著者
井東 廉介
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.45-55, 1991

前報では,日本語と英語(欧州諸言語)の「格」表現形態が著しく異なることを挙げ,格概念は個別言語内の表現形態と直接結び付きながら抽象化されることを見た。日本語の「格」体系が欧州諸言語の文法を基盤として助詞体系に当て填めたものであることは,明治以来の「ハ・ガ論争」や三上章の日本語文法論の中などで再三言及されている。欧州諸言語の「格」概念は,格屈折語尾変化や語順のような,非語彙的な統語機能の体系から成り立っている。一方,日本語には欧州諸言語のような「格」表現の素材はない。日本語の格概念は,欧州諸言語の格に対応する日本語の言語素材から構成された。従って,膠着言語の日本語が主として特定の語彙範疇-格助詞-で表示している格体系と,屈折言語の欧州諸言語が主として屈折語尾や語順で表示している格体系とでは,極めて制約された統語機能面にしか共通点が現れないのは当然である。「格」の個別的認識もそれが包括する事象によって異なる。例えば「主格」は,英語では主語になる名詞句が取る格で,人称代名詞には特定の形態が与えられるが,日本語には,対応する形態は言うまでもなく,三・単・現の動詞形に影響を及ぼす機能を持つものも,述語部分と対応する必須要素としての役割を果たすものも存在しない。格助詞の機能意味に対応点を探って,「主題」を表示する「ハ」(「モ」)と「主語」を表示する「ガ」に共通点を見いだすのみである。ところが「ハ」(「モ」)は,名詞句以外の範疇にも付加されることから,格助詞の範疇に含めないことが多い。また,「ガ」も,情報構造上「ハ」と相補的分布を示すこと,母体文と埋め込み文で「ハ」と使い分けられることが多いこと,述語節点に対して姉妹関係というよりは被統率関係になることが多いことなどから,英語の「主語」には含まれない機能意味を多く持っている。N.Chomskyは,「格」を統語構造上の抽象的な関係概念として捉え,深層構造の支配関係から派生する方法を提案した。この方法では,個別言語の格表示は,それぞれの媒介変数を適用することによって,意味とは無関係に機械的に生成される。この方法は,日本語と西欧諸語のように格表示の言語素材に著しい相違がある場合でも,統語構造と形態を生成するには都合がいい。言語形態に伴う意味は,統語部門とは別の意味部門の意味解釈規則で扱われるので,別途考慮すればいいからである。しかし,それによって派生される文法格は,原理上,述語と述語項の意味論的関係を区別することができない。Fillmoreは,格表示形態と意味の捉え方の順序を逆転することによって,「意味」から文法格を生成する理論を提案した。述語と述語項との意味論的な役割関係を新たに「格」と定義し,その「格」の生起する環境から一定の統語構造上の法則性を体系化すことによって,「意味」と文法格を可視的に関連付ける理論を構築したのである。これは「格文法」理論と呼ばれているが,その「格」は,上述のように,伝統文法の「格」ともChomskyの「格」とも異質のものである。「格文法」理論の「格」は,述語と述語項との関係意味から抽出さた素性と名詞句から成る。この「格」のモテルは,日本語の格表示形態と酷似している上に,理論形式上格助詞が持つ統語機能を「格素性」として捉える可能性を示唆している。このことから,格文法理論は日本語の「格」関係の分析には格好の理論的基盤を提供してくれるものと期待された。本論では,格文法理論が日本語の「格」を説明するのにどれほど有効がという視点から,Fillmoreの"The Case for Case"を中心とした「格文法」理論を検討し,その問題点を探る。
著者
久田 孝
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.7-60, 1998-12-15 (Released:2018-04-02)

わが国をはじめ東アジア,東南アジア諸国では古くから多種類の海藻が食されており,近年においてはその健康に対する機能性が注目されている.しかし,腸内菌叢(フローラ)が宿主の健康へ影響を及ぼすことはよく知られているにも関わらず,海藻の摂取と腸内菌との関連についての研究はこれまでほとんど行われていなかった.そこで本研究では,日常からよく食される海藻と,海藻多糖類(食物繊維)の健康への影響をin vitroおよびラットを用いた実験を行い,腸内環境の面から検討した.第1章ではヒト糞便フローラおよび腸内の代表的な菌株による海藻多糖類(アルギン酸ナトリウム,ラミナラン,カラギーナン,寒天,セルロース)の発酵性を検討した.その結果,褐藻類中の多糖類であるラミナランおよびアルギン酵ナトリウムが腸内フローラにより発酵され,酢酸や乳酸など数種類の短鎖脂肪酸(SCFAs)が生成された.とくにラミナランは腸内菌によって,より強く発酵された.アルギン酵ナトリウムをBacteroides ovatusが,またラミナランをB. ovatusおよび数種のClostridiumが発酵した.さらに乾燥褐藻製品22種類についてラミナランおよびアルギン酸を粗抽出した.海藻種または製品によって大きく異なるが,粗アルギン酵は各製品から10%(w/w)以上,多くの場合約20〜30%回収された.一方,ラミナランはヒダカコンブ,ヒダカ根コンブおよびアラメの3種類から検出され,それぞれ含有量は0.6, 4.0および10.9 %とアラメから最も多く回収された.第2章では9種類の海藻(コンブ,ワカメ,メカブ,アラメ,モズク,ヒジキ,アオノリ,アオサ(ビトエグサ),ノリ(アマノリ))食7日間投与のラット盲腸内フローラおよび血清脂質レベルに及ぼす影響を検討した.腸内環境に対し,1%海藻食ではbifidobacteria菌数またはその占有率が増加傾向にあり有用な影響を示したが,5%海藻食では海藻種によって様々で,メカブおよびノリはbifidobacteria菌数または占有率を有意に増加させたが,その他の海藻類は様々な菌群に対して抑制的な作用を示した.5%海藻食を摂取させたラットでは一様に血清トリグリセリド(TG)が低下した.第3章では2%海藻多糖類(ラミナラン,カラギーナン,寒天,アルギン酸ナトリウム(HAG ; 通常の高粘度・高分子量およびAG5 ;分子量約50,000))のラット盲腸内フローラおよび血清脂質レベルに及ぼす影響を検討した.ラミナランおよびAG5は,bifidobacteria菌数および占有率の増加傾向,盲腸内pHの低下など,腸内環境に対して有用な影響を示した.またこれらの作用はそれぞれ0.4%食という低濃度でも認められたが,高濃度(8%または10%)食の摂取では下痢様の症状をきたした.血清総コレステロール(TC)の抑制はAG5食のみで有意に示された.第4章では過剰量の海藻を摂取した際の多糖類の摂取とは矛盾する様々な菌群に対する抑制的な作用について検討するため,5%アラメ粉末,それに相当する量の粗抽出多糖類(粗ラミナラン,粗アルギン酸,難溶性多糖類)およびメタノール抽出物(多糖類は合まれない)を7日間投与したラットの,盲腸内フローラおよび血漿脂質等を調べた.粗抽出多糖類,特に粗ラミナランの摂取によりbifidobacteriaおよびlactobacilliの菌数は増加したが,メタノール抽出物の摂取により減少の傾向であり,アラメ粉末食を摂取した場合はbifidobacteriaに変動はなく,lactobacilliは減少した.アラメ粉末により糞便重量の増加が顕著で,粗抽出多糖類による増加量と著しい差があった.粗アルギン酸食以外の試験食で血漿TGおよびTCは減少,および減少の傾向が示され,メタノール抽出物は血漿TGを抑制したがTCには影響しなかった.第5章ではラミナラン摂取による盲腸内bifidobacteria増加の要因を調べるため,腸内のラミナラン分解菌C. ramosumによって分解生成される低分子の糖類が,腸内のラミナランを利用できない菌株の発育に対する影響をin vitroで検討した.C. ramosumによりラミナランから単糖,二糖および三糖類が培養液中に生成され,これらの分解生成物はBifidobacteriumやEnterococcusなど乳酸菌の発育を促進させることを示した.以上の結果から,摂取された発酵性の海藻多糖類,ラミナランおよび低分子量のアルギン酸ナトリウム(AG5)などは,腸内の分解菌により単糖類,オリゴ糖類に分解された後,ビフィズス菌に利用され,健康に対して有用な影響をもたらすと考えられる.海藻そのものを摂取した場合には,その摂取量により異なった影響が現われることが示されたが,通常の摂取量(1%w/w)では有用であると考えられる.また,過剰量の海藻の摂取と各多糖類の摂取の影響が異なっており矛盾する点があるようにみえるが,海藻中の多糖類以外の成分も腸内フローラの変動に深く関わっていることが示唆された.
著者
井東 廉介
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.13-26, 1997-12-15 (Released:2018-04-02)

日本語の格を標示するといわれている助詞,ハ・ガ・ノは,これまでの日本語分析の中でそれぞれの最も顕著な文中機能によって分類されてきた。しかし,日本語の統語構造と助詞付加が必ずしも英語のような述語項構造の配列規則や統語機能と整合性を係つものではないことから,これらの助詞分類と普遍文法的方向をめざす統語構造,意味構造の分析とが必ずしも一致していない。日本語では,上代ですでに,起源的に注意を喚起するための強調を意味する助詞「ハ」,「ヲ」がそれぞれ主題・主語,動詞の目的語を表示する用法として定着していたが,同時にこれらの用法を助詞無しで行う方法も平行して存在していた。「ガ」は,「君が代」に見るように,元来属格を表示する助詞だったが,用言に連用成分が連なって構成する日本語の統語構造の最小の基本単位(文または節)の中で,ハとは異なる情報価値を拒う主語を表示する用法として定着してきている。「ノ」は,節の埋め込み構造を含まない関係節の中で「ガ」と平行して主語を表示することができる。また,属格表示の「ノ」で連接され,節と同じ意味価値を持つ名詞句の中で,用言と等価の名詞句(意味論的に述語的機能を内包できるもの)の主語を表示することができる。また,ノよりもさらに原初的格表示として,主題・主語が助詞を付加されないで提示されることや,漢字のみの名詞句羅列表現の中に助詞を付加しないで主語を意味しているものがあることも事実である。これらのことから,日本語の主語機能の表示は特定の助詞が唯一的に行うのではなく,統語構造の階層によって異なる助詞が行うと考えた方が有効である。
著者
井東 廉介
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.56-66, 1991 (Released:2018-04-02)

日本語の統語構造の分析は格助詞の機能意味の解明を中心に行われてきた。規範文法的視点でも記述文法的方法でも変形生成文法的方法でも,この分析方法については変わっていない。日本語の統語理論で変化してきたのは,統語要素の設定に関わる部分である。明治期以来,日本語文法は英文法を始めとする英欧語文法の枠組みを手本とし,統語要素の同定は英文法の統語要素に日本語格助詞の機能意味を対応させることによって行われてきたと言われている。しかし,「-ハ-ガ-」構文のように英欧諸語の文構造の中には見られないものが日本語構造の中に含まれていることが頻繁に論議されるようになるにつれて,日本語文法には英欧諸語の文法の枠組みでは解決できない独自の言語現象が含まれていることが指摘されるようになった。その結果,日本語の格助詞「ハ」,「ガ」,「ニ」,「ヲ」を英語の主語,目的語などの統語機能と単純に対応させ,文構造のモデルを「主語+目的語+述語」のような枠の中だけで片付けようとする分析は日本語の分析に十分対処できない事が明らかになってきた。主語,目的語などの統語要素は,本来,動詞に対して定まった関係意味を持つものではない。主語になる名詞句は,動詞の意味との関連で,その行為者,経験者,対象,道具などを表す。目的語になる名詞句は,対象として作用,影響を受けるもの,結果として生じるもの,利益(害)を受けるものなど多様な意味関係のものを含んでいる。C.Fillmoreの格文法理論は,動詞と述語項とのこのような意味関係を「格」として統語構造派生の説明の中に取り込んだ。彼は,格概念の中心を従来の屈折語尾と統語構造内の位置関係から動詞と述語項との意味論的関係へと移したのである。英欧諸語の格概念を日本語に移植する時には,西欧諸語の語順や格屈折語尾などの格表現形式を類似の日本語表現と対比させた上で,それらの更に奥にある名詞句と述語との関係から割り出された文法的意味をそれに相当する日本語の語彙形態に当てはめることになるであろう。ここにFi11more的な格把握と共通するものがある。日本語の助詞の意味を主語,目的語などの英語の統語要素に対応させた「機能意味」だけではなく,動詞の意味に対する述語項の意味論的役割関係の中で捉えた「機能意味」の観点から再類型化すると,日本語の統語構造を英語の統語構造に依存する事なく分析する手がかりを与えてくれる。本論では,変形生成文法の言語分析成果を基盤とし,意味論的に日本語の統語構造生成を扱った井上和子の「変形文法と日本語」に於ける「格」の取扱方を検討する。
著者
松代 平治 田知本 正夫 福富 雅夫
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学農業資源研究所報告 (ISSN:09153268)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.22-31, 1989 (Released:2018-04-02)

石川県の水田転換畑の主要作物であるダイズの共生窒素固定活性を,加賀地方の主要な三つの土壌型について比較した.窒素固定量の評価には二組の根粒着生,非着生の等質遺伝系統(A62-1,A62-2;T201,T202)を用い,根粒着生系統との比較に奨励品種"エンレイ"も供試した.またその活性に影響する要因を明らかにするために,各土壌のダイズ根粒菌群の共生窒素固定活性を,土壌の理化学性の影響を除いた条件で調べた.更に各土壌から分離した純粋培養のダイズ根粒菌の窒素固定力も測定した.その結果,ダイズの共生窒素固定活性の土壌間の順位は,等質遺伝系統と"エンレイ"とでは異なった.なお"エンレイ"の場合,その順位は灰色低地土>黒ボク±≧黄色土となり,しかも窒素固定量は等質遺伝系統よりもかなり多かった.これらの結果から,等質遺伝系統の選定には"エンレイ"と生育期間,草型の同じ系統を選ぶ必要があることがわかった.次に土壌のダイズ根粒菌群の共生窒素固定活性は,灰色低地土と黒ボク土の間ではほとんど差がなく,黄色土の活性だけが劣った.しかしこれら三つの土壌から分離した大部分のダイズ根粒菌の窒素固定力には差がなく,黄色土から分離された1菌株だけが特異的に窒素固定力が高かった.以上の結果から,供試土壌でのダイズの共生窒素固定活性に対しては,土壌条件の影響のほうが根粒菌本来の窒素固定活性の影響よりも強く,その土壌条件の中で生物的要因についても調べる必要のあることが明らかになった.
著者
有賀 健高
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県立大学年報 : 生産・環境・食品 : バイオテクノロジーを基礎として (ISSN:18819605)
巻号頁・発行日
vol.2015, pp.28-33, 2016 (Released:2016-12-28)

There is no agreement among researchers on whether the world population can continue to increase when its effect on the environment is considered. In this paper, I reviewed the views of the neo-Malthusians who are pessimistic about the influences of the population growth on the environment and the revisionists those are optimistic about this problem to find out the reasons and backgrounds for their different positions. The results of the review indicated that the difference between the neo-Malthusians and revisionists is ascribed to the distinctions in their view toward nature. Neo-Malthusians evaluate effects of population increase on the environment from a nature-oriented view such that nature cannot be controlled by humans while revisionists grasp environmental problems related to population increase from a human-oriented view where they believe nature can be ruled by humans.
著者
中村 誠 加藤 啓介
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.45-49, 1981 (Released:2018-04-02)

食肉凍結の技術は近年進歩が著しく,また家庭用冷凍庫の普及に伴なって今後は凍結肉の家庭での利用がますます多くなるものと期待される。ところが,凍結肉の解凍方法に関しては研究が比較的少ない。凍結肉はそのまま調理される場合もあるが,ふつうは解凍して利用される。解凍方法として一般的なものは,低温または高温空気解凍と流水解凍であるが,低温空気中で緩慢に解凍するのが良いと一般に言われている。家庭でこれを行なうには冷蔵庫を利用することになるが,温度変化が著しいことや汚染の機会か多くなることに加えて長時間を要することを考えると,もっと高い温度で短時間のうちに解凍する方法も捨てされない。そこで,冷蔵庫を利用した長時間解凍と室温,流水を利用した短時間解凍を比較し,それらが食肉の諸性質に及ぼす影響を調べた。
著者
井東 廉介
出版者
石川県公立大学法人 石川県立大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.89-100, 1990

現代日本語の統語構造の分析は,格助詞を中心的な手がかりとしている。[名詞句+格助詞]を一つの文構成要素として分析の基盤とするのである。その名称や理論的基盤や展開は日本語学者によって微妙に異なるところもあるが,それぞれの理論構築上の最も基本的な形態上の単位となっていた。特に変形生成文法的日本語分析では,[名詞句+格助詞]を英語のように形態的に同じで語順のみで格標示している共通格と同じように,名詞句と同じ範疇として扱い,格標示形態素は基底構造から派生的に生じるものとしている。即ち,日本語の格助詞を格表示に不可欠の専用的機能語としているわけである。このような考え方が日本語の統語構造のモデル化の主流になっていることは否定できないが,本論では敢えて主要格範疇-「主格」,「目的格(対象格)」-について,いわゆる格助詞の格表示機能の多様性や格助詞無しの格標示を観察し,日本語の統語構造の一般化の基盤から洩れた事実を再確認する。このことによって,日本語統語構造の特徴を独自の形で把握する一資料にしようとするものである。