著者
杉浦 郁子
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.61-81, 2019-03-08

2015年、東京都渋谷区は、同性カップルのパートナーシップを認定する制度を開始した。本稿は、その制度を利用した人、利用を検討している人を対象としたインタビューを取りあげ、制度を媒介にした解釈過程で認識された同性カップルの法的保障ニーズを分析する。日本では、渋谷区の制度ができるまで、同性パートナーシップ制度を求める当事者の存在が見えづらく、制度に対するニーズが当事者に広く共有された結果として制度が作られた、という経過を必ずしもたどらなかった。また、先行研究は、当事者が同性カップルの法的保障ニーズを認識しづらいメカニズムがある可能性を指摘していた。本稿は、制度がない状況で認識されなかったニーズが、制度ができた後に認識されやすくなったのではないか、という問題意識のもと、制度の利用をめぐってなされた解釈過程に注目し、そこでどのようなニーズが認識されたのかを分析した。制度ができた後につき合い始めたカップルは、渋谷区の制度を長期的な関係を担保するものと理解していた。「生涯を共にするだろう」という予期は、パートナーとの関係で生じるニーズを認識させるだけでなく、様々な他者との関わりや出来事の可能性を想像させ、自分たちを取りまく環境に対するニーズも意識させていた。制度ができる前から渋谷区で同居してきたカップルは、「区に認めてもらうことによる安心の獲得」という個別的・心理的ニーズの存在を、制度の利用後に認識していた。
著者
大西 公恵
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.57-70, 2016-03-11

国語教育は言語教育的側面と人格陶冶的側面のいずれを強調するか、すなわち形式主義と内容主義とのいずれを主たる目的とする教科であるかが長く論争となってきた。1930年代初期は、新教育思潮を背景として興隆した1920年代の文芸鑑賞論の潮流が、形象論にもとづき「理会」と認識を追究する形式主義へと転換する過渡期である。東京高等師範学校附属小学校で開催された第34回全国小学校訓導協議会では、国語科の教育目的が再考され、生活論と文芸鑑賞論との融合を目指して新しい国語教育の目標を構築しようとする試みがなされた。本稿では、同協議会での議論を通して、教師たちによる国語科の教育目的の再考および教科としての自律性の模索のありようを示す。
著者
瀧 大知
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.11, pp.149-168, 2018-03

本稿では、日本における排外主義勢力が、どのような言説をもって排外主義を「正当化」してきたかを考察することを目的としている。「中国」に関連した排外主義者の言説戦略が、「池袋チャイナタウン」と「横浜中華街」とでは差異があることに着目し、比較分析をおこなった。「池袋チャイナタウン」で現れた言説は、新華僑を「脅威」、老華僑を「同化」した存在であると認識することで、「同化主義」による排外主義の「正当化」がおこなわれていた。さらに「反日教育」による「反日」的な国民/民族であると規定されることによって、新華僑と老華僑が「分断」されていった。また2 つのチャイナタウンの文化的な差異にも、それが表象されていることを明らかにした。最後に、その根底に「植民地的まなざし」があることを仮説として提示している。
著者
奥平 康照
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.6, pp.7-22, 2013-03

『山びこ学校』は出版直後から高い評価を受けた。教師たちはそこに新しい教育実践への希望を見出し、教育学者はその理論化こそ、これからの仕事だと考えた。さらに哲学者も社会科学者も、日本の民衆の内側から生れる思想と理論の可能性を、そこに読みとることができると考えた。しかし『山びこ学校』大絶賛は、それに見合うほどには理論的思想的成果をもたらすことなく、50年代後半になると急速に萎んでいった。当事者の無着さえも、「山びこ」実践から離脱していった。50年代後半から始まった急激な経済成長と、政府による教育内容の国家統制強化とに対して、日本の民主教育運動と教育学の主流は、「山びこ」実践とその思想を発展させることによって、対抗実践と理論を構築することができると見なかった。「山びこ」実践への驚きと賞賛は、戦後日本の民衆学校の中学生たちが、生活と学習と社会づくりの実践的主体になりえる事例を、直観的にそこに見たからであろう。しかし戦後教育実践・思想・理論は子どもたちを学習・生活・社会づくりの主体として位置づけることができなかった。
著者
松岡 浩史
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.8, pp.85-104, 2015-03

本稿は『ハムレット』に表象される狂気を同時代の一次資料を援用して分析し、作品の悲劇性を論じるものである。第一に、亡霊の表象史を概観し、ハムレットに描かれる亡霊が、セネカの系譜上のプロローグ・ゴーストから、幻覚の可能性を包摂した内在的な存在へと変遷していることを述べ、悪魔と幻覚にかんする言説と作品との関連性を指摘した。第二に、前述の悪魔、そして幻覚の作用因として想定されていたメランコリーについて、四体液学説の観点から論じ、メランコリーという術語の多義性に基づいて概観したうえで、作品に登場する二種類の狂気について分析を加え、同時代の医学理論では説明不可能な領域が開けていたことを指摘した。第三に、同時代の診療記録を分析し、シェイクスピア時代は女性の社会ストレスが圧倒的に高く、また相対的に自殺率の高い時代であったことを指摘し、狂気が『ハムレット』の劇世界において多層的に表象されていると結論した。
著者
篠原 睦治
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.2, pp.7-28, 2009-03

ぼくは、2009年春で、定年退職する。在職36年になる。こんな機会に、"仕事"を振り返ってみるのも一興かなと思う。本稿で扱いたい著書、論文をリストアップしたら、107点になった。それらをテーマ毎にまとめてみたら、テーマは13になった。取り組みだした時期の順に並べると、「臨床心理学研究の発表とその問い直しの開始」「特殊教育批判と『共生・共育』の模索」「生命操作・優生思想の諸問題―胎児診断からの出発」「『精神薄弱』概念の検証と知能テスト批判」「『障害』学生との出会いと『共学』問題」「『養護学校義務化と発達保障論』批判」「フィールド・ワーク: アメリカの『障害者・黒人』問題」「対談シリーズ: 『共生』論の検証」「『アジア』に関するフィールド・ワーク」「臨床心理学会改革の終焉と社会臨床学会の創設」「カウンセリングの実際とその批判」「特別支援教育と『教育改革』問題」「障害者・老人の囲い込みと暮らし」になった。本稿では、各項目にそって、論述する。
著者
奈良 勝行
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.77-98, 2010-03

最近日本では企業においても教育界においてもコンピテンシー、キー・コンピテンシーという用語がよく使われている。本論文では、コンピテンシーは1970年代アメリカで初めて提唱されたものであるが、その概念・内容はどんなものであるか、どのような経緯でそれがアメリカの企業で使われ、日本に波及していったかを明らかにしたい。キー・コンピテンシーは経済協力開発機構で開発された概念であるが、その内容はどのようなものかを分析し、日本の生徒の「学力」は低下したのかを検証する。PISAの学力を「PISA型学力」と称して、その調査で常に世界トップの成績をあげているフィンランドの教育メソッドに注目して日本にそれを普及しようとする動きがあり、文科省も事実上これを後押ししている。この「フィンランド・メソッド」を分析し、一面的「PISA型学力」の問題点を明らかにし、日本の教育の歩むべき道を探求したい。
著者
高坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.5-17, 2016-03-11

本研究の目的は、2004年4月から2013年3月までに刊行された恋愛に関する学会誌論文を概観することで、現在の日本における心理学的恋愛研究の動向と課題を明らかにすることである。検討対象となった31本すべてが質問紙法を採用しており、調査手法の偏りが明確になった。また31本のうち28本は、立脇・松井・比嘉(2005)が示した恋愛研究の4つの方向に該当していることから、方向によって進捗状況は異なるが、それぞれが着実に知見を積み重ねていることも示された。そのうえで、調査手法や調査対象者の拡充、無批判に欧米の理論や知見を取り入れ、日本での適用を確認するだけではなく、日本特有の恋愛現象・行動に着目した研究を行うこと、セクシャルマイノリティの認知・理解が広がるなか、恋人の定義を明確にすること、などの課題や展望が指摘された。
著者
高坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.47-60, 2019-03-08

本研究の目的は、松井ら(1983)の追試を行うことで、現在における魅力を感じる異性のパターンを抽出することであった。大学生273名を対象に、最も魅力を感じる異性を1名想起してもらい、その人物の人柄や印象・雰囲気に関する質問に回答してもらった。また、同時に、異性が魅力を感じる人物についての評定も求めた。各項目への回答率をみると、魅力を感じる異性の特徴は、松井ら(1983)と大きな差異はみられなかった。次に魅力を感じる異性のパターンを抽出したところ、男性が魅力を感じる異性は4パターン、女性が魅力を感じる異性は3パターン見出された。これらは松井ら(1983)から減少しており、魅力を感じる異性のパターンは、社会的に望ましい特性に収束していることが推測された。このことについて、男性役割と女性役割が接近しているという性役割観の変化をもとに考察を行った。
著者
高坂 康雅
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.125-136, 2022-03-17

本研究の目的は、恋愛様相モデル(髙坂, 2011)の観点から異性友人関係、恋愛関係、夫婦関係の比較を行うことであった。結婚している者119 名、未婚で恋人がいる者104 名、未婚で恋人がおらず異性友がいる者96 名を対象として、恋愛様相尺度(髙坂・小塩, 2015)、関係満足度尺度、親密度項目について尋ねた。恋愛様相尺度3 下位尺度について比較したところ、「絶対性」得点や「開放性」得点において恋愛関係と夫婦関係の間で有意な差がみられたが、恋愛関係と異性友人関係との間には有意な差はみられなかった。また、恋愛様相尺度3 下位尺度と関係満足度、親密度との関連を検討したところ、恋愛関係と夫婦関係ではそれらの関連が類似していたが、これらと異性友人関係では関連の強さに有意な差がみられた。これらから、異性友人関係と恋愛関係は関係満足度や親密度との関連において質的に異なる関係であり、恋愛関係と夫婦関係は恋愛様相モデルの次元において量的に異なる関係であることが示された。
著者
鈴木 真吾
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.151-174, 2010-03

本論は『家畜人ヤプー』の作者であり、その全貌がいまなお明かされていない覆面作家沼正三と、1970年頃から沼の代理人として活動し、1983年に自身が沼だと名乗り出て以降も、沼との距離を注意深く保ってきた作家、天野哲夫に関するものである。2008年11月30日に死去した天野が沼の本体だという意見が主流を成す一方、天野が沼の本体ではないという意見は今日においてもなお支配的である。しかし、本論は沼の真の正体を考察するものではない。元来、仮想の人格を持った架空の人物として設定されていた「沼正三」が、何故、現実に存在する一個人であるという前提で語られてきたのかという点を問題にしつつ、『家畜人ヤプー』の作者の正体をめぐる騒動であった1980年代初頭の「『家畜人ヤプー』事件」を中心に、沼という覆面作家を巡る議論がどのように展開されたかを論じると共に、体系的に語られることのなかった天野について、沼としての天野ではなく、沼と対位法を成す存在としての天野を論じていく。
著者
辻 直人
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.12, pp.31-46, 2019-03

本稿は、森有正の思想において「生活」という用語がどのように用いられているのか、森有正の生活概念を検討することを目的とする。森有正にとって、1950年以降亡くなるまでの約26年間パリで生活をすることが、思索の深まりと変貌を促した。森の言う生活は決意を伴うもの、自覚的に選び取るものであった。決意が出発を促す。出発から経験を深めていく場所として「生活」が捉えられていた。経験の基礎となるのが生活であり、森有正にとって、「生活」は思索の源泉であった。森はパリでそのような経験をしたが、日本から送られてきた雑誌に載っていた庶民の手記に、国籍や文明の違いに関係ない1人の人間としての姿を、日本人庶民にも見出した。森は、自分の仕事に徹することができれば、そこが自分にとってのパリである、とも語っている。経験の成熟と共に、もはや固有の場所としてのパリではなく、象徴的な場所と変わっていった。また、森はパリの生活に秘められた潜在的力を、フランスの学校教育に見出した。
著者
上野 隆生
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.7-22, 2018-03-13

"Balilla" reminds us of the Opera Nazionale Balilla (ONB) of the Fascist regime. ONB was typically the totalitarian Fascist's way of educating the youth.This article focuses on the images of the ur-Balilla and the "Italianità" (being Italian) in Italy during and after WWI. Those two concepts have much to do with the process and the background of building up the Italian national consciousness. The analysis of the relationship between these two concepts and the Italian national consciousness is worthwhile in unraveling the structure and the formation of the Italian national consciousness.Probing into the columns of Luigi Bertelli (or Vamba, his nom du plume) in Il giornalino della domenica, some aspects could be clarified. Firstly, Balilla is integral to the "Italianità", and secondly, both of Balilla and the “Italianità” symbolize Risorgimento as well as Irredentismo. Those Vamba’s images appears to correspond to those of the Fascist regime. But in depth his images were different from those of the Fascist regime.Vamba takes it very seriously that children should be treated as independent human being. Therefore, citizenship education is quite essential for children and children have the right to commit themselves in politics. Underscoring the importance of Risorgimento and Irredentismo, Vamba seeks to build up the Italian national consciousness, which at that time was still precarious. But Vamba did not participate in the Italian Nationalist Association.The probabilities are that his way of thinking could not correspond to such associations as Opera Nazionale Balilla of Fascist regime.
著者
川上 華代
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.141-153, 2013-03-19

本稿では、「問題や症状が維持され、変わらない学生の姿」に疑問を持ち、現代学生の心理的特徴とその支援について先行研究を概観した。多くの先行研究から、現代学生の心理的特徴として、葛藤を抱えられない断片的なこころの構造があり、身体化や行動化が生じやすいというメカニズムが見出された。また、そのようなこころの構造や現代の密着した親子関係などによって、主体性が育ちにくく、修学・進路の課題を抱えやすいことも示された。学生相談では、これらの特徴を理解した上で、洞察を促す従来の心理療法モデルに固執するのではなく、またニーズや要求に即座に応じるサービス的な支援に偏ることのない、柔軟で粘り強い支援を行っていくことが重要であるといえる。また学生の心理面・修学面での支援を一層有効なものにするためには、学生相談室の活動のみに留まらず、学内全体の学生支援体制を模索していくことが望ましいといえる。