著者
大森 淳郎
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.72-95, 2019 (Released:2019-03-20)

前編では、多田不二と西本三十二の自己形成と日本放送協会入局までを見てきた。 欧米列強の後を追うように帝国主義の道をつき進む日本を批判する詩を書いていた多田は、入局後も講演放送の制作に奔走しながら活発に詩作を続けていた。詩人であることと、協会職員であることの間に矛盾はなかった。 アメリカで進歩主義教育を学んだ西本は学究の道を歩み、ラジオ講演で国際平和について語ることもあった。逓信局によってラジオ講演が放送中止に追い込まれるという体験もしたが、関西支部(BK)の真摯な対応もあり、放送局への信頼を失うことはなかった。そして新しい教育を放送によって広めてゆきたいと考えた西本は、日本放送協会に入局し学校放送を立ち上げる。 多田と西本は、講演放送の現場で、また学校放送の現場で自己実現を果たしてゆくはずだった。だが、時代は大きく転換する。満州事変、日中戦争、そして太平洋戦争と続く戦争の時代、協会は軍・政府の宣伝機関として国民を戦争に動員することがその使命となっていった。その中で、多田と西本は組織人としてどう生きたのか、後編では2人の苦悩や葛藤を見据えながら戦時教養放送の実相を描く。
著者
大髙 崇 吉澤 千和子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.74-83, 2018 (Released:2018-03-21)

放送で使用される大量の音楽。その使用料を権利者に分配するために、放送局はJASRAC等の「著作権等管理事業者」に対して使用する楽曲を報告する義務がある。インターネット時代の到来や権利意識の高まりもあり、正確な全曲報告がより一層求められている。今、この報告のため、楽曲の特徴を自動検知する「フィンガープリント技術」の導入が放送局で進んでいる。技術導入までの経緯を辿ると、著作物の利用者(放送局)と権利者・管理事業者の間で、課題の解決と新たなルール作りに向けて粘り強い議論がなされたことがわかる。著作権法が目指す「権利の保護」と「文化の発展」。このバランスを保ちながら放送コンテンツをさらに展開させるための課題と展望を考える。
著者
村田 ひろ子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.73, no.6, pp.64-75, 2023-06-01 (Released:2023-06-20)

NHKが2022年夏に実施した「中学生・高校生の生活と意識調査」の2回目となる今回の報告では、中高生と父母のジェンダーをめぐる意識に焦点を当てる。 大学まで進学を希望する女子は54%で、40年間で初めて男子(48%)を上回った。父母の結果をみても、10年前は、「大学まで」進学させたい親は、女子よりも男子の父母で多かったのに対し、2022年はこうした差はみられなくなった。 進学意向では男女差が解消されつつある一方で、家庭内に目を向けると、親による子への接し方は、子の性別によって異なる傾向がある。男子に対しては、「勉強が遅れている」「意思が弱い」と考える父母が多い。また、「男らしく、女らしく育てる」という考え方に賛成なのは、男子の父親で7割に上る。 それでも、中高生の多くは、伝統的な男女の役割分担にとらわれることなく、多様性に対しても寛容である。仲のよい友だちから「からだの性とこころの性が一致しない」と打ち明けられたら『理解できる』と回答したのは中学生で7割近く、高校生で8割に上る。父母の子育ての分担は、10年前から変わらず『母親主導』が多いが、中高生が思い描く将来の夫婦の子育て分担は、「父親も母親も同じくらいする」が多く、10年前の5割から7割へ大きく増えている。
著者
渡辺 洋子 行木 麻衣
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.73, no.7, pp.2-42, 2023-07-01 (Released:2023-07-20)

本稿は「全国メディア意識世論調査・2022」の結果報告である。テレビ番組(リアルタイム)を「毎日のように」利用する人は7割を超えるが、2020年以降減少が続き、特に16~29歳では63%(2020年)から40%(2022年)と大きく減少した。16~29歳では、テレビよりYouTubeやSNSに毎日接する人の方が多くなった。また、若年層以外にもYouTubeやSNSの日常的な利用が広がった。 メディアの効用では、「世の中の出来事や動きを知る」うえで役に立つメディアとして、全体ではテレビが59%とほかのメディアと比べて圧倒的に高く評価されていた。また、全体では「世の中の出来事や動きを知ること」という効用自体を「とても重要」だと思う人は62%で、ほかの効用と比べてもっとも高いが、16~29歳では42%と半数に満たず、「感動したり、楽しんだりすること」(59%)、「生活や趣味に関する情報を得ること」(51%)の方が上位だった。さらに彼らは、感動したり楽しんだりするのはYouTube、生活や趣味の情報を得たりするのはYouTubeやSNSを評価していた。 メディア利用と意識の関係では、テレビや動画の視聴は若いほど同じようなものに偏る傾向があり、好きなもの・ことに対する積極的な意識が関係していた。また、自分と似たような思考を求める意識も関係していた。利用頻度が高いほどそのメディアが自分に影響を与えていると思う人が多く、「多くの人が賛同している情報は、信頼できる」「同僚や、友人・知人が知っているのに、自分が知らないことがあると、恥ずかしい」という意識の人はそうでない人よりメディアが自分に影響を与えていると思う人が多かった。
著者
渡辺 洋子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.73, no.8, pp.70-79, 2023-08-01 (Released:2023-08-22)

朝のリアルタイム視聴の減少の要因について、「全国メディア意識世論調査・2022」の結果とオンライングループインタビューでの発言から、朝のメディア利用の実態を整理し、リアルタイム視聴減少の要因について考察した。 朝の習慣的なメディア利用は、生活シーンごとのニーズに合致しており、そのニーズには気分、情報性、時間意識といった多様な要素があることがわかった。朝は、スマートフォンが1日の始まりから使われており、テレビよりも先にスマートフォンに接し、スマートフォン上の様々なメディアを起床直後から見ているという状況があった。起床時、起床後と刻々と生活シーンごとの気分は変わり、起床時は刺激の少ない情報、起床後は前向きな気持ちになれるコンテンツを求める人が多かった。テレビのニュース番組で元気な気持ちを得る人もいれば、YouTubeから得る人もいて、朝に得たい効用をテレビだけでなく様々なメディアで満たしていた。また、リアルタイム放送の強みである「何かをしながら情報を得る」という特徴も他のメディアで代替されている可能性があった。リアルタイム放送の特徴の「時計代わり」「生活リズムを得る」という効用については、メディアで時間を意識する人が減っていること、習慣的なメディア利用をする人が若年層では少ないことから、そうした効用自体がメディアに求められなくなっている可能性がみえた。こうしたことを背景として朝のリアルタイム視聴が減少しているのではないかと考えられる。
著者
松山 秀明
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.71, no.5, pp.26-43, 2021 (Released:2021-06-20)

太平洋戦争下、南方の占領地で日本軍が行った放送について検証する本シリーズ。今回は、フィリピン(比島)とビルマ(緬甸、現ミャンマー)で行われた放送工作の実態を考察した。 日本軍が1942年1月にフィリピンのマニラを、3月にビルマのラングーンを占領して以降、放送工作のために次々に日本放送協会から職員たちが派遣された。フィリピンでは「比島放送管理局」のもとに、1942年1月14日にマニラ放送局、1943年11月1日にセブ放送局、同年12月20日にダバオ放送局が開局し、ビルマでは「緬甸放送管理局」のもとに、1943年1月25日にラングーン放送局が開局した。欧米植民地体制の打破とアジア解放を旗印に、両地域では「現地住民の宣撫」と「対敵宣伝」に注力していくことになる。フィリピンでは音楽を中心とした現地住民向けの放送と米比軍への対敵放送、ビルマでは日本文化の浸透を狙った現地住民向けの放送とインドへの対敵放送が行われた。 しかし、両地域はとくに激戦地で、比島放送管理局でも緬甸放送管理局でも終戦の詔勅を放送することができていない。しだいに戦況が悪化するなかで、日本放送協会の職員たちは山中に逃げまどい、あるいは戦闘要員となって、その多くが殉職した。大東亜共栄圏構想の浸透のため文化工作に加担した南方占領地の放送局は、その目的を果たすことなく多くの犠牲者を出して、潰散したのである。
著者
村田 ひろ子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.70, no.11, pp.36-48, 2020 (Released:2021-04-16)

NHK放送文化研究所が加盟している国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)の調査の概要について,担当者からみた意義や課題とあわせて報告する。 ISSPは1984年に発足し、約40の国と地域の調査機関が毎年,共通の質問で世論調査を実施している。日本からは,1993年にNHK放送文化研究所が加盟し,「政府の役割」「社会的不平等」「家庭と男女の役割」など多岐に渡るテーマで調査を行ってきた。同じテーマの調査を10年ごとに実施するのが特長で,国どうしの比較とともに,10年前、20年前の結果と比較して時系列の変化を捉えることができ,世界の研究者からも高く評価されている。 調査票は加盟国の活発な議論を経て,3年がかりで作成される。筆者も2016年の「政府の役割」調査の設計をスウェーデンやフランスなどのメンバーと担当し、「政府による個人情報収集の是非」や「男女平等の推進は政府の責任か」などを問う新たな質問を提案して採用された。 ISSPは,アジアやアフリカ、中東地域の加盟国が少ないことや調査予算の確保が難しいことなど課題に直面している。イギリス英語の調査票を母国語に翻訳して調査を行う難しさも抱えている。様々な課題はあるものの、各国の国民を代表するサンプルを用いた精度の高い調査データは,今後も世界の研究などに寄与していくであろう。2021年に実施する調査に新型コロナウイルス関連の質問を盛り込むことも決まり、ISSP調査に対する期待と価値は一層高まると思われる。
著者
高橋 浩一郎
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.11, pp.66-74, 2022 (Released:2022-12-20)

初期『おかあさんといっしょ』には、飯沢匡や川本喜八郎など、外部クリエーターが多数関わっていたことが分かっているが、映像がほぼ残っていないため明らかになっていないことが多い。今回、1962~1966年に週1回番組内で放送されていた「こんな絵もらった」(脚本・筒井敬介、作画・堀内誠一)の台本と原画写真が遺族の元に保管されていることがわかった。それらの資料を基にして、これまで十分にわかっていなかった番組の演出、内容、制作状況、外部クリエーターのかかわりなどを明らかにした。また、番組は放送外の展開を見せるが、その展開を通し、他メディアと比較してテレビが持つ特性の可能性と限界について考察した。
著者
税所 玲子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.9, pp.2-19, 2022-09-01 (Released:2022-10-20)

本稿では、イギリスのオックスフォード大学にあるロイタージャーナリズム研究所(Reuters Institute for the study of Journalism)が2012年から行っている国際比較調査『デジタルニュースリポート』のうち、日本の動向を中心に報告する。調査は46の国と地域で、デジタル化の進展によって人々のニュースへの信頼や、ニュースへの接触の仕方がどのように変わっているのかを調べたもので、2022年からNHK放送文化研究所もプロジェクトの一員となった。調査結果では、日本の特徴として、ニュースをソーシャルメディアで共有したり、「いいね」をつけたり、友人らと話をするなど、能動的に関わる人の割合が調査対象国の中で低かった。「ニュースへの信頼」は、全体の平均に近いものの、「自分が利用するメディア」と「その他のメディア全般」への信頼の度合にほとんど差がなく、いわゆる「マイメディア」を持たない日本人の姿も伺えた。ロイター研究所は、新型コロナウイルスの感染拡大など不透明さが増す社会の中で、特定のニュースを避けようとする動きが見られるのではないかとし、これを「選択的ニュース回避」(Selective News Avoidance)と呼んでいる。日本は「選択的ニュース回避」をする人は、世界と比べて相対的に少ないものの、2017年から2022年の5年の間に、数としては倍になっていることがわかった。また、積極的にニュース消費を行っていない、いわゆる「つながっていない」(disconnected)層は、アメリカと並んで世界で最も高い水準だった。
著者
上杉 慎一
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.7, pp.38-50, 2022-07-01 (Released:2022-08-20)

2022年2月24日、ロシアが隣国ウクライナに軍事侵攻した。圧倒的な軍事力を背景に、空からのミサイル攻撃と並行し地上軍も進軍させた。当初は首都キーウの陥落も時間の問題とみられた。力による一方的な現状変更にアメリカはじめG7各国は強く反発し、経済制裁を強化した。世界各地で反戦デモが行われ、ロシア国内でも反対の声が上がった。 21世紀に起きた侵略戦争を日本のテレビはどう伝えたのだろうか。それをつかむため、報道量の調査を行った。調査対象期間は侵攻初日から最初の停戦交渉が行われた2月28日までの5日間。調査対象はNHKと民放の夜のニュース番組5番組とした。またこの間の、スタジオ解説や中継・リポート、オンライン取材、SNSで発信された映像についても調査・分析を進めた。調査の結果、期間中の報道では戦況や被害、ロシアの思惑、経済制裁に関する報道量が多かったことが分かった。さらにSNS映像が多用され、一連の報道を「ソーシャルメディア時代の戦争報道」と位置付けられることも判明した。 本稿校了時点で戦闘がやむ兆候は見られず、事態は長期化している。今回の調査は侵攻初期に焦点を当てたものだが、戦争報道の全体像をつかむためにはさらに長期間を対象にした調査や過去の戦争報道との比較も重要となる。