著者
玉木 博章
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.144, pp.75-106, 2022-03-31

本稿では 2010 年代に絶大なる人気を博していた AKB48 の歌詞を解釈し,特に「歌詞に共感する」という心理的メカニズムについて,教育学,音楽社会学,心理学,メディア論,若者論といった多角的な知見を援用して分析した.また,その過程において AKB48 の歌詞解釈に関する主たる先行著述者であった宇野常寛の論を批判的に検証することで,AKB48 の歌詞の性質について明らかにし,最終的に宇野の思想に則りながら歌詞を享受していくことがどのような危険性を孕んでいるのか,教育学的な見地から警鐘を鳴らした.AKB48 の歌詞は,自己世界への読み替えが起こりうる構造を示しており,そのことによって歌詞に共感することが,反ってリスナーであり対人関係に悩みやすい子どもや若者をいっそう孤独にしてしまう恐れがあり,宇野の思想はそうした状況を助長させかねないため,外の世界と繋がり,他者の存在を意識していくことが重要であると帰結した.
著者
小坂 啓史
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.144, pp.63-73, 2022-03-31

本稿ではケアが行われている状況について,当事者たち(ケアの「受け手」と「担い手」)の経験として記述することをめざした.まず「動機の語彙論」を参照,ケアの動機はその根拠としてだけでなく,規範という側面をもつことも確認した.そうした当人の外部にある規範の存在から,環境の側からもケアがもたらされることが示唆された.そこで,環境がもたらす意味・価値であるアフォーダンスの視点により,ケアの場面にアフォードされる知覚的経験からもその状況が描きうることを確認,改めて「受け手」「担い手」それぞれからみた状況について述べた.「受け手」は,生命維持とそれを知覚する身体と,環境との関係で行為し知覚する身体それぞれの側面にわけてとらえられ,苦しみにより前者が後者を圧倒し自己の存在不安に陥る.「担い手」は「受け手」にアフォードされて探索的接触を行うが,その場面で応答=責任関係による倫理性がうまれ,「受け手」にとって「担い手」の実在を実感し,自身のそれをも取りもどすことになりうることを述べた.
著者
岡田 徹
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
vol.136, pp.93-126, 2017-09-30

本稿では,「福祉と開発の人間的基礎」を,森有正というわが国では稀有の思想家,哲学者の人間思索をとおして考究した. 「福祉と開発」だけであれば,もとより森有正の出る幕はない.が,ここでは《人間的基礎》の方に力点が置かれているので,人間思索は欠かせない.ここに取りあげた森有正は,《感覚-経験-思想》という独自の思惟の道筋を辿たどって人間の生成と存在について思索と省察をかさね,多くの作品4 4を生み出した. ここでは具体的に「人間が人間になる」という,森有正の根本命題を読み解きながら「福祉と開発の人間的基礎」,わけても《人間的基礎》に当たるものが何であるかを考究した.そしてそこから引き出された知見や智慧は,こういうことであった. -すなわち,福祉も開発も元々「人間に始まり人間に終わる」,すぐれて人間的な事実であり事象である.そうである以上,「福祉と開発」を人間事象に還元し,そして人間の在り方や生き方の問題として捉え直す必要がある.それも人間一般ではなく,一人ひとりの人間(人格)の《固有-普遍》のいのち4 4 4と存在4 4を,「福祉と開発」の中に定位させることである.その上でそれを促すような「福祉と開発」を志向することである,と. 「福祉と開発の人間的基礎」の核心を衝つく,森有正の「人間が人間になる」という命題から福祉や開発が学ぶことは決して小さくはなかった.
著者
片山 善博
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.142, pp.63-78, 2021-03-31

これまで,さまざまに検討がなされてきた社会福祉の理念(人権,尊厳,社会正義など)を考える上で,「人格」あるいは「主体」概念は重要な役割を果たしてきた.しかし,この概念は,その曖昧性から,抽象的・形式的,あるいは人間の選別につながるなど,社会福祉の領域だけでなく,さまざまな領域から批判を受けてきた.本論の目的は,これらの批判を踏まえ,人格概念再構築を通じて,社会福祉の諸理念を具体的に考察することである.そのために,ヘーゲル法哲学で展開されている人格論を参照する.ヘーゲルは,人格を個人に内在する理性や意志に還元することなく,身体や,生命,倫理的なものと関連づけて捉えている.このような視点から社会福祉の諸理念を改めて検討し,社会福祉の理論に貢献できる論点を示していく.
著者
山上 俊彦
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.135, pp.1-21, 2017-03

北海道庁が2015 年に公表した「科学的手法に基づくヒグマ生息数」はヒグマ生息数が爆発的に増加しているという結果となっている.この計算機実験に基づく推定結果について検討を加えたところ,断片的情報を基にしたシミュレーションであり,生息数の水準の根拠が希薄であること,生息数が安定する環境収容力が考慮されていないといった問題点があること,推定値の幅が広く信頼性の低い推定値であるということが判明した.ここで公表された生息数を基にヒグマの保護管理政策を推進した場合,北海道のヒグマは絶滅への道を辿ることが予想される.北海道のヒグマ保護管理計画は目標と手段の関係が調和していない政策であり,総捕獲数管理は個体数管理と本質的に変わらない補殺一方の政策である.北海道は政策の基本思想を根本から改める必要性がある.
著者
小平 英志
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.136, pp.1-14, 2017-09

Correlations and causal relationships among undervaluing others, self-formation, and self-change in Japanese university students were investigated. In Study 1, university students( n=163) completed scales that assessed undervaluing others, self-esteem, sense of self-formation, and intention for self-change. Results indicated a significant negative correlation between undervaluing others and imitation-oriented self-change defined as the will to change and agree with close others. This result was replicated in Study 2 with a different sample of undergraduates (n=298). Moreover, in study 3, structural equation approach with cross-lagged models and synchronous effects models were conducted on oneyear longitudinal data (n=161). Results suggested a significant covariance between undervaluing others and imitation-oriented self-change at Time 1. However, there were no significant causal effects among these variables. The meaning of undervaluing others in the development of young adults was discussed.
著者
柿沼 肇
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
vol.138, pp.67-97, 2018-09-30

「戦後」開始されるようになった教育運動史の本格的・組織的研究を担ったのは新教懇話会(1958 年1 月正式発足)とその発展として改組された教育運動史研究会(1968 年8 月発足)である.この両組織の活動によって,運動史研究は大きな前進を遂げたが,90 年代に入ってしばらくする頃から低調になり始め,中頃には会自体が「開店休業」状態に陥ってしまった. その研究会がやり残した課題はいくつかあるが,その一つが『「教労」・「新教」教育運動史事典』の編纂事業である(註・「教労」とは日本教育労働者組合,「新教」は新興教育研究会のこと,ともに前史および後継の運動を含む).そしてその『事典』の執筆項目の一つに「新教・教労の運動と弾圧機構」というのがあり,柿沼が執筆者ということになっていた.今回この小論を本誌に執筆しようと思いたった動機の一つはその時の「宿題」をいくらかでも果たさなければという思いがあったからである この小論では全体を大きく二つに括り,Ⅰを「戦前」日本の教育史,Ⅱを「戦前」社会運動,教育運動に対する「取締り・弾圧」機構,とした. Ⅰでは,『戦前』日本の社会と教育についてその内容を概略したあと「『戦前』日本教育の帰結とその教訓 教育(教師)の戦争協力と戦争責任」と題して以下の事柄を論じた. (1)日本教育の天皇制軍国主義的体質 (2)教育における「戦争責任」の払拭 -「空振り」と「免罪」 (3)「戦後」社会の中で -二度のチャンスを生かせず Ⅱでは (1)代表的な「取締り・弾圧」法令(33 項目と関連法令22 項目を列挙,一部に短いコメントを付す) (2)「取締り・弾圧」機構(情報収集,思想統制,世論形成等を含む.24 項目.各項にやや長めの解説を付す) なお,Ⅱでは時間をかけて膨大な資料・参考文献を収集したが,まだまだ目を通すことの出来ないままのものがかなり残されている.またこれまでの作業で新たな課題や問題意識も生まれてきている.そこで今回は,この「表題」での本格的な論文執筆のための「第一次作業」と位置づけて,題名のアタマに「研究ノート」と付すことにした.
著者
川村 潤子
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.140, pp.69-80, 2020-03-31

2019 年7 月3 日,中学3 年生の男子生徒がマンションから転落し,自らの命を絶った. この事件は,そもそも女子生徒がクラス内のいじめを疑い,担任にメモを渡して訴えていたのだが,事件発生後,そのメモはすでにシュレッダーにかけられていたという事実が発覚した.いじめの事件が起こるたび,「あなたのクラスでいじめがあった場合どのように対処しますか」という教員採用試験の面接での問いが頭を巡り,答えを見つけたいと考え続けている. 街の書店で売られている「教員採用試験 面接試験の攻略本」には,いじめに関する問いの模範解答が示されてもいる.しかし,本当に「教員採用試験 面接試験の攻略本」で記されていることでいじめが解決されるのであろうか.本論は筆者自身や教員関係者等の体験をもとに教育現場におけるいじめ問題について考え,筆者なりの提言をしたものである.
著者
岡田 徹
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
vol.137, pp.71-105, 2018-03-31

本稿では,「福祉と開発の人間的基礎」を,森有正というわが国では稀有の思想家,哲学者の人間思索をとおして考究した. ここ【中篇】では,この人間思索をさらに具体的に《感覚-経験-思想》という思惟の道程に沿って考えてみた. 森有正の場合,人間思索は,感覚をその最初の一歩として,《感覚-経験-思想》という道程を辿って深められる.この道程は,実に興味深いことであるが,渡仏後,森有正自身が歩んだ実生活上の道そのものであったことである. 先ず「感覚」については,ここでは感覚の純化である「純粋感覚」に特化して討究した.森有正や,森有正が兄事する彫刻家の高田博厚はこの純粋感覚に,精刻な言葉を与えて肉薄している.ここは「圧巻!」である. 次に「経験」は,森有正哲学の中枢概念にあたる.森有正は経験を,「感覚が純化し,自己批判を繰り返しつつ堆積し,そこに自己のかたちが露われて来る」ものであるとする. 最後の「思想」の段階に到って,すなわち「経験」を言葉で定義する段階で,森有正の筆はピタッと止まる.「実を言うと私は絶望的である」と苦しい胸の裡を明かして,「思想と経験」-「これはいわば哲学者としての絶頂を示す仕事である」とまで言い切っていた,深い思い入れのある「経験と思想」論文を途中で投げ出してしまう. そして思弁的な論議を脱し,踝を返して《感覚-経験-思想》の原質である「純粋感覚」へと立ち戻り,オルガン演奏に没入して《生きて在る》ことそのことへの斜度を深めてゆく.人間思索の深まりとともに,森有正の根本課題「人間が人間になる」ことが少しずつ象を顕わしてくる.
著者
片山 善博 Yoshihiro Katayama
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.131, pp.1-16, 2015-03

遺族が故人とのつながりを維持することがグリーフケア(特に遺族のケア)にとって重要であるという研究が様々な課題を抱えながらも主流になりつつある.とはいえ,遺族の個人に対する関係は一方的なものである.近年の承認論の研究では,自己と他者との間の承認関係が自己の成り立ちやアイデンティティにとって極めて重要であることが指摘されている.従って,遺族が故人との承認関係を維持するためには,故人が他者の地位にあることが望ましいことになる.遺族ケアの課題として,できるだけ双方向的なつながりを維持できるための故人の他者化が必要である.しかし,故人はいわゆる実在する他者ではない.そこで本論では,どのような他者化が可能なのか,また双方向的なつながりの維持のために何が必要なのかを考察した.精神的な他者化を推進する個別的なケアと同時に,こうした関係を安定的に維持させる社会・文化的な価値の創造が必要であると結論づけた.死別,遺族,悲嘆,ケア,承認
著者
二木 立
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
vol.137, pp.107-130, 2018-03-31

私は,日本福祉大学に在職中,医療経済・政策学の視点から,政策的意味合いが明確な実証研究と医療・介護・福祉政策の分析・予測・批判・提言の「二本立」の研究・言論活動を行った.その際,現実の医療と医療政策の問題点を事実に基づいて明らかにするだけでなく,医療制度・政策の改善に多少なりとも寄与しうる研究や提言も行うように努めた.ここで「医療経済・政策学」とは,「政策的意味合いが明確な医療経済学的研究と,経済分析に裏打ちされた医療政策研究との統合・融合をめざし」て,新たに考えた造語・新語で,私も編集委員となって2000 年代初頭に刊行した『講座 医療経済・政策学』(勁草書房.全6 巻)で初めて用いた. 在職した33 年間に,単著23 冊,単著に準ずる共著2 冊の合計25 冊等を出版した.第1 節では,それらの出版順に,概説及び各著書に収録した論文のうち,学術的価値が高いか先駆的で歴史的意義があると自己評価している論文,または私にとって「思い出深い」論文を紹介する.第2 節では,日本医療の将来予測を行うために考案した3 つの分析枠組み・概念について述べる.