- 著者
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須階 二朗
三川 武彦
門間 正幸
渡辺 勇四郎
- 出版者
- 一般社団法人 日本内科学会
- 雑誌
- 日本内科学会雑誌 (ISSN:00215384)
- 巻号頁・発行日
- vol.65, no.3, pp.263-268, 1976-03-10 (Released:2008-06-12)
- 参考文献数
- 15
慢性金属水銀中毒症は,労働衛生の進歩により,職場環境の水銀許容濃度基準が, 0.1mg/m3から0.05mg/m3に引き下げられ,大企業での発生は,激減している.しかし零細な中小企業,家内工業での発生は,いまなお散見される.症例は, 54才,男性, 47才頃より振戦に気付いていた.日を追つて症状は増強し, 54才の現在,高度な運動失調,振戦,口内炎を主訴として入院.主な理学的所見は,顔面やゝ蒼白,眼結膜軽度貧血を認めた.頚部から肩甲部にかけ,静止時振戦,および企図振戦を認め,起立歩行は緩慢であつた.口腔内所見は,歯肉萎縮,色素沈着,口内炎,歯芽脱落,流涎過多を認めた.その他胸腹部に異常認めず.神経学的症候は,不随運動と失調であり,手指,頭部の著しい振戦が認められ,四肢の近位筋および躯幹筋に,ミオクロニーを生じ,坐位を保てず,立位,歩行等の動作が緩慢であつた.言語は,断綴的で,爆発的であつた.深部反射は,一部亢進を示し, Babinski反射は両側陽性であつた.しかし知覚障害は認められなかつた.主な検査成績は,血中,尿中水銀濃度は, 51.0μg/dl, 540μg/24hと高値を示し,コリンエステラーゼ0.6ΔpHと低値を示した.その他視野狭窄,両側水晶体前面の色素沈着(アトキンソン徴侯),感音性難聴等を認めた.以上の所見より慢性金属水銀中毒症と診断した. D-Penicillamin投与,一時症状の増悪期を有したが,約3カ月後症状の改善,血中,尿中水銀の正常化を認めた.以上慢性金属水銀中毒症の臨床,治療について報告する.