- 著者
-
植田 今日子
- 出版者
- 東北社会学会
- 雑誌
- 社会学年報 (ISSN:02873133)
- 巻号頁・発行日
- vol.42, pp.43-60, 2013-07-19 (Released:2014-08-31)
- 参考文献数
- 31
- 被引用文献数
-
7
いまだ大災害の渦中にあって,それまで暮らしていた地域社会を離れることを要請された人びとが,頑なといっていいほどに祭礼を執り行おうとするのはなぜだろうか.本稿はとくにもはや生計を支えない,祭礼だけのために飼われていた馬や牛を救出してまで催行されたふたつの祭礼,東日本大震災後の「相馬野馬追」と中越地震後の山古志の「牛の角突き」に注目し,後者の事例からそれらの敢行がどのような意味を持つ実践であったのかを明らかにするものである.とくに本稿の関心は儀礼的実践が災害そのものをどのように左右し,被災者自身の生活をどう形づくっていけるのか,という点にある. 慣れ親しんだ地を去った人びとは,震災直後から明日,来週,来月,来年といったい自分たちがどのような生活をしているのか予測のつかない,過去から未来に向かって線状に流れる「直線的な時間」のなかに投げ込まれる.しかし本論でとりあげた祭礼「牛の角突き」の遂行は,人びとがふたたびらせん状に流れていく「回帰的な時間」をとり戻すことに大きく寄与していた.毎年同じ季節に繰り返される祭礼自体がいわばハレのルーティンだが,その催行のために付随的に紡ぎだされていく家畜の世話や牛舎の確保,闘牛場の設置といった仕事は,日常に発生するケのルーティンでもあった.そして一度催行された祭礼は「来年の今頃」,「来月の角突き」といった「回帰的な時間」をつくりだすための定点をもたらす. このような事例が伝えるのは,地震直後に当然のように思わず牛のところへ走ってしまう,あるいは馬のもとへ走ってしまう,船のもとへ走ってしまう人びとの社会に備わる地域固有の多彩さをそなえた災害からの回復像である.牛や馬や船のもとへ走ってしまうことを否定するのではなく,その延長上にこそ決して一律ではない防災や復興が構想される必要がある.