著者
大野 はな恵
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.1-12, 2017 (Released:2018-08-31)
参考文献数
26

古楽復興運動の影響を受け, バロック声楽作品の歌唱やそれを専門とする歌手は「バロック歌唱」, 「バロック歌手」と呼ばれるようになった。その人気を受けて, 昨今では, 「メインストリームの歌手」にもバロック声楽作品を歌う機会が増えている。しかし, メインストリームの歌手が書物から実践上での指針を得ることは難しい。本研究では, メインストリームの歌手がバロック声楽作品を歌う上で留意すべき諸点を, メインストリームの歌手とバロック歌手を対象とした質問紙調査と, 著名なバロック歌手へのインタビューによって浮かび上がらせた。すなわち, ヴィブラートや音色, 音量といった具体的項目において両者の認識は大きく異なっていた。また, バロック歌手は, 音色, 音量, ヴィブラートを自在かつ器用にコントロールする能力を「バロック歌唱」に求めており, これらの要素は現在の「バロック歌唱」を特徴づけるものである。
著者
木下 和彦 金崎 惣一
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.1-12, 2018 (Released:2019-08-31)
参考文献数
13

サンプリングはミュージック・コンクレートに由来する音楽創作の手法であり, 日本の音楽教育においても創作実践に用いる試みが行われてきた。一方, スマートフォンや創作用ソフトの普及といった音楽実践環境の動向を踏まえ, サンプリングを手法とする実践が有する教育的意義と可能性を再検討する余地がある。本稿では, 大学生を対象にスマートフォンや創作用ソフトを用いたサンプリングに基づく創作実践を行い, 創作された楽曲及び参加者への事前・事後アンケートを分析した。結果, 創作用ソフトの機能は, 音素材の加工及び楽曲構造の可視化, 反復的な聴取を可能にすることが確認された。また, これらの機能に立脚した当実践は, 創作者の音楽観を拡張させること, 音楽のしくみに関する学びを得ることが出来ること, 音風景自体を主体的に操作可能な対象として加工し, 自ら求める音を探求出来ることに教育的意義が見出された。
著者
新山王 政和
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.1-12, 2004 (Released:2017-08-08)
参考文献数
22

筆者はこれまでタッピングやマーチングステップを対象にした先行研究を通じて, 音と身体動作の関係を拍点と動作ポイントの二つの要素に分離して分析してきた。本研究では小・中学校の教師に必要性とされる基礎的な指揮法を対象にして, 指揮者が示した打点 (beat-point) を動作ポイントとし, これと拍点との間に生じたずれをどのように処理するのかを手掛かりにして指揮熟達者と指揮初心者の違いを分析した。具体的にはメトロノーム音で代替した拍点に指揮者がどのような反応を見せるのか, 打点タイミングの捉え方の違いを整理して主に次の2点を確認した。1. 熟達者の指揮動作タイミングは拍点よりも指揮の打点が先行する/初心者の指揮動作タイミングは拍点と指揮の打点がほぼ一致する。2. 熟達者の指揮動作加速度は上げ動作の方が大きい/初心者の指揮動作加速度は下げ動作の方が大きい。しかしこの初心者の特徴とは, 拍点に指揮の打点を一致させるというこれまで一般的に言われてきた基礎指揮法の基本原則に近い。この結果に基づき新たな研究課題を次の2点に整理した。1. 拍点を動作の確認点や終止点とする考え方を改め, 拍点を指揮動作の開始点と意識する。2. 拍点めざして指揮棒を振り下ろすのではなく, 拍点で指揮動作が始まるようにする。
著者
高橋 範行 大串 健吾
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.1-11, 2004 (Released:2017-08-08)
参考文献数
8
被引用文献数
1

ピアノ演奏における熟達者と非熟達者の相違を調べるため, 平易なピアノ曲を演奏楽曲として用い, その演奏から得られたMIDIデータをもとに両者の演奏傾向の定量的な比較を行った。その結果, フレーズ表現におけるダイナミクス, 旋律と伴奏の音量バランス, 楽曲終結部分におけるリタルダンドの有無, レガートにおける連続した音同士の重なり方などの点において両者の間に相違が観察された。さらにこれらが聴取者の演奏評価にどのように影響するのかと調べるために, 両者のデータを反映した演奏を作成して聴取実験を行ったところ, このような非熟達者の演奏の特徴が聴き手の演奏評価に否定的に作用している可能性が示された。
著者
新山王 政和
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.1-9, 2008 (Released:2017-08-08)
参考文献数
14

これまで音高に問題のある歌唱を扱った研究では, 100セント以上ピッチが外れた事例を取り上げる場合が多かった。これとは異なり筆者の一連の研究では50セント程度以内の微小なピッチ差で低く歌い続けてしまう現象 (以下, フラットシンギングと記述) に着目し, 他の先行研究でも報告されている「提示に用いる音 (以下, 提示音と記述) の種類によって声の再生ピッチが異なる現象」に関して, ピッチ知覚の面から洗い直すことを試みた。その結果, 声による提示とピアノによる提示では, 指導現場における現実的対応にも直結する次の4つの傾向が潜んでいる可能性を確認した。1. ピッチを知覚する段階 (ピッチ知覚レベル) と発声で再現する段階 (ピッチ再生レベル) では, 提示音に対して異なる反応が顕れる。2. ピッチを知覚する段階では, 提示音に対する慣れや聴き取り方の習熟度が影響する。3. ピッチを知覚する段階では, ボーカル音よりもピアノ音の方がピッチを判別し易い傾向がある。4. ピッチを知覚する段階では, 高い方向へのピッチ差は判別し易く, 低い方向へのピッチ差は判別しにくい傾向がある。これがフラットシンギングの発生する一因である可能性も考えられる。
著者
武知 優子
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.1-8, 2005 (Released:2017-08-08)
参考文献数
11
被引用文献数
2

日本に住む子どもが, 「女の子に似合う楽器」「男子向きの楽器」といった楽器とジェンダーを結びつけた認識, すなわちジェンダー・ステレオタイプを抱いているのかを, 楽器に対する好みと共に検討するため, 小学4~6年生338名 (男子175名, 女子163名) を対象に質問紙による調査をおこなった。取り上げた12の楽器のうち, ドラム, ギター, トランペットについては男子向きの楽器, ハープ, ピアノ, フルートについては女子向きの楽器という認識を抱いている児童が多かった。好みについては人気の高い楽器が男子と女子では異なり, 男子はギター, ドラム, 女子はハープ, フルートを好むものが多かった。楽器に対する好みの性差はジェンダー・ステレタオイプと関連があり, 男子は男子向きというステレオタイプのある楽器を好み, 女子は女子向きというステレオタイプのある楽器を好む傾向がみられた。最後に, この結果にもとづく音楽教育現場への提案を行った。
著者
樫下 達也
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.1-12, 2015 (Released:2017-03-22)
参考文献数
42
被引用文献数
1

本稿は, 戦後の教育用楽器の生産確保, およびその品質保証がどのように行なわれたのかを, 文部省と商工省 (1949年に通商産業省に改組), 大蔵省の各官庁と楽器産業界の動句に着目し, 明らかにしたものである。戦後, 器楽教育が全国規模で行われることになると, 文部省と楽器産業界は商工省に働きかけて楽器の資材を獲得し, 大蔵省からは楽器の物品税免税措置を得た。楽器が「教育用品」としての公益性を獲得することにより, 終戦直後の物資不足に喘ぐ楽器産業界は復興と発展の道筋を得た。また, 文部省は教育用楽器の品質を保証するために製品規格の制定と部品の標準化を進めた。部品の標準化は, 廉価でありながら品質が維持された製品を大量生産することを可能にした。戦後器楽教育の実施方針が打ち出された当初から, 楽器産業界は行政側の様々な施策のもとに発展し, 恵まれた物的環境をわが国の音楽教育の場にもたらしたのである。
著者
須田 珠生
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.13-24, 2020 (Released:2021-03-31)
参考文献数
44

本稿では, 校歌の歌詞内容の変容を明らかにし, そのうえで1930年代に校歌が全国的に普及した背景に何があったのかを検討した。学校が校歌を作成し, 歌うようになったのは1890年代のことである。当初の校歌の歌詞に学校の所在を顕著に示す語句, 例えばその地域の山川や歴史が詠われることはほとんどなく, そうした語句が積極的に校歌の歌詞に出てくるようになるのは, おおよそ, 大正期になってからであった。1930年代になると, 郷土教育運動の展開に伴い, 地理的・歴史的環境を詠んだ校歌は「郷土の歌」として位置づけられるようになる。「郷土の歌」として位置づけられた校歌は, 学校という範囲を越え, 地域社会にまで結びつきを持つ歌として性格づけられるようになった。すなわち, 学校は, 在学児童・生徒だけでなく, その地域全体の人々を校歌の歌い手にすることで, それぞれの地域社会における共同体意識の形成という地域づくりの一端を校歌に担わせたのである。
著者
黒田 清子 伊野 義博 権藤 敦子
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.25-36, 2017 (Released:2018-08-31)
参考文献数
20

本稿では, ブータンの掛け合い歌に見られる双方向性に注目し, フィールドワークによって得られた記述をフィードバックの観点から分析し, 教科内容としての学校教育における「歌うこと」を音楽文化の視点から再考することを目的とする。とくに, 歌唱領域において育むことのできる資質・能力についての考察を行う。ブータンの学校におけるツァンモ大会では, 臨機応変に, メタファーを活用し, 定型に歌詞を整え, 旋律を選択し, 演劇的なパフォーマンスで表現するなかで, 口頭性, 即興性, 応答性を活かした音楽表現が行われている。音楽文化をより広く捉えることによって, 教科内容としての歌う活動はより多様なものとなる。自らの思いを即興的に掛け合う行動や, すでにレパートリーとしてもっている旋律を借りて伝えたいことを表現する行動は, さまざまな文化に広く見られる。そこには, これまで学校教育で重視してきた表現力とは異なる可能性が存在する。
著者
須田 珠生
出版者
日本音楽教育学会
雑誌
音楽教育学 (ISSN:02896907)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.1-12, 2016 (Released:2018-03-31)
参考文献数
18

本稿では, 『東京音楽学校作曲委託関係書類』を主な史料として, なぜ学校はその学校固有の歌である校歌を作るようになったのかを明らかにした。『東京音楽学校作曲委託関係書類』とは, 東京音楽学校と同校に校歌の作成を委託した学校との間でやりとりされた往復文書の綴りである。東京音楽学校には, 1907 (明治40) 年から1945 (昭和20) までに計456件の校歌の作成委託がなされている。校歌の作成は法令によって義務付けられてはおらず, 作成には資金が必要であったにもかかわらず, 学校は校歌を作るようになった。とりわけ1930年以降には, 東京音楽学校への校歌委託件数が急増する。学校は, 同校へ校歌作成を依託することで「優れた校歌」を手に入れ, 自校の校訓や理念を盛り込んだ校歌を, 式典や儀式の際に学校外部者に向けて披露した。校歌は, 周囲の環境や徳目を児童生徒のあるべき姿と結び付けることで自校の理念を体現し, 独自性を打ち出す手段だったのである。