著者
三宅 芙沙 増田 公明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.93-97, 2014-02-05 (Released:2019-08-22)

放射性同位体の存在量測定による年代推定は,自然科学や考古学などの様々な場面で応用されている.測定対象となる同位体には^<14>Cや^<10>Beなどがあり,これらは地球に飛来して大気に突入した宇宙線が,大気中の原子核と相互作用することによって作られる.同位体の半減期と平均的な生成量がわかっているので,その濃度を調べることによって生成からの経過年数を知ることができる.逆に,年代がわかっている試料,例えば樹木の年輪や極地方の氷床中の同位体濃度を調べれば,当時の宇宙線の強度を知ることができる.宇宙線によって生成された^<14>Cは,二酸化炭素^<14>CO_2となり,さらに樹木へと取り込まれて年輪内で固定されるため,年輪中の^<14>C濃度は過去の宇宙線強度を「記録」しているのである.したがって太陽フレア,超新星爆発,ガンマ線バーストといった突発的高エネルギー宇宙現象も,^<14>C濃度の急激な増加として,その痕跡が記録されている可能性がある.このような背景のもと,我々は6-12世紀における屋久杉年輪中の^<14>C濃度を1-2年分解能で測定してきた.その結果,西暦774-775年,993-994年にかけての2つの^<14>C急増イベントを発見した.これらは1年程度の時間で急激な^<14>C濃度の上昇を示した後,10年のオーダーで減衰していく様子がきわめて似ており,同じ原因によって引き起こされたことが示唆される.さらにこの2イベントについては,ヨーロッパ産の年輪中の^<14>Cと南極の氷床中の^<10>Beにおいても全く同時期に濃度の異常上昇があったことがわかり,屋久島付近における局所的な現象ではなく,地球規模で何らかの大きな変動を与えた突発的宇宙現象がその原因であることが決定的となった.すぐさま,その宇宙現象が何であったかについての活発な議論が始まった.先に述べた太陽フレアやガンマ線バーストなどの現象について,その発生頻度や放出されるエネルギー,地球に与える影響などについて定量的評価が行われた.現在のところ最も有力と見られているのは,太陽表面の爆発によって地球に大量の放射線が降り注ぐSolar Proton Event(SPE)という現象である.また,見つかった2イベントにおける^<14>C濃度の上昇量を説明するためには,その規模は現在知られている最大の太陽フレアの10倍から数10倍であることも明らかになった.これまでに多くの研究者によって年輪中^<14>Cの1-2年分解能の測定が行われてきた期間は,合計すると約1,600年分になる.そしてその期間中,このような大規模なイベントが少なくとも2度起こっているというのは注目すべきことである.^<14>C濃度の上昇はきわめて短い時間で起こっており,本研究のような1-2年の分解能による測定で初めて発見することができるものであるが,この分解能による測定がなされていない期間に,このようなイベントがまだ過去に多く隠されている可能性は高いのである.過去の大規模フレア現象の頻度を正確に把握することで,太陽活動メカニズムの新しい知見を得るとともに,将来における「宇宙気象」の予測へとつながることなどが期待される.また観測史上最大のキャリントンフレア(1859)でも世界的に大きな影響があったことが知られており,その数10倍の規模のフレアが「珍しくない」とすれば,現代社会活動への諸影響を考えることも大変に重要である.
著者
三宅 芙沙 増田 公明 箱崎 真隆 中村 俊夫 門叶 冬樹 加藤 和浩 木村 勝彦 光谷 拓実 Miyake Fusa Masuda Kimiaki Hakozaki Masataka Nakamura Toshio Tokanai Fuyuki Kato Kazuhiro Kimura Katsuhiko Mitsutani Takumi
出版者
名古屋大学年代測定資料研究センター
雑誌
名古屋大学加速器質量分析計業績報告書
巻号頁・発行日
no.25, pp.137-143, 2014-03

Although some candidates for the cause of the mysterious cosmic ray event in AD 774-775 have been reported we were not able to specify. In order to investigate the occurrence rate of the 14C increase event like the AD 775 one, we measured 14C content in Japanese tree-rings during an extended periods. As a result,we detected the second 14C increase by significant amount from AD 993 to AD 994. From the occurrence rate (one 14C event/800 years),it was revealed that a large-scale SPE is the most plausible explanation for the 14C event. 775年の宇宙線イベントの原因について、いくつかの候補が挙がっていたが特定するのは難しい状況であった。本研究の年代を拡張した14C濃度測定により、993-994年にかけても似たような14C急増を発見した。また、994年イベントは日本産の2個体の樹木から存在を確認した。14Cイベントの発生頻度から、その原因として大規模SPEが妥当であると考えられる。見つかった14Cイベントの14C増加量は、観測史上最大のSPEの1O~数10倍に相当する。このような規模のSPEが仮に今日発生した場合、現代社会へ深刻な被害を及ぼすと想定される。今回の発見はこうした大SPEが将来において発生する可能性を示したものである。名古屋大学年代測定総合研究センターシンポジウム報告
著者
三宅 芙沙 増田 公明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.93-97, 2014

放射性同位体の存在量測定による年代推定は,自然科学や考古学などの様々な場面で応用されている.測定対象となる同位体には^<14>Cや^<10>Beなどがあり,これらは地球に飛来して大気に突入した宇宙線が,大気中の原子核と相互作用することによって作られる.同位体の半減期と平均的な生成量がわかっているので,その濃度を調べることによって生成からの経過年数を知ることができる.逆に,年代がわかっている試料,例えば樹木の年輪や極地方の氷床中の同位体濃度を調べれば,当時の宇宙線の強度を知ることができる.宇宙線によって生成された^<14>Cは,二酸化炭素^<14>CO_2となり,さらに樹木へと取り込まれて年輪内で固定されるため,年輪中の^<14>C濃度は過去の宇宙線強度を「記録」しているのである.したがって太陽フレア,超新星爆発,ガンマ線バーストといった突発的高エネルギー宇宙現象も,^<14>C濃度の急激な増加として,その痕跡が記録されている可能性がある.このような背景のもと,我々は6-12世紀における屋久杉年輪中の^<14>C濃度を1-2年分解能で測定してきた.その結果,西暦774-775年,993-994年にかけての2つの^<14>C急増イベントを発見した.これらは1年程度の時間で急激な^<14>C濃度の上昇を示した後,10年のオーダーで減衰していく様子がきわめて似ており,同じ原因によって引き起こされたことが示唆される.さらにこの2イベントについては,ヨーロッパ産の年輪中の^<14>Cと南極の氷床中の^<10>Beにおいても全く同時期に濃度の異常上昇があったことがわかり,屋久島付近における局所的な現象ではなく,地球規模で何らかの大きな変動を与えた突発的宇宙現象がその原因であることが決定的となった.すぐさま,その宇宙現象が何であったかについての活発な議論が始まった.先に述べた太陽フレアやガンマ線バーストなどの現象について,その発生頻度や放出されるエネルギー,地球に与える影響などについて定量的評価が行われた.現在のところ最も有力と見られているのは,太陽表面の爆発によって地球に大量の放射線が降り注ぐSolar Proton Event(SPE)という現象である.また,見つかった2イベントにおける^<14>C濃度の上昇量を説明するためには,その規模は現在知られている最大の太陽フレアの10倍から数10倍であることも明らかになった.これまでに多くの研究者によって年輪中^<14>Cの1-2年分解能の測定が行われてきた期間は,合計すると約1,600年分になる.そしてその期間中,このような大規模なイベントが少なくとも2度起こっているというのは注目すべきことである.^<14>C濃度の上昇はきわめて短い時間で起こっており,本研究のような1-2年の分解能による測定で初めて発見することができるものであるが,この分解能による測定がなされていない期間に,このようなイベントがまだ過去に多く隠されている可能性は高いのである.過去の大規模フレア現象の頻度を正確に把握することで,太陽活動メカニズムの新しい知見を得るとともに,将来における「宇宙気象」の予測へとつながることなどが期待される.また観測史上最大のキャリントンフレア(1859)でも世界的に大きな影響があったことが知られており,その数10倍の規模のフレアが「珍しくない」とすれば,現代社会活動への諸影響を考えることも大変に重要である.
著者
三宅 芙沙 増田 公明 箱崎 真隆 中村 俊夫 門叶 冬樹 加藤 和浩 木村 勝彦 光谷 拓実 Miyake Fusa Masuda Kimiaki Hakozaki Masataka Nakamura Toshio Tokanai Fuyuki Kato Kazuhiro Kimura Katsuhiko Mitsutani Takumi
出版者
名古屋大学年代測定資料研究センター
雑誌
名古屋大学加速器質量分析計業績報告書
巻号頁・発行日
vol.25, pp.137-143, 2014-03

Although some candidates for the cause of the mysterious cosmic ray event in AD 774-775 have been reported we were not able to specify. In order to investigate the occurrence rate of the 14C increase event like the AD 775 one, we measured 14C content in Japanese tree-rings during an extended periods. As a result,we detected the second 14C increase by significant amount from AD 993 to AD 994. From the occurrence rate (one 14C event/800 years),it was revealed that a large-scale SPE is the most plausible explanation for the 14C event. 775年の宇宙線イベントの原因について、いくつかの候補が挙がっていたが特定するのは難しい状況であった。本研究の年代を拡張した14C濃度測定により、993-994年にかけても似たような14C急増を発見した。また、994年イベントは日本産の2個体の樹木から存在を確認した。14Cイベントの発生頻度から、その原因として大規模SPEが妥当であると考えられる。見つかった14Cイベントの14C増加量は、観測史上最大のSPEの1O~数10倍に相当する。このような規模のSPEが仮に今日発生した場合、現代社会へ深刻な被害を及ぼすと想定される。今回の発見はこうした大SPEが将来において発生する可能性を示したものである。
著者
植村 恒仁 Uemura Tsunehito 宮原 ひろ子 Miyahara Hiroko 村木 綏 Muraki Yasushi 増田 公明 Masuda Kimiaki
出版者
名古屋大学年代測定資料研究センター
雑誌
名古屋大学加速器質量分析計業績報告書
巻号頁・発行日
vol.13, pp.110-117, 2002-03

It is known that the periods when solar activity was extremely weak (so-called grand minima) existed several times in the last 1000 years. It is reported by Kocharov et al. that the solar activity periodicity during the Maunder minimum was not the 11 year variation but the 22 year variation. What does the cycle of 22 years mean? Does the periodicity of 22 years exist also in the minima other than the Maunder minimum? We have investigated the solar activity of the Sporer minimum, which preceded the Maunder minimum, in order to understand the periodicity of solar activity during the minima. Both the liquid scintillation method and the accelerator mass spectrometry method (AMS method) were used for measuring the ^<14>C concentration in annual tree rings.
著者
宮原 ひろ子 Miyahara Hiroko 毛受 弘彰 Menjo Hiroaki 桑名 宏輔 Kuwana Kousuke 増田 公明 Masuda Kimiaki 村木 綏 Muraki Yasushi 中村 俊夫 Nakamura Toshio
出版者
名古屋大学年代測定資料研究センター
雑誌
名古屋大学加速器質量分析計業績報告書
巻号頁・発行日
vol.16, pp.57-64, 2005-03

This paper presents the variation of solar activity during the Maunder Minimum (1645-1715 AD) deducted from radiocarbon content in tree-rings. Radiocarbon is produced by the galactic cosmic rays, which are modulated by the solar wind and the interplanetary magnetic field in the heliosphere. The production rate of radiocarbon, therefore, reflects the state of solar magnetic activity. Most distinct index of solar magnetic activity it the group sunspot number. The variations of sunspot number have shown clear cyclicity since the 18^<th> century with average length being about eleven years. The sunspots, however, have once almost disappeared during the period of 1645-1715 AD due to extraordinary weakening of solar activity. This period has been called as the Maunder Minimum. There is no remarkable cyclicity in the sunspot variations. We, therefore, investigated the cyclicity of radiocarbon content in tree rings from the Maunder Minimum in order to clarify the characteristics of solar activity during this period. We compared two radiocarbon records obtained newly by our group and by Stuiver et al. The results of frequency analyses have shown that solar magnetic reversals had maintained through the Maunder Minimum and that the length of the "eleven-year" cycle was stretched to 13-15 years.
著者
増田 公明
出版者
日本エアロゾル学会
雑誌
エアロゾル研究 (ISSN:09122834)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.264-268, 2012 (Released:2013-01-18)
参考文献数
21

As one of mechanisms of the influence of variability in solar activity on the global climate, the atmospheric ionization by reaction of the galactic cosmic rays with atmosphere has an important role. A correlation between the galactic cosmic-ray intensity and the global cloud cover has been observed and a hypothesis is suggested that the variability in the solar activity controls global climate through the cosmic rays. It is necessary to clarify the mechanism of the correlation as well as verification of observed quantities. Here we describe how the cosmic rays produce aerosol particles, which originate cloud condensation nuclei. We also introduce the present status of laboratory experiments to verify these processes.
著者
植村 恒仁 Uemura Tsunehito 宮原 ひろ子 Miyahara Hiroko 村木 綏 Muraki Yasushi 増田 公明 Masuda Kimiaki
出版者
名古屋大学年代測定資料研究センター
雑誌
名古屋大学加速器質量分析計業績報告書
巻号頁・発行日
vol.13, pp.110-117, 2002-03 (Released:2010-06-01)

It is known that the periods when solar activity was extremely weak (so-called grand minima) existed several times in the last 1000 years. It is reported by Kocharov et al. that the solar activity periodicity during the Maunder minimum was not the 11 year variation but the 22 year variation. What does the cycle of 22 years mean? Does the periodicity of 22 years exist also in the minima other than the Maunder minimum? We have investigated the solar activity of the Sporer minimum, which preceded the Maunder minimum, in order to understand the periodicity of solar activity during the minima. Both the liquid scintillation method and the accelerator mass spectrometry method (AMS method) were used for measuring the ^<14>C concentration in annual tree rings.
著者
西山 亨 村木 綏 コチャロフ グラント 増田 公明
出版者
名古屋大学
雑誌
名古屋大学加速器質量分析計業績報告書
巻号頁・発行日
vol.8, pp.24-27, 1997-03

名古屋大学タンデトロン加速器質量分析計シンポジウム(平成8年(1996年度)報告 「第2世代タンデトロン加速器質量分析計(加速器年代測定システム)による高精度・高分解能14C年代測定の利用分野・方法の開拓」 Proceedings of Symposium on Researches with a Tandetron Accelerator Mass Spectrometer at Nagoya University in 1996"Studies on New Fields and New Methods of Applications of High-Precision and High-Accuracy Radiocarbon Dating with a Second-Generation Tandetron Accelerator Mass Spectrometer at Nagoya University"日時:1997 (平成9)年3月10日 場所:名古屋大学年代測定資料研究センター古川総合研究資料館講義室
著者
笠原 克昌 鳥居 祥二 小澤 俊介 清水 雄輝 増田 公明 さこ 隆志
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

LHCf実験はCERN LHC加速器を用いて,超高エネルギー宇宙線(UHECR)に匹敵するエネルギー領域で超前方に発生する粒子(ガンマ線=光子,中性子)のスペクトルを観測する.これにより宇宙線実験で使われているモンテカルロ(MC)シミュレーションで用いられる核相互作用モデルの検証を行い,UHECR の謎の解明に役立てるのが目的である.LHCfは2009年末に450GeV+450GeV衝突,2010年に3.5TeV+3.5TeV衝突の観測に成功した.これらは実験室系換算で4.3・10^<14>eVと2.6・10^<16>eVにそれぞれ相当する.MCのモデルとしてDPMJET(v3.04),PYTHIA(v8.145),QGSJET II(v03),SIBYLL(v2.1)およびEPOS(v1.99)を検証した.この全く未知の領域でのスペクトルは予想から全く外れている訳ではなかったものの,これらのどのモデルも実験結果を満足に再現するレベルには遠いことが判明した.光子のスペクトルは多くのMC モデルよりソフトな様相を呈し,ハドロンはハードな様相を呈している.また,LHCの他の実験(ATLAS,CMSなど)の中心領域での擬ラピディティ(η)分布の結果と合わせると,全てのモデルはLHC 領域で破綻すると言ってよい.DPMJETは低エネルギー領域では非常によいモデルであるが,LHCf での光子スペクトルはデータよりかなりハードである.η分布はLHC領域で突然データからずれる.PYTHIAはLHCのη分布を再現するように調整されたものを用いたが,光子についてはDPMJET と同じ様相を呈する.これらのことは,数年後に期待されるLHCの最高エネルギーでの実験を行い,破綻の傾向を調べ,モデルの検証行うことが重要なこと,新たなモデルの構築が必要なことを示している.
著者
伊藤 好孝 増田 公明 さこ 隆志 毛受 弘彰 三塚 学
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2008

2009-2010年の0.9TeV及び7TeVでのLHC陽子陽子衝突に於いて、超前方領域における中性粒子の測定LHCf実験を行い、超高エネルギー宇宙線の空気シャワー形成に重要な0度ガンマ線スペクトルを測定した。7TeV衝突での0度でのガンマ線エネルギー分布の解析を進め、ハドロン相互作用モデルとの比較を行った最初の成果を公開した。その結果、データは従来のハドロン相互作用モデルの予測とは完全には一致せず、空気シャワー実験の解釈に一定の影響を及ぼすと示唆される。