著者
東 正彦
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1992

“C-N balance"アイデアに基づき、以下の成果をえた。1.シロアリ共生系(1)シロアリの“C-N balance"機構には「Nをinput側に加える」「Cを選択的にoutputする」の二通りがあることを示し、シロアリの共生生物との相互作用のうち、この二つの“C-N balance"法として機能するものをまとめた。(2)“C-N balance"の能力に見合う程度にしか食料資源を利用できないことを見い出し、ワンピース(巣をなした枯れ木を食糧源にする)タイプよりセパレーツ(巣と食糧源を分離する)タイプの方がより繁栄している現象、およびセパレーツ・タイプにしか真のワーカー(不妊の職蟻)が存在しない現象を説明した。2.生態系の栄養動態(1)水域生態系で、植物がとり込めるNに対応する以上に光合成によって作り出してしまう余剰のCを、EOC(細胞外排出炭素)として「垂れ流す」ことに着目することによって、通常のgrazing food chain、microbialgrazing food chain、detrital food chainの相対的な発達の度合いを左右する機構を示した。(2)生態系における“C-N balance"プロセスに着目することによって、森林、草原、水域の生態系機能における構造的差異を浮き彫りにできることを示した。3.生態系の発達機構に関して(1)植物生産者と分解者の間の「協同進化」によって生態系の発達過程が進むこと理論的に示した。(2)珊瑚礁生態系の発達機構を“C-N balance"のアイデアに基づいて説明する理論モデルを得た。以上の成果は、“C-N balance model"の一般的有効性、一つのパラダイムとして発展する可能性を示唆するものと言えよう。
著者
川那部 浩哉 西平 守孝 甲山 隆司 阿部 琢哉 和田 英太郎 東 正彦
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(B)
巻号頁・発行日
1994

地球の温暖化や生物多様性の喪失など、地球環境問題の深刻化に伴い、生態科学が答えるべき社会的課題は大きくなっている。そこで「生物と佳境と相互作用」、「多様な生物間の複雑な関係」、「生物の進化と多様性」など、マクロなレベルでの生命現象の解明をめざすと共に、生態科学の立場から環境問題の解決に貢献できる体制を作る第一段階として、京都大学の生態学研究センターが1991年に設置された。さらにこれを発展させるべく、1992年に日本生態学会は国立生態科学研究所構想第7次案をまとめた。本研究は7次案の主な課題である「Center of Excellence」、「人事の流動と活性化」、「人と情報のネットワーク」、「国際的高等教育機関」、「本格的な共同研究を推進できる体制」などを全く新しいタイプのネットワークの構築を通して実現する道を提示することを目的として行われた。具体的な方法としては、研究会を開いて以下の項目を検討した。1)具体的な当面の最大の共通テーマ2)本格的な共同研究を推進するための、コアとなる組織と研究機関のネットワークの全体構造3)人事の流動化と活性化を促進メカニズムに関する斬新なアイデア4)共同利用を必要とする、これからの生態科学にとって最も有用な研究施設5)研究機関のネットワークの具体化6)生態学研究の飛躍的発展のためのPost Doc層の最大活用化7)国際対応できる生態科学における大学院教育のカリキュラム作成8)国際共同研究推進と有機的に連動した大学院生の国際交流検討結果を整理し、「国立バイスフィア研究ネットワーク構想」としてまとめた。この構想案は、生態学の研究を有効に進める新しい研究機関の設立を含めた、研究機関のネットワークを実現化するひとつの具体的な道のりを示すものである。
著者
安部 琢哉 KIRTIBUTR N SLAYTOR M KAMBHAMPATI S THORNE B BIGNELL D.E HOLT J 杉本 敦子 武田 博清 山村 則男 東 正彦 松本 忠夫 SLAYTOR Michael THOME Barbara L HOLT John A SLAYTOR M. KIRTIBUTR N. KAMBHAMPATI エス THORNE B. BIGNELL D.E. HOLT J. GRIMARDI D.
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1995

本研究は、熱帯陸上生態系で植物遺体の分解に大きな役割を果たしてシロアリが、地球規模で適応放散による多様化を遂げた道筋と機構を明らかにすることを目的とする。シロアリにおける(1)微生物との共生による植物遺体の利用、(2)社会性の発達、(3)食物貯蔵・加工の3過程に注目し、これらに系統進化(DNA解析による分子系統や形態や共生微生物に基づく系統進化)および生物地理に重ね、それに理論的な検討を加えた。特にシロアリの多様化の鍵を握る(1)下等シロアリから高等シロアリへの進化、(2)キノコを栽培するシロアリの起源、(3)社会性の進化と多様性について仮説を提出すると共に、(1)空中窒素固定とセルロース・ヘミセルロース分解、(2)土を食べるシロアリの適応放散、(3)シロアリが地球上でのメタン生成に果たす役割について質の高いデータの提出を目指した。(1)下等シロアリから高等シロアリへの進化中生代白亜紀の遺存森林であるオーストラリアのクイーンスランドの熱帯林とそれに隣接する、第三紀に発達したサバンナにおいてシロアリ種組成を比較した。その結果、前者では下等シロアリが、後者では高等シロアリが卓越していた。このことから、高等シロアリが森林でなくサバンナで進化して熱帯林とサバンナで適応放散を遂げたとの新しい仮説の提出しつつある。(2)キノコを栽培するシロアリの起源シロアリ主要グループの分子系統樹を作成して、キノコシロアリが高等シロアリの中で最も古い時代に分化し、下等シロアリのミゾガシラシロアリ科と近縁であることを明らかにすると共に、キノコシロアリ巣内のキノコ培養基とミゾガシラシロアリ科のイエシロアリの巣内構造物の化学組成を特にリグニン含量を比較することにより、シロアリにおける糞食とキノコ栽培の起源に迫りつつある。(3)シロアリにおける社会性の進化と多様性シロアリ地球規模での多様化を微生物との共生と社会性の進化に注目して検討し,これをT.Abe,S.A.Levin & M.Higashi編(1997):Biodiversity(Springer)中で展開した。(4)空中窒素固定、セルロース・ヘミセルロース分解材を食べるコウシュンシロアリでは体を構成する窒素の50%が空中窒素起源であること、しかし土を食べるシロアリでは空中窒素固定能が低いこと、また下等シロアリでも共生原生動物だけでなくシロアリ自身もセルロースやヘミセルロースを分解する酵素を作ることなど、これまでの常識をくつがえすデータを次々を提出した。(5)土を食べるシロアリの適応放散過程カメルーンの熱帯林で土壌食シロアリの安定同位体分析と腸内容物分析を行い、土食いへの指標として安定同位体比が有効であることを明らかにした。次いでオーストラリアでシロアリ亜科のシロアリの土食いへの進化過程を安定同位体分析、セルロースが分解酵素の活性分析、ミトコンドリアDNAを用いた系統解析から解明し、Termesグループで土食いへの進化が一回起こったことを示した。またTermesグループがアメーバと共生関係を持つことを明らかにした。(6)生態系におけるシロアリの役割シロアリの代表的なグループにおけるメタン生成のデータを実験室で集めると共に、タイの森林で野外調査を行った。シロアリが地球上でのメタン生成に果たす役割についての精度の高い答えを出しつつある。(7)「シロアリの多様化プロセス」ワークショップ世界中の関連分野の研究者を招き、シロアリ研究の現在までの成果をまとめた教科書を編集する目的で国際ワークショップを1997年3月に開催した。
著者
中西 正己 紀本 岳志 熊谷 道夫 杉山 雅人 東 正彦 和田 英太郎 津田 良平 大久保 賢治
出版者
京都大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1994

1993年の琵琶湖の夏は、記録的な冷夏・長雨だったのに対し、1994年は猛暑と渇水に見舞われた。この気候変動は、琵琶湖の微小生物生態系を大きく変化させた。1993年夏の琵琶湖国際共同観測(BITEX)に続いて、1994-1995年夏の本総合研究において、世界に先駆けて実施された生物・化学・物理分野の緊密な連携のもとでの集中観測結果は、琵琶湖の水環境を考える上での最重要部分である『活性中心』としての水温躍層動態の劇的な変化を我々に垣間見せてくれた。特に注目された知見として、1993年、1995年の降雨は、河川からの水温躍層直上への栄養塩の供給を増やし、表水層での植物プランクトンの生産を活発にしたのに対し、1994年は河川水の流入が絶たれたため、表水層での植物プランクトンの生産は低下し、キッセ板透明度も十数メートルと向上した。その一方で、躍層内での植物プランクトンの異常に高い生産が、詳細な多地点・沿直・高密度連続観測によって発見された。この劇的な理学の変化は、湖の生物・化学・物理全般にわたる相互作用として、従来指摘されていなかった新たな機構についての知見の一つである。