- 著者
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和田 崇
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会秋季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.53, 2018 (Released:2018-12-01)
スポーツの地理学的研究は19世紀から散発的に行われてきたが,その数が増加したのは1960年代になってからである。それ以降,地域差の記述から計量分析,人文主義的考察,知覚分析,GISの活用へと,地理学全体の動向に対応するかたちで研究が断続的に行われてきたが,スポーツは一貫して地理学の周辺領域に位置づけられてきた。しかし,スポーツは現代では経済的・社会的・政治的に重要な役割を果たすようになっており,空間や場所はスポーツの重要な要素となることから,地理学的な立場・観点からスポーツ研究を行う意義・必要性は高まっている。以上を踏まえ,本研究は,英語圏諸国におけるスポーツを対象とした地理学的研究の動向を整理し,主な論点を提示することで,日本におけるスポーツの地理学的研究への示唆を得ることを目的とする。 1960年代以降の英語圏諸国においてスポーツの地理学的研究を牽引したのは,「スポーツ地理学の父」と呼ばれるアメリカ人地理学者ルーニーRooneyである。彼は,スポーツの起源,伝播,地域差,組織,景観などの分析の必要性を提起し,計量分析の手法を用いて,主に合衆国におけるスポーツ活動の地域差を分析した。その集大成がAtlas of American Sportsであり,各競技組織のデータをもとに合衆国における82競技の普及状況を地図に表すとともに,13地域各々のスポーツ活動の特徴を記述した。 ルーニーに続いて,英語圏諸国のスポーツ地理学を牽引したのがイギリス人地理学者ベイルBaleである。彼もイギリスにおけるスポーツ活動の地域差の描出から研究を始めたが,次第に研究関心を広げ,サッカースタジアムの立地と地域への影響,選手のキャリアと地域間移動,スポーツ景観,スポーツを通じたトポフィリアの形成など,人間と場所に着目した人文主義的な研究成果を次々と発表した。また彼は,スポーツ地理学の確立を目指して,概ね10年おきにスポーツ地理学の研究動向と課題を整理した著作を発表した。このうちBale(2000)は,1960年代以降のスポーツの地理学的研究について,①ルーニーらを中心とするスポーツ活動の地域差を描き出す研究に加え,②スポーツの伝播や選手の移動,フランチャイズの移転など空間的流動に関する研究,③スポーツイベントやスタジアム建設が地域に与える影響に関する研究,④文化地理学や社会地理学の分析枠組を用いたスポーツ景観に関する研究,の4つに分類した。 ルーニーそしてベイル以降のスポーツ地理学は,商業化・グローバル化の進展という時代の変化を踏まえつつ,実証的研究が積み重ねられてきた。このうち②については,サッカーや野球,陸上競技などを例に,(エリート)スポーツ選手の国際的移動のメカニズムがグローバル・バリュー・チェーン(GVC)やグローバル・プロダクション・ネットワーク(GPN),ソーシャル・キャピタルなどの概念を用いて説明されたりしてきた。③については,スタジアム建設が地域社会に与えるプラスの効果とマイナスの影響が距離減衰効果やNIMBYの概念を用いて検討されたり,オリンピックやサッカーW杯などの大規模イベントが都市再生や地域社会にもたらすプラスの効果(知名度向上,集客促進,スポーツ振興など)とマイナスの影響(ゴーストタウン化,社会的弱者の排除など)が考察されたりしてきた。④については,ルフェーブルLefebvreの空間的実践や差異空間などの概念を用いてプレイヤーの身体と競技施設の関係性が考察されたり,トゥアンTuanのトポフィリアの概念を用いて住民等のチームやスタジアム,街に対する愛着が説明されたり,スリフトThriftの非表象理論を用いて身体運動を分析する必要性が指摘されたりしている。Koch(2017)は,これらの研究をさらに進めるために,批判地理学の概念や手法を取り入れて,スポーツと権力(国家・企業等),エスニシティ,ジェンダー,空間などについて実証的に解明していく必要があると提起している。 上述したように,英語圏諸国ではルーニーやベイルの先駆的業績を受けて,地理学全体の動向に対応しつつ,多様な観点からの研究が蓄積されてきた。今後取り組むべき(残された)研究課題としては,a) スポーツ施設やスポーツイベントのレガシー効果の検証,b) スポーツツーリズムの実態分析,c) スポーツ用品産業の実態解明,などがあげられよう。また,英語圏諸国の地理学者が取り上げたのは主に競争的スポーツであり,余暇・レジャー,保健(健康維持・増進),教育としてのスポーツを取り上げた研究は少なく,そうした研究の充実が期待される。さらに,対象地域は英語圏諸国が主であり,スポーツの地理あるいはスポーツ空間のさらなる理解のためには,日本を含めた他の国・地域における実態解明も必要となろう.