著者
別所 康太郎
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

1.はじめに気象庁の静止気象衛星ひまわり8号は、2015年7月より運用を開始し、同9号についても2017年3月よりバックアップ機としての運用を開始している。両号は、2022年頃にその役割を交代しつつ、2029年頃まで運用を続ける予定である。ひまわりについては、2018年からは、アジア太平洋諸国の気象水文機関の要望に応じて領域観測を行う「ひまわりリクエスト」を開始したり、フルディスク・領域観測の結果から海上付近の風分布を推定し、台風の強風域を推定する手法の現業運用を始めるなど、気象業務での利活用を着実に進めている。また、気象集誌2018年特別号「静止気象衛星『ひまわり8号』を用いた気象学・気候変動研究」や、気象研究ノート第238号「静止気象衛星ひまわり8号・9号とその利用」が刊行されるなど、学術面での利用も進められている。特にPutri et al. (2018)にあるように、メソスケール現象の解析をひまわり8号の高頻度・高解像度の観測結果を利用して行うなど、いわば「メソスケール衛星気象学」とでも呼べるような新しいパラダイム構築の動きが見られる。一方、宇宙開発戦略本部で決定された宇宙基本計画工程表では、ひまわり8号・9号の後継の静止気象衛星は、遅くとも2023年度までに製造に着手し、2029年度頃に運用を開始することを目指す、とされている。2018年、気象庁ではひまわり8号・9号の後継衛星について、その仕様などの検討を開始した。本発表では、後継衛星の観測性能の仕様に関する検討状況を報告する。2.検討中の観測性能静止気象衛星については、世界気象機関が2040年には具備するのが望ましい要件として、高頻度観測機能を備えた多バンドの可視・赤外イメージャや、ハイパースペクトル赤外サウンダ、雷イメージャ、紫外/可視/近赤外サウンダを列挙している。このうち可視・赤外イメージャについては、後継衛星では、現行の8号・9号の観測性能からの機能強化ができないかを検討している。具体的にはバンドの追加や、領域観測の拡大、観測・処理時間の短縮、精度の向上などである。ハイパースペクトル赤外サウンダについては、これまでのひまわりには搭載されていないため、当庁としてはその搭載の可能性について、一から検討を始めている。同センサーについては、欧州気象衛星開発機構が次の静止気象衛星に搭載を予定しており、その経験に学びつつ、当庁でも数値予報に与える効果を見極めるために観測システムシミュレーション実験を実施している。また、実況監視・ナウキャスト等にも利用できないか調査を行っている。雷イメージャについては、航空ユーザーへの情報提供や、台風の強度予報への活用などが考えられるが、こちらもこれまでのひまわりには搭載されていない。米国の新しい静止気象衛星には搭載され、観測データも公開が始まっているため、それらのデータを利用して、同センサーの性能や利用法などについて調査検討を進める予定である。紫外/可視/近赤外サウンダについては、オゾン、微量気体、エーロゾルの監視などに主として利用される。こちらも当庁では利用した経験がないため、基礎的なところから調査を始めている。また、ひまわりの後継衛星については、想定される運用開始年まで10年ほどしかないため、現業運用という意味ではとても間に合わないと思われるが、マイクロ波サウンダを搭載した静止気象衛星や、同じくマイクロ波サウンダを搭載した小型衛星群によるコンステレーション観測についても、もっと先の将来を見越して、この機会にあわせて検討している。マイクロ波サウンダなどで得られる大気下層の水蒸気分布は、集中豪雨や台風をより高精度に予測するためには不可欠な情報であるにも関わらず、地上・衛星を含めた現行の観測システムでは、広く一様に常時監視することができない。特に現行のマイクロ波サウンダは極軌道衛星に搭載されているため、衛星直下の観測領域を1日2回程度しか観測できない。マイクロ波サウンダを搭載した静止気象衛星や小型衛星群は、どちらも下層の水蒸気分布をどのような状態でもあまねく観測できるシステムであり、実現すれば実況監視・ナウキャストや数値予報に与える効果は絶大であろう。3.おわりにひまわりは気象業務だけでなく、国民にひろく利用されており、我が国の重要な社会資本となっている。その一方、気象庁では後継衛星の検討を始めたばかりであるが、その仕様検討のための時間は限られたものとなっている。本発表を機会に、気象学会の会員諸氏からの積極的な情報提供や、コメント、あるいは具体的な利用目的にもとづく要望などを期待している。
著者
筆保 弘徳 吉田 龍二 山口 宗彦 永戸 久喜 室井 ちあし 西村 修司 別所 康太郎 及川 義教 小出 直久
出版者
Meteorological Society of Japan
雑誌
気象集誌. 第2輯 (ISSN:00261165)
巻号頁・発行日
vol.98, no.1, pp.61-72, 2020 (Released:2020-03-26)
参考文献数
36
被引用文献数
1 5

本研究は、2009年から2017年にかけて北西太平洋で発生した熱帯低気圧(TC)において、トロピカルストームの強度に発達する前に減衰した熱帯低気圧(TD)の特性と環境場の条件を調査した。特に、大規模な流れパターンと関連させて、トロピカルストームの強度まで発達した熱帯低気圧(TS)と比較した。流れパターンは以下の5つに分類した。シアライン(SL)、東西風合流域(CR)、モンスーンジャイア(GY)、偏東風波動(EW)、および既存のTCからのロスビー波応答で発生したパターン(PTC)である。ベストトラックデータと早期ドボラックデータを用いて、476例のTC事例のうち、263例のTDが検出された。CRまたはPTC(EW)のパターンで発生したTCは、他のパターンと比較してトロピカルストームの強度に達する(達しない)割合が多い。夏と秋のCR、GY、およびEW(PTC)のTDの平均位置は、同じパターンのTSよりも西(東および北)に偏っていた。TDの周囲の環境場パラメータはTSよりも発達に不向きな傾向があり、CR、EW、PTC(SL、GY、PTC)で大気(海洋)の環境場パラメータに有意な差がある。流れパターンで分類したトロピカルストームの強度に達するための環境場条件は以下のようにまとめられる。SLとGYはより高いtropical cyclone heat potential、CRはより弱い鉛直シア、EWはより湿潤な場、そしてPTCはより高い海面温度と先行のTCが強いことである。
著者
中澤 哲夫 別所 康太郎 坪木 和久 斉藤 和雄 榎本 剛 原 昌弘
出版者
気象庁気象研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

2008年に行った航空機からの台風直接観測による進路予報へのインパクトについて調査を行った結果、ターゲット観測の予報改善効果が確認できたものの、台風第13号と第15号の二つの台風での限られた観測のため、有効性を十分に確認することまでは至っていない。高い感度領域でのデータ同化が、必ずしも予報精度の改善へ寄与していない事例のあることもわかった。台風周辺での観測のインパクトについては、数値予報の成績がよい気象庁やヨーロッパ中期予報モデルなどでは改善率が小さく、逆に米国のモデルなど通常の予報成績があまりよくない場合に改善率が大きいこともわかった。また、台風中心付近のデータをどのように同化システムに取込むかどうかによって予報精度が大きく影響されることが明らかになった。