓口販売が好調である。生命保険の税制優遇措置によって死亡時の相続税が一部免除されるために、高齢者が中心となって購入しており、同年末までに3800億円を販売し、銀行の主力商品に育ちつつある。この年金保険は、運用実績によって受け取る年金額が変わる「変額年金」がその大半を占めている。銀行は年金保険の保険料の3〜5%程度を手数料として生命保険会社から受け取り、保険料は生命保険会社が預かって運用するため、したがって自己資本比率の低下を来たさずに、銀行はその資産を膨らませずに収入を上げることができる。銀行業界は景気低迷と超低金利のために運用難に陥っており、投資信託と並ぶ銀行預金の「受け皿」に位置付けている。2002年に金融商品の販売・勧誘ルールを定めた「金融商品販売法」が施行されたが、金融商品販売法の施行後も金融商品のリスクについての十分な説明を受けずに購入し、その後の市場変動で元本割れするなどのトラブルや消費者被害が後を断たない。それにもかかわらず、被害に遭った消費者が金融商品販売法によって救済された例はほとんどない。第1の理由として、同法は金融商品相場変動などに伴う元本割れリスクの説明を販売業者に義務づけているが、消費者は業者から十分な説明を受けなかったことを自ら立証しなければならない。一般の金融サービス消費者にとって、現実的にはほとんど不可能である。第2に、「日本版金融ビッグバン」後の金融の自由化により、金融商品が多様化し複雑化したうえに、販売チャネルが拡大したために、一般消費者にまで高度な金融商品・サービスに接する機会が増えた。また、政府が預貯金から投資型金融商品への資金シフトを奨励したこともあって、預貯金だけでは将来の生活に支障がでるという危機感を消費者に抱かせたことも大きい。イギリスは「金融ビッグバン」を1986年実施し、その後も制度改革を繰り返して、2000年金融サービス・市場法を制定した。さらに、それに基づいて、各種の金融機関を横断的に監督する単一的な金融当局(FSA)や単一的な法廷外紛争解決機関(金融オンブズマン)、単一的な損害補償機構を整備したイギリスでは、金融サービスの消費者に対して無料紛争の解決や補償制度を提供したのみならず、消費者教育や啓蒙活動までFSAが責任をもって実施している。日本でも同様に、すべての金融商品や金融機関(販売業者)を包括的に規制する「金融サービス法」の整備が急務とされるところである。
著者
飯田 隆雄
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.10, pp.89-108, 2010-09-10

2006年12月13日に国会を通過した改正貸金業法が北海道経済に与える影響を、北海道開発局(2004)の『平成12年北海道産業連関表33部門北海道産業連関表及び各種係数表』を利用して、以下のような政策の生産誘発額の総合波及効果と雇用誘発効果を計測するとによって、制度改革に内在する問題点を明らかにしたい。なお、ここでは以下、生産誘発額の総合波及効果及を単に経済効果、雇用誘発効果を雇用効果とぶ。さて、この改正貸金業法についての議論は社会政策の側面と経済政策の側面に分けて議論しなければならないが、多くの場合これらが混同されている。本稿では、特に、経済政策の側面から取り上げ、地域経済への影響を名目GDP成長率に換算して考察する。まず、制度改革による影響を、(1)個人向け無担保貸金業の上限金利規制のケースについて、(1-1)金利20%超のケースと(1-2)貸付残高全体のケースに二分し、マイナスの経済効果を分析する。(2)総量規制が完全実施された場合(総量規制については、2008年度完全実施されたとして)のマイナスの経済効果を分析する。次に、(1)(2)の比較の対象として、(3)2009年度支給された定額給付金のプラスの経済効果を分析する。第一段階として、ザックリと概算推計する。分析対象年度間の貸付残高の減少額を、無担保貸金業者の最終財としてのサービスに対する需要の減少分と捉えた。そこで、この数値を産業連関表の「金融・保険」部門に(無担保貸金業者への最終消費支出の減少分として)入れて、マイナスの経済効果を計測した。第二段階として、(1)(2)では消費者(個人)に焦点を当てて、貸付残高の減少額に随伴する最終需要(消費支出)の減少額を、大阪府のアンケート調査(コミュニケーション科学研究所編(2009)「消費者金融からの借入の主な利用目的(大阪府)」『貸金業者等動向調査事業第1回中間報告』<修正版>(2009年12月10日))を利用して、消費者行動にそくして、産業連関表の各部門に按分する方法で予測し、マイナスの経済効果を計測した。(3)では国立社会保障・人口問題研究所編(2007)「都道府県別の男女別年齢5歳階級別人口推計結果のほか、推計結果の一部を都道府県別一覧表にしたものを含む」『日本の都道府県別将来推計人口』(平成19年5月推計)から給付金額の異なる年齢の人口を確定し、給付総額を推計した。また、総務省ホームページ(2009)の統計データの「総世帯」の「(再掲)可処分所得に対する割合・平均消費性向(%)」にある平均消費性向、平成21年4月〜6月64.9%、7月〜9月72.2%、10月〜12月52.0%の平均値をもとに、ここで利用する消費性向0.63を確定した。その結果、(1)上限金利規制(1-1)金利20%以上の概算推計ベースでは2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.14%、雇用誘発効果マイナス1,796人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.33%、雇用誘発効果マイナス4,180人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.29%、雇用誘発効果マイナス3,652人、アンケート調査ベースでは、2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.13%、雇用誘発効果マイナス5,137人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.30%、雇用誘発効果マイナス11,935人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.26%、雇用誘発効果マイナス10,426人、(1-2)金利全体の概算ベースでは2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.15%、雇用誘発効果マイナス1,992人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.33%、雇用誘発効果マイナス4,220人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.31%、雇用誘発効果マイナス3,872人、アンケート調査ベースでは2005-2006年度名目GDP成長率マイナス0.14%、雇用誘発効果マイナス5,481人、2006-2007年度名目GDP成長率マイナス0.30%、雇用誘発効果マイナス12,050人、2007-2008年度名目GDP成長率マイナス0.28%、雇用誘発効果マイナス11,057人、となった。(2)総量規制概算推計で総量規制に抵触するうちの16%が借入を拒否されるとすると名目GDP成長率マイナス0.20%、雇用誘発効果マイナス2,477人、20%が借入を拒否されると名目GDP成長率マイナス0.28%、雇用誘発効果マイナス3,448人となる。アンケート調査ベースでは16%が借入を拒否されるとすると名目GDP成長率マイナス0.19%、雇用誘発効果マイナス7,597人、20%が借入を拒否されると名目GDP成長率マイナス0.25%、雇用誘発効果マイナス10,100人となる。(3)定額給付金概算推計では給付金の平均消費性向が20%なら、名目GDP成長率プラス0.12%、雇用誘発効果プラス1,446人、給付金の平均消費性向が63%なら、名目GDP成長率プラス0.37%、雇用誘発効果プラス4,556人となる。消費コンバーターベースでは給付金の平均消費性向が20%なら、名目GDP成長率プラス0.10%、雇用誘発効果プラス2,442人、給付金の平均消費性向が63%なら、名目GDP成長率プラス0.30%、雇用誘発効果プラス7,695人となる。上記分析は2010年6月から改正貸金業法が完全実施されると、上限金利規制と総量規制の2008年度ベースは概算推計合計マイナス0.51%(16%破綻)、アンケートベースでマイナス0.49%(16%破綻)の名目GDP成長率であり、新規失業者に至っては、概算推計で6,349人(16%破綻)、アンケートベースで18,654人(16%破綻)となった。また、本稿では消費者向け無担保貸金業者貸付残高のみを分析したものであり、ここでは、2008年度ベースで、貸金業の総貸出残高(378,467億円)の約17%(65,865億円)の貸出残高の分析にすぎない。従って、貸金業全体の経済効果を推測すれば、約5倍、アンケート調査ベースで名目GDP成長率約マイナス2.5%、新規失業者は約9万人となる。北海道は日本全国の約4%経済とすれば、全国規模に単純換算すると、新規失業者数は25倍の約47万人という計り知れない影響が出るものと考えられる。これらの結果から、資金の出し手は営業が続けられなくなる事から縮小や廃業に至り、借り手も必要資金が入手できないことから、個人企業の縮小や廃業、主婦層の手元流動性の欠落も加わって、税金の納付者が失業保険や生活保護の受領者へと変化する。従って、税収が落ち込むばかりか政府支出が増加すると考えられる。セーフティーネットが充分機能していない現状では、流動性の制約を招く制度改革は、極端な消費の冷え込みとなって表面化し、さらなる景気の後退を促進する。しかも、多くの失業者や食べていけない人達を排出することから治安も不安定になり、さらなる政府財源の悪化の原因となる。
著者
藤原 七重
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.9, pp.79-89, 2009-10-15

サブプライムショック以降、急速に収縮しつつある個人向け貸付の分野では、代替的な資金調達手段が模索されており、本稿で取り上げるP2P Lendingはその有力な選択肢のひとつとして期待されている。借り手は銀行やクレジットカード会社から借入をするよりも、低い金利で資金を調達することができ、貸し手には、これまで金融機関が独占していた消費者への貸し付けに資金を投入する機会が開かれた、いわば「金融業の民主化」として歓迎されている。この金融機関から個人同士の金銭貸借へのシフトは、ハーバードビジネスレビューでも革新的なビジネスアイデアとして取り上げられているほどだ。しかし、これは単なる一時的なブームに過ぎないのか、もしくは伝統的な金融機関の代替的な選択肢となりうるのかは現時点では判断できない。それゆえ、本稿は、P2P Lendingという、インターネットを介した個人間の金銭貸借という新しい金融サービスについて検討した。特に、見過ごされがちな借り手のリスクを抑制するための仕組み作りに注目した。Stiglitz and Weiss(1981)が指摘したように、貸し手と借り手の間には情報の非対称性が存在する。それゆえに、その他の消費者信用サービスと同様に、P2P Lendingにおいても信用情報を基盤としたスキームづくりをすることによって、貸し手と借り手の間の情報の非対称性を解消することが肝要となる。P2P Lendingが既存の消費者信用サービスと異なるのは、コミュニティというソーシャル・キャピタルを活用することで、更に情報の非対称性を解消しようと働きかけている点だ。しかし、P2P Lending自体が金融サービスとしては未成熟な側面もあり、それゆえに様々な問題を孕んでいることは否めない。とくに、信用情報を巡る制度や認知度は国や地域によって異なっており、信用情報機関が十分に発達していない地域やクレジットスコアになじみのない地域においては、貸し手が合理的な判断ができるのかという課題が残る。
著者
瀬下 博之
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.43-62, 2005-09-30
被引用文献数
1

金利を市場の均衡水準より低く規制すると、貸付市場に超過需要が発生し、本来ならば資金を借りることができた主体でさえ借りることができなくなり、法定利息を上回る金利を付すヤミ金融が拡大する。良く知られたこの貸付金利の上限規制の効果に関する分析には、少なくとも二つの重要な仮定が置かれている。一つは担保の存在を無視している点である。十分な担保を有する借り手の場合には、金利の上限規制は実は何の影響も及ぼさない。なぜなら、借り手にその分多くの担保を要求することで、貸付金利を規制水準以下に抑えることができる。もう一つの重要な仮定は、完備情報を前提としている点にある。すなわち、借り手と貸し手の間で情報の非対称性の問題を無視している。資金貸借の市場では、借り手のリスクについて、少なくとも借り手本人の方が貸し手よりも多くの情報を有している。この場合には、そもそも市場均衡は効率的な資源配分を達成できない可能性もある。特に、逆選択の問題が深刻化している状況では、市場の均衡水準よりも低い金利設定は、信用割当を発生させる一方で資源配分を改善させる可能性もある(Stiglitz and Weiss(1981))。本稿では、Bester(1985)モデルを用いて情報の非対称性が存在し、かつ担保も設定される状況を前提として金利の上限規制の効果を分析する。情報の非対称性がある場合に、担保は上で述べたような貸し手のリスクを低減させる機能の他に、借り手のタイプそのものを選別(screening)する役割も果たす。たとえば、リスクの低い借り手は債務不履行を起こす可能性が低いため、担保を設定しても期待値で見て低い損失しか被らない。他方、リスクの高い借り手は、担保を設定すると債務不履行によってそれを失う可能性も高いため、高い金利で資金調達する方を好む傾向がある。そのため担保の設定水準と金利水準を適切に組み合わせることによって、リスクの異なる借り手を選別することが可能となる。このような借り手の選別が実際に行われていることを前提に、貸付金利に上限が設定されることは、選別の機会に対しても影響を与える。特に重要なことは、金利の上限規制は、高い金利設定を要求される高いリスクの借り手のみならず、もともとリスクが低く、低い金利で資金調達できる借り手の契約にも影響を与える点である。これは約定金利が制限されると、貸し手はその分多くの担保をリスクの高い借り手に対して要求するようになるため、リスクの低い優良な借り手の契約の担保水準も、その選別を維持するために高めなければならなくなるからである(図)。このような担保の設定は優良な借り手にとっても、その担保利用の機会費用や管理費用を高める結果となり、借り入れ需要を低下させる要因となる。これは、担保の設定から借り手が費用を被っていることを反映している。以上から、借り手が担保を十分に設定できる状況であっても、金利の上限規制は資源配分に中立的ではなくなる。そして、情報の非対称性があるにもかからず、資源配分は改善しない。[graph]以上のように、貸付市場がスクリーニングよる分離均衡の状況にあることを認識すると、1999年前後から現在に至る貸し渋りや商工ローン問題を分析する上で多くの示唆を得ることができる。本稿では上記の理論分析を基にして、まず金利の上限規制こそが、根保証など特殊な契約を利用した商工ローン問題の根源にあったことを説明する。すなわち、貸付金利の上限規制がなければ商工ローン各社は、わざわざ第三者の信用力を要求しなくとも、借り手本人への貸付金利を高めることで対応することが可能であったはずである。しかし、金利に上限規制があることによって、商工ローン各社は借り手のリスクを選別した後でも、借り手の破綻時のリスク負担を貸付金利だけでまかなうことはできなくなり、第三者の信用力等を利用することで破綻時のリスクをカバーしようとする。しかし、これらの第三者は、借り手のリスクについてかなりの程度認識しており、多額の保証債務を避けようとする。このことが貸出当初は保証が小さいが、保証人が知らないうちに保証金額を引き上げることができる根保証などの特殊な契約形態を多用することにつながったと考えられる。実際、いわゆるサラ金問題の際には、保証人よりも借り手本人の自殺が多発していた点が商工ローン問題と大きく異なる。このほか、上記の理論的分析に基づくと、本稿の分析は商工ローン問題にともなう貸付金利上限規制の一層の強化が、いわゆる貸し渋りを深刻化させた点や、平成12年の出資法改正による金利の上限規制の強化以降、小規模の貸金業の退出をもたらした一方で、大手の消費者金融各社が高い業績を維持できた理由等も整合的に説明することができる。最後に、これまでの分析を基に多重債務者問題の対応策を検討する。多重債務者問題において、実は貸付金利の上限規制は借り手の借り入れを減らすことには何ら有効に機能しない。なぜなら、借り手にとって金利水準の低下は借り入れ増加の誘因にしかならないからである。金利水準を引き下げれば、貸し手企業は借り手の破綻時の回収手段を高めることで対応しようとする。そして、担保や保証の設定を通じてそのような回収が許される限りにおいて、多重債務者問題は解決されないばかりか、本来、多重債務に陥るはずの無かった人々をも保証契約等を通じて巻き込んでしまう。いくら金利水準を引き下げても、多重債務者の問題を解決することはできない。これに対して、個人破産手続きの中で借り手を救済していくことは、多重債務者問題を解決する上で、少なくとも金利の上限規制よりは有効であると考えられる。たとえば、債権者の債権回収が、破産手続きや個人再生手続きの中で制限されたり、放棄させられたりする場合には、その効果は実質的に金利の上限規制と同等の所得分配上の効果をもつ。もちろん、それを事前に予想する貸し手は、そのような将来の損失を借り手のリスクに応じて当初の貸付金利に反映させるため、金利の水準はさらに高くなる。しかし、そのような金利の上昇は、借り手に自らのリスクを適切に認識させることにもなり、金利の上限規制とは逆に、借り手の借り入れを減らす誘因になる。また、破綻処理の中で救済されることが予想されるようになれば、借り手も過大な債務負担に陥った場合には、速やかに処理手続きを利用しようとする。もちろんこれに由来するモラルハザードがしばしば指摘されるが、このことは、安易な回収が不可能であることを貸し手に認識させ、貸出審査をより厳格に実施させる誘因ともなるだろう。2004年5月25日、破産法改正案が可決成立(2004年6月2日公布)した。この改正によって、借り手の免責財産が「標準的な世帯において必要な生計費の3か月分」に増加した。ただし、金利の上限規制を維持したままでの免責の拡大は、契約形態の選択範囲を大幅に制限してしまうことが本稿の理論的分析から予想される。免責を拡大した以上、その分のリスクを金利に上乗せできなければ、貸し手は十分な収益を上げられなくなり、貸し渋りの深刻化をもたらしてしまう。借り手の免責の拡大が決まった以上、金利の上限規制は速やかに廃止されなければならない。
著者
晝間 文彦
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
パーソナルファイナンス学会年報 (ISSN:18843328)
巻号頁・発行日
no.11, pp.81-95, 2011-07-20

長期的な報酬(効用)を犠牲にして、目前の報酬を衝動的に選んでしまうという行動は時間不整合的行動と呼ばれるが、この衝動的行動は個人レベルだけでなく、社会レベルでも経済コスト的に見て大きな問題である。本稿では、標準的経済学では説明困難な行動を「準双曲割引」モデルで説明して、そうした行動を抑制する手段としての自制を取り上げている。準双曲割引モデルでは、規制する自己と規制される自己という2つの自己を想定することが自然であるが、それは認知心理学での「2重過程理論」と整合的である。本稿では、前者が後者を規制する程度を自制力ととらえ、Frederick(2005)らの研究を援用して、認知能力およびパーソナリティを自制力の代理変数として、それらと時間割引率との関係を、アンケート調査データを用いて検証した。その主要な結果は、パーソナリティは有効でなかったが、認知能力は、時間割引率と有意な負の関係を持つことが確認された。これは高い認知能力は時間割引率を低める(すなわち、現在重視型でなく、将来重視型となる)こと、すなわち自制力の有効性を示唆している。最後に今後の議論への足掛かりとして、この結果が、2重過程理論に基づく自制力という視点の他に、脳を情報処理機能のネットワークとする単一過程理論でも説明可能であるという議論にも言及している。