著者
瀬川 裕司
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.444, pp.19-31, 2009-03

ダニエル・ケールマン『僕とカミンスキー』(Daniel Kehlmann:lch undKaminski.Suhrkamp Verlag,Frankfurt am Main)は、2003年にドイツで出版されるとただちに新聞雑誌で好意的に紹介され、ベストセラー・リスト上位に躍り出た。ドイツでもっとも有名な文芸評論家、毒舌で知られるマルセル・ライヒ=ラニッキがZDFの「Lesen!」で「私はケールマンを絶対的に推薦する。素晴らしい知性、観察の才能、それに何という台詞の多彩さだろうか!」と賞賛し、マルティン・クールボルトが「フランクフルター・ルントシャウ」で「近年のドイツ小説で、これほど笑える作品は絶えて久しかった」と評したのをはじめ、圧倒的な賛辞に包まれた同作品は、これまでにドイツ国内で18万部の売り上げを記録しているだけでなく、26ヶ国語に翻訳され、若き才能としてのダニエル・ケールマンの名を世界に知らしめた記念碑的作品である。
著者
大島 田人 八角 真
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.118, pp.p99-265, 1978

九州太宰府と京畿とを結すぶ、律令体制下の大路が〈山陽道〉であるのは周知の通りであるが、ここでは京阪神つまり神戸以西の国鉄山陽線を辿って鷗外の足跡を訊ねる、というほどの意味である。山陽路で最初に鷗外と関わりのある地は"姫路"である。記録では唯一度のようであるが、明治四十三年一月、軍医総監に就任後二度目の巡閲旅行の際、その帰途に公務を果たすため訪れている。日記には次のようにみえる。一月十三日(木)岡山を発して姫路に至る。宇多川に宿る。一月十四日(金)陰。安東中将貞美の家を訪ふ。松波資之の歌文の額あり。桑木厳翼は中将の女壻なりと云ふ。歩兵第二十九連隊、同第十連隊、騎兵・野砲兵の諸営を視る。一月十五日(土)半晴。懲治隊、監獄・衛戌病院を視る。
著者
大矢 健
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.280, pp.p109-131, 1995-09

変動と変革の時代であったアメリカ世紀転換期を特徴づける重要な要因の一つとして、テクノロジーの急速な発展があった。じじつ、この時代を自己感覚("a sense of selfhood")の希薄化("weightlessness")という観点から研究した歴史家Jackson Learsは、おおむね以下のように主張している。テクノロジーの発展、つまり産業および生活空間における機械化が、人々の生活経験を根底から不安定にし、「現実」、「自己」を"unreal"にした原因の一つであった。したがって、そのような「非現実感」「空虚感」を克服しようとして、より本物の、より強烈な経験を求めることが時代のオブセッションとなる。
著者
圭室 文雄
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.447, pp.27-54, 2009-03
著者
田中 政男
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.239, pp.p191-207, 1991

アメリカの第35代大統領J,F,ケネディ(1917~1963、在職1961~3)が遊説先のテキサス州ダラスで暗殺の惨事に見まわれたのは1963年11月22日の金曜日であった。この日は、また別の意味で日本とアメリカにとって意義のある日でもあった。日本時間でいうと、昭和38年11月23日、早朝より日本のマス・コミ関係者は大変な興奮状態に包まれていた。それはこの日、日米間で初の宇宙中継による受信実験が試みられていたからである。多くの人々がテレビの前にクギ付けになっていたし、誰もがその日に予定されていたケネディ大統領の肉声の第一声を心待ちにしていた。しかし、多くの人々の期待に反して、ブラウン管から流れてきた音声は、現役大統領に関する不祥事のニュースであった。
著者
浜口 稔
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.277, pp.p71-103, 1995-03

1 0 0 0 IR 高麗仏画と光

著者
山田 哲平
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.397, pp.79-95, 2005-09
著者
八角 真
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.33, pp.39-80, 1966-01

東京の青梅街道から環状七号線道路に入って南に羽田方面へ向かって進む。間もなく右手に堀之内の妙法寺があり、さらに和田堀まで来ると左手に立正佼成会のモダンな大聖堂が見え、その先の地下鉄方南町駅を過ぎた辺りの左側のガソリンスタンドの裏手に当たつて、一際大きい銀杏の樹と本堂の大屋根の上に釜を載せてある寺が目を惹く。 この寺は念仏山東運寺というのだが、近辺では"釜寺"の通称でとおっている。堂宇などは今次大戦中罹災によって焼失し、昭和二八年に再建されたものである。山門もその折に寄進されたものだが、縁起によると「これは田村右京大夫の芝田村屋敷浅野内匠頭ゆかりの脇門 "あけずの門" にして内匠頭の冥福を祈り供養の為に奉納したもので江戸初期の武家門として貴重な文化財でもある」という。