著者
宇佐美 誠
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.7-19, 2013

<p>わが国では,公共政策に内在する価値に関する規範的研究が,最近約20年間に一部の研究者によって精力的に推進されてきた。しかし,大半の政策研究者や政策実務家の間では,価値研究の重要性がいまだ広く認識されていないと思われる。こうした現状に一石を投じるべく,本稿は具体的な政策問題を取り上げた上で,現行政策や代替政策案の十全な評価のためには,これらの背後にある価値理論の検討が不可欠であると示すことを試みる。政策問題としては,政治哲学・道徳哲学で近時急速に研究が進展しつつある気候の正義という新たな研究主題群を取り上げ,なかでも地球規模での二酸化炭素排出権の分配問題に焦点を合わせる。</p><p>初めに,本稿の主題を設定した上で,気候の正義の基本構図を概観する(1.)。次に,二酸化炭素排出削減の国際的政策の根幹をなす過去基準説(2.)と,主要な代替政策案である平等排出説(3.)について,その各々を正当化する価値理論に対して批判的検討を加える。この検討を通じて,両説がそれぞれ種々の難点を抱えることが明らかとなろう。こうした否定的知見を踏まえて,別の政策案である基底的ニーズ説の価値理論を発展させる(4.)。最後に,政策・政策案を評価するためには,これらの背後にある価値理論の検討が不可欠だと指摘する(5.)。</p>
著者
加藤 朗
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.42-58, 2008

<p>「新しい戦争」であるテロには3つの越境性がある。第1は航空機の発達,国境管理,国境線の変化に伴う越境性。第2はメディアの発達やインターネット革命による物理的空間と心理的空間の境界を越える越境性。第3はグローバル権力圏とグローバル親密圏双方の圏域を越え,両者を架橋するグローバル公共圏へ越境する越境性。</p><p>こうした越境するテロに対応するために,越境するガバナンスに基づく安全保障が必要不可欠である。それには2つある。1つは国家安全保障として,国家中心の多国間協調ガバナンスに基づくテロ対策。具体的にはテロの3つの越境性に即して国境管理の強化,メディアの管理そして国際法および国内法の法整備を多国間か協力して実施する。今1つは人間の安全保障として,国家のみならす非国家体も含めた類的存在としての人間中心の多主体間協調ガバナンスに基づくテロ対策。国家や地域を超えてグローバル社会に拡大するグローバル公共圏の非市民的公共圏のサバルタンと市民的公共圏の市民との間の人間の発展格差の解消をめざす。具体的には国家に代わる主権主体が国家間の古典的国際法に代わるコスモポリタン法を制定して国家の軍隊や警察に代わる武装民間組織が法を執行する。このテロ対策が実現するにはなお年月を要するが,現実にはその萌芽は国連の権威化,国際刑事裁判所の設置,民間軍事会社の出現等に垣間見ることができる。</p>
著者
西岡 晋
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.26-39, 2017

<p>本稿は政策実施研究に新たな知見を加え,公共政策学の発展に多少なりとも寄与することを意図している。第一に,政策実施を規定する構造的文脈を重視する。従来の政策実施研究が「虫の目」からミクロ過程に注目してきたのに対して,本稿はミクロ過程を規定するマクロ次元の要因を「鳥の目」からとらえる。政策実施研究は,従来見過ごされてきた政策失敗のメカニズムを解明することで,学術的に大きな貢献を果たした。とくに重要な知見は,小さな出来事が政策上の大きな失敗を引き起こすことを明らかにしたことである。しかし,小さな出来事の背景には大きな出来事が隠れているかもしれない。本稿は,後者の重要性を強調する。</p><p>第二に,本稿は政策実施研究と行政管理論との接点を探る。両者の研究はこれまで乖離した状況にあったが,これに対して本稿は,NPM(New Public Management)に着目しつつ,行政管理が政策実施に及ぼす影響を考察し,そのことを通じて両者の理論的接合を図ろうと試みる。その上で,行政改革の負の効果,すなわち行政改革が政策失敗の要因の一つになっている可能性を論じる。</p><p>政策失敗の事例として待機児童問題を扱う。待機児童問題の背景にある保育士不足がNPM型行政改革によって引き起こされているのではないか。それが分析の結果から導かれる結論である。</p>
著者
佐野 亘
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.65-80, 2013-12-20 (Released:2019-06-08)
参考文献数
33

公共政策を論じるうえで,価値や規範の問題について検討する必要があることは多くの論者が認めている。だが実際には,公共政策の規範的側面に関する研究は必ずしも充実しているわけではないし,具体的方法論も確立していない。本稿では,規範的政策分析がこれまでわが国でじゅうぶんになされてこなかった理由について考察したうえで,その意義を確認する。そして最後に,規範的政策分析がどのようなものであるべきかを論じ,具体的な方法論の確立に向けて,必要条件を提示し,そのあり方について,おおまかなイメージを描き出す。以上の検討から明らかになったことは,以下のとおりである。第一に,価値や規範に関する議論がときに政治的に重要な役割を果たすとしても,規範的政策分析を実際の政策過程に有効なかたちで組み込むには相応のエ夫が必要である。第二に,規範的政策分析は,一般的な規範理論研究と異なり,真理の追求をおこなうこと自体が目的ではなく,合意形成や選択肢の提示にとって役立つものでなければならない。第三に,そのような役割を果たすためには,政策に関わるコミュニケーションにおいて利用される価値概念や規範概念の意味内容や関係性を明確化するとともに,ことばになりにくい感覚や感情を言語化することも必要である。第四に,以上の作業をおこなうための前提条件として,人々が実際に有している価値観やモラルを知っておく必要がある。なお,以上の議論は基本的にプラグマティズムの観点からなされており,政策過程におけるレトリックや解釈,コミュニケーションの重要性を踏まえたものである。
著者
伊藤 恭彦
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.20-31, 2013-12-20 (Released:2019-06-08)
参考文献数
22

公共政策は規範や価値に関する思考と深い関係にある。その点で価値や規範を正面から扱う政治哲学は公共政策学において重要な役割を果たせそうである。しかし,現実の公共政策学では規範や価値の問題はどちらかというと「周辺的」な扱いを受けている。本稿では規範や価値を扱う政治哲学が,公共政策学と現実の政策過程に関与するアクターにいかなる貢献ができるのかを検討し,政治哲学と公共政策学を架橋する試みを行った。政治哲学的思考と政策学的思考は多くの点で質を異にするが,両者の違いを自覚するならば,政治哲学は「民主主義の下働き」としての役割を政策過程で演じることができる。その役割は政策アクターや政策を考えている有権者に「道徳の羅針盤」を提供することである。「道徳の羅針盤」のうち,本稿ではアジェンダ選定における「規範的な認識のフレームワーク」と政策形成における「価値コミットメント」の明示化を例示的に検討した。政治哲学は現実政治や政策過程から距離をおいて,政策理念や政策規範を構想することができる。他方で,政治哲学は政策過程に寄り添ったり,政策過程を振り返ったりする中で,政策に関する価値と規範を明らかにし,政策的思考を豊かにしていくことに貢献できる。
著者
植田 和弘
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.6-18, 2008-11-20 (Released:2019-06-08)

環境サステイナビリティという理念はいかに公共政策に組み入れられるべきか,そして現実にでのように取り入れられつつあるか,そこでの課題は何かについて検討した。公共政策の目標との関連で最初に,環境と成長のトレードオフという通念を破る発想に具体的な制度・政策的内容を与えた脱物質化論,ポーター仮説,二重の配当論等を紹介した。いずれの議論にも,環境を大切にする社会は,同時に雇用や福祉など他の社会的目標もあわせて逹成する社会であるべきだとする立場が共通しており,そこに,社会の制度・政策イノベーション能力の源泉があった。第三次環境基本計画は目標としては,持続可能な地域社会を志向しているものの,その実現を図る政策指針を持ちえていない。持続可能な(地域)発展に明確な定義を与え,包括的で測定可能な判定基準を理論的に提示したダスグプ夕の理論を適用すると,持特続可能な地域社会の構築には,地域の資本資産を充実させることと,その資本資産を有効に活用する制度をつくりあげること,が求められる。そうした環境的・経済的・社会的持続可能性を統合した持続可能な地域社会づくりには,地域社会のトータルなデザインが不可欠であり,総合行政の主体として自治体が本来の総合性を回復することが前提となる。同時に,環境的・経済的・社会的持続可能性を統合的に実現するための知的基盤や社会的基盤を形成するとともに,住民が自治の担い手としての力量を高めることが不可欠であり,自治体公共政策の方向性が確認される。
著者
早瀬 善彦
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.124-135, 2011-12-10 (Released:2019-06-08)
参考文献数
46

小論は,ネオコン第一世代とよばれる人々が醸成してきた一連の政策や思想体系について,以下の論点を基に考察することを目的とする。はじめに,“ネオコンサーヴァティヴ”(neo-conservative)という言葉の由来をふり返り,彼らの思想がアメリカの思想的系譜のなかでどう位置づけられるのかという問題を確認するが,ここでは,とりわけ,アメリ力の伝統的保守派との思想的相違に着目しながら議論を進めたい。次に,ネオコンの代表的論客であるアーヴィング・クリストルなどの整理に従いつつ,「信念」(persuasion)としてのネオコンの定義を再確認し,その歴史的歩みについてふれる。なお,彼らの歴史を追っていく上で重要な鍵となるのは,左派的なニューヨーク知識人の集団として歩み始めた彼らが,どのような時代背景や事件をきっかけに,保守的立場へと転向したかという点である。続いて,彼らが展開した一連の国内政策の要点を確認し,その現代的意義について論じる。その過程で,彼らの政策を形づくる思想的背景にも踏み込んでいきたい。最後に,ネオコン第一世代がアメリカの外交というものにたいし,どう向き合ってきたかという問題を考察する。その際,第二世代のネオコンが進める外交政策との共通点を探っていくことで,世代に関係なく,ネオコンを貫く思想や政策的指針の正体を最終的に明らかにしていきたい。
著者
京 俊介
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.19-32, 2016

<p>近年の日本における一連の厳罰化立法は,「法と秩序」の強化を求める市民感情に基づく民意が刑事政策に強く反映されすぎることを意味する「ポピュリズム厳罰化」現象と捉えられるのか。刑事政策に影響を与える政治的要因については,主に犯罪社会学の文脈で議論が蓄積されてきたものの,政治学的な分析が不足してきた。本稿は,政治学の観点から,近年の日本の厳罰化立法がいかなる政治的メカニズムで生じているかを明らかにすることを目的とする。本稿は,まず,イシュー・セイリアンスと政党間対立の2つの軸によって,刑事法学者が列挙した近年の厳罰化の立法事例を類型化することで,その全体的な傾向を把握する。そのうえで,分析対象期間内に複数の立法事例をもち,類型化の結果から詳細に検討すべき特徴をもつ2つの法律,すなわち,少年法と児童買春・児竜ポルノ禁止法について,その立法過程の追跡を行う。以上の作業を通じて,本稿は,日本の厳罰化の立法過程について「ポピュリズム厳罰化」論が説明するのは,一連の凶悪な少年事件を背景として成立した少年法の2000年改正など一部の「目立つ」事例に限られ,その他の多くは世論があまり関心をもたないなかで官僚制に実質的な政策形成が委任されている「ロー・セイリアンスの政策形成過程」の枠組みで捉えられる,「民意なき厳罰化」と特徴付けることのできる立法であることを示す。</p>
著者
大石 眞
出版者
日本公共政策学会
雑誌
公共政策研究 (ISSN:21865868)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.7-16, 2006

<p>内閣の補助機関である内閣法制局は,「国制知」の有力な担い手であり,明治憲法時代から第2次世界大戦後の憲法・憲法附属法などの制定過程を経て今日にいたるまで,人事を含むさまざまな形で国政秩序の形成,運用に寄与する機能を果たしている。法制局の所掌事務は,主として法令案の審査を行う審査事務と法律問題に関する意見事務とに分かれるが,法律問題に関する国会答弁・政府統一見解の作成も,その重要な職務の1つに数えられる。</p><p>法制局の審査事務は,内閣提出法案・政令案を合せると,年間平均して650件に及んでいるが,とくに各省庁が立案する内閣提出法案については,国民の権利義務との関係を含む憲法適合性や法体系全体との整合性などの観点から厳しい審査が行われる。憲法訴訟において法律が違憲とされる事例が少ないのは,その当然の結果である。</p><p>他方,かつて意見事務の主要な部分を占めていたのは,法令の解釈問題に関する各省庁からの照会に対して文書で回答する法制意見であり,政府・行政部内では最高裁判所の判例に準ずる機能をもち,その意味で国政秩序の形成・運用に大きな貢献をしてきた。しかし,戦後法制の定着・国会審議の活性化・憲法裁判例の増加といった状況を背景として,法制意見は減少し,代わって口頭意見回答が増加している。</p><p>法制局が所掌事務を行うに当たって,学界等の権威者から助言と協力を受けるため,1960年以来,参与会の制度が設けられているが,その実質的影響力などは未だよくわからない。</p>