著者
奥平 康照
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.7-24, 2008-03

1950年前後から数年、生活綴方を核にあるいは基礎にした教育実践が全盛を極めた。厳しい労働をともなう貧しい生活への対峙と新生活への展望、家族と村の旧い共同体規制からの解放と新しい共同性の獲得、その二つが、この時代を特徴づける実践的課題であった。その実践課題に、生活綴方の方法はきわめて有効にはたらいた。しかし50年代後半に貧困からの脱出に可能性が現われ、旧共同体規制が衰弱し始めると、生活綴方実践は後退し、新しい実践の方向と方法がもとめられるようになる。そして教育実践の中心から「生活」が消えていく。当時の教育実践にとって「生活」とはなんだったのか。
著者
児島 明
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.2, pp.117-131, 2009-03

ニューカマー児童生徒教育や国際教室の登場には、それらの展開をある一定の方向に水路づけるべく作用してきた歴史的制約、すなわち経路依存性が深く関わっている。と同時に、複数の経路が複雑に交錯してもいる。こうした複雑に交錯する経路を解きほぐす作業は、ニューカマー児童生徒教育や国際教室が、現在、共通して直面している諸課題を理解するうえで欠かせない。しかし他方、ニューカマーの受け入れは、それぞれローカルな文脈のもとでなされるものである以上、ローカルな文脈に根差した固有の教育理念や実践を生みだし、場合によっては、そうした歴史的制約との間にある種の緊張関係をもたらしもする。こうした緊張関係は、実践の当事者にはさまざまな困難を強いるものではあるが、その一方で、ニューカマー児童生徒教育の多様な展開の可能性を暗示するものでもある。本稿では、神奈川県大和市の小中学校に設置された国際教室の事例に基づきながら、ニューカマー児童生徒教育の展開に内在する問題点と可能性について検討する。
著者
挽地 康彦
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.2, pp.133-144, 2009-03

本稿は、高齢化を所与の傾向とみなし参加型・自立支援型の福祉社会をめざす現代の日本社会を批判的に考察するものである。近年の日本社会では、就労可能な高齢者はたとえリタイア期にあっても受益者に甘んじることははばかられ、積極的に社会を支えることが称揚されている。一方、社会関係が稀薄化し貧困化した高齢者は、受給条件の厳しくなった社会サービスから益々切り離されるばかりか、社会の「お荷物」として排除されつつある。このような認識のもとに、本稿では、高齢化する刑務所の内実に着目し、昨今の刑務所が国家に代わって福祉の代替的な機能を果たす側面を検証する。ケインズ主義を前提とする福祉国家が、「繁栄の時代」を象徴する歴史の一部になって久しい。ネオリベラルな福祉政策がセーフティネットから撤退する現代では、皮肉にも、犯罪者の社会復帰を担う刑務所が、社会から排除された高齢受刑者の雇用と生命の安全を忠実に引き受けているのである。
著者
西村 史子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.2, pp.79-91, 2009-03

日本の義務教育制度は、就学義務を原則としてきたが、近年の規制緩和の動向の中で、これは揺らぎつつある。1967(昭和42)年に導入された「義務就学猶予・免除者等の中学校卒業程度認定試験」は、当初は養護学校での教育もままならない病弱・虚弱の児童生徒に高等学校進学の希望を与えるための例外的措置であったが、養護学校の義務化、不登校生徒児童生徒や外国人子女への対策が講じられて、教育選択の自由を保障する一制度となっている。しかしながら現在では、むしろ日本の義務教育学校を利用できない、あるいはそれから除去された裕福ではない外国人子女に後期中等教育機関への進学を保障する救済機能を果たしつつあり、その教育費用の支弁の在り様を、日本国憲法の「義務教育の無償」規定を改めて見直しながら検討する段階を迎えている。