著者
石原 邦雄 松田 苑子 田渕 六郎 平尾 桂子 永井 暁子 西野 理子 施 利平 金 貞任 加藤 彰彦 西村 純子 青柳 涼子
出版者
成城大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

日本、中国、韓国の研究者がそれぞれ自国での家族の総合調査のミクロデータを提供し合い、共同利用する体制を作って比較分析を積み重ねるという新たな試みとなる国際共同研究に取り組み、最終的にChanging Families in Northeast Asia : China, Korea, and Japan. Sophia University Pressという、共同研究者12名の論文を含む出版物の形で成果をまとめた。多彩な分析結果を大きくくくると、(1)人口の少子高齢化と経済社会のグロ-バル化および個人化という同一方向での変化のインパクトのもとで、3カ国の家族が、遅速の差はあれ、共通方向での変化を遂げつつあること、(2)しかし同時に、各国の社会文化的伝統の影響の強弱によって、3カ国の家族の世代間関係と夫婦関係のあり方や変化の仕方に違いが生じていることも併せて明らかにされた。
著者
石原 邦雄 松田 苑子 田渕 六郎 平尾 桂子 西野 理子 永井 暁子 稲葉 昭英
出版者
成城大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究は、日本家族社会学会が5年ごとに実施し、ミクロデータを公開している全国家族調査(NFRJ)を基礎として、中国、韓国の有力な家族研究者たちとの協力関係のもとに、家族の国際比較研究を発展展開させようとする試みである。韓国については、韓国女性開発院が実施した全国規模の家族調査(KNSFS03)のミクロデータを活用し、適切なデータのない中国については、日本調査(NFRJ)との比較のための大規模調査を新規に実施することによって、東北アジアに隣接する3カ国の家族を、クロデータのレベルで比較分析する道を開いた。これは、家族研究において画期的なことと言って良い。そして、3カ国の分析チームが、個々人の研究成果の英文ペーパーを持ち寄って、2007年12月に国際研究集会を開き、さらにこれを彫琢して英文論文集の形で最終報告書をまとめた。内容としては、世代間関係、夫婦の役割関係や結婚満足度、家族生活とストレス、家族意識や家族形成パターン、子どもへの教育投資と階層化など、多岐にわたる家族の諸側面における3カ国での家族の異質性と共通性が浮き彫りにされた。しかし、国際間のデータ相互利用に関わる諸問題をクリアするのに時間を取られ、分析研究段階での時間不足となった面は否めず、個々の分析は、2カ国比較にとどまったものや、未だ初歩的な分析段階にとどまったものも散見される。幸い、基盤研究(C)での研究費補助が継続して得られることになったので、比較分析の幅と深さを一層推し進めた成果に結びつけていきたい。
著者
矢野 敬生 堀口 健治 吉沢 四郎 柿崎 京一 小玉 敏彦 林 在圭 金 一鐡 陸 学芸 間 宏 松田 苑子
出版者
早稲田大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本プロジェクトは、共通の漢字・儒教文化圏の中核をなす日本・中国・韓国を対象にして、社会学・文化人類学的実証研究法を駆使して、三国の民族社会の基層的な構造・文化的特質を明らかにすることを目的とした。そこで上記の目的を遂行するために、文化的伝統を比較的濃密に保持している村落社会(具体的には(日)長野県富士見町瀬沢新田、(中)中国山東省菜蕪市房幹村、(韓)韓国忠清南道唐津郡桃李里)を対象として、参与観察にもとづくフィールド調査を実施した。研究の枠組としては、第一に「家・家族・同族・宗族」、「土地・労働関係」、「信仰・地域統合」の3つのカテゴリーを設定した。第二に暫定的な結果として、以下述べるような諸点が明確となった。(1)中核的な文化概念が、例えば家族・同族・村落といった同一漢字で表現されていても、意味内容は相違しており、概念を再規定する必要がある。(2)社会結合の類型として定住型社会(日本)と移動型社会(中国・韓国)を設定することが可能であり、「村落」およびそれに基づく人間関係のあり方、村落祭祠、同族関係の様相が大いに異なっている。「信仰・地域統合」の面からみると、(3)日本の基礎構造が「ムラ」的地縁関係に規定される固定的な「入れ子型」体系をなすのに対して、韓国においては「ウリ」概念にみられるように伸縮自在の可変性を特徴としている。こうした特徴は「土地・労働慣行」においても同様であり、(4)日本の場合はムラを基盤として共同的志向が強いのに対して、中国・韓国では個人的祈願の志向が強くみられる。そして、(5)こうした全般的構造の特徴は、「親族・家族の構成や人間関係」においても顕著な差異をみせている。ただし、今回の研究では個別のフィールド調査に力点がおかれたために、三国の基層的文化構造の比較という側面はむしろ今後の課題として残されている。