- 著者
-
丹治 愛
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 一般研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1992
1.ガブラー版『ユリシーズ』の第4挿話(「カリュプソー」)から第6挿話(「ハーデス」)までを、河出書房版を参考にしながら実際に日本語になおし、かつ、それぞれの挿話についてこれまで独自に収集したデータのなかから、読解上とくに重要と思われるものを選び、それを注釈として添付した。2.第7挿話(「アイオロス」)および第9挿話(「スキュレーとカリュブディス」)については、各種の参考書を読みながら、そのつど日本語訳に役立つと思われる情報をデータベースのかたちで保存した。3.第11挿話(「セイレーン」)については、日本語訳の作業と注釈づけの作業を同時に進めているところである。いろいろな作業行程をこころみることによって、以後の作業にとっていちばん効率のよいかたちを模索したいと思う。4.たしかにガブラー版はそれまでのどの版よりもテクストとしての妥当性を主張しうる版であろう。しかしながら、ジョン・キッドの「ユリシーズのスキャンダル」という論文以後、その妥当性はかなり揺らいでいると見なければならない。たとえ反ガブラー派の批評家たちが問題にする箇所のほとんどーあえて97%以上と言っておこうーが、コンマかセミコロンか、あるいは大文字か小文字かといった、日本語になおした場合にはほとんど表面に浮かびあがってこない細部であるにしても、残る3%のなかにはわれわれにとってもひじょうに重要と思われる論点がふくまれている。そのようななかでわれわれにとって重要なのは、いずれの版も絶対化することとなく、テクストの妥当性を相対的に判断していく態度であろう。