著者
大井 奈美
出版者
情報文化学会
雑誌
情報文化学会誌 (ISSN:13406531)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.32-38, 2009-09-15

本稿は,基礎情報学を理論的枠組とする,俳句分析のためのオートポイエティック・システム論的アプローチを提案する。基礎情報学では,言語ではなく「情報」,個人ではなく「オートポイエティック・システム」にもとづき,意味形成やコミュニケーションが考察される。具体的には,身体的体験に根差し,論理的な思考過程を超えて生成する各人に固有の意味を「生命情報」,心をオートポイエティック・システムである「心的システム」として捉え,分析の土台にするのである。俳句の重要な特徴の一つは,その簡潔な定型が,必ずしも理性的個人による推論や言語操作のみに還元されない意味形成をひきおこす点にある。したがって俳句の分析には,基礎情報学の理論的枠組が有用と考えられる。従来,俳句はおもに(A)文献学的アプローチや(B)テクスト論的アプローチによって研究されてきた。さらに,両者に対して批判的視座をあたえる,(C)認知心理学的アプローチも登場した。しかしこれらの研究では,論理的思考を超えた意味形成について考慮することは難しい。提案する(D)基礎情報学的アプローチによって,無意識的・直観的な側面をふくむ俳句の創作と解釈について考察することが可能となる。
著者
大井 奈美
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の研究成果としては以下の三点を挙げることができる。第一に俳句研究にたいする成果について述べる。オートポイエーシス概念にもとづく情報学すなわち基礎情報学を応用して近現代俳句を分析することにより、既存の諸アプローチによる研究(たとえば文献学的研究、テクスト論的研究、認知科学的研究など)では十分にとらえきることが難しかった俳句独自の特徴について多角的にあきらかにした点を挙げることができる。その特徴とは、第一に俳句が俳句結社などの共同体やメディアと非常に密接な関係を結んでいる点、第二に共同体やメディアと作家とのあいだに師弟関係に代表される力関係が存在する点であった。こうした特徴にかんして、本研究の情報学的=構成主義システム論的アプローチによって、たとえば俳句結社における作句に、結社誌の存在や師弟関係がいかなる影響をおよぼすのかを説明することができた。以上述べた俳句研究における成果にとどまらず、基礎情報学という理論的枠組を発展させた点も本研究の第二の成果として挙げられる。具体的には、通時的な考察の導入、自律システム同士の関係性、システムの作動メカニズムと情報概念との有機的関係づけなどをとおして理論を深化させることができた。成果の第三として、既存の文学システム論研究が抱えていた問題点に一つの解決をあたえたことを挙げることができる。基礎情報学は二次観察概念を核とするセカンド・オーダー・サイバネティクス(ネオ・サイバネティクス)に含められる理論的枠組であるが、セカンド・オーダー・サイバネティクスを応用する文学研究は、すでにドイツを中心におこなわれてきた。それには、いわゆる経験的文学研究の潮流もふくまれていた。本研究をつうじて、文学システム論が有していた、文学テクストをめぐる理論を研究作業のなかに位置づけることが難しいなどの弱点を克服する道が拓かれ、情報学的=システム論的文学研究の可能性が拡張された。
著者
大井 奈美 Nami OHI 東京大学大学院学際情報学府 Graduate School of Interdisciplinary Information Studies The University of Tokyo
出版者
情報文化学会
雑誌
情報文化学会誌 = Journal of the Japan Information-culture Society (ISSN:13406531)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.7-15, 2012-08-31
参考文献数
20

本稿は,俳人,俳句結社などの俳句共同体,俳句メディアという多様な存在の相互関係から生じるコミュニケーションの観点から,俳句現象を包括的に理解しようと試みるものである。このように個々の自律的な存在のはたらきに留意しながら,同時にそれら個々の存在のはたらきのみには還元しきれない現象の全体(「システム」)にも目を向けようとする分析視角は,従来,「セカンド・オーダー・サイバネティクス」と総称されてきた研究分野に含まれる。本稿ではそのうち,とくに「基礎情報学」にもとづいて,新傾向・無季自由律俳句と伝統派俳句とをとりあげ,俳人,俳句共同体,俳句メディアなどによる複合的な影響を考慮しながら通時的分析をおこなうことで,豊穣な近現代俳文学史の一端を多層的観点から再考した。その結果,俳文学史は,俳句コミュニケーション創出機構の変遷,すなわち「俳句システムの進化」として理解された。その核心にあったのは,俳句批評の創出や俳句理論の変容などとしてあらわれた,俳句コミュニケーション創出機構の自覚化(俳句システムによる「二次観察」)であり,それには,作家のみならす,メディアや結社制度もまた大きな役割を果たしていたことが明らかになった。This study aims to understand haiku phenomena inclusively, from the viewpoint of communication, which emerges from reciprocal relationships among haiku poets, haiku societies, media on haiku, and other establishments relating to haiku. Such an analytic point of view, which tries to consider both operation of each autonomous agent and that of a whole system consisted by the agents, is included in the realm of second order cybernetics. The operation of a system cannot totally be reduced to that of a system's components and that is why such a viewpoint is required. Fundamental informatics, which in the same study field is employed as a theoretical framework and two haiku movements, which include Shin-keiko-haiku (the new trend haiku) and Dento-ha-haiku (the Hototogisu school haiku) forming an important part of modern haiku history, are focused in this study. As a result, modern haiku history is considered to be the evolution of a haiku system, whose main incentive is awareness of production mechanism of haiku communication, which is occurred through second order observations by a haiku system. This study also illuminates how haiku poets, haiku societies and media on haiku take part in the evolution of a haiku system.
著者
大井 奈美
出版者
Japan Society for Information and Media Studies
雑誌
情報メディア研究 (ISSN:13485857)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.23-34, 2011
被引用文献数
1

本稿では,明治期に近代文学として革新された俳句の成立メカニズムを,ネオ・サイバネティクスすなわち構成主義システム論にもとづいて考察する.具体的には基礎情報学の理論的枠組を用い,俳人,俳句結社,俳句マスメディアなどを「階層的自律コミュニケーション・システム(HACS)」と位置づけて分析をおこなう.この結果,19世紀末に封建的日本社会が機能的分化社会へと移行するなかで,各種のシステムが共進化をつうじて誕生する過程として俳句革新を捉えなおすことが可能になる.分析の際,システム同士の関係性についてもくわしくとりあげる.
著者
大井 奈美
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.49-64, 2019-06-30 (Released:2019-07-10)
参考文献数
28

本研究の課題は,喪失体験における意味の回復プロセスを明らかにすることである。フロイトによれば,喪失体験の本質は意味の喪失である。意味が回復されてはじめて喪失とともに生きられるようになり,喪失がその後の人生の礎になりうる。本研究の方法として,構成主義の立場から心を一種の自律的なシステムと理解する「心的システム論」を参照する。心的システム論は,主にオートポイエティック・システム論に基づく,心をめぐる様々な研究を含む。社会情報学はそれらを理論的に参照してきた。心的システム論は,いかなる内的な意味や価値の実現に向けて心的システムが「作動する」のかに注目する。この分析観点は,喪失体験をめぐる苦しみの原因と癒しについて考察するために有益と思われる。本研究は,喪失の意味が回復または再構成される過程を「4モードモデル」として提案する。そこでは,心的システムが意味を創出する基準(「成果メディア」)を4つの段階に類型化した。システム進化の観点から4モードモデルを心的システムの発達モデルとして理解することで,従来の心的システム論の展開を試みた。結論として,心的システムが意味構成体としての自律性・閉鎖性を発現させ,個別的な理想性を克服する普遍的な自己超越を志向することが,喪失の意味回復を可能にする。最終的に,同様に苦しむ他者の内的観点に立って他者を理解する「内部観察者」へと心的システムは進化しうる。このとき喪失の絶望から「愛」が生じる価値の反転が起こる。
著者
大井 奈美
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告電子化知的財産・社会基盤(EIP) (ISSN:09196072)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.118, pp.73-80, 2008-11-22
参考文献数
12

俳句は伝統的に共同体の中で創作・解釈され、マスメディアとも結びつきながら発展してきた。本研究の目的は、共同体やマスメディアの影響のもとで行われる、俳句をめぐる認識過程(俳句の創作・解釈を指す)のしくみを明らかにすることである。本研究の理論的枠組みとして、システム論的構成主義を土台として認識過程を捉える基礎情報学を採用する。基礎情報学において、認識過程は「心的システム」の自律的な作動であると考えられ、その作動に共同体やマスメディアが影響を及ぼす事態は、「階層的自律システム」概念によって説明される。俳句の創作・解釈は、心的システム/社会システム/マスメディア・システムの関係から生まれる制約を利用しながら、複合的に行われているのである。Haiku has traditionally been composed and interpreted in communities and it has developed in relation to mass media. The aim of this study is to illuminate the cognition of Haiku, on which communities and mass media have a great influence. The cognition is defined here as the interactive process of the composition and interpretation of Haiku. The theoretical framework of this study is fundamental informatics which analyzes cognition from a systemic constructivist approach. Fundamental informatics understands cognition as mind system's autonomous operation and explains communities' and mass media's influence on cognition with the "hierarchical autonomous system" theory. The cognition of Haiku is a complex mechanism which utilizes the restriction emerging from the relation between mind system, social system and mass media system.