- 著者
-
久田 孝
- 出版者
- 石川県公立大学法人 石川県立大学
- 雑誌
- 石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
- 巻号頁・発行日
- vol.28, pp.7-60, 1998-12-15 (Released:2018-04-02)
わが国をはじめ東アジア,東南アジア諸国では古くから多種類の海藻が食されており,近年においてはその健康に対する機能性が注目されている.しかし,腸内菌叢(フローラ)が宿主の健康へ影響を及ぼすことはよく知られているにも関わらず,海藻の摂取と腸内菌との関連についての研究はこれまでほとんど行われていなかった.そこで本研究では,日常からよく食される海藻と,海藻多糖類(食物繊維)の健康への影響をin vitroおよびラットを用いた実験を行い,腸内環境の面から検討した.第1章ではヒト糞便フローラおよび腸内の代表的な菌株による海藻多糖類(アルギン酸ナトリウム,ラミナラン,カラギーナン,寒天,セルロース)の発酵性を検討した.その結果,褐藻類中の多糖類であるラミナランおよびアルギン酵ナトリウムが腸内フローラにより発酵され,酢酸や乳酸など数種類の短鎖脂肪酸(SCFAs)が生成された.とくにラミナランは腸内菌によって,より強く発酵された.アルギン酵ナトリウムをBacteroides ovatusが,またラミナランをB. ovatusおよび数種のClostridiumが発酵した.さらに乾燥褐藻製品22種類についてラミナランおよびアルギン酸を粗抽出した.海藻種または製品によって大きく異なるが,粗アルギン酵は各製品から10%(w/w)以上,多くの場合約20〜30%回収された.一方,ラミナランはヒダカコンブ,ヒダカ根コンブおよびアラメの3種類から検出され,それぞれ含有量は0.6, 4.0および10.9 %とアラメから最も多く回収された.第2章では9種類の海藻(コンブ,ワカメ,メカブ,アラメ,モズク,ヒジキ,アオノリ,アオサ(ビトエグサ),ノリ(アマノリ))食7日間投与のラット盲腸内フローラおよび血清脂質レベルに及ぼす影響を検討した.腸内環境に対し,1%海藻食ではbifidobacteria菌数またはその占有率が増加傾向にあり有用な影響を示したが,5%海藻食では海藻種によって様々で,メカブおよびノリはbifidobacteria菌数または占有率を有意に増加させたが,その他の海藻類は様々な菌群に対して抑制的な作用を示した.5%海藻食を摂取させたラットでは一様に血清トリグリセリド(TG)が低下した.第3章では2%海藻多糖類(ラミナラン,カラギーナン,寒天,アルギン酸ナトリウム(HAG ; 通常の高粘度・高分子量およびAG5 ;分子量約50,000))のラット盲腸内フローラおよび血清脂質レベルに及ぼす影響を検討した.ラミナランおよびAG5は,bifidobacteria菌数および占有率の増加傾向,盲腸内pHの低下など,腸内環境に対して有用な影響を示した.またこれらの作用はそれぞれ0.4%食という低濃度でも認められたが,高濃度(8%または10%)食の摂取では下痢様の症状をきたした.血清総コレステロール(TC)の抑制はAG5食のみで有意に示された.第4章では過剰量の海藻を摂取した際の多糖類の摂取とは矛盾する様々な菌群に対する抑制的な作用について検討するため,5%アラメ粉末,それに相当する量の粗抽出多糖類(粗ラミナラン,粗アルギン酸,難溶性多糖類)およびメタノール抽出物(多糖類は合まれない)を7日間投与したラットの,盲腸内フローラおよび血漿脂質等を調べた.粗抽出多糖類,特に粗ラミナランの摂取によりbifidobacteriaおよびlactobacilliの菌数は増加したが,メタノール抽出物の摂取により減少の傾向であり,アラメ粉末食を摂取した場合はbifidobacteriaに変動はなく,lactobacilliは減少した.アラメ粉末により糞便重量の増加が顕著で,粗抽出多糖類による増加量と著しい差があった.粗アルギン酸食以外の試験食で血漿TGおよびTCは減少,および減少の傾向が示され,メタノール抽出物は血漿TGを抑制したがTCには影響しなかった.第5章ではラミナラン摂取による盲腸内bifidobacteria増加の要因を調べるため,腸内のラミナラン分解菌C. ramosumによって分解生成される低分子の糖類が,腸内のラミナランを利用できない菌株の発育に対する影響をin vitroで検討した.C. ramosumによりラミナランから単糖,二糖および三糖類が培養液中に生成され,これらの分解生成物はBifidobacteriumやEnterococcusなど乳酸菌の発育を促進させることを示した.以上の結果から,摂取された発酵性の海藻多糖類,ラミナランおよび低分子量のアルギン酸ナトリウム(AG5)などは,腸内の分解菌により単糖類,オリゴ糖類に分解された後,ビフィズス菌に利用され,健康に対して有用な影響をもたらすと考えられる.海藻そのものを摂取した場合には,その摂取量により異なった影響が現われることが示されたが,通常の摂取量(1%w/w)では有用であると考えられる.また,過剰量の海藻の摂取と各多糖類の摂取の影響が異なっており矛盾する点があるようにみえるが,海藻中の多糖類以外の成分も腸内フローラの変動に深く関わっていることが示唆された.