- 著者
-
市川 康夫
- 出版者
- The Japan Association of Economic Geography
- 雑誌
- 経済地理学年報 (ISSN:00045683)
- 巻号頁・発行日
- vol.67, no.4, pp.235-254, 2021-12-30 (Released:2022-12-30)
- 参考文献数
- 35
- 被引用文献数
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本研究は,先進国農村で1960年代末より広く展開した「大地に帰れ運動( Back to the Land Movement)」において,農村がいかなる役割や機能を果たしてきたのかを,当事者の生活や意識,運動の展開過程の分析から明らかにすることを目的とした.「大地に帰れ運動」は,1968年の社会運動を契機として,都市や資本主義社会への批判や決別を目標に,1970年代と2000年代以降という「2つの波」を形成してきた.この2つの波の比較から,次のようなことが明らかとなった.まず,「大地に帰れ運動」において,農村という空間は,価値の再定義を行う「実験の場」として機能していた.それは,貨幣や労働,家族観や自然環境の価値を,共同体という社会実験から問い直す過程でもあった.そのなかで,農村は個人を解放する「逃避の場」から,エコロジーの実践とその社会共有の場へと役割を変化させてきた.カウンターカルチャーとしてのコミューン・共同体の背景には,常に批判対象としての主流社会の存在があった.また,「都市」というアンチテーゼに対する「農村」は重要な命題であり,「都市の否定的イメージ」と「理想郷としての農村」の対比が強く意識されていた.「大地に帰れ運動」は,社会への批判とエコロジーの実践をエネルギーに今日まで存続し,そのプロセスのなかから常に新たな価値が生み出され,消費されてきたと結論づけられる.