著者
木本 忠昭 雀部 晶 山崎 正勝 日野川 静枝 慈道 裕治 加藤 邦興
出版者
東京工業大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1993 (Released:1993-04-01)

戦後の日本科学技術政策は、科学技術庁や科学技術会議などの機関があるものの一貫した整合性ある政策が形成され、もしくは施行されてきたとはいえない。通産省や文部省、あるいは農水省などの各省庁から出されてくる諸政策の集合体が、様々な科学・技術の発展過程に関与してきたにすぎない。当然ながら、それらの省庁間の諸政策には摩擦があり、ある意味での「力」の論理が現実を左右してきた。こうした政策のうち技術にもっとも密接に関与してきたのは通産省であったことは言うまでもない。通産省の技術関連政策は、技術導入や日本企業の国際的競争力の強化において極めて強力で企業を強く保護するものであったことは大方の指摘してきたことではある。集積回路やコンピュータを始め、電子工業に関する技術発展の重要な局面にはこの保護政策が強く作用した。この通産政策はしかし、国際市場における日本製品の競争力強化という点においては有効ではあったものの、技術を原理的に転換したり、あるいは人間社会の基盤的技術としての方向性を独自に作り出す方向には、有効に働いてはこなかった。この政策は、競争力強化という面においてさへ、コンピュータに新技術開発においても有効に作用しないばかりか、ハイビジョン・テレビのように根本的発展を無視した方向に機能し、むしろ問題になってきている。また、先の「もんじゅ」高速増殖炉事故の際問題となった「町工場」(下請け)と先端企業(本社)とを結ぶ社会的技術分業体制の転換・崩壊に見られるような生産体系の社会的構造の変化に対応する形で問題を把握することすら行い得ない現状を生んでいる。公害・環境問題に見られるように科学・技術の発展が社会的問題を惹起するように、しかも社会的弱者の土台の上に展開する構造すら見られる。人間社会が科学技術の発展に寄せる期待は、そのようなものではなかった。科学技術政策として重要な視点は、技術論的技術史的論理を踏まえた政策立案であるべきである。