著者
室井 康成
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.8, pp.65-105, 2018-03

2000年以降、いわゆる「荒れる成人式」問題が顕在化している。一般に成人式は、多くの日本人が加齢の過程で経験する重要な人生儀礼の一種として理解されているため、その荒廃ぶりは現代の若者の未熟さを示すものとして、しばしば睥睨の対象となっている。それは成人式が、近代まで日本各地において、15歳前後の若者に対して行なわれてきた成人儀礼「元服」の現代版として捉えられることも一因だと思うが、実は両者に連続性はない。これまで現行の成人式は、敗戦直後に埼玉県蕨市で行なわれたものが全国に普及したとする説が有力であったが、本稿の調査を通じて、それがすでに戦前の名古屋市で行なわれていたことが明らかとなり、その開催趣旨や運営方式から、そこに元服的要素はなく、あくまでイベントとして開催されていたことを確認した。翻って成人式定着以前の類例を、各地の民俗事象を手掛かりに見てゆくと、何歳を成人と見なすかという基準は、ほぼ集落単位で取り決められており、全国一律の基準などなく、またその認定時期も個人の成熟度に応じて、かなりの柔軟性を持っていたことが明らかになった。この場合の成熟度とは、男子は「親の仕事を手伝う能力」、女子の場合は「結婚可能性」であり、いずれも個人差を前提としていた。だが、そうした柔軟性を駆逐したのが、明治期の徴兵制に起源をもつ「成人=20歳」という新基準であったが、これも全国民の間で共有されたと政府が認めたのは、戦後10年を経た頃であった。逆説的だが、「成人=20歳」という認識も、戦後の官製成人式の普及によって国民の間に浸透したのである。しかし、現在では新成人の約半数は就学者であり、しかもその段階で既婚である者も少ないであろう。前代に比べて現代の若者が幼く見えたとしても、それは仕方のないことである。法の規定とは別に、成人と見なす基準は時代や個人の境遇によって変わるということは、近代の民俗史が語るところだが、そうした様々な差異を無化して、無作為に人を一堂に集めるから荒れるのであり、そこに官製成人式の限界がある。とはいえ、多くの人が経験し、しかも70年以上の歴史をもつ行事であれば、それは十分に民俗学の対象である。通常、民俗学はその対象を「保護・顕彰」すべきものとして捉えるが、本稿では、現行の成人式が民俗的根拠を欠いた意義なきものであることを論じ、その廃止を提言する。
著者
室井 康成
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.65-105, 2018-03-23 (Released:2018-07-16)

2000年以降、いわゆる「荒れる成人式」問題が顕在化している。一般に成人式は、多くの日本人が加齢の過程で経験する重要な人生儀礼の一種として理解されているため、その荒廃ぶりは現代の若者の未熟さを示すものとして、しばしば睥睨の対象となっている。それは成人式が、近代まで日本各地において、15歳前後の若者に対して行なわれてきた成人儀礼「元服」の現代版として捉えられることも一因だと思うが、実は両者に連続性はない。これまで現行の成人式は、敗戦直後に埼玉県蕨市で行なわれたものが全国に普及したとする説が有力であったが、本稿の調査を通じて、それがすでに戦前の名古屋市で行なわれていたことが明らかとなり、その開催趣旨や運営方式から、そこに元服的要素はなく、あくまでイベントとして開催されていたことを確認した。翻って成人式定着以前の類例を、各地の民俗事象を手掛かりに見てゆくと、何歳を成人と見なすかという基準は、ほぼ集落単位で取り決められており、全国一律の基準などなく、またその認定時期も個人の成熟度に応じて、かなりの柔軟性を持っていたことが明らかになった。この場合の成熟度とは、男子は「親の仕事を手伝う能力」、女子の場合は「結婚可能性」であり、いずれも個人差を前提としていた。だが、そうした柔軟性を駆逐したのが、明治期の徴兵制に起源をもつ「成人=20歳」という新基準であったが、これも全国民の間で共有されたと政府が認めたのは、戦後10年を経た頃であった。逆説的だが、「成人=20歳」という認識も、戦後の官製成人式の普及によって国民の間に浸透したのである。しかし、現在では新成人の約半数は就学者であり、しかもその段階で既婚である者も少ないであろう。前代に比べて現代の若者が幼く見えたとしても、それは仕方のないことである。法の規定とは別に、成人と見なす基準は時代や個人の境遇によって変わるということは、近代の民俗史が語るところだが、そうした様々な差異を無化して、無作為に人を一堂に集めるから荒れるのであり、そこに官製成人式の限界がある。とはいえ、多くの人が経験し、しかも70年以上の歴史をもつ行事であれば、それは十分に民俗学の対象である。通常、民俗学はその対象を「保護・顕彰」すべきものとして捉えるが、本稿では、現行の成人式が民俗的根拠を欠いた意義なきものであることを論じ、その廃止を提言する。
著者
室井 康成
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.65-105, 2018-03-23

2000年以降、いわゆる「荒れる成人式」問題が顕在化している。一般に成人式は、多くの日本人が加齢の過程で経験する重要な人生儀礼の一種として理解されているため、その荒廃ぶりは現代の若者の未熟さを示すものとして、しばしば睥睨の対象となっている。それは成人式が、近代まで日本各地において、15歳前後の若者に対して行なわれてきた成人儀礼「元服」の現代版として捉えられることも一因だと思うが、実は両者に連続性はない。これまで現行の成人式は、敗戦直後に埼玉県蕨市で行なわれたものが全国に普及したとする説が有力であったが、本稿の調査を通じて、それがすでに戦前の名古屋市で行なわれていたことが明らかとなり、その開催趣旨や運営方式から、そこに元服的要素はなく、あくまでイベントとして開催されていたことを確認した。翻って成人式定着以前の類例を、各地の民俗事象を手掛かりに見てゆくと、何歳を成人と見なすかという基準は、ほぼ集落単位で取り決められており、全国一律の基準などなく、またその認定時期も個人の成熟度に応じて、かなりの柔軟性を持っていたことが明らかになった。この場合の成熟度とは、男子は「親の仕事を手伝う能力」、女子の場合は「結婚可能性」であり、いずれも個人差を前提としていた。だが、そうした柔軟性を駆逐したのが、明治期の徴兵制に起源をもつ「成人=20歳」という新基準であったが、これも全国民の間で共有されたと政府が認めたのは、戦後10年を経た頃であった。逆説的だが、「成人=20歳」という認識も、戦後の官製成人式の普及によって国民の間に浸透したのである。しかし、現在では新成人の約半数は就学者であり、しかもその段階で既婚である者も少ないであろう。前代に比べて現代の若者が幼く見えたとしても、それは仕方のないことである。法の規定とは別に、成人と見なす基準は時代や個人の境遇によって変わるということは、近代の民俗史が語るところだが、そうした様々な差異を無化して、無作為に人を一堂に集めるから荒れるのであり、そこに官製成人式の限界がある。とはいえ、多くの人が経験し、しかも70年以上の歴史をもつ行事であれば、それは十分に民俗学の対象である。通常、民俗学はその対象を「保護・顕彰」すべきものとして捉えるが、本稿では、現行の成人式が民俗的根拠を欠いた意義なきものであることを論じ、その廃止を提言する。
著者
室井 康成
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.8, pp.65-105, 2018-03

2000年以降、いわゆる「荒れる成人式」問題が顕在化している。一般に成人式は、多くの日本人が加齢の過程で経験する重要な人生儀礼の一種として理解されているため、その荒廃ぶりは現代の若者の未熟さを示すものとして、しばしば睥睨の対象となっている。それは成人式が、近代まで日本各地において、15歳前後の若者に対して行なわれてきた成人儀礼「元服」の現代版として捉えられることも一因だと思うが、実は両者に連続性はない。これまで現行の成人式は、敗戦直後に埼玉県蕨市で行なわれたものが全国に普及したとする説が有力であったが、本稿の調査を通じて、それがすでに戦前の名古屋市で行なわれていたことが明らかとなり、その開催趣旨や運営方式から、そこに元服的要素はなく、あくまでイベントとして開催されていたことを確認した。翻って成人式定着以前の類例を、各地の民俗事象を手掛かりに見てゆくと、何歳を成人と見なすかという基準は、ほぼ集落単位で取り決められており、全国一律の基準などなく、またその認定時期も個人の成熟度に応じて、かなりの柔軟性を持っていたことが明らかになった。この場合の成熟度とは、男子は「親の仕事を手伝う能力」、女子の場合は「結婚可能性」であり、いずれも個人差を前提としていた。だが、そうした柔軟性を駆逐したのが、明治期の徴兵制に起源をもつ「成人=20歳」という新基準であったが、これも全国民の間で共有されたと政府が認めたのは、戦後10年を経た頃であった。逆説的だが、「成人=20歳」という認識も、戦後の官製成人式の普及によって国民の間に浸透したのである。しかし、現在では新成人の約半数は就学者であり、しかもその段階で既婚である者も少ないであろう。前代に比べて現代の若者が幼く見えたとしても、それは仕方のないことである。法の規定とは別に、成人と見なす基準は時代や個人の境遇によって変わるということは、近代の民俗史が語るところだが、そうした様々な差異を無化して、無作為に人を一堂に集めるから荒れるのであり、そこに官製成人式の限界がある。とはいえ、多くの人が経験し、しかも70年以上の歴史をもつ行事であれば、それは十分に民俗学の対象である。通常、民俗学はその対象を「保護・顕彰」すべきものとして捉えるが、本稿では、現行の成人式が民俗的根拠を欠いた意義なきものであることを論じ、その廃止を提言する。
著者
矢崎 慶太郎
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.4, pp.137-148, 2014-03

本論では、芸術についての社会学理論を概観するために、基本的なアプローチを4つに区分して考察する。まず第一に芸術を道徳や経済などの「社会の反映」として示すコント、マルクス、第二に、芸術を社会と対立する関係にあるものと見なし、「社会の外側」にあるものとして扱うアドルノおよびゲーレン。第三に、芸術は社会的な反映ではないが、政治や経済と同様に、社会制度のひとつであり、「社会の内側」に属するものとして扱うベッカー(アート・ワールド)、ブルデュー(芸術場)、ルーマン(芸術システム)。第四に、芸術そのものを社会の原型として見るジンメル、および芸術がどのように他の社会領域に影響を与えているのか、という視点から芸術と経済との関係を研究するアプローチを取り上げる。これらの4つのアプローチを取り上げながら、芸術をどのように社会的な現象として扱うことができるのか、および芸術の社会学的研究にはどのような意義があるのかについて明らかにする。
著者
中尾 暢見
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.4, pp.101-117, 2014-03

本稿は最初に激増する高齢者犯罪の実態を示す。暴行事件は1990年から2009年までの約20年間で52.6倍と激増している。あまりの激増ぶりに驚く人も多いであろうが、これでも氷山の一角である。なぜならば、これは検挙された数であるため被害者が警察へ被害届を出さない場合も多いからである。今まで被害者と目されてきた高齢者は、いったい何時から、どうして暴力的に豹変したり加害者となってしまったのであろうか。次にその要因として4つの言説を提示した上で検討を行う。白書や主要な研究者は1つ目の言説を支持しているが、筆者はその他に3つの言説を示す。1つ目の高齢者の孤立説では高齢者が社会と家族から孤立するメカニズムを紐解く。2つ目の犯罪コーホート説では犯罪者が多い出生コーホート(世代)を示した上でデータによる検証を行う。パオロ・マッツァリーノの言説では1941年から1946年生まれの出生コーホートを提示しているが、筆者はデータから出生年を1940年から1946年生まれへと修正提示した上で犯罪者が多いコーホートを浮き彫りにして、クローズアップされ続けた少年犯罪は減少傾向にあることを示す。3つ目の認知症説では長寿化に伴い認知機能の衰えた高齢者が増加することで、病気のために犯罪者となり再犯を重ねる傾向のある高齢者像を浮き彫りにする。そして4つ目の確信犯説では窃盗や暴力事件で警察沙汰になっても泣いて謝罪すれば許されるであろう、ボケたふり病気のふりをすれば見逃してもらえる、警察でも拘留されることなく帰宅できる、送検されても起訴猶予になる程度、地位も名誉も失うものは無いからと開き直って犯罪を重ねる悪質な高齢者の存在を示す。戦後の日本社会は、速い速度で劇的に変化を遂げてきた。変化の波乗りは、とても難しい。社会的弱者ほど波乗りに失敗したり、やり直して成功しても何度目かのチャレンジでは失敗して意欲を失って沈んでしまうこともある。溺れる人々が多いのは当該社会にとっては危険なサインである。社会政策の失敗、運用の行き詰まり、変革の必要性を示すサインでもある。加害者の処罰とその対応に追われてばかりいると、次々に新たな加害者を生み出すだけで問題の根治や解決には至らない。犯罪者を生み出さない社会づくりが必要である。高齢者犯罪が激増した要因を分析することは、今日の日本社会を照らすことになる。
著者
徐 玄九
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.8, pp.53-64, 2018-03

明治末期から大正期を経て昭和初期にかけて、いわゆる「第二維新」を掲げる多くの運動が展開された。日本のファシズム化の過程で結成された多くの国家主義団体は、ほとんど大衆的組織基盤をもっておらず、しかも、組織機構を整備していなかった。ごく少数の幹部が勇ましいスローガンを掲げていたに過ぎず、経済的基盤も弱かった。しかし、大本教および出口王仁三郎の思想と運動は、これまでのテロやクーデターに頼った右翼や青年将校に比べて、大衆組織力、社会への影響力という点で、群を抜いていた。そして、大本教および出口王仁三郎の運動を「天皇制ファシズム」を推し進める他の団体、青年将校らと比較した場合、決定的に違う点は、テロやクーデターのような暴力的手段に訴える盲目的な行動主義とは一線を画し、「大衆的な基盤」に基づいて、あくまでも「無血」の「第二維新」を目指したことである。出口王仁三郎が追求したのは「民衆の力を結集すること」による社会変革であったのである。
著者
塚越 健司
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.4, pp.89-99, 2014-03

フランスの哲学者・思想家のミシェル・フーコー(1926-84)は、晩年に「パレーシアπαρρησiα parrêsia」という古代ギリシア語の言葉を研究していた。本稿は、パレーシアを「真理陳述=真実語りvéridiction」の一つの形式だと述べるフーコーのパレーシア研究に沿いながら、預言者の真理陳述に着目する。パレーシアとは、古代ギリシア語で「すべてを語るtout-dire」あるいは「真実を語るdire-vrai」といった意味を持つ。さらにパレーシアは常に危険を伴う言説行為であり、また語る内容を語る本人が信じていなければならない等の条件がある。本稿では第1章として、フーコーが語った真理陳述としてのパレーシアが、古代ギリシアのアテナイ民主政社会においてその機能を健全に維持するための、一種の社会的装置であったと解釈する。第2章では、フーコーが直接語らなかった古代イスラエル社会における預言者の「真理陳述」の形式について、預言者に関する先行研究を参照することで、それが神との契約を想起させる社会的装置であったと解釈する。第3章では、預言者の言説がパレーシアとどのように異なるのかについてフーコーの主張を確認する。さらにフーコーが残した仮説から、古代イスラエルの預言者の真理陳述の形式が、現代ではパレーシアの形式と混合し、「預言的パレーシア」として名付けることができることを確認する。最後に、預言的パレーシアという真理陳述の形式が革命家の言説として、現代にも引き継がれていることを確認する。
著者
マイ・ティ・カイン・フエン
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.73-88, 2017-03-15

日本の農村地域は国全体の高齢化を20年ほど先取りして既に超高齢社会になっている。したがって、21世紀の日本の高齢化社会のなかで、農村地域における高齢者の生活が維持できるかどうかは、深刻な問題となっている。こうした状況のなかで、2000年4月に介護保険制度が施行された。社会保険公式の導入、「措置」から「契約」の移行、民間事業者の参入などにより日本の高齢者福祉システムは大きく変化してきた。それは、介護サービス利用者が多様なサービスを選択し、利用できるようになったことである。このような制度のもと、山形県最上郡戸沢村と長野県小県郡旧真田町(現在の上田市真田町)での事例を通して、本稿の目的は、(1)農村・農家での要介護高齢者への家族介護について、(2)高齢者介護と農業生産との相互の関係性、(3)介護サービス利用後の高齢者生活の変化等、三つの点を明らかにすることである。さらに、その分析を踏まえたうえで、介護保険制度の導入によって発生する問題を検討するとともに、農村地域における要介護高齢者と主介護者の生活の質を高めるための課題を探ることである。
著者
斉 穎賢
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.1, pp.107-117, 2011-03

本稿は、これまでの先行研究で明らかになった、モンゴル社会における伝統的家族・父系親族の特徴が、①父系原理によって構成された血縁関係からなる氏族的集団、②家父長的小家族が単位、③族外婚、④複数の相続があり、女子の相続も小部分あるが、主に男子相続であり、特に「末子相続」であることを整理し、「小家族」と「末子相続」に焦点を当てて、これまで先行研究が見落としてきた点、つまり、①なぜ小家族が単位なのか、②なぜモンゴル社会は末子相続なのかを再検討し、明らかにするのが目的である。研究方法として、文献・資料を検討の上で、比較的伝統的であったモンゴル社会に生まれ育った経験を生かしながら、現在の生活の中での家族・親族関係を踏まえて、内側から、モンゴル社会における家族・父系親族の現象をとらえるだけでなく、その現象の持つ主な特徴の「意味」を探った。その結果、①モンゴル小家族は、遊牧的経済だけが要因ではなく、モンゴル人が、子どもを結婚させて、「独立」させることを、親の基本的な「義務の達成」とし、それを子供の「1人前の成人」であるという概念と、「親族間の軋轢」を避けるという観念と緊密に関連している。②モンゴル相続の発生は親の死後ではなく、子の「結婚・独立」時に発生しており、「平等である」という親の「判断基準」に基づき、諸子に財産を分割しているのが実態であり、しかも、「末子相続」慣行であっても、他の民族の「長子相続」のような「1人の子どもが死者の財産を排他的に継承する一子相続のパターン」ではない。③モンゴルの「末子相続」慣行は、明らかにモンゴルの「小家族が単位」と関連しており、上の兄弟たちが、次々と独立していった結果は、末子が親の扶養をすることになる。しかし、親の扶養が問題にならなかったから、法制度的な規定がなかったことになる。④農耕化したモンゴル社会における事例から、「末子相続」の慣行は、遊牧或は農耕のような経済的形態が主因でなく、「イエ」や「家族」をどう見るかという「観念」によるいという内藤莞爾説が実証されたことになる。
著者
庄司 俊之
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.5, pp.99-112, 2015-03

大阪の釜ヶ崎で日雇い労働者や路上生活者たちの支援活動を行っている修道女、大野晶子さんにライフヒストリーを聞いた。最初に現在の釜ヶ崎の状況、その変貌する様子をどのように見ているかを説明してもらい、ついで、どのような過程をへて釜ヶ崎での活動に携わるようになったのか、自身の前半生について語ってもらった。1927年生まれ。釜ヶ崎の危機的状況については原発労働者や監視カメラなど、硬質な言葉で表現した。それに対して出身地で幼少期にみた光景について聞くと、戦前の神戸がいかに国際色豊かだったかを語ってくれた。この原体験としてある多様性への感覚は、現在の危機意識と鮮やかにコントラストをなしていた。また、大正ロマンを生きたという両親からは「キリストに従うこと」や「慈善のわざ」を受け継いだ。しかし両親は、おんなは結婚して夫の家の宗教にしたがうべきとする伝統的な考えをもち、娘の入信には反対したという。これを押し切るかたちで家を出て修道院に入り、第2バチカン公会議における「現代化」の思想や労働運動に携わっていた弟から「キリストの生き方」を学ぶなどしながら、やがて定年間近の年齢になって「つぎの段階へすすむ」ために大きな修道院を出て小さな共同体を生きることを考えるようになった。そのとき短期の研修として赴いた先のフィリピンでの経験こそ、彼女が釜ヶ崎で活動するようになる大きなきっかけとなった。以上の事例研究は、たとえば福祉活動に携わるアクターの諸類型を比較研究する際の有益な材料のひとつにもなりえるし、また、福祉の思想や宗教思想を掘り下げようとする際にも有効な示唆が得られるはずである。
著者
横山 順一
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.1, pp.163-179, 2011-03

2000年代に入り大都市、特に東京都心の空間は、大資本や行政が牽引する力によってその姿を大きく変えてきている。そこでは超高層マンションや大型複合施設によって形成される開発空間が誕生しているが、同時にその袂に隙間的、裏道的と呼べるような空間もまた生成、もしくは発見されてきている現実がある。本論はこのような東京都心部の空間再編成過程においてたち現れてきている隙間空間としての「裏道」に注目し、その形成過程の把握とそれが今日の都市空間に対して有する意味の検討を目的とする。またその際、生活や経済活動の舞台として「裏道」を選んだ人々にとってそこがどのように生きられているのかという点に特に注目する。本論の構成は以下の通りである。はじめに問題の所在を述べ、次に方法論の検討として、都市サブカルチャー研究と消費社会論的都市研究、場所論、社会学的意味論という3つの領域の諸研究を検討する。第3に本論が対象とする港区元麻布エリアにある「裏道」を地理的特徴と物質的特徴から捉え、第4に、2000年代に入り「裏道」に付与された意味の検討を通し、そこを生活や経済活動の舞台として選んだ人々の活動実践を捉えていく。そして最後に、ニッチ産業を生きる人々による濃密なコミュニケーションへの注目から「裏道」の今日的な意義を論じる。
著者
広田 康生
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.43-61, 2016-03-15

本稿は、新宿大久保、百人町における新来住者、エスニシティと旧住民との「場所形成」をめぐる衝突と融合の諸相の社会学的実態報告を目指している。エスニック・コミュニティへの統合圧力あるいは「排外主義」が強まる中、「積極的主体」から「ネガティブな主体」へとイメージの逆転が進行しだしたといわれる移民、エスニシティと対応する旧住民との「場所認識」の衝突と融合過程と、「推移空間化」を背景に、移民、エスニシティ側からの連携を模索する姿を描こうとしている。以下、1では本稿における問題意識について主に「共生」の逆転現象について問題提起をし、2で、現在のエスニック・コミュニティを分析する分析地平について、トランスナショナル・コミュニティ視角と、推移空間化、及び昨今のヘイトスピーチに代表される統合圧力の現状について説明し、3では、こうした「場所形成」同士の衝突と融合を、背景としての新宿の「推移空間化」の現状の中で説明し、4において筆者の聞き取り調査のなかに、場所認識の実相を見ていく。本稿は、「排外主義」の中でも「共生」の契機を探ろうとする移民、エスニシティと日本人住民の活動を描くことを目的にしている。
著者
柴田 弘捷
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.43-64, 2020-03-23

本稿は安倍政権によって進められている「働き方改革」の下で変わりつつある日本の「雇用されない働き方」の一形態である「フリーランス的な働き方」の実態を明らかにしようとするものである。まず「働き方改革」の狙いと内容を素描し、そこで追求されている「多様で柔軟な働き方」の一つとしての「フリーランス的な働き方」をしている者の量的把握を試みたいくつかの試算を紹介した。その数は少ないもので230万人、多いもの470万人となっていた。「フリーランスの就業実態」以降で、いくつかの実態調査を基に、その類型、属性、業務内容、就業実態、収入の現実および「フリーランス」の意識(満足感、問題点、課題認識等)を明らかにした。「フリーランス的働き」をしている者は、属性、業務内容、就業時間、収入も多様でまさに千差万別であった。ただ、契約期間の短さ、就業時間の短さが特徴的に浮かび上がってきた。また働き方への満足度が強いにもかかわらず、仕事と収入が安定しないこと、「自営業主」扱いであるため、雇用者に保障されている様々な保険が適用されないことへの不満が強いことが明らかになった。最後に、現代の「フリーランス的働き方」の典型と思われるギグワーカー(gig worker)の分析も行った。それはまさに究極の不安定就労であることを指摘した。
著者
小森田 龍生
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.3, pp.117-126, 2013-03

日本の自殺は1998年に前年比およそ3割増しの大幅な増加を示して以降、特に男性においては自殺者数、自殺率ともに統計史上もっとも高い水準で今日に至っている。近年では若年~中堅層(20~39歳)の自殺増加が顕著な傾向として現れており、本稿では既存統計資料の整理を通じてこの現象の追求すべき課題を探っていく。統計資料の整理から見出されるのは、 ①98年以降、若年~中堅層の自殺率が増加傾向にあるということは統計上間違いなく、この点は他の年齢層に比較して近年の特徴の一つとして捉えることができる。 ②若年~中堅層の自殺増加傾向は男女に共通するものであるが、男性の自殺率は女性に比べて約2倍と大きな差がある。 ③原因・動機別では、男性は女性に比べて、「経済・生活問題」、「勤務問題」といった経済的な要因の占める割合が大きい。 ④都道府県単位で見たところによれば、若年~中堅層の自殺率に地域差は少なく、この年齢層の自殺増加が全国的な現象であるといえる、といった点となる。これらのことから、自殺増加の社会的背景・その影響力は若年~中堅層に広範囲かつ性別を超えて作用しているが、とりわけ同年齢層の男性に強く作用しているということがわかる。最後にBaudelot & Establet(2006=2012)の議論を参照しながら、短い考察を加えた。
著者
塚越 健司
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.89-99, 2014-03-15

フランスの哲学者・思想家のミシェル・フーコー(1926-84)は、晩年に「パレーシアπαρρησiα parrêsia」という古代ギリシア語の言葉を研究していた。本稿は、パレーシアを「真理陳述=真実語りvéridiction」の一つの形式だと述べるフーコーのパレーシア研究に沿いながら、預言者の真理陳述に着目する。パレーシアとは、古代ギリシア語で「すべてを語るtout-dire」あるいは「真実を語るdire-vrai」といった意味を持つ。さらにパレーシアは常に危険を伴う言説行為であり、また語る内容を語る本人が信じていなければならない等の条件がある。本稿では第1章として、フーコーが語った真理陳述としてのパレーシアが、古代ギリシアのアテナイ民主政社会においてその機能を健全に維持するための、一種の社会的装置であったと解釈する。第2章では、フーコーが直接語らなかった古代イスラエル社会における預言者の「真理陳述」の形式について、預言者に関する先行研究を参照することで、それが神との契約を想起させる社会的装置であったと解釈する。第3章では、預言者の言説がパレーシアとどのように異なるのかについてフーコーの主張を確認する。さらにフーコーが残した仮説から、古代イスラエルの預言者の真理陳述の形式が、現代ではパレーシアの形式と混合し、「預言的パレーシア」として名付けることができることを確認する。最後に、預言的パレーシアという真理陳述の形式が革命家の言説として、現代にも引き継がれていることを確認する。
著者
徐 玄九
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.8, pp.53-64, 2018-03

明治末期から大正期を経て昭和初期にかけて、いわゆる「第二維新」を掲げる多くの運動が展開された。日本のファシズム化の過程で結成された多くの国家主義団体は、ほとんど大衆的組織基盤をもっておらず、しかも、組織機構を整備していなかった。ごく少数の幹部が勇ましいスローガンを掲げていたに過ぎず、経済的基盤も弱かった。しかし、大本教および出口王仁三郎の思想と運動は、これまでのテロやクーデターに頼った右翼や青年将校に比べて、大衆組織力、社会への影響力という点で、群を抜いていた。そして、大本教および出口王仁三郎の運動を「天皇制ファシズム」を推し進める他の団体、青年将校らと比較した場合、決定的に違う点は、テロやクーデターのような暴力的手段に訴える盲目的な行動主義とは一線を画し、「大衆的な基盤」に基づいて、あくまでも「無血」の「第二維新」を目指したことである。出口王仁三郎が追求したのは「民衆の力を結集すること」による社会変革であったのである。

1 0 0 0 IR 悲劇の系譜

著者
庄司 俊之
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.7, pp.109-124, 2017-03

「悲劇」という語は、現代では、繰り返してはならないもの、未然に防止すべきものというように、一義的にネガティブな意味が与えられているが、語源としての悲劇、演劇としての悲劇はそうではない。それはかつてポジティブな意味をもっていた。このコントラストを念頭に、本稿では、古代の『オイディプス王』からシェークスピアの4大悲劇を経由して現代の『ゴドーを待ちながら』における「悲喜劇」にいたるまでの、ひとつの系譜を追いかけていく。そこでは悲劇の古典的図式が変容し、失効し、現代になると悲劇がそのまま喜劇であるような作品が出現するという道筋が見通されることになるが、こうした演劇作品における変容のプロセスは、その背後にある社会変容の対応物と見なすことができるだろう。そして、演劇はたしかに芸術のなかでもマイナーな領域に降格してしまったけれど、しかしマイナーだからこそ、語源としての悲劇から遠く離れてしまって一義的にネガティブに捉えられるようになった現代の「悲劇」的状況に対して現代演劇における「悲喜劇としての悲劇」は一定の示唆を与えうるものになっていると考えられる。本稿が『オイディプス王』の分析を通じて提示する悲劇の古典的図式とは、一個の真理、循環する王権の安定した社会、安定ゆえに「逆転」が効果的な意味(カタルシス)をもつということである。それに対してシェークスピアの4大悲劇では、真理と虚偽が振動し、神々の不死ではなく生き続ける亡霊が世界を攪乱し、物語の結末が悲しみで終わるか喜びで終わるか、つまりその作品が悲劇なのか喜劇なのかは偶然が決定するようになる。死後の生、不死の世界が否定されると今度は「死」が特権化され、物語に最終的な意味を与える機能を「死」がもつことになるのである。そしてチェーホフを経由してベケットの『ゴドーを待ちながら』になると、それが悲劇なのか喜劇なのか、そうした区別そのものが消失する。詩的な表現は無数の無駄話のなかに配置されなければならず、悲劇的なシーンは必ずコメディータッチの演出をともなわなければならない。提示されるのは一個の悲劇的な真理ではなく、その「図」を成り立たしめる「地」を含みこんだ世界全体なのだ。『オイディプス王』以来、「自己への問い」は物語に組み込まれており、それはシェークスピア作品でも展開されていたが、『ゴドーを待ちながら』では作品が純粋な媒体と化し、すべては世界と対峙する自己へと折り返されることになる。本稿末尾では以上を踏まえ、「悲劇的」とされるウェーバー解釈、「イマームを待望しながら」を書いた晩年のフーコー、超高齢社会のなかベッドサイドで待ちつづけるひとびとのすがたについて附言する。
著者
中尾 暢見
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.101-117, 2014-03-15

本稿は最初に激増する高齢者犯罪の実態を示す。暴行事件は1990年から2009年までの約20年間で52.6倍と激増している。あまりの激増ぶりに驚く人も多いであろうが、これでも氷山の一角である。なぜならば、これは検挙された数であるため被害者が警察へ被害届を出さない場合も多いからである。今まで被害者と目されてきた高齢者は、いったい何時から、どうして暴力的に豹変したり加害者となってしまったのであろうか。次にその要因として4つの言説を提示した上で検討を行う。白書や主要な研究者は1つ目の言説を支持しているが、筆者はその他に3つの言説を示す。1つ目の高齢者の孤立説では高齢者が社会と家族から孤立するメカニズムを紐解く。2つ目の犯罪コーホート説では犯罪者が多い出生コーホート(世代)を示した上でデータによる検証を行う。パオロ・マッツァリーノの言説では1941年から1946年生まれの出生コーホートを提示しているが、筆者はデータから出生年を1940年から1946年生まれへと修正提示した上で犯罪者が多いコーホートを浮き彫りにして、クローズアップされ続けた少年犯罪は減少傾向にあることを示す。3つ目の認知症説では長寿化に伴い認知機能の衰えた高齢者が増加することで、病気のために犯罪者となり再犯を重ねる傾向のある高齢者像を浮き彫りにする。そして4つ目の確信犯説では窃盗や暴力事件で警察沙汰になっても泣いて謝罪すれば許されるであろう、ボケたふり病気のふりをすれば見逃してもらえる、警察でも拘留されることなく帰宅できる、送検されても起訴猶予になる程度、地位も名誉も失うものは無いからと開き直って犯罪を重ねる悪質な高齢者の存在を示す。戦後の日本社会は、速い速度で劇的に変化を遂げてきた。変化の波乗りは、とても難しい。社会的弱者ほど波乗りに失敗したり、やり直して成功しても何度目かのチャレンジでは失敗して意欲を失って沈んでしまうこともある。溺れる人々が多いのは当該社会にとっては危険なサインである。社会政策の失敗、運用の行き詰まり、変革の必要性を示すサインでもある。加害者の処罰とその対応に追われてばかりいると、次々に新たな加害者を生み出すだけで問題の根治や解決には至らない。犯罪者を生み出さない社会づくりが必要である。高齢者犯罪が激増した要因を分析することは、今日の日本社会を照らすことになる。
著者
樋口 博美
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.2, pp.113-125, 2012-03

本稿は、祇園祭山鉾巡行の実現と維持にかかわる人々に焦点を当て、そこで取り結ばれる関係を「祭縁」として考察し、その全体の概要を捉える図式の提示を試みたものである。山鉾を「建てて、動かす」ことをめぐり、どのような人々がどのように関係するのかという関心から、祭礼にかかわる人々と諸集団を①祭へのかかわり方、②空間、③時間、④伝統の視点から記述・考察している。①祭へのかかわり方を、祭礼の実現・維持に向けた機能の観点から、企画とその運営の役割を担うもの(山鉾保存会、町内在企業、通い町衆、山鉾連合会)と、技能によって実動する役割を担うもの(手伝い方、大工方、車方の作事三方)に分類した。それぞれを②空間、③時間、④伝統の視点でみると、前者は、その集団構成を変えつつも祭礼の基点となる町会所周辺に生活基盤をもち、祭礼にかける時間も多いという特徴で括られる。これを「企画・運営をめぐる祭縁」とした。後者は、やはりその集団構成を変えつつあるが、町会所から離れたところに生活基盤のある祭礼時期に限定的な関係であり、祭礼にかける時間も少ないという特徴で括られる。これを「技能・実動をめぐる祭縁」とした。異なる役割と社会関係をもつ二つの祭縁は、山鉾巡行という至上命題を実現するにあたり、互いに必要不可欠な関係として結ばれる。これを都市的祭縁として明らかにした。