著者
西島 千尋 Chihiro Nishijima
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.132, pp.1-18, 2015-09

2006年の「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下,風俗営業法)の改正により,ダンス営業が規制されることとなった.この規制が,日本国憲法で保障される「表現の自由」を侵すものであるとして,2012年にはLet's DANCE署名推進委員会が立ち上がった.こうした動きのもと,2014年,内閣が風俗営業法改正について閣議決定を行い,ダンス営業規制が撤廃された.ダンス営業は新設される「特定遊興飲食店営業」に分類されることになったが,同委員会は「遊興」という形で規制対象が拡大されると懸念している.こうしてある種のダンスが規制される一方で,保護されたり,経済的な援助を受けたりするダンスもある.つまり,ハイカルチャーとされるダンスと,クラブなどのダンスは,扱われ方に差異があるのである.資料を探ると,この区別は江戸時代にはすでに「舞」と「踊」の差として生じており,さらに言えば,身分制度と並行していたことがわかった.本稿で取り上げるのは加賀藩の事例である.金沢市は,能を市のシンボルとしているが,かつてはすべての身分に許されていた訳ではない.能は武家の式楽であり,意図的に特権化されていたのである.その過程において,「舞」と「踊」の区別は色濃くなっていった.この過程を整理するために,本稿では『加賀藩史料』に着目している.加賀藩は,外交や藩内政治,ひいては親族間のコミュニケーションのために能という「舞」を重んじ特権化する一方で,一揆や風紀の乱れを恐れて「踊」を全面的に禁じていた.「踊」への為政者の危惧は,現代にも通じるものがあると言える.
著者
西島 千尋
出版者
日本福祉大学
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.130, pp.175-191, 2014-09-30

近年,ドラムの音を声で真似ることを基本とするヒューマンビートボックスおよびボイスパーカッションが主に青壮年層を中心に広まっている.前者は,日本でも大会(Japan Beatbox Championship,日本ビートボックス協会)が行われるようになり,都市でも主にクラブやバーで「バトル」が開催されるなど知名度を増しつつある文化である.特に,インターネットの動画サイトやクラブカルチャーと結びついて発展しているという点で新しい音楽文化であると言えよう.しかし,ビートボックスおよびボイスパーカッションについての研究はごく少なく,その実態 ビートボクサーたちの動機,何に惹かれるか,どのように活動しているか は明らかではない.そこで,ヒューマンビートボックスおよびボイスパーカッションに携わる青年たちにインタビュー調査を試みた.その結果,彼らは必ずしも「インターネット」や「クラブカルチャー」に惹かれてビートボックスを行うのではないということ,むしろ,その手法を教え合ったり,日常生活のなかでの「遊び」として行ったりといった草の根的な要素が強いことが明らかになった.
著者
西島 千尋 Chihiro Nishijima
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of culture in our time
巻号頁・発行日
vol.132, pp.1-18, 2015-09-30

2006年の「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下,風俗営業法)の改正により,ダンス営業が規制されることとなった.この規制が,日本国憲法で保障される「表現の自由」を侵すものであるとして,2012年にはLet's DANCE署名推進委員会が立ち上がった.こうした動きのもと,2014年,内閣が風俗営業法改正について閣議決定を行い,ダンス営業規制が撤廃された.ダンス営業は新設される「特定遊興飲食店営業」に分類されることになったが,同委員会は「遊興」という形で規制対象が拡大されると懸念している.こうしてある種のダンスが規制される一方で,保護されたり,経済的な援助を受けたりするダンスもある.つまり,ハイカルチャーとされるダンスと,クラブなどのダンスは,扱われ方に差異があるのである.資料を探ると,この区別は江戸時代にはすでに「舞」と「踊」の差として生じており,さらに言えば,身分制度と並行していたことがわかった.本稿で取り上げるのは加賀藩の事例である.金沢市は,能を市のシンボルとしているが,かつてはすべての身分に許されていた訳ではない.能は武家の式楽であり,意図的に特権化されていたのである.その過程において,「舞」と「踊」の区別は色濃くなっていった.この過程を整理するために,本稿では『加賀藩史料』に着目している.加賀藩は,外交や藩内政治,ひいては親族間のコミュニケーションのために能という「舞」を重んじ特権化する一方で,一揆や風紀の乱れを恐れて「踊」を全面的に禁じていた.「踊」への為政者の危惧は,現代にも通じるものがあると言える.
著者
西島 千尋 Chihiro Nishijima
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.131, pp.163-173, 2015-03

富山県は獅子舞が盛んな地域と言われており,現在でも約1,200団体が継承しているとされる.それらは主に,「氷見型」「五箇山型」「砺波型」「加賀型」「射水型」「二頭型金蔵獅子」「一頭型金蔵獅子」「下新川型」「越後型」「行道型」に分類されるが,本エッセイは「氷見型」の獅子舞を受け継ぐ高岡市C村の調査にもとづくものである.現代日本では祭礼の担い手不足が頻繁に取り沙汰され,その理由として少子化および高齢化,過疎化があげられることが多い.だが,C村の事例に着目すると,原因は必ずしもそれだけではないことが明らかになった.かつては獅子舞を含む村の行事へのコミットが自明視されていたが現代はそうではなくなった,つまり村の行事よりも個人の事情を優先させるという選択肢が生じていることにある.本エッセイでは,そうした事柄をC村で使用されている「天狗をつくる」という表現から考察する.獅子舞,コミュニティ,芸能,伝統
著者
西島 千尋
出版者
日本福祉大学福祉社会開発研究所
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of Culture in our Time (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.139, pp.21-36, 2019-03-31

本エッセイは,「天狗がつくられる村:富山県高岡市C 村の獅子舞調査」(『現代と文化』第131 号,2015 年),「女がみた男の世界:富山県高岡市C 村の獅子舞調査2」(『現代と文化』第133 号,2016 年),「天狗のきもち,獅子のきもち:富山県高岡市C 村の獅子舞調査3」(『現代と文化』第135 号,2017 年),「祭りのおわり:富山県高岡市C 村の獅子舞調査4」(『現代と文化』第137 号,2018 年)の続編である.2015 年のエッセイでは「天狗をつくる」というC 村の表現を手がかりに獅子舞を含む村の行事へのコミットが自明視されていたことに,2016 年のエッセイでは青年団という組織の限界に,2017 年のエッセイでは獅子舞の学習過程におけるあいまいさに,2018 年のエッセイでは人手不足により休止を迎えたC 村の獅子舞をテーマとした. 本エッセイでは,全国一と言われる富山県の獅子舞状況の変化を把握し,C 村の獅子舞休止の相対的な位置づけを試みる.
著者
西島 千尋
出版者
日本福祉大学
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (ISSN:13451758)
巻号頁・発行日
no.129, pp.1-26, 2014-03-31

音楽受容研究において,西洋音楽中心主義的な時代の大多数の人々は「聴衆」とみなされてきた.ラジオやレコードなどの文化産業が興隆すると,大多数の人間が意志や好みを持たずメディアに踊らされる「消費者」とみなされるようになる.20世紀後半には,カルチュラル・スタディーズの流れのなかで,ただ消費するのではなく,取捨選択して音楽を選ぶ「消費者」が注目されるようになる.そこに近年,新たな消費者像が誕生している.それが「ユーザー」である.その契機となったのは,音楽のデータ化およびインターネットの普及であった.近年の日本の音楽関連研究は,ネットおたくを中心とした「ユーザー」への関心が高い.日本では「ユーザー」が「ネットおたく」と同義で使用される場合も多いからである.しかし,音楽のデータ化やインターネットにより,音楽に携わるのは匿名を基本とするネットおたくだけではない.新たなユーザー層は,さまざまにインターネットや動画共有サイトを使用し,さまざまな意義を見出している.そこで本論文では,アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイスで行ったフィールドワークで得た情報をもとに,ソウル・ラインダンスの事例を取り上げる.アメリカ合衆国で急速に人気が高まっているソウル・ラインダンスは,黒人の「伝統」のダンスであると認識されながらも,パソコンやインターネットの普及と共に新たな活動の様相を呈している.ソウル・ラインダンスの事例を記述することで,音楽のデータ化およびインターネットの普及による音楽と人間との関係性の変化に着目したい.
著者
西島 千尋 Chihiro Nishijima
雑誌
現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 = Journal of culture in our time
巻号頁・発行日
vol.130, pp.175-191, 2014-09-30

近年,ドラムの音を声で真似ることを基本とするヒューマンビートボックスおよびボイスパーカッションが主に青壮年層を中心に広まっている.前者は,日本でも大会(Japan Beatbox Championship,日本ビートボックス協会)が行われるようになり,都市でも主にクラブやバーで「バトル」が開催されるなど知名度を増しつつある文化である.特に,インターネットの動画サイトやクラブカルチャーと結びついて発展しているという点で新しい音楽文化であると言えよう.しかし,ビートボックスおよびボイスパーカッションについての研究はごく少なく,その実態 ビートボクサーたちの動機,何に惹かれるか,どのように活動しているか は明らかではない.そこで,ヒューマンビートボックスおよびボイスパーカッションに携わる青年たちにインタビュー調査を試みた.その結果,彼らは必ずしも「インターネット」や「クラブカルチャー」に惹かれてビートボックスを行うのではないということ,むしろ,その手法を教え合ったり,日常生活のなかでの「遊び」として行ったりといった草の根的な要素が強いことが明らかになった.
著者
西島 千尋
出版者
日本福祉大学社会福祉学部
雑誌
日本福祉大学社会福祉論集 = Journal social Welfare, Nihon Fukushi University (ISSN:1345174X)
巻号頁・発行日
no.146, pp.59-86, 2022-03-31

本論文の目的は,「生/ライヴ」以外の音楽が「ほんもの」の「代替品」とみなされがちであったこれまでの傾向において,新型コロナウイルスの感染拡大によって普及したリモートによる音楽療法の実践の意味を整理することである. そのためにまず,リモートによる音楽の授業や,音楽療法のリモートセッションの実例を参照し(第 1 章),次に音楽療法の一手法であるミュージック・ケアのフィールドワークをもとにリモートセッションの実体を明らかにする(第 2 章).音楽療法のリモートセッションには対面にはないメリットが認められつつあるが,本論文ではリモートセッションでより明らかとなった音楽療法の「思い込み」の作用に着目することで(第 3 章),音楽療法の本質を再考する.
著者
松井 奈都子 西島 千尋
出版者
日本福祉大学子ども発達学部
雑誌
日本福祉大学子ども発達学論集 (ISSN:18840140)
巻号頁・発行日
no.10, pp.141-152, 2018-01

本報告は, 日本福祉大学子ども発達学部の科目「音楽専門研究Ⅱ」における「弾き歌い」の指導に関するものである. 伴奏をしながら歌う「弾き歌い」は, 特にピアノや吹奏楽などの音楽経験のない学生にとって容易ではないため, さまざまな試みがなされている. 筆者らは「音楽専門研究Ⅱ」(および関連科目「音楽専門研究Ⅰ」) において, ①指番号を明記した楽譜が効率的なピアノ伴奏の習得につながる, ②楽譜の要素別(拍子, リズム, 演奏記号) の理解が楽譜の効率的な理解につながるとする二つの基本方針にもとづいた実践を行ってきた. 本報告はその取り組みの一つである, 2017 年度前期の「音楽専門研究Ⅱ」(松井クラス) における実践をまとめたものである. 実践の結果, 個々の学生により差は見られたものの, 指番号の意識化により反復練習の重要性に気づいたり, 拍子やリズムの意識化により弾き歌いがスムーズになることに気づいたりするなど, ①および②の方針にもとづいた取り組みに学習効果があった.
著者
西島 千尋
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.1-7, 2008 (Released:2017-08-08)
参考文献数
17

近年, 学校教育における「国際理解」「異文化理解」が注目されるようになっているが, 日本の音楽科において「異文化」教育の問題点が議論されることは少ない。そこで本報告では, 日本の音楽科に「異文化」が導入される直前の1984年から1985年にイギリスで交わされた「異文化理解」のあり方を巡る論争を取り上げ, 「異文化理解」教育の問題点と基本的な視点を提示したい。この論争は, イギリスの学術雑誌においてK. スワニクとG. ヴァリアミー及びJ. シェファードにより交わされた。「音楽」と認識されないものを「音楽」の授業で取り上げること, また「学校」という場で「異文化」を扱うことの可能性など, 「異文化」を導入する際に浮かび上がってくるはずの問題を示唆するところに, この論争の重要性がある。彼らの論争は日本における「異文化理解」教育にも有効な示唆を与えると思われる。