著者
和田 崇
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.43-57, 2021-03-30 (Released:2022-03-30)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究は,徳島県阿南市における野球のまち推進事業を例に,スポーツまちづくりがもたらす社会経済効果を明らかにし,スポーツが地域活性化に果たす役割を検討した.その結果,野球のまち推進事業は,観光振興効果や経済波及効果については規模や範囲は限定的であるものの,新たなまちづくり手法の定着や知名度向上効果,イベント参加者数の増加などでは,阿南市に一定の社会経済効果をもたらしていることが確認された.また,アクターごとの事業に対する認識と事業への関与をみると,阿南市では野球関係者や市民,企業が自治体からの働きかけにより,あるいは自ら申し出て事業に関与しており,それぞれが楽しさや満足感を感じたり,社会的ネットワークを広げたりするなどの効果を得ている.事業への主体的な関与が一部の者に限られたり,野球という特定競技をまちづくりの手段とすることへの疑問やトップレベルの試合を観戦する機会が乏しいことへの不満をもつ者も散見されたりするが,野球というこれまで着目しなかった地域資源を核に活動の環を広げてきたことは評価できる.今後,より多くの住民が野球を阿南市の地域資源と認め,全市的な参加・協働体制を構築することが期待される.
著者
荒又 美陽
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.29-48, 2020-03-30 (Released:2021-03-30)
参考文献数
55
被引用文献数
1

本論は,東京,パリ,ロンドンが19世紀以降に実施してきたメガ・イベントとその開催地を手掛かりに,21世紀にこれらのグローバル・シティがオリンピックを招致した都市計画的な意味を検討する.19世紀中葉にはじまる万博は,国民意識の形成と労働者の教化を目的としており,都市においてはその近代化を内外に示すものであった.世紀転換期には植民地支配の正当性を示す展示も行われ,帝国主義的な意味合いを強めた.オリンピックは,当初は万博ほどの影響力をもたなかったが,スタジアムの建設などを通じて次第に都市におけるインパクトを強めた.第二次大戦前のオリンピックは,特に都市の郊外開発と軌を一にしており,戦後には郊外がさらに広がる巨大都市化との関係を読み取ることもできる.そこから近年の事例をみると,脱工業化の局面において,特に1990年代からの都市再生プログラムに連動する形でメガ・イベントの会場設定がなされていることを見て取れる.三都市は中心から半径10キロ程度の領域の再価値づけを共通して行っており,その範囲におけるジェントリフィケーションも進んでいる.それは,都市が投資を集中する範囲を定めたという意味でのリスケーリングであり,都市計画においてはグローバル企業を引き付けるための基盤づくりや観光化といった特徴を持っている.メガ・イベント招致は,三都市において,こうした政策の促進剤の役割を担っている.
著者
市川 康夫
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.235-254, 2021-12-30 (Released:2022-12-30)
参考文献数
35
被引用文献数
1

本研究は,先進国農村で1960年代末より広く展開した「大地に帰れ運動( Back to the Land Movement)」において,農村がいかなる役割や機能を果たしてきたのかを,当事者の生活や意識,運動の展開過程の分析から明らかにすることを目的とした.「大地に帰れ運動」は,1968年の社会運動を契機として,都市や資本主義社会への批判や決別を目標に,1970年代と2000年代以降という「2つの波」を形成してきた.この2つの波の比較から,次のようなことが明らかとなった.まず,「大地に帰れ運動」において,農村という空間は,価値の再定義を行う「実験の場」として機能していた.それは,貨幣や労働,家族観や自然環境の価値を,共同体という社会実験から問い直す過程でもあった.そのなかで,農村は個人を解放する「逃避の場」から,エコロジーの実践とその社会共有の場へと役割を変化させてきた.カウンターカルチャーとしてのコミューン・共同体の背景には,常に批判対象としての主流社会の存在があった.また,「都市」というアンチテーゼに対する「農村」は重要な命題であり,「都市の否定的イメージ」と「理想郷としての農村」の対比が強く意識されていた.「大地に帰れ運動」は,社会への批判とエコロジーの実践をエネルギーに今日まで存続し,そのプロセスのなかから常に新たな価値が生み出され,消費されてきたと結論づけられる.
著者
甲斐 智大
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.149-171, 2021-09-30 (Released:2022-09-30)
参考文献数
45
被引用文献数
1

本稿では,求人票に記載された新卒保育士の待遇と地方養成校出身の新卒保育士の就職動向を分析し,保育士養成校のもつ,保育労働力供給源としての役割について考察した.     これまで各保育所は自宅からの通勤を前提として新卒保育士を募集してきた.東京圏を中心に保育ニーズが拡大するなかで,東京圏の法人は保育士の待遇を改善し,地方圏へと採用エリアを拡大させた.その結果,宮城県では東京圏への労働力の流出が顕在化し,それに歯止めをかけるべく宮城県での保育士に対する待遇は向上し,宮城県の保育士の就職先の選択肢は拡大した.他方,青森県へも東京圏法人の参入がみられるものの,自治体の財政難を背景に青森県では保育士の待遇改善が難しい状況におかれている.そのため,青森県の保育労働市場はインフォーマルな調整によって下支えされており,相対的に待遇の良い東京圏への保育労働力の流出が増加している.その結果,地元で安定して働ける職業として認識されてきた保育士として学生を就職させることを一つの魅力と位置付けて,学生募集をしてきた青森県の保育士養成校への入学者は減少傾向にある.     このように,近年,東北地方の養成校は,保育士が不足する東京圏にも保育士を供給する機能を有しつつある.この機能は縁辺地域でより拡大しており,結果的に地方の保育士養成校の保育士供給機能の低下が懸念されていることが明らかとなった.
著者
武者 忠彦
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.337-351, 2020-12-30 (Released:2021-12-30)
参考文献数
51

地方都市における中心市街地の再生は長年の政策課題であるが,行政主導の計画や事業の多くが機能不全に陥る一方で,近年は小規模で漸進的に都市を改良していく「計画的ではない再生」の動きが注目されている.こうした変化を「工学的アーバニズム」から「人文学的アーバニズム」へのシフトとして解釈することが本稿の目的である.工学的アーバニズムとは,都市は予測・制御が可能なものであるという認識の下で,全国標準化された計画や事業を集権的な行政システムによって進めるという考え方や手法のことである.それを可能にしたのは,近代都市像の社会的共有と都市化という時代背景であった.これによって,中心市街地再生は近代化,活性化,集約化というテーマで政策的に進められてきたが,工学的アーバニズムの限界が明らかになった現在では,都市形成のメカニズムの複雑さを前提に,個々の主体が試行錯誤しながら漸進的に都市を改良し,結果的に都市の文脈が形成されていくという人文学的アーバニズムの重要性が高まっている.現在の地方都市が直面する「都市のスポンジ化」も,人文学的アーバニズムとして読み解くことで,都市形態学的な説明よりも深い洞察が得られることが期待される.そうしたアプローチは「中心市街地再生の人文学」を構想することにもつながるだろう.
著者
中澤 高志
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.165-180, 2018-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
48
被引用文献数
1

低出生力や高齢化といった現代日本の人口学的諸問題は,東京一極集中や限界集落化といった地理学的諸問題と不可分である.つまり,最重要の政策課題は,人口と地理が結びつく領域にこそ存在する.人口地理学は,これまでも現状分析の面から人口政策に寄与してきたが,人口政策にまつわる理念やイデオロギーに関する議論とは距離を置いてきた.本稿では,欧米における新たな人口地理学の潮流を意識しながら,新書『縮小ニッポンの衝撃』の批判的検討を手掛かりに,政治経済学的人口地理学の可能性について模索する.地図は,住民の主体的意思決定に役立つツールである反面,客観性を装い,政策主体の意図に沿うように住民を説得するメディアとしても使われる.このことは,GIS論争やスマートシティに関する議論とも関連する.そもそも,データを収集する営み自体が客観的ではありえず,何らかの理想状態を想定して行われている.日本において人口減少への対策が論じられる場合,移民の受け入れ拡大が検討されない場合が多い.そのことは,日本人とは誰かという問いや,エスノセントリズムに関する議論などと結びつく.『縮小ニッポンの衝撃』からは,著者らが低所得の地方圏出身者を他者化していることが垣間見える.このことは,経済や財政への貢献度という一次元において,人々を序列化しようとするポリティクスの表れである.価値中立な地理的量としての人口概念こそ,再検討されるべきである.
著者
松原 宏
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.346-359, 2016-12-30 (Released:2017-12-30)
参考文献数
13
被引用文献数
1

2014年9月に「まち・ひと・しごと創生本部」が設けられて以降,地方創生関連の新たな施策が次々に打ち出されてきた.本稿の目的は,そうした政策策定の経緯を明らかにするとともに,地方創生交付金や政府関係機関の移転などの政策を取り上げ,政策内容の特徴と今後の課題を検討することにある.     リーサスを活用し先駆的な事業計画を提案した地方自治体に対して,優先的に地方創生交付金が配分されることになったが,グローバル化と人口減少の下で,地域経済の自立化と国際競争力の強化が,重視されてきている.東京一極集中の是正に関しては,民間企業や国の研究機能の地方移転により,現地の大学や試験研究機関との連携が強まることで,新たな産業や雇用の創出につながることが期待される.     2014年10月には「基本政策検討チーム」が設けられていたが,過去の政策や海外の政策を十分に検証する時間的な余裕がなく,また省庁の連携も十分ではなかった.今後は,地方創生を一過性のブームに終わらせず,地域政策として高めるとともに,体系的に再構築していくことが求められる.
著者
菊池 慶之
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.151-159, 2016-06-30 (Released:2017-09-07)
参考文献数
28
被引用文献数
1

本稿では地方中小都市の低未利用空間の利活用方法として,不動産の所有と利用の分離手法の一つである不動産証券化に着目し,全国での普及状況の把握と普及に向けての課題について検討した.この結果,日本における不動産証券化は極めて大都市圏に集中した状況にあるものの,2010年頃から対象となる不動産の用途の拡大とともに,地方圏においても増加しつつあることが分かる.また米子市における事例からは,公的ファンドのような必ずしも収益性を第一義としないプレイヤーの参加が事業成立の重要な要素となっている.民間ベースの開発である不動産証券化に公的ファンドの出資が入ることは,①困難な財政状況の中で中心市街地活性化に係わるハード事業を可能にする点,②民間ベースの開発を自治体等の策定する地域政策に誘導できる可能性がある点で今後のまちづくりにおいて重要な論点となり得ると言えよう.
著者
上野 淳子
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.275-291, 2017-12-30 (Released:2018-12-30)
参考文献数
54

21世紀に入って東京では建築物の高層化と超高層建築の都心集中が進行したが,その背景として都市計画の規制緩和がある.本論文では「ネオリベラル化する都市」論をふまえながら,東京都中央区を事例として①都市計画の規制緩和の進展と都心自治体の対応,②規制緩和された空間が孕む問題について考察した.    1980年代から2000年代までの約30年間は,中曽根「民活」と小泉「都市再生」という新自由主義的な政策のもとで国家が都市空間への介入を強めた時期であった.これまでの研究では国の役割に焦点が置かれてきたが,自治体は単に国に従属するだけの主体ではない.本論文で取り上げた中央区は,戦略的に国や都との関係を取り結び,規制緩和路線に加担していった.規制緩和は,国から一方的に押し付けられたものと言うより,部分的には自治体が選び取った結果である.ただし,都市計画等における自治体の権限が制限されていたことを考慮するならば,規制緩和は,追い詰められた自治体の前に用意された「構造化された選択肢」(船橋,1995)であったと言えよう.こうした規制緩和によって生み出された東京の空間は,社会公正および開発の持続可能性の点で問題を孕む.
著者
河本 大地
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.96-116, 2019-03-30 (Released:2020-03-30)
参考文献数
45

農山村地域での学生との度重なるフィールドワークを通じた「関係人口」づくりの実践事例から,持続可能な社会を構築していくための視点と方法の提示を試みた.筆者が大学教員として約10年間にわたり関与してきた兵庫県美方郡香美町小代(おじろ)区でのゼミ活動から,卒業生の移住および「嫁入り」までのプロセスをとりあげ,整理・省察をおこなった.その結果,持続可能な社会の構築には,地域住民にとっての「暮らしがい」と,それをベースにした関係人口にとっての「関わりがい」が重要ということがわかった.「暮らしがい」をベースにした「レジリエント」な関係性構築が,社会や地域の持続可能性を育む.
著者
山本 大策
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.60-76, 2017-03-30 (Released:2018-03-30)
参考文献数
43

本稿の目的は英語圏の経済地理学において一潮流となりつつある「多様な経済」論の紹介を行うととともに,その視点から加藤和暢氏を中心として進められてきた「サービス経済化」論を批判的かつ建設的に省察することである.とくに着目するのは,加藤氏の一連の論考からインプリケーションとして浮上してきた「サービス経済化」の市場原理主義的なグローバル経済化に対する役割の問題である.「多様な経済」論はポスト構造主義の影響を受けながら,「経済」概念の意味を問い直し,また行為主体の「主体化=服従化」のプロセスにも注目することで,グローバル経済化に対抗する実践的な知の形成を目指してきた.よって加藤氏が提起する問題と「多様な経済」論の間には通底するものがある.     検討の結果,資本主義市場社会の内部にも存在する非市場型のサービスも看過しえないこと,つまり経済地理学の正当な対象として「多様な経済」を視野に収める必要性があることを主張する.また,空間的組織化論の「地域形成」の論理的根拠として評価しつつ,理論化の過程で「地域存続」のための経済活動が言説的に周縁化される可能性を指摘する.さらに「現状分析」における「対象重視」の加藤氏の主張と,行為主体性を熟視する「多様な経済」論を重ね合わせ,その方法論的影響にも言及する.最後に,「多様な経済」論が経済地理学の願望的地域経済論への後退を示すものではないのか,という懸念に対する若干の検討を試みる.
著者
福田 崚 城所 哲夫 瀬田 史彦
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.201-216, 2017-09-30 (Released:2018-09-30)
参考文献数
36

経済活動の広がりに応じた圏域設定や都市間結合について,多くの既往研究が存在するが,通勤通学のような派生的な 需要に基づいて記述されるものがほとんどであり,必ずしも実態を適切に反映していない.これに対し本研究では,金融 機関の利用や取引関係といった企業間関係に基づく圏域設定を行い,それに基づく都市間結合の記述を試みた.結果,金 融関係は取引関係と比して近接地域と強い紐帯をもつことが明らかになった.東京一極集中の傾向が強いが,大阪や福岡 が一定の中心性を有していることが示された.取引関係に着目すると,福岡や仙台などでは自地方の諸都市との間の発注 と受注に大きな格差が確認された.金融関係に着目すると,大都市集中傾向は相対的に弱く,県境を越えた都市間の依存 関係も確認できた.また,中小企業によって結ばれた取引にのみ着目すると一極集中傾向は弱まった.