著者
林 真理
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.97-111, 2005-09-30

低リスク層の顧客化という観点にたち、自己の将来設計や目標を意識して時間とお金を選択的かつ戦略的に使う「時間選好型生活者」に注目し、その消費の特徴、金銭意識、潜在ニーズを探り、消費者金融サービスの新たな利用者像と利用モデルを考察することを目的として、首都圏の25歳から34歳の独身女性に深層面接調査を行なった。特徴的な消費スタイルとしては現在消費、選択的消費、自己投資、意味の重視、合理的消費と衝動的消費の混在、自己愛型消費などが見られた。また比較的多くの事例で資金(借入)ニーズには「親の財布」がオンデマンドに対応しており、現時点で消費者ローンを利用することは選択肢になかった。金銭管理、収支バランス、リスク管理に関しては自分なりの対応策を用意しており安全性は高いと思われる。顧客化の最大の障壁として「お金を借りること」に関する心理的バリアが認められた。バリアの根底には適切な金銭教育の欠如と親の金銭観の影響があり、意識的、無意識的に行動を抑制していると思われる。ライフスタイルは先進的だが、金銭面での社会経験が乏しく金銭意識は未成熟である。金融取引(借入)の知識や経験が少ないほど心理的バリアが高くリスク回避的な傾向が強いが、幾つかの事例は経験すればハードルが低くなることを示している。結論として、対象者層は収入の多少にかかわらず、自分にとって価値があることには出費を惜しまず消費性向もコンスタントに高いことから、上記のバリアが解消されて新たな利用モデルが受容されれば、消費意欲、安全性、資金ニーズからみて魅力的な市場を形成する可能性がある。特に起業を志向している場合は、戦略的なキャリアデザインや資金調達プランにフレキシブルな金銭意識がみられ顧客化の可能性は高い。注目すべき点として、対象者層は「お金」そのものだけでなく資金計画を含むキャリア/ライフデザインの総合的サポートを求めており、これに対応するサービスは比較的受容されやすいと思われる。女性のフロンティア意識を金銭面も含めてサポートする消費者金融ならではの社会貢献度の高い新しいサービスモデルの開発が期待される。
著者
桑名 義晴 岸本 寿生 山本 崇雄
出版者
消費者金融サービス研究学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.6, pp.43-52, 2005

近年、日本の消費者金融サービス業は急速に成長・発展を遂げたが、その反面成熟段階を迎えつつあるのも事実である。このため、日本の消費者金融企業は多角化や国際化で新たな活路を見出さなければならなくなっている。前者については、すでに多くの企業が試みつつあるが、後者については、ごく一部の企業が挑戦しているとはいえ、これからの課題となっている。もし日本の消費者金融企業が海外展開するとすれば、どの地域が有望となるか。それは、いうまでもなくアジア地域であろう。そこで本稿では、アジア地域でも経済、とりわけ金融市場が発展している台湾と香港を研究対象にして、そこでの消費者金融サービス業の発展、現状と特徴、および問題点を考察し、日本企業の進出の可能性、条件、方法などを明らかにすることにした。台湾では、近年消費者金融サービス業が急速に発展しているが、現在の段階では銀行しかそのビジネスを行なうことができない。このため、もし日本企業が台湾に進出するとしても、銀行などと提携して進出しなければならないだろう。一方、香港では消費者金融サービス業は比較的早くから発展してきているため、現在専業、カード会社、銀行との間で過当競争がみられる。したがって、香港での消費者金融ビジネスの展開にはかなり厳しいものが予想される。しかし台湾と香港においては、まだ日本におけるような消費者金融サービス業のビジネス・モデルが十分に確立されていないので、日本の消費者金融企業の進出の可能性が残されていると思う。日本の消費者金融企業は、多くの優れたノウハウやスキルを有しているので、両地域でもそれらをうまく活用すれば成功する可能性が大きい。
著者
藤江 俊彦
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.131-137, 2005-09-30

最近になって企業の社会的責任がCSRとして注目されるようになった。だがCSRは経営学の世界ではもう長い間の課題でもあった。ここにはCSRについての十分な議論が欠落していたように見える。近年は多くの学者や実業家などから、グローバル社会からの多様な要請、企業不祥事の多発、規制緩和の動きなどによって組織経営におけるCSRが受け入れられるようになってきた。私が強調したい点は、CSRは単なる営利ビジネスの否定的なインパクトではなく、企業ブランドを創造するなど企業価値を向上させることである。株主価値の最大化は企業価値の創造と同等のものとは言いがたい。実際のところ企業価値は株主価値、顧客価値、社員価値などのマルチステークホルダーの価値を最大化するものでなければならないのである。
著者
今井 雅和
出版者
消費者金融サービス研究学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.113-128,200, 2004

本稿の目的は、ロシアにおける個人ローンの現状と課題を明らかにすることにある。社会主義時代の「強制された貯蓄」から消費社会へと、ロシアは大きく変貌をとげている。国民の平均収入も実質で2桁の伸びを示し、国内総生産の約半分は個人消費によるものである。個人の銀行預金が増加し、個人向けのローンもようやく始まり、急成長している。個人ローンは、3年未満の販売信用、3年超の住宅ローン、クレジットカードに分類される。参入者増による競争激化もあり、貸出金利は低下傾向にある。ルーブル建ての販売信用は、他のローンに比べ、金利レベルが高く、当該顧客の信用レベルが不安定なことを示唆している。販売信用ビジネスでは、ルースキースタンダルト銀行が初期参入者利益と卓越した戦略によって強みを発揮している。クレジットカードビジネスでは7割、販売信用でも4割近いシェアを握り、第一位を占めている。同社の強みの一つは債権リスク管理である。住宅ローンは、制度の不備もあって、担保ローンの普及率が極めて低い。長期の個人ローン市場をほぼ独占する、最大手のズベルバンクは、担保ではなく、複数の保証によって住宅ローンを急速に伸ばしている。住宅ローンの課題は、担保権の確実な執行、担保ローンの債券市場の整備である。
著者
井上 葉子
出版者
消費者金融サービス研究学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.8, pp.57-66, 2007

本研究の目的は、中国におけるサードパーティー・オンラインペイメントの現状を分析することにより、同市場の将来性と課題を明らかにすることである。研究対象とする主体は、オンラインペイメントの決済業務を主たる事業とするノンバンクのサードパーティー・オンラインペイメント企業とし、対象とする市場は個人ユーザーと一部のネットショップで構成されるC2C市場である。研究方法としては、中国の官庁、民間のシンクタンクの調査データの分析ならびに中国におけるサードパーティー・オンラインペイメント企業最大手の支付宝へのインタビューを行なった。サードパーティー・オンラインペイメントに対する利用者の反応や企業の戦略は国や文化によって異なり、それが市場規模にも反映している。現在、中国ではアメリカのPaypal社のビジネスモデルに基づいたエスクロー方式が主流である。2008年には国家政策も始動するが、はたして外国のビジネスモデルが中国で定着するのか、それにはどのような条件が必要なのか、という視点から論を進める。本研究の調査にあたり、2001年度消費者金融サービス研究振興協会から研究助成を受けたことに深く感謝する。
著者
上田 良光
出版者
消費者金融サービス研究学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.6, pp.53-65, 2005

97年11月26日の徳陽シティ銀行破綻は仙台市民や宮城県民にとって、必ずしも驚くべきことではなかった。なぜならば、96年5月23日の「社長交代劇」では大谷邦夫社長が相談役に、新井田時男専務が社長にと、既に数回にわたる大蔵省によるテコ入れがなされていたからである。徳陽シティ銀行は当初昭和17年4月宮城県内の東北、宮城、太洋の無尽会社3社が合併し、三徳無尽会社として設立され、昭和25年11月、社長に早坂順一郎が就任、翌年の「相互銀行法」施行に伴い、徳陽相互銀行となり、その後「早坂一族支配」が続くことになった。平成元年4月、日銀出身の甲斐秀雄副社長が社長に就任し、早坂一族以外から初の社長となった。平成2年6月、社長に大谷邦夫が就任、8月、普通銀行として「徳陽シティ銀行」に転換したが、業績悪化のため他の相互銀行より1年遅れたのである。さらに、平成6年、金融当局によって北日本、殖産銀行との合併による「平成銀行」の成立が画策され、3行頭取が合意に達し、東北では大ニュースとして報道されたにも関わらず、敢えなく破談となってしまった。それは不良債権が766億円と公表されたが、実際は1,000億円と云われ、また、東北の地銀、第二地銀中、貸出残高に対する比率も12.36%と最大で、七十七銀行2.06%、徳陽に次いで比率の高い福島銀行でさえ4.34%と、いかに高い数字かがうかがわれたのである。この合併劇の破談は徳陽の業績の悪化を世間に一層印象づけることになり、破綻への道を早める結果となったのである徳陽シティ銀行の破綻は「大蔵省主導の終焉」と位置づけられる。なぜならば、平成元年から8年まで2代続けて大蔵省出身の頭取が就任したにも拘わらず、破綻を食い止めることができなかったこと、さらには、大蔵省主導で平成6年に画策された北日本銀行、殖産銀行との合併による「平成銀行」が3行頭取の合意がなされたものの北日本銀行従業員組合、顧客団体の反対に遭い、敢えなく破談となってしまったことなどからも我が国の金融業界も「大蔵省支配」から次第に「市場原理」に近づきつつあることを示したものと言えよう。
著者
芳賀 健一 長谷川 隆 岸本 寿生
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.81-95, 2005-09-30

本稿は、2003年11月6日〜2004年1月22日に富山大学経済学部で開講された「応用経営特殊講義消費者金融考」についての実施報告である。日本の大学おいて、単位を認定する科目として消費者金融をテーマにしたものは、本学が初めてであると推察されるので、その報告に意義があると考える。第1章では、「消費者金融考」開講の背景として、学内にパーソナル・ファイナンス研究会の発足や消費者金融サービス研究振興協会による研究助成について説明し、「消費者金融考」構想の経緯を述べた。さらに、講義方針として、外部講師の活用や双方向型講義などについて解説した。第2章では、講義の内容が紹介されている。代表的な講義として、芳賀健一(新潟大学経済学部教授)「今日の経済状況と消費者金融問題」、中山孝一ほか(消費者金融連絡会)「消費者金融の成長」および伊藤司(南山大学法学部助教授)「上限金利問題」の講義について、その内容を詳述している。また、講義後半に行われた双方向講義として、学生からの意見や質問を紹介している。主な質問としては、「無人契約機と貸倒の増加の関係に」とか「多重債務を防止するために、業界全体で個人に対する貸出上限規制」、「自己破産の発生」などがある。第3章は、受講生の反応と講義の成果をまとめている。講義アンケートでは、いずれの講義も、過半数以上が「講義への関心度が高い」と回答されており、総合評価として「非常によい(26.3%)」、「よい(73.7%)」という回答を得た。レポートからは、「消費者金融のイメージの変容した」、「消費者金融市場および経営の実態がわかった」とか「金利のグレーゾーンの存在を知った」、「個人信用情報の重要性を認識した」、「消費者金融の必要性を感じた」、「多重債務の怖さを知った」および「消費者金融への関心が高まった」などの学生の意見が寄せられた。第4章では、今後の講義を継続していくための課題を挙げた。第5章では、消費者金融に関する講義の意義として、(1)学生の学術的問題意識の向上、(2)消費者金融への多角的アプローチ、(3)実務型社会科学教育の実践、(4)消費者金融の学術研究の契機という4つの点を詳述した。この点をもって「消費者金融考」を開講した成果とした。
著者
松尾 範久
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.2, pp.29-34, 2002-11-01

日本経済がバブル崩壊後の後遺症から容易には立ち直れない中で、93年以降、軒並み上場を果たしてきた消費者金融サービス業界は、業績の好調さが際立っている。各社ともにテレビCMを活用するなど知名度向上に努めてきたほかIT化の推進や業界のイメージアップ活動に邁進。低金利下での無担保ローン残高の増加により収益拡大につながってきた。ただ、それぞれの企業毎に業績推移に違いも見られるほか、リストラによる失業者の増加から貸し倒れの増加が懸念されるなど不安定要因も想定される。市場規模がかなり大きくなってきたことから、これまでのようなビジネスモデルの延長線上で収益の伸びがどこまで維持されるのかは予見しずらい状況でもある。足元の業績好調に支えられた株価形成が、今後どこまで続くのかがアナリストとしての関心の的であるが、それとは別に消費者金融サービスの上場8社の時価総額が5兆円を超え、経常利益が7000億円を超えてきた現状において他の金融ビジネスや産業との比較においてもそのパワーが感じられる点や過去のインデックスとの比較から相対的な期待の高まりが感じられる。企業の実態を分析し、投資家に伝える役割を担うセルサイド、バイサイドのいずれの組織にも属さない独立した証券アナリストとしてこれまでの消費者金融株の動向を分析し、今後の各企業の課題等を明らかにしていきたい。今回は最後にインターネットを活用した投資家へのアンケートを実施。個人投資家の消費者金融株への認識度を調査した結果を示しておいたので参照願いたい。
著者
樋口 大輔
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.1, pp.21-32, 2001-11-30
被引用文献数
1

本研究は、消費者金融会社の収益および費用の構造が業者の規模によってどのように異なるのかを捉え、それをもとに貸付上限金利の引き下げの影響を分析する。消費者金融会社の収益と費用は、業者の規模によって大きく異なることが明らかになった。中小規模の業者は大手と比較して高コストであり、それを支えるために貸付金利を相対的に高く設定するという構造になっている。それゆえ、上限金利の引き下げにより中小業者の大半が深刻な業績悪化に陥ることが予測される。出資法に定められる貸付上限金利が2000年6月1日に40.004%から29.2%へと引き下げられたことによって、消費者金融業に対する次のような影響が考えられている。すなわち、(1)消費者金融会社の経営状態の悪化、(2)リスクの高い顧客層への融資不能、(3)違法業者の横行である。『貸金業者の経営実態等の調査』((社)全国貸金業協会連合会実施)によって集められた財務データに基づいて消費者金融業者の収益・費用の構造をみると、以下のようにまとめられる。消費者金融会社の収益構造は、貸付平均金利に比例して中小規模の業者が相対的に高い営業収益を獲得している。逆に、費用構造においては、小規模な業者ほど総貸付残高に対する費用の割合が高くなっている。したがって収益と費用の関係でみると、中小規模業者は収益力が高いとはいえない現状である。貸付上限金利引き下げの影響を分析するために、同データを用いてROEを算出し、その変化のシミュレーションを行った。ROEは平均して大手が20%前後、中堅以下の業者では3%〜10%程度であると推計される。平均金利が29.2%に引き下げられたと仮定して算出した場合、およそ半数の業者でROEがマイナスとなった。大手は平均的な貸付金利が29.2%をすでに下まわっているためほとんど影響がみられないが、中小業者は金利を大幅に低下させなければならないため、顕著な影響を受ける。このようなシミュレーションの結果により、上限金利引き下げの悪影響として考えられていることの一部が確認された。
著者
春井 久志
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.4, pp.35-57, 2004-09-30

2002年10月に始まった銀行による「年金保険」の窓口販売が好調である。生命保険の税制優遇措置によって死亡時の相続税が一部免除されるために、高齢者が中心となって購入しており、同年末までに3800億円を販売し、銀行の主力商品に育ちつつある。この年金保険は、運用実績によって受け取る年金額が変わる「変額年金」がその大半を占めている。銀行は年金保険の保険料の3〜5%程度を手数料として生命保険会社から受け取り、保険料は生命保険会社が預かって運用するため、したがって自己資本比率の低下を来たさずに、銀行はその資産を膨らませずに収入を上げることができる。銀行業界は景気低迷と超低金利のために運用難に陥っており、投資信託と並ぶ銀行預金の「受け皿」に位置付けている。2002年に金融商品の販売・勧誘ルールを定めた「金融商品販売法」が施行されたが、金融商品販売法の施行後も金融商品のリスクについての十分な説明を受けずに購入し、その後の市場変動で元本割れするなどのトラブルや消費者被害が後を断たない。それにもかかわらず、被害に遭った消費者が金融商品販売法によって救済された例はほとんどない。第1の理由として、同法は金融商品相場変動などに伴う元本割れリスクの説明を販売業者に義務づけているが、消費者は業者から十分な説明を受けなかったことを自ら立証しなければならない。一般の金融サービス消費者にとって、現実的にはほとんど不可能である。第2に、「日本版金融ビッグバン」後の金融の自由化により、金融商品が多様化し複雑化したうえに、販売チャネルが拡大したために、一般消費者にまで高度な金融商品・サービスに接する機会が増えた。また、政府が預貯金から投資型金融商品への資金シフトを奨励したこともあって、預貯金だけでは将来の生活に支障がでるという危機感を消費者に抱かせたことも大きい。イギリスは「金融ビッグバン」を1986年実施し、その後も制度改革を繰り返して、2000年金融サービス・市場法を制定した。さらに、それに基づいて、各種の金融機関を横断的に監督する単一的な金融当局(FSA)や単一的な法廷外紛争解決機関(金融オンブズマン)、単一的な損害補償機構を整備したイギリスでは、金融サービスの消費者に対して無料紛争の解決や補償制度を提供したのみならず、消費者教育や啓蒙活動までFSAが責任をもって実施している。日本でも同様に、すべての金融商品や金融機関(販売業者)を包括的に規制する「金融サービス法」の整備が急務とされるところである。
著者
瀬下 博之
出版者
パーソナルファイナンス学会
雑誌
消費者金融サービス研究学会年報 (ISSN:13493965)
巻号頁・発行日
no.5, pp.43-62, 2005-09-30
被引用文献数
1

金利を市場の均衡水準より低く規制すると、貸付市場に超過需要が発生し、本来ならば資金を借りることができた主体でさえ借りることができなくなり、法定利息を上回る金利を付すヤミ金融が拡大する。良く知られたこの貸付金利の上限規制の効果に関する分析には、少なくとも二つの重要な仮定が置かれている。一つは担保の存在を無視している点である。十分な担保を有する借り手の場合には、金利の上限規制は実は何の影響も及ぼさない。なぜなら、借り手にその分多くの担保を要求することで、貸付金利を規制水準以下に抑えることができる。もう一つの重要な仮定は、完備情報を前提としている点にある。すなわち、借り手と貸し手の間で情報の非対称性の問題を無視している。資金貸借の市場では、借り手のリスクについて、少なくとも借り手本人の方が貸し手よりも多くの情報を有している。この場合には、そもそも市場均衡は効率的な資源配分を達成できない可能性もある。特に、逆選択の問題が深刻化している状況では、市場の均衡水準よりも低い金利設定は、信用割当を発生させる一方で資源配分を改善させる可能性もある(Stiglitz and Weiss(1981))。本稿では、Bester(1985)モデルを用いて情報の非対称性が存在し、かつ担保も設定される状況を前提として金利の上限規制の効果を分析する。情報の非対称性がある場合に、担保は上で述べたような貸し手のリスクを低減させる機能の他に、借り手のタイプそのものを選別(screening)する役割も果たす。たとえば、リスクの低い借り手は債務不履行を起こす可能性が低いため、担保を設定しても期待値で見て低い損失しか被らない。他方、リスクの高い借り手は、担保を設定すると債務不履行によってそれを失う可能性も高いため、高い金利で資金調達する方を好む傾向がある。そのため担保の設定水準と金利水準を適切に組み合わせることによって、リスクの異なる借り手を選別することが可能となる。このような借り手の選別が実際に行われていることを前提に、貸付金利に上限が設定されることは、選別の機会に対しても影響を与える。特に重要なことは、金利の上限規制は、高い金利設定を要求される高いリスクの借り手のみならず、もともとリスクが低く、低い金利で資金調達できる借り手の契約にも影響を与える点である。これは約定金利が制限されると、貸し手はその分多くの担保をリスクの高い借り手に対して要求するようになるため、リスクの低い優良な借り手の契約の担保水準も、その選別を維持するために高めなければならなくなるからである(図)。このような担保の設定は優良な借り手にとっても、その担保利用の機会費用や管理費用を高める結果となり、借り入れ需要を低下させる要因となる。これは、担保の設定から借り手が費用を被っていることを反映している。以上から、借り手が担保を十分に設定できる状況であっても、金利の上限規制は資源配分に中立的ではなくなる。そして、情報の非対称性があるにもかからず、資源配分は改善しない。[graph]以上のように、貸付市場がスクリーニングよる分離均衡の状況にあることを認識すると、1999年前後から現在に至る貸し渋りや商工ローン問題を分析する上で多くの示唆を得ることができる。本稿では上記の理論分析を基にして、まず金利の上限規制こそが、根保証など特殊な契約を利用した商工ローン問題の根源にあったことを説明する。すなわち、貸付金利の上限規制がなければ商工ローン各社は、わざわざ第三者の信用力を要求しなくとも、借り手本人への貸付金利を高めることで対応することが可能であったはずである。しかし、金利に上限規制があることによって、商工ローン各社は借り手のリスクを選別した後でも、借り手の破綻時のリスク負担を貸付金利だけでまかなうことはできなくなり、第三者の信用力等を利用することで破綻時のリスクをカバーしようとする。しかし、これらの第三者は、借り手のリスクについてかなりの程度認識しており、多額の保証債務を避けようとする。このことが貸出当初は保証が小さいが、保証人が知らないうちに保証金額を引き上げることができる根保証などの特殊な契約形態を多用することにつながったと考えられる。実際、いわゆるサラ金問題の際には、保証人よりも借り手本人の自殺が多発していた点が商工ローン問題と大きく異なる。このほか、上記の理論的分析に基づくと、本稿の分析は商工ローン問題にともなう貸付金利上限規制の一層の強化が、いわゆる貸し渋りを深刻化させた点や、平成12年の出資法改正による金利の上限規制の強化以降、小規模の貸金業の退出をもたらした一方で、大手の消費者金融各社が高い業績を維持できた理由等も整合的に説明することができる。最後に、これまでの分析を基に多重債務者問題の対応策を検討する。多重債務者問題において、実は貸付金利の上限規制は借り手の借り入れを減らすことには何ら有効に機能しない。なぜなら、借り手にとって金利水準の低下は借り入れ増加の誘因にしかならないからである。金利水準を引き下げれば、貸し手企業は借り手の破綻時の回収手段を高めることで対応しようとする。そして、担保や保証の設定を通じてそのような回収が許される限りにおいて、多重債務者問題は解決されないばかりか、本来、多重債務に陥るはずの無かった人々をも保証契約等を通じて巻き込んでしまう。いくら金利水準を引き下げても、多重債務者の問題を解決することはできない。これに対して、個人破産手続きの中で借り手を救済していくことは、多重債務者問題を解決する上で、少なくとも金利の上限規制よりは有効であると考えられる。たとえば、債権者の債権回収が、破産手続きや個人再生手続きの中で制限されたり、放棄させられたりする場合には、その効果は実質的に金利の上限規制と同等の所得分配上の効果をもつ。もちろん、それを事前に予想する貸し手は、そのような将来の損失を借り手のリスクに応じて当初の貸付金利に反映させるため、金利の水準はさらに高くなる。しかし、そのような金利の上昇は、借り手に自らのリスクを適切に認識させることにもなり、金利の上限規制とは逆に、借り手の借り入れを減らす誘因になる。また、破綻処理の中で救済されることが予想されるようになれば、借り手も過大な債務負担に陥った場合には、速やかに処理手続きを利用しようとする。もちろんこれに由来するモラルハザードがしばしば指摘されるが、このことは、安易な回収が不可能であることを貸し手に認識させ、貸出審査をより厳格に実施させる誘因ともなるだろう。2004年5月25日、破産法改正案が可決成立(2004年6月2日公布)した。この改正によって、借り手の免責財産が「標準的な世帯において必要な生計費の3か月分」に増加した。ただし、金利の上限規制を維持したままでの免責の拡大は、契約形態の選択範囲を大幅に制限してしまうことが本稿の理論的分析から予想される。免責を拡大した以上、その分のリスクを金利に上乗せできなければ、貸し手は十分な収益を上げられなくなり、貸し渋りの深刻化をもたらしてしまう。借り手の免責の拡大が決まった以上、金利の上限規制は速やかに廃止されなければならない。