著者
若林 三千男 大場 秀章
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.1-27, 1995-07-28 (Released:2017-09-25)
参考文献数
16

ホクリクネコノメの仲間(ホクリクネコノメ群)のホクリクネコノメとボタンネコノメソウは深山の渓流沿いなどの湿った場所に生え, 春先に花を咲かせる多年性草本で, 主として本州の日本海側寄りに分布している。ボタンネコノメソウはホクリクネコノメの分布域よりやや南側に生育し, 大井次三郎博士によって1933年, 種として記載されたが, 現在ホクリクネコノメの変種として扱われている。両者は主に, 花柱と雄しべが萼片より超出するか, またはそれより短いかで識別されるが, それらの変異についてはまだ詳しい解析はなされておらず, 変種関係とする理由も明らかにされていない。また両者の分布についても, 原(1957)および原と金井(1959)によって当時点での概略が示されているが, その後の詳しい研究はなされていない。最近, 岐阜県高山市在住の長瀬秀雄氏は, 飛騨地方一帯に変わったボタンネコノメソウがあることを発見された。私達はその実態を把握するため, 氏の案内で現地調査をする機会を得た。その結果, 花柱や雄しべが萼片より超出しない点はボタンネコノメソウに似ているが, 花はそれよりかなり大きく, 葯は赤色で萼が黄色を帝びるなとボタンネコノメソウとはかなり異なる特徴を示すことが確認された。さらにこの植物の分類学的位置づけを明確にするため, ホクリクネコノメ群全般にわたり, 花, 〓果, 種子表面の形態, 及び核型の変異を解析するとともに, 詳細な分布調査を行った。その結果, 上記の植物は, ホクリクネコノメとボタンネコノメソウと同様に2倍体(2n=22)で倍数性の変化はみられなかったが, 核型では一対の次端部動原体型染色体に付随体がある点でそれらと異なっていた(Fig.7)。また形態的には雌しべの形状や長さ, 雄しべの長さや葯と花糸の長さの比率など(Figs.1-3)でホクリクネコノメやボタンネコノメソウと明確なギャップがあり, 新分類群と認められた。特に〓果の形態では, 宿存する花糸は萼片と同長かわずかに短い点(Fig.4)で乾燥標本でも容易に識別できる。私達はこれにヒダボタンという和名をつけた。ヒダボタンのこれらの特徴はこれまで見過ごされてきたもので, ボタンネコノメソウと混同されていたと考えられる。また, ホクリクネコノメとボタンネコノメソウの間には上記の特徴では著しい差異があり, それぞれを変種関係とする形態学的証拠は見当たらなかった。さらに両者は異所的な分布圏をもち, まれにそれらが接する所では同所的に生育していることが分かった。これは生殖的隔離の存在を示唆するもので, 形態的ギャップと考え合わせると両者は既に種レベルまで十分分化したものと考えられる。ボタンネコノメソウは種として扱うべきだろう。これに伴い, ヒダボタンも種として扱うのが自然である。ヒダボタンも, ボタンネコノメソウとまれに混在して生育している所があり, まれに雑種と思われるものがあってもその花粉稔性は低い。ホクリクネコノメと同所的に生育している所でもそれぞれの種の特徴ははっきり維持されている。生殖的隔離が存在していると考えられる。最初に発見した長瀬氏の名にちなみ, ヒダボタンを新種Chrysosplenium nagaseiと命名・記載した。ヒダボタンは地域によって変異がみられるが, 種としては岐阜県中部を中心にした地域及び伊吹・鈴鹿山地に沿って南は三重県の野登山まで生育しており, 中国地方の山地にも散在的に分布する(Fig.8b)。岐阜県の西北部や滋賀県東北部(伊吹山地の西麓)には, 葯が黄色で萼も黄色または黄緑色で, 外観はボタンネコノメソウの品種キンシベボタンネコノメソウに似ているが, はっきりとしたヒダボタンの仲間が分布する。ヒダボタンより花がやや小さく, 分布的にもまとまっているのでこれを新変種ヒメヒダボタンvar.luteoflorumとした。また, 岐阜県西部の伊吹山地東麓, 養老山地, および霊山から野登山までの鈴鹿山地に分布しているものは, 外観は典型的なボタンネコノメソウとよく似るが, これもはっきりとしたヒダボタンの仲間である。ヒダボタンとは萼が赤褐色で花はそれよりずっと小さい点で異なっており, 新変種アカヒダボタンvar.porphyranthesと命名・記載した。中国地方に散在的に分布しているヒダボタンは, 現時点では標本によってのみ検討されたものなので, その実態については今後の調査を待ちたい。ヒダボタンの花や〓果は, ボタンネコノメソウとホクリクネコノメのものとの中間的な形態である。また, ヒダボタンは, ボタンネコノメソウとホクリクネコノメの分布域の間に位置するような分布をしている。これは, ヒダボタンがボタンネコノメソウとホクリクネコノメの間の雑種起源であるという可能性を示唆するものであるが, このことについてはさらに詳細な遺伝的解析が必要である。今回の研究でボタンネコノメソウとホクリクネコノメについても従来より詳細な分布状況を把握することができた。ボタンネコノメ
著者
伊藤 元己
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1-3, pp.82-96, 1986-09-30 (Released:2017-09-25)

ハス属はアジア産のハスと北アメリカ産のキバナバスの2種から成っている。本属は、広義のスイレン科に含めて分類されてきたが、近年では以下にあげる形質が他のスイレン科の植物と異なるために単系のハス科として独立させる研究者が多くなっている。1)種子に胚珠および周乳を持たない。2)実生の第一葉が針状葉にならず明らかな葉身を持つ。3)三孔乳の花粉を持つ。本研究ではハス属とスイレン科の他の属との系統関係を明らかにし、これらの植物群のより自然な分類体系を確立することを目的としてハスの花の内部形態の観察を行なった。ハスの維管束は茎、葉柄、花柄などでは1つの同心円状に配列しておらず、しばしば不斉中心柱と記載される。しかしながら、花柄において詳しく観察を行ってみるとこれらの維管束はある一定の配列をしていることがわかる。(Fig. 1参照)。これらの維管束の中で、中心部に位置する6〜10この維管束は同心円上に配列しており花床においては典型的な真性中心柱を形成することになる。また、他の維管束は花床の下部において配列、形態が変化し皮層走条となる。花柄では個々の維管束は木部に1〜3個の直径の大きな仮道管を持つ。しかしながら、これらの仮道管は花床にはいるに従って、より直径の小さな仮導管に置きかわる。(Fig. 2)。花の維管束走向は2つの系からなる。1つは中心部に同心円上に配列する中心維管束系(central vascular system)であり、他方は皮層維管束系(cortical vascular system)である。これらの2つの維管束系は互いに独立している。各々のがく片、花弁には中心維管束系から一本、皮層維管束系から数本の維管束が供給される。雄ずい、子房へは中心維管束系のみから供給される(Fig. 6)。ハスとスイレン科の各属の花の内部形態を比較すると以下の点で異なっている。1)花柄の維管束はスイレン科の植物が持つ原生木部間隙を持たず、かわりに直径の大きな仮道管がある。2)スイレン科でみられる花床の維管束複合体(receptacular plexus)がない。3)皮膚走条がある。これらの点と始めにあげた差異を考慮すると、ハス属はスイレン科から独立させ、ハス科とするのが適当と考えられる。また、皮膚走条がある点、雄ずいへの維管束の入り方などの点ではモクレン科と共通したところがみられるので、ハス科の系統関係についてはこれからの植物群を含めて更に研究を進めていく必要がある。
著者
大井 次三郎
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.58-70, 1935-05-30 (Released:2017-09-25)

193) ホソバウシクサ ニューカレドニアからルゾンに分布する Andropogon obliquiberbis Hack. に酷似したもので.若し此の臺灣の植物の小穗が今一廻り大形で下方に毛があつたら直ちにその種にあてゝ疑はなかつたと考へる.A. obliquiberbis Hack. が變異の甚だしいものであるならば臺灣のも同種であらう.ウシクサとは外觀は似て居るが葉が狹くて稍厚く二つに折れる性質があるのと花軸や小花梗に長い毛が生えて居るのが區別點に成る.尚ウシクサは本邦では九州以南に知れて居らなかつたが琉球及臺灣にも分布する. 194) キツネガヤ Thunberg, Steudel 以來此植物は永く Festuca に入れて居て本田博士も之れに從つて居られるが Hackel は何の記事も付せずに Bromus に移して居る.その爲めにその後は Bromus にする人が多く成つた.實際 Poa, Festuca, Bromus, Glyceria, Puccinellia の諸屬は互に酷似したもので往々にして區別の難かしいものに出逢ふのである.Hitchcock 等は北米の Bromus と Festuca とを分けるのに外護頴の先端が全縁なのが Festuca で.その先きが二裂するか又は先端よりも少し下から芒が出るのが Bromus だと云つて居る.北米のものはそれでよいか知れぬが本邦のものではあてはまらぬものがある.歐洲産の Festuca gigantea Vill. やそれに似た本邦の Festuca extremiorientalis Ohwi (オホトボシガラ.タウトボシガラ)等では二裂するにも拘はらず明瞭な Festuca であり.又キツネガヤが頂生するのに之れに酷似した臺灣の Bromus morrisonensis Honda では芒は先端よりも下から出て居る.從つて此の特徴は二屬を區別する最も重要なものとは云ひ難い.で此の兩屬の區別としては從來傅へられた樣に花柱が子房の先端から出るか.その側面から出るかヾ最も大切と思はれる上に此れで分類すると外觀から見た習性にもよくあてはまる.左様するとキツネガヤはやはり Bromus に成るが Bromus pauciflorus Hack. の名は使用出來ないから Bromus remotiflorus (Steud.) Ohwi が正しい.キツネガヤは國外では支那に記録があるが此れは少々疑はしい.
著者
大井 次三郎
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.102-108, 1933-03-01 (Released:2017-09-25)

128)サヤマスゲ 外観マスメゲやハガクレスゲに近いものであって葉が柔く短く果〓には著しい毛茸があり痩果は中央部に凸所がない.全体に赤みを帯びた部分はないが果〓の新三角形な点やその柄の著しく長い点等はむしろDigitatae節に属するアヅマスゲ等にも近縁なものと思われる.全体緑色で穂が葉の間に隠れて居て目につき難いもので種名は此れを注意して採集せられた大津高等女学校の橋本忠太郎氏にちなんでCarex Hashimotoi OHWI とし和名はサヤマスゲと云う.129)フトホアゼスゲ 朝鮮咸鏡北道の露領国境に接した図満江の河口西水羅の湿地に産するアゼスゲ状のもので雌花小穂が太い,欧羅巴からシベリアにかけて分布するCarex gracilis CURT. に最も近いが,それよりも一層全体が小形であって葉も細く雄小穂は多くは一個で雌小穂は短く果〓は一層密に排列しその縁辺は鋭形である上,先端はC. gracilis CURt.程急には狭まらぬので別種と考える,新和名はフトホアハゼスゲと云う.130)キシウナキリ 紀伊国那智山の産,ナキリスゲに似て丈が高く,穂は下垂せず,花は疎に着き果〓は毛茸が少ない種類である.131)クロミクリゼキシヤウ 一名ミクリゼキシヤウの学名は,従来北米西部産のJuncus xiphioides E. MEV.又はその変種名が充てられて居たがそれ等はABRAMS: Illustrated Flora of the Pacific States I (1923) 368に図がある.日本産のものはそれとは別の新種のように考えられるので東京帝大植物教室の佐竹義輔氏と共同で新種として発表する事にする.此の種は現在の所では南千島から北海道を経て本州中部までの湿地に分布して居るがその産量は余り多くない様である.132)ツクシネコノメサウ 南九州の薩摩,肥後,日向の諸国に分布するネコノメサウの一種で全形がシロバナネコノメに酷似して居て花か果実がないと区別が困難である,萼片が短くて花時も緑色を呈して居る,今春鹿児島県伊集院中学校の土井美夫氏から良い標本を頂戴したので同氏にちなんでChr. Doianum OHWIツクシネコメサウと呼ぶ,MAXIMOWOCZは長崎の付近からCh. rhabdospermum MAXIM. と云う此の類に似たものを頂戴して居るがFRANCHET氏の図から判断すると之とは別物である.
著者
大井 次三郎
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.145-153, 1937-09-30 (Released:2017-09-25)

246) テラモトハコベ はミミナグサ属のものとされて居るが,花弁の全辺なのと果実が卵状で萼から殆ど超出しないのでノミノツヅリ属と思われる.247) アヲハコベ は私はStellaria tomentosa MAXIM. と考え此名が使用できないので改名してStellaria tomentella OHWI としたが,此学名の植物はヤマハコベに酷似して花弁のない九州産のものであって,アヲハコベとは相違するので此所に山城の標本を基として新しい学名を付けるアヲハコベは本州西部と四国とに産するだけらしい.248) テフセンツルドクダミ 従来の広義のタデ属を細かく数属に分けるのがよいかどうか,今日の所では各個人の好みに従う外はないように思われる,旧説に従っている学者も決して少くはないから広義の分類命名をしておくことも無益ではないように思われる.249) ケボタンヅル ホウライボタンヅルとして,台湾で知られている植物も恐らく本種と考える,REHDER WILLSON両氏に従えば台湾のものは支那のものの一部と共に変種と成るべきだと云う,琉球諸島では沖永良部島まで本種によって代表され,それが往々にして内地のボタンヅルと混同されて居る,しかし痩果が短くて開出毛のある点や尾毛の長い点からそれとは一見区別し得る.ボタンヅルは此等の地方には分布して居らない様に考えられる.250) オキナハセンニンサウ 沖縄本島の産,本種とキイセンニンサウとのみが小葉柄の上部に明かな節があるので一見して区別される.キイセンニンサウとは痩果に毛茸があるので別種と思われる.尚キイセンサウは台湾並に支那に産するClematis uncinata CHAMP. とは決して別種ではないと信じる,ただ此形のものが西南諸島ではまだ知られて居らないのは注意すべきである.尚外観上本種ににたC. Meyenianaの変種とされて居る南支,及印度支那産のvar. granulata は独立種であろう.251) ミヤマキケマン 本州各地に最も普通な本種はC. pallida (THUNB.) PERS. とは少なくとも全く同じ植物ではない.私がフタゴケマン及キレバフタゴケマンと呼んだ植物こそ九州に普通な植物で此学名の植物であると考えられる.252) コミヤマキケマン 前種に酷似した台湾産の植物は未記載の植物であろう.253) ベニシホガマ 樺太の突沮山,北海道の利尻山等に産するミヤマシホガマ類似の一種はそれ及び東部西比利阿産のP. villosaに似て萼歯に歯牙あり,一対の花糸に毛茸がある,北鮮にも之れに酷似した一種があって稍全辺が大形であるが之れは同種かも知れない,本種は或は大陸方面で既に知られた種類かも知れないが学名が判らないので新名を付する.254) キクムグラ の学名は此れによく似たG. brachypodum JORD. の同名がある,ギリシャ語眉とラテン語尾とは命名見約上同物とされて居るので改変の必要がある.
著者
田村 実 高橋 弘
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.49-56, 1998-07-28 (Released:2017-09-25)
参考文献数
28

腐生植物のサクライソウ属Petrosaviaはマレーシア,インドシナ,中国南部から日本にかけての熱帯雨林,常緑広葉樹林,落葉広葉樹林,針葉樹植林,竹林などの林床に生育し,互いにほとんど合着しない心皮をもち,しばしば原始的な単子葉類と考えられるが,その類縁は明らかでない。Beccari (1871), Huber (1969), Dahlgren et al. (1985), Thorne (1992)はこの属をシュロソウ科Melanthiaceae(広義のユリ科Liliaceae s. lat.)に含めたが,Deyl (1955), Stant(1970), Cronquist (1970, 1988), Tomlioson (1982), Takhtajan(1997)はこの属を同じく腐生殖物のホンゴウソウ科Triuridaceaeに近縁とした。Hutchinson(1959)はこの属をホロムイソウ科Scheuchzeriaceaeとホンゴウソウ科の中間に位置づけた。本研究ではサクライソウ属の類縁を探るために長野県木曽郡南木曽町柿其と岐阜県可児市久々利に産するサクライソウPetrosavia sakuraiiの体細胞染色体を観察した。その結果,サクライソウは2n=60の四倍体で,間期染色体は球形前染色体型,分裂前期染色体は基部型であった。分裂中期の各染色体の長さの測定値は柿其のもので1.1-3.6μm,久々利のもので1.1-3.0μmであり,サクライソウの染色体は比較的小型であることがわかった。核型は8対の次中部型染色体と22対の中部型染色体からなっていた。広義のシュロソウ科に含まれるキンコウカ科Nartheciaceaeはx=13-16,長さ0.7-3.5μmの体細胞中期染色体をもち,特にチシマゼキショウ群Tofieldia-Pleea-Harperocallis complexの染色体の基本数とサイズはサクライソウのものとほぼ一致している。一方,ホンゴウソウ科はx=11,12,14で比較的大きい染色体をもち,ホンゴウソウ科に近縁なLacandoniaceaeはx=9でやはり大型の染色体をもつので,これらの科の染色体の特徴はサクライソウのものと著しく異なっている。ホロムイソウ科はサクライソウと同じく小型の染色体をもつが,x=11で染色体基本数が異なっている。従って,染色体の特徴からはBeccari(1871)らの「サクライソウ属はシュロソウ科に含められる」とする見解が支持される。
著者
大井 次三郎
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.61-65, 1932-04-20 (Released:2017-09-25)

チャルメルサウ屬は亞細亞及北米の暖帶及至亞寒帶に分布する虎耳草科の多年生草本で世界に約二十數種を産し北米に最も多く分布してゐる。兩大陸に共通な種は唯マルバチャルメルサウ一種だけで他は北米及本邦の特産に屬する。本邦領内では北は北海道,朝鮮,から南は臺灣の高山まで産するが比較的南方に種類が多い。本邦産チャルメルサウ屬植物は餘り澤山の種類はなく總計八種に過ぎぬが閑却された傾きがあるので此所に檢索表をあげ檢定に便宜な様にした。§子房と花托は殆んど癒合せず,雄蕋は10個又は5個,5個の場合は蕚裂片と對生。*雄蕋は5個,花瓣は分裂せず,莖上に1-3個の葉あり。…1)エゾノチャルメルサウ *雄蕋は10個,花瓣は羽状に分裂す,莖には葉なきか又は唯一個小形のものあり。…2)マルバチャルメルサウ §子房は大部分花托と癒合す,雄蕋は5個花瓣と對生す。 *葉の幅は長さと殆んど等長,花序は花數少なく多くは10個以下,花糸は花托上に坐す,花柱は二個,全縁なり。…3)コチャルメルサウ *葉の幅は長さより短かし,花は通常數多し,花糸は花瓣の基脚に坐す,花托は二個短かく且肥厚し,先端2-4裂す。 1)葉柄及葉身の下面は平滑なり。…4)モミヂチャルメルサウ 2)葉柄及葉身には毛茸あり。 I) 蕚裂片は花時直立し卵状三角形。△)花糸は葯より三倍長し,葉は鋭頭。…5)アカゲチャルメルサウ △)花糸は葯より短かし,葉は多くは鈍頭…6)チャルメルサウ II) 蕚裂片は花時開張し偏平なる三角形をなす,花糸は葯より短かし,葉は鋭頭又は鈍尖頂。 △)托葉は多くは縁毛あり,葉柄には短毛あり,花柱は頂端四裂す,種子は表面稜起せる縱線あれども突起なし。…7)オホチャルメルサウ △)托葉は多くは全邊,葉柄には長き毛茸あり,花柱は頂端二裂す。種子は背部に乳頭状突起あり。…8)ツクシチャルメルサウ Mitella japonica の名はMAXIMOWICZ, MIQUEL, MAKINO 三氏の名前によつてチャルメルサウ,コチャルメルサウ,オホチャルメルサウ三種に用ひられたが,その根本のMitellopsis japonica SIEB. et ZUCC. なる植物及び最初に之をMitella屬に移したMAXIMOWICZ氏の標本の一部は私の云ふオホチャルメルサウに相違ないので此の學名はオホチャルメルサウに冠するのが當然である。尚Mitella triloba MIQ. も同じ植物を指したものであつてモミヂチャルメルサウではない。チャルメルサウの學名はMitella stylosa BOISS. よりもMitella longispica MAKINOの方が早いが残念ながら記載がないので後者は用ひる事が出來ぬ。尚詳細な分布や異名等は歐文欄を參照して頂きたい。
著者
菅原 敬
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.1-17, 1998-07-28 (Released:2017-09-25)
参考文献数
17

1996年新潟県北部の荒川流域で奇妙なカンアオイ属植物が確認された。この植物は,同地城周辺から従来報告されていたコシノカンアオイ(Asarum megacalyx F.Maek.),あるいはユキグニカンアオイ(A.ikegamii [F.Maek.ex Y.Maek.] T.Sugaw.)によく似るが,花の形態はそれらの中間型のようにみえる。一方,新潟県西部から富山県東部の地域には未記載種クロヒメカンアオイ(Heterotropa yoshikawai nom. nud.)が知られていた。この植物もコシノカンアオイに近縁と見なされてきたが,いまだその実体は充分に解明されていない。そこでこれら問題の植物の分類学的位置づけ,ならびに既存の2種との関連を明らかにするため,花の形態ならびに染色体からの比較研究を進めた。その結果,未記載種クロヒメカンアオイは独立種とみなしうることが判明したので,Asarum yoshikawae T. Sugaw.の学名で正式な記載を行った,また荒川流域の問題のカンアオイ属植物はユキグニカンアオイの新変種と位置づけられ,アラカワカンアオイ(A. ikegamii var. fujimakii T. Sugaw.)として記載した。クロヒメカンアオイは萼筒が上方に狭まった筒形で,萼筒口が径4mm以下と著しく狭く,萼筒内壁の襞は著しく複雑化する。また中期染色体でも4本の次中部型染色体を含む固有の核型をもつ特異な種である。一方新変種のアラカワカンアオイは狭義のユキグニカンアオイ(var. ikegamii)に比べて萼筒がより大きく,口環もより発達して目だつ。また,花柱附属突起はユキグニカンアオイのように萼筒口の高さにまで達することはなく,常に萼筒内におさまっている。この新変種は荒川流域に沿って新潟県関川村から山形県小国町付近まで分布する。