出版者
巻号頁・発行日
vol.[2],

5 1 0 0 OA 二中歴 13巻

出版者
巻号頁・発行日
vol.[7],

5 1 0 0 OA 菓物帖

著者
正岡子規//画
出版者
巻号頁・発行日
1902

子規は没年(明治35年)の6月27日から8月6日までに、縦12cm、横9cmの小型の折帖に、野菜、果物18図を描いた。ほかに下村為山の描く2図がある。題簽、序文、裏見返しの俳句とも子規自筆。箱の題字は弟子寒川鼠骨筆。この画帖に揮毫を依頼した蘇山人(1881-1902)は本名羅朝斌、父は清国公使館員、母は日本人。俳句の弟子であったが、この年3月没。下村為山(1865-1949)は同郷の画家。子規に俳句を学び俳画で知られた。

5 0 0 0 OA 新修鷹経 3巻

出版者
巻号頁・発行日
vol.[1],

5 0 0 0 OA 仙境異聞

著者
平田篤胤
出版者
巻号頁・発行日
vol.3巻,

5 0 0 0 OA 下学集 : 2巻

著者
東麓破衲 [著]
出版者
巻号頁・発行日
1400

国語辞書。童蒙の教育的効果を挙げることを意図し、漢籍・仏書中の語や当時の普通語など約三千を18門に分類し、用字・語源などを簡単に記している。「節用集」を成立せしめた資料のひとつとして、辞書史上重要な位置を占めるが、著者は未詳。今日古写本下学集の伝本は40種近くに上るという。本写本は書写者未詳であるが、料紙・字体・墨色等から室町末期頃に書写されたものと推定される。国語学者亀田次郎(1876-1944)の旧蔵本。巻首や巻末には「賀茂/保號」などの3印記があり、見返しに貼付された亀田自筆の識語紙片の記述は、本写本がもと賀茂岡本家に伝来したものであることを伝えている。
著者
曲亭馬琴 作
出版者
巻号頁・発行日
vol.第9輯巻1, 1834

5 0 0 0 OA 守貞謾稿

著者
喜田川季荘 編
出版者
巻号頁・発行日
vol.巻27,

4 3 1 0 OA 刀劔押形

出版者
巻号頁・発行日
vol.[1],
出版者
巻号頁・発行日
vol.巻2, 0000

光明皇后御願経。光明皇后(701-760)が亡き両親、藤原不比等、橘三千代の追福のために発願した一切経で、奥書に「天平十二年五月一日記」の日付けがあることから、「五月一日経」とも呼ばれている。写経生によって書かれた唐風の美しい楷書で、奈良朝写経中の優品とされる。本書には文字を消磨して書き改めた部分や、朱筆で校合、書入した箇所が見られる。料紙は麻紙。表紙、軸は後代の補修。表紙と本文との継ぎ目紙背に「東大寺印」の方形朱印が押捺されている。
出版者

地図上にタイトルはなく、裏面および渋紙製の袋に同じ書き題がある。両国国絵図の集成図で、主要道1里山の記入、海岸の港泊、航海情報など正保国絵図系とみえるが、村形は郡別に色分けされているものの形は小型の円で、村名はその下方に表示されるなど、表現方法は定式とは異なる。渡河地点の注記もほとんどみられない。縮尺は1里6寸(1:21,600)。郡色分け、石高は河内と摂津それぞれ別位置に記載され、河内は色分けと石高のみであるが、摂津は石高、新田高、本村、枝村、小物成(米・銀)を記載する。また、摂津の一部では流路沿いに河川敷が明示され、低地に回らされた堤防も描かれる。

4 0 0 0 OA 守貞謾稿

著者
喜田川季荘 編
出版者
巻号頁・発行日
vol.巻26,