著者
二瓶 正登 澤 幸祐
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 心理学篇 (ISSN:21858276)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.45-53, 2017-03-15 (Released:2017-05-29)

臨床心理学の実践場面において認知行動療法が盛んに実施されており,また多くの研究が行われている。認知行動療法は行動療法に起源を持つものの,近年では認知が感情や行動の原因であり,クライエントや患者が有する不適応的な認知を変容させることで心理学的な問題は改善されるという認知療法的な枠組みに基づいた症状の理解や介入が主流となった。認知療法の隆盛により,従来の行動療法が重視してきた学習心理学の枠組みに基づいた症状の理解や介入はあまり実施されなくなった。このような現状に至った背景として,行動療法あるいは学習心理学ではヒトが有する認知や言語といった個体の内面で生じる過程を適切に扱うことができないとする批判がある。しかし現代の学習心理学で用いられる諸理論においては学習が生じる際の認知過程が重要視されており,このような批判は適当ではない。そこで本論文では,現在の学習理論の観点から臨床心理学的問題をどのように理解することが可能か,そしてどのように実践上の問題を解消させることが可能かを展望する。さらに認知行動療法に学習理論を取り入れる利点や,近年行われるようになった認知行動療法で用いられてきた概念と学習心理学との融合に関する試みについても述べる。
著者
川上 周三
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.6, pp.1-25, 2016-03

本論文は、幕末社会変動の実相に迫ることを目的としている。序論では、この目的とそれに接近するための課題の提起とその課題に沿って、章別構成を行ったことについて述べた。第2章では、本論の分析枠組みであるアルジュン・アパデュライのランドスケープ論・イマニュエル・ウオーラーステインの世界システム論・マックス・ヴェーバーの社会層論・アンソニー・ギデンズの構造化論・資源動員論・社会の4側面論について述べた。第3章では、江戸幕藩システムの概要を、政治システム・経済システム・教育システムに分けて論じた。政治システムでは、江戸幕藩体制の仕組みの概要、経済システムでは、江戸時代の米を基本とする封建経済の仕組みと商品経済の発展に伴う封建経済の揺らぎとその克服のための改革の概要、教育システムでは、幕府官僚の育成機関である昌平黌・長州藩の藩校明倫館と私塾の松下村塾・薩摩藩の郷中教育と洋学教育について論じた。第4章では、幕末社会変動の社会システム分析を、国際環境・経済・政治・思想に分けて分析した。国際環境では、鎖国体制とペリー提督の開国要求・下関戦争及び薩英戦争とその後の長州藩と薩摩藩の鎖国から開国への方針転換・薩長両藩の藩士のイギリス留学について論じた。経済では、薩長両藩の藩政改革について論じた。政治では、幕藩独裁政治、雄藩を加えた公武合体政治、一橋慶喜・松平容保・松平定敬の一・会・桑と孝明天皇・中川宮・二条関白の公武合体政治、大政奉還と倒幕について論じた。思想では、幕府公認の朱子学、その批判者としての古義学の伊藤仁斎、古文辞学の荻生徂徠、水戸学の相沢正志斎、国学者の本居宣長と平田篤胤を取り上げ、幕府政治の改革思想・朱子学思想の解体・尊皇思想の昂揚について論じた。幕末社会の4側面を5つの分析枠組みで分析した結果、幕府側は5つのランドスケープの結合が乖離しているのに対し、倒幕側は5つのランドスケープの結合が噛み合っていること、また、武士層と公家層だけでなく、農民層や商人層も倒幕運動に参加したこと、それにより、資源動員力で倒幕側が幕府側に勝り、それによって社会構造のルールの書き換えとしての構造化が起こり、幕府から明治への社会変動が生み出されたことが分かった。本稿では、第4章の(2)経済から第5章の結論までを論じている。
著者
高田 夏子
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 心理学篇 (ISSN:21858276)
巻号頁・発行日
no.4, pp.27-38, 2014-03

作家森茉莉について,まずその気質を,てんかん気質,中心気質,内向的感覚タイプという観点から考察した。次に,森茉莉と父親鴎外との関係について述べ,父親元型と密着しすぎている「父の娘」という観点から見たとき,「父親の輝きを背後にもった少女」ということができ,生涯その父子のナルシシズムに守られていたということが言えた。また彼女は,「少年愛もの」から本格的な小説を書き始めているが,この「少年愛もの」は現代の「腐女子文化」に通じるものがあることを論じた。そして,長編小説『甘い蜜の部屋』を創造し書ききることで,父の庇護を必要としない「絶対少女」となり,それは父からの自立を意味していたということを明らかにした。
著者
吉田 弘道
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 心理学篇 (ISSN:21858276)
巻号頁・発行日
no.2, pp.1-8, 2012-03

これまでに行われている育児不安研究を概観し,育児不安の定義,育児不安の尺度,育児不安の要因について論じるとともに,それぞれの課題について検討した。すなわち,定義については,育児不安としては確立されつつあるが,育児ストレスとの区別が難しいこと,そのことが育児不安の測定尺度の問題として残されていることを述べた。また尺度の問題としては,育てている子どもの年齢の異なる母親について同じ項目を用いて測定することについて疑問があることを述べた。要因研究に関しては,要因相互の関係をみながら育児不安への影響を検証している研究がみられないことを述べた。以上の課題を検討することにより,今後育児不安研究は発展していくことが考えられる。
著者
広田 康生
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.1, pp.145-155, 2011-03

本稿の目的は、日本の「共生」論の意味と現在の研究地平について、初期シカゴ学派の同化論=編入(incorporation)論との関連で再考することにある。「共生」論は、特に都市社会学ないし都市コミュニティ論が、マイグレーションの磁場=結節点として注目された日本の地域社会における多文化化・多民族化に関する研究の過程の早い段階で取り組みながら、その研究の意味に関する議論が十分に深められてこなかった研究領域である。だが、日本社会の「共生」論は、アメリカの多文化主義や新同化論そしてその思想的原点である初期シカゴ学派の「同化」論を参照点としてみると、「市民的ナショナリズム」による「人種的ナショナリズム」の克服を目指す「編入」論=「統合」論とは、「エスニシティ」概念使用の仕方や差異への取り組み方をめぐるオルタナティブな思想を持つ。「共生」論に焦点を合わせることで我々は、多文化化や多民族化の中を生きる日本人の特徴や、日本社会の特徴を考えることができるし、今後の在り方を知る手掛かりになる。本稿では、日本社会において問題にされてきた「共生」とは何だったのか、それは今後どのような方向性において展開していくのか、それを考えるということはどういうことなのかについて、新同化論の原点である初期シカゴ学派の「エスニシティ研究」の論理と相互参照させながら見ていきたい。