著者
磐下 徹 久米 舞子 北村 安裕 堀井 佳代子 宮川 麻紀
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
no.72, pp.173-161, 2021-03-31

『水左記』は平安時代後期に村上源氏の源俊房(一〇三五~一一二一)が残した日記である。平安期の貴族の日記には、儀式・年中行事の様子を中心に、朝廷内外の出来事が記録されている。これらの記事は、当時の政治・行政・社会の在り方を伝える貴重な史料である。また、『水左記』には一〇六二~一一一三年までの記事が断続的に残されているが、この期間には摂関政治から院政へという政治形態の大きな変化が生じている。このことから、この日記は古代から中世への移行期の様相を知るうえで重要な史料であるといえる。今回はこうした『水左記』の康平七年(一〇六四)四月~閏五月の記事を紹介するとともにその註釈を提示して、時代の大きな転換期である平安時代後期研究の一助としたい。
著者
張 振康
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 = Studies in the humanities : Bulletin of the Graduate School of Literature and Human Sciences, Osaka City University (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.72, pp.77-97, 2021

媽祖信仰が南宋期に珠江デルタ地域に伝わっていくようになってから、現地で発生した南海神信仰との出会い、融合、衝突といった交差が始まる。先学にはすでに両者の比較をめぐって取り扱ったものがある。しかし、この両信仰の具体的交差についてまだ十分に検討されたとは言い難い。本稿では、慶元年間に起こった大奚山の反乱事件、および南宋期広州城における両信仰とかかわる祭祀空間、この二つの事項を通して、南宋期珠江デルタ地域における南海神信仰と媽祖信仰の関係性をめぐって検討を行う。関連した歴史的考察を通して、せめて南宋期において、媽祖信仰が珠江デルタ地域での影響力が限られていた。つまり、当該地域において、南海神信仰と媽祖信仰といった両者の影響力の間には、著しい差異がみられる。
著者
磐下 徹 久米 舞子 堀井 佳代子
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
no.71, pp.157-171, 2020-03-31

『水左記』は平安時代後期に村上源氏の源俊房(一〇三五~一一二一)が残した日記である。平安期の貴族の日記には、儀式・年中行事の様子を中心に、朝廷内外の出来事が記録されている。これらの記事は、当時の政治・行政・社会の在り方を伝える貴重な史料である。また、『水左記』には一〇六二~一一一三年までの記事が断続的に残されているが、この期間には摂関政治から院政へという政治形態の大きな変化が生じている。このことから、この日記は古代から中世への移行期の様相を知るうえで重要な史料であるといえる。今回はこうした『水左記』の康平五・六年(一〇六二・三)の記事を紹介するとともにその註釈を提示して、時代の大きな転換期である平安時代後期研究の一助としたい。
著者
土屋 礼子
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
no.56, pp.25-43, 2005-03

第二次世界大戦において連合国軍は日本軍に対し、心理戦と呼ばれる宣伝ビラを主力としたプロパガンダを行った。本稿では国立公文書館蔵の第十軍諜報部心理戦班の報告書に基づき、その全体的経緯と当事者が行った評価方法を明らかにした。沖縄戦で用いられた宣伝ビラには三系統あり、一つはハワイ州オアフ島の米海軍太平洋艦隊司令部で作成されたナンバーシリーズ11種、二つ目は沖縄現地で作成されたXシリーズ17種で、これらの内容は日本軍将兵向けと沖細住民向けふたつに大別された。三つ目はやはり沖縄で作成された「琉球週報」と題する新聞形態のXNシリーズ6種である。1945年3月末から7月初めまでに総計八百万枚散布されたこれら宣伝ビラの効果については、日本側から投降した捕域の数、あるいは死者の数に対する捕虜数の比といった数値が評価基準として挙げられた他に、捕虜に対するアンケート調査や尋問による調査も行われた。その結果、日本軍や沖細住民に最も読まれた新聞形態の宣伝ビラが高く評価された。また、ビラのメッセージが心理的に与えた影響は明確ではなかったが、捕虜の数はそれまでの太平洋戦からは予想できなかったほど多く、沖縄における心理戦は成功であったと評価され、今後の戦闘においても心理戦が有効で必要であるとの結論が導き出された。一方、日本軍のプロパガンダは比較にならないほど貧弱なものであった。その後の日本本土攻撃および沖縄占領と日本の戦後統治を考える上でも、また朝鮮戦争などのそれ以降のアジアにおける戦争での心理戦を考える上でも、これらの心理戦の分析は重要な意味を持っている。
著者
多和田 裕司
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.68, pp.25-41, 2017

本稿は、マレー系ムスリムの行動についての分析をもとに、現代社会においてイスラームがどのように実践されているかを示すことを目的としている。イスラームは、おこなうべきこと、おこなうことが許されていること、禁じられていることが明確に区分されている宗教である。しかし現代社会においては、この区分についてムスリムの間で様々に意見が分かれる事柄が数多く存在する。これは、とくにイスラーム教義と非イスラーム的価値との境界線上にある事柄に顕著である。そのひとつが、ムスリムがクリスマスの祝祭に参加できるか否かをめぐっての論争である。ムスリムのなかには「メーリー・クリスマス」という祝賀を述べることすら禁じる者がいる一方で、参加することを問題視しない者も多い。本稿では、マレーシアにおいて近年交わされたムスリムによるクリスマス行事への参加をめぐる論争を取り上げ、イスラームの権威者および一般のムスリムの意見について検討する。結論として、マレー系ムスリムの行動はイスラーム教義だけではなく、イスラームの外側に派生する多民族性や消費社会における経済的論理といった要因によっても、形作られていることを指摘する。
著者
KOGA Tetsuo
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 = Studies in the humanities : Bulletin of the Graduate School of Literature and Human Sciences, Osaka City University (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.5-20, 2018

Langston Hughes' last book of poetry is here reasserted as the author's major and critical attempt at summarizing his whole poetic output, rather than being a mere deathbed volume to combat the changing political situation of the times. By carefully documenting and discussing the poet's editorial work of recharging the older poems under the new and changed titles, in addition to the genuinely new poems, it may finally be shown that the principal intent of the poet's endeavors should lie in resonating his "original" stance in the matters of freedom and democracy, matters which are the two most "popular" themes for black people in America. After a brief introduction of the situation where the poet decides to publish his newest volume of poetry, the question of "originality" is raised as a topic which, in an Emersonian context, never collides with the notion of popularity, but merely accentuates the poet's prophetic vision of racial emancipation and an uplift of the democratic ideal in the mode of a popular address to the masses. The sections titled "The New Beat of The Panther and the Lash," "'American Heartbreak' through 'Dinner Guest; Me,'" and "Daybreak in Alabama" all tackle to analyze the major poems, and also to ascertain the poet's motive for summarizing his lifelong struggle for racial equality.
著者
前田 充洋
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 = Studies in the humanities : Bulletin of the Graduate School of Literature and Human Sciences, Osaka City University (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.71, pp.69-85, 2020

本論文の目的は、ドイツ鉄鋼業企業クルップ社の19-20世紀転換期における軍事技術代理であった、A. シンツィンガーの日本での活動を、駐日公使の報告書から明らかにすることにある。クルップ社の日本における軍需品販売やA. シンツィンガーの活動については、1920年代のものはこれまでの研究のなかで言及されてきたものの、19-20世紀転換期、とくに1895年から1902年におけるその活動については、十分に注意が向けられてこなかった。本稿では、フランス企業やイギリス企業といったクルップ社の競争相手が優勢であった、当時の日本の軍需品市場に割り込み、確保したそのシェアを守るために、A. シンツィンガーが日本でいかなる活動を展開したのかを明らかにする。そしてそれによって、19-20世紀転換期におけるクルップ社の対外事業における新たな側面を明らかにすることの一助としたい。
著者
王 燕萍
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 = Studies in the humanities : Bulletin of the Graduate School of Literature and Human Sciences, Osaka City University (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.71, pp.53-68, 2020

宋代の民間信仰研究では、「民間信仰」、「民間宗教」、「祠廟信仰」、「民衆祠神信仰」などの用語が混在しているが、「民衆祠神信仰」の定義に即した場合、宋代人の認識を反映する「祠廟信仰」を使うべきであろう。一般の「祠廟信仰」は発生地に限られて信仰されるが、宋代になって、発生地を越えて他の地域、さらに全国にまで信仰を集める「多地域的祠廟信仰」が次第に現れてゆく。これまで宋代における祠廟信仰に関する研究は、(1)個別の祠廟信仰、とりわけ明清時期に「多地域的祠廟信仰」に演変してゆく祠廟信仰の源流を遡ること、(2)祠廟信仰と国家の関係を探るため、祠廟に対する勅賜制度、正祠・淫祠の認定、祠廟信仰が地域社会に与える影響等の問題を考察すること、(3)祭祀活動の実態、即ち祭祀儀式、組織などの問題を解明すること、という三つの方向で行われている。多地域的祠廟信仰に関しての研究は伝播の媒介、伝播の方式、伝播の担い手、祠廟間の関係などの問題をめぐって進んでいる。今後の課題としては、勅牒、廟記、祝文、地方志の史料としての性格と可能性を検討しながら、「多地域的祠廟信仰」の代表例である、清水祖師、保生大帝、媽祖信仰をケーススタディとして取り上げ、福建地域社会における「多地域的祠廟信仰」の形成と発展について総合的な研究を行う必要性を示している。Through the previous research on the folk belief of the Song Dynasty, a lot of terms such as "local belief", "popular regilion", "diffuse dreligion", "temple worship", "people's temple worship", have been mixedly used. After analyzing the definition of "people's temple worship" and the recognition system of the Song People, it turns out to be more proper to apply the term "temple worship". Generally, a "temple worship" is restricted among the original area. Nevertheless, during the Song Dynasty more and more temple worships have achieved the expansion crossing over the original area and became multiregional temple worships. The research on this subject is conducted on three respects, including (1)individual case studies, mostly on the multiregional temple worships of Ming and Qing Dynasty for tracing back the originality to Song Dynasty; (2)the relation between the temple worship and the imperial, through the research on the title grant system of temple worship, the distinction between Zhengci (正祠) and Yinci (淫祠) and the role in local society playing by the temple worships; (3)the real conditions of ritual activities, like the ritual ceremony and organization. In addition, the research about the multiregional temple worship is advanced in considering the medium, the method, the infector of the propagation and the relationship between the original temple and the branch temples. As future issue, it is necessary to firstly consider the property and possiblility of the historical materials, such as Chidie (勅牒), Miaoji (廟記), Zhuwen (祝文), local topography (地方志), and then to study on cases of the multiregional temple worship, taking Qingshuizushi (清水祖師), Baoshengdadi (保生大帝), Mazu (媽祖) for instance, finally to make an integrated analysis of the multiregional temple worship among Fujian Area.
著者
多和田 裕司
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 = Studies in the humanities : Bulletin of the Graduate School of Literature and Human Sciences, Osaka City University (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.41-58, 2018

本稿は、臓器移植にかんするイスラームの倫理を検討することによって、現代社会においてイスラームがどのように実践されているかを示すことを目的としている。臓器移植は、コーランとハディース(ムハンマドの言行録)に基づくイスラームの伝統的な死生観にたいして倫理的な課題を突きつけてきた。しかし医療技術の進歩とそれによって得られる治療成果の高まりにともない、いまや世界中のイスラーム法学者の大半は、人体から人体への臓器移植をイスラームの教義からみて許されるものとしてとらえている。本稿では、イスラーム世界で臓器移植を肯定的にとらえる代表的なファトワ(イスラームにおける法的勧告)を紹介した後、臓器移植にかんするマレーシアの医療ガイドラインと同国におけるイスラームの権威が発したファトワを比較検討する。結論として、イスラームは、現代の生命倫理と共通する価値を持つ可能性を有していることが示される。イスラームは、イスラーム教義と非イスラーム的な価値が出会う境界上で、つねに現代社会に、より適合的な宗教へと変容を続けているのである。
著者
森 信成
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.37-50, 1965-01

ことわりがき : 昨年春以来、公然たるかたちをとってあらわれるにいたった中ソの思想的、政治的対立は、世界政治に深刻な影響を与えている。本稿は、本誌に中ソ論争の理論的内容を紹介するために、中共の代表的イデオローグである周揚の、中共派の主張を要約した、いわばその結語ともいうべき「哲学、社会科学工作者の戦斗的任務」(『前衛』一九六四年四月号所収)をとりあげ、批判したものである。……
著者
片山 綾 佐伯 大輔
出版者
大阪市立大学大学院文学研究科
雑誌
人文研究 : 大阪市立大学大学院文学研究科紀要 = Studies in the humanities : Bulletin of the Graduate School of Literature and Human Sciences, Osaka City University (ISSN:04913329)
巻号頁・発行日
vol.71, pp.129-142, 2020

「将来のために禁煙して健康な身体を手に入れるか、目の前の煙草を吸うか」といった、将来の目標達成と目先の快楽のどちらを選択するかの問題は、心理学の様々な分野において、セルフ・コントロールの問題として扱われてきた。本稿では、遅延される大きな利得を選択することをセルフ・コントロール、即時に得られる小さな利得を選択することを衝動性と定義し、これまで行われてきたセルフ・コントロール研究を概観する。まず、心理学におけるセルフ・コントロール研究の先駆けである満足の遅延パラダイムに基づいた基礎研究とその応用可能性、さらにそれに関連したセルフ・コントロールの強度モデルについてその概要を説明し、問題点を指摘する。次に、その問題点を解消するために、セルフ・コントロールを行動分析学の観点から扱う意義について考察し、これまで行動分析学で行われてきたセルフ・コントロールに関する基礎研究とその課題について整理する。最後に、それらの課題を踏まえて片山・佐伯(2018)によって新しく提案されたパラダイムを紹介し、基礎研究と応用研究の両方の側面から、今後の展望を述べる。