著者
岡本 隆司
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.28, pp.143-175, 2011

特集1 : 近代日本の外交はじめに一 「大君」の消滅二 明治維新と「独立」概念三 江華条約と「自主」概念四 「自主」の分裂五 朝鮮における「自主」の重層化六 「自主」の一元化まとめ
著者
友部 謙一
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.34, pp.1-38, 2017

はじめに一. 骨考古学からみた梅毒(花柳病)の社会史・検黴(梅毒検査)・啓蒙 : 江戸から明治・大正の日本社会二. 梅毒の治療・化学・砒素化合物 : 大坂道修町(適塾)・福沢諭吉・秦佐八郎三. 花柳病罹患と地域社会 : 高木乙熊の壮丁花柳病調査・死産・出生力おわりに特集 : 慶應義塾大学医学部設置一〇〇年
著者
坂本 慎一
出版者
慶應義塾福澤研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.20, pp.175-203, 2003

福沢諭吉は文明開化の第一人者とされる。彼は欧米文明を本格的に輸入した最初の世代であり、そのことをもって評価されることが多い。しかし、彼のこの業績をたたえるあまり、明治維新以前の日本がまったくの無学であったと解釈することは正しくない。維新以前の日本における学問の蓄積は、欧米文明の理解に役立ったはずである。福沢自身もこの事実ははっきりと認めている。従来余り注目されてこなかった彼自身の言葉として次のようなものがある。今日我日本人にしてよく洋書を読み、其巧なるは決して西洋人に譲らざる者多し。其然る由縁は何んそや。吾人の始て洋書を学びたるは僅に数年前のことなれども、字を読み義を解するの教育は遙に数十百年、父母祖先の血統に之を伝へたる欺、若しくは全国一般読書推理の空気に浴したるものにして、其横文を読むの力は本来無一物より始造したるに非ず、唯僅に縦行文に代るに横行文を以てし、縦に慣れたる資力を横に変形したるものゝみ。福沢が言うには、明治の日本人が巧みに洋書を解釈できるのは、維新以前に日本人が培ってきた学問の蓄積が存在するからである。この「縦に慣れたる資力」があるからこそ、明治以降の日本人は「西洋人に譲らざる」実力を有していた。この解釈は、福沢自身にも当てはまる。「縦に慣れたる資力」とは、福沢の場合、蘭学修行を始める前に蓄積した学問であった。彼にとってはこの知性こそ、ウェーランドやバックル、ギゾー、J ・S ・ミルなどの政治・経済思想を価値あるものと判断し、活用せしめた原動力であった。従来の福沢思想研究は非常に精緻なものもあるが、彼が影響を受けた和漢書も視野に入れた研究は多くない。これまでは、主に西洋思想から福沢の思想を解析する方法が主流であった。本稿では、福沢における西洋思想の影響は決して否定しないが、彼が洋書と出会う前に影響を受けた政治思想に焦点を当てたい。福沢は自分自身の漢学について、次のように証言している。殊に私は左伝が得意で、大概の書生は左伝十五巻の内三、四巻でしまうのを、私は全部通読、およそ十一度び読み返して、面白いところは暗記していた。それで一ト通り漢学者の前座ぐらいになっていたが、体の学流は亀井風で、私の先生は亀井が大信心で、余り詩を作ることなどは教えずに寧ろ冷笑していた。ここで福沢が言う「先生」とは、独学で亀井学派になった白石照山である。福沢は、十九歳までこの白石の塾で亀井流の左伝学を学んでいた。漢学者の前座にまでなっていたことから考えても、福沢におけるこの思想の影響は注目に値する。亀井学はその難解さゆえか、戦後日本における漢文学でもあまり分析の対象になっていない。租裸学の一派として扱われてしまうことがほとんどである。戦後の左伝学においても、亀井の貢献は忘れられている。福沢はその生涯において、「一身独立して、一国独立す」という思想を主張し続けた。明治二年に個人的書簡で述べ、『学問のすゝめ』や『文明論之概略』ではその詳細な内容を展開し、『通俗民権論』や『通俗国権論』でも同様のことを説いた。さらに最晩年に書いた『福翁百話』の序言でも「一身一家の独立能く一国の基礎たるを得る」と述べている。福沢の思想は状況により主張の力点が異なるなど、その本質を捉えにくい面もあるが、国家の独立こそ、生涯にわたってこだわり続けた思想であると言ってよい。洋書から福沢思想を分析するこれまでの研究では、福沢の言う「国の独立」はどのような源泉から来たものか解明できなかった。彼が読んだとされる洋書の中に、「国の独立」を中心課題とする思想家は、まだ発見されていない。この事実を踏まえれば、彼自身が「やかましい先生に授けられて本当に勉強しました」と述べる亀井流左伝学の影響は分析する必要がある。以下、最初に亀井流左伝学を紹介し、この学問と福沢思想の類似性を指摘したい。
著者
高木 不二
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.34, pp.434(37)-447(24), 2017

I. はじめにII. 事例研究1 横井左平太(1845~1875)の場合III. 事例研究2 津田静一(1852~1909)の場合シンポジウム講演録 : 東アジアの近代とアメリカ留学 : East Asian overseas students in the U. S. in the early modern era
著者
都倉 武之
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.24, pp.107-176, 2007

特集・慶應義塾創立百五十年・慶應義塾福沢研究センター開設二十五年一 はじめに二 井上角五郎の密書提出(一) 二通一組の「密書」(二) 密書提出の経緯三 密書の発覚四 角五郎拘引と福沢邸家宅捜索五 裁判経過と入獄(一) 予審(二) 東京軽罪裁判所(三) 東京控訴院(四) 上告取り下げと大赦六 むすび
著者
辻村 亮彦
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.36, pp.37-72, 2019

はじめに一 司法官の養成とヨーロッパ留学二 東京大学法学部とヨーロッパ留学三 梅謙次郎の留学と帝国大学の成立おわりに特集 : 近代日本と留学
著者
山本 剛
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.34, pp.243-271, 2017

はじめに一 慶應義塾大学における大学予科の設置二 慶應義塾大学予科の学科課程おわりに研究ノート
著者
森 征一
出版者
慶應義塾福澤研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.161-179, 1987

福澤門下生特集
著者
末木 孝典
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.26, pp.1-34, 2009

論説1. はじめに2. 言論をめぐる法制度とその運用3.集会及政社法による言論規制4. 新聞紙条例による言論規制5. むすび
著者
山内 慶太
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.33, pp.131-162, 2016

小特集 : 新塾歌制定七五年一 はじめに二 富田正文作詞の経緯三 塾歌の歌詞の意図四 塾歌の作られた時代五 おわりに
著者
稲永 祐介
出版者
慶應義塾福澤研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.22, pp.163-193, 2005

論説本稿が主題にする大正期における青年団改編の試みは、日露戦後から展開される地方改良運動の一環として位置づけられる。政府は、内務省通牒「地方青年団体向上発達二関スル件」(一九〇五年九月) および文部省通牒「青年団二関スル件」(同年一二月) にあるように、日露戦後まもなくから青年団体に注目していた。その後、内務省と文部省は、一九一五(大正四)年に「青年団ノ指導発達二関スル件」(以下「第一次訓令」と略)を共同で発布し、青年団に対する組織化への関心を明白にした。当時の内務大臣一木喜徳郎(一八六七ー一九四四) によると、青年団の理想的な活動を表明したこの「訓令は健全なる国民、善良なる公民の養成に要旨を置き、剛健質実なる気風を発揮し、体力を鍛錬し、意志を訓練し、立憲国民として必須なる智能を啓発するを以て大眼目」にし、地方青年の進路に標準を設けるべく発布されたのであった。これまでの研究は、第一次訓令を、村落共同体で自然に生成した青年団体が漸進的に官製化する分岐点と位置づけている。例えば、平山和彦は、「若者組ならびに青年団における自治性の所在とその実態、および諸条件を明らかにする」目的から、同訓令と通牒およびその反響を検討した。彼によれば、同訓令は、青年が自発的に結集し運営した青年団体を、当時の陸軍軍務局長田中義一(一八六四- 一九二九)が主導し、広義の天皇制イデオロギーの注入教化の修養機関、狭義の軍国主義の教化を図る壮丁の予備教育機関へと変容させ、名望家支配体制を強化する性格を持つと論じられる。しかしながら、一木は、第一次訓令における青年団改編の主眼を「善良なる公民の養成」に置き、「青年団が発達して行きまするにも、外部より刺激を与へるのみならず、内よりして自ら発達して行くやうにして頂きたい」として、地方青年の公民精神や徳義心を酒養する立場から、後述する田中義一に代表される陸軍省の青年団構想を強く批判したのであった。「公民」や「立憲国民」の成熟という観点から、軍事目的に合わせた青年の身体と精神の組織化を批判した一木は、第一次訓令において、修養を軸にした社会関係の規範をどのように性格づけていたのであろうか。こうした問題提起とともに大正期の青年団改編に深く関わった一木の構想を分析することは、近代国家における青年団の役割を論じ直すことになろう。青年団の改編を検討するに当って、本稿が一木の構想を取り扱うのは、先行研究が当時の内務大臣である彼の政策理念を充分に論及しなかったという理由だけでなく、彼が民衆自治に実践的である報徳思想に習熟していたことによる。報徳思想とは、二宮尊徳(一七八七i 一八五六) による至誠、勤労、分度、推譲という四つの要文からなる道徳経済一元の生活様式に関する観念的体系である。一木は、二宮尊徳の高弟岡田良一郎(一八三九ー一九一五) の次男に生まれ、報徳社運動の身近に育ち、山県有朋系の内務官僚であった明治後期には、地方改良運動の実行組織と捉えうる中央報徳会(一九〇六年= 月に設立) の理事を務め、報徳思想の普及のために旺盛な活動を行った。一木は、中央報徳会における青年部の設立(一九一六年一月Vが、「地方改良事業の一として最も主要なのは地方青年団の改良発達を計るにありと確信し、… …青年団中央部を設置以来、我々に於ても努めて全国青年団相互の連絡をとり、其基礎を固うし、協同一致して進歩発達の途に向ふ目的に対し、幾何か犬馬の労に服したい」という意図のもとにあったと述べる。中央報徳会は、一九一六年に『帝国青年』を発刊することによって、日露戦後からの地方農村との緊密な連絡を青年団の活動分野に拡大させようと試みるのであった。その後、同青年部は、一九一六年八月に第一回青年指導者講習会を全国各地の青年団指導者を養成するために開催し、同年一一月に独立して青年団中央部と改称し、活動を拡大することになる。本稿は、この第一次訓令の政策理念を、先行研究のように天皇制イデオロギーや日本の軍国主義化にすべてを還元し評価するのではなく、青年団の改編を進める一木の構想のなかでも修養と自治に着眼し、地方青年によって構成される青年団の社会的役割を、その内的論理において明らかにすることを目的にしている。そこで本論では、一木の青年団認識を把握するために、まず彼が明治後期の青年団体をどのような団体として捉えていたのかを整理し、第一次訓令の分析を踏まえた上で、大正期における彼の主体形成論を考察する。続いて、田中義一と一木の公徳心の意味内容の比較分析を通じて、一木が青年団に対してどのような観点から関心を抱き、他方でいかなる役割を期待していたのかを解明していく。最後に、第一次訓令の政策理念を、一木の修養概念をもとに検討していくことにしたい。
著者
堀 和孝
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.31, pp.203-221, 2014

研究ノートはじめに一 島津祐太郎宛書簡と「中津留別の書」二 中津市学校への支援と耶馬渓競秀峰の景観保全おわりに
著者
堀 和孝
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.30, pp.153-169, 2013

研究ノートはじめに一 『日本経済史』の成立事情と竹越の略歴二 『日本経済史』の内容おわりに
著者
辻 直人
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.30, pp.123-151, 2013

研究ノートはじめに一. 慶應義塾による留学生派遣開始の背景二. 義塾派遣留学生の全体動向(一)派遣規模及び留学規程について(二)留学先について(三)専攻分野・所属・職位・年齢について三. 医学部からの「留学」について四. 義塾派遣以外による塾員・塾生の海外留学・視察・出張(一)自費での留学(二)宗教団体からの出資による留学(三)ロックフェラー財団からの奨学金による在外研究(四)官費による海外渡航(五)外国政府ないし外国大学からの奨学金による留学まとめ
著者
辻 直人
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.30, pp.123-151, 2013

研究ノートはじめに一. 慶應義塾による留学生派遣開始の背景二. 義塾派遣留学生の全体動向(一)派遣規模及び留学規程について(二)留学先について(三)専攻分野・所属・職位・年齢について三. 医学部からの「留学」について四. 義塾派遣以外による塾員・塾生の海外留学・視察・出張(一)自費での留学(二)宗教団体からの出資による留学(三)ロックフェラー財団からの奨学金による在外研究(四)官費による海外渡航(五)外国政府ないし外国大学からの奨学金による留学まとめ
著者
堀 和孝
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.30, pp.153-169, 2013

研究ノートはじめに一 『日本経済史』の成立事情と竹越の略歴二 『日本経済史』の内容おわりに
著者
小泉 仰
出版者
慶應義塾福澤研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.2, pp.423-456, 1985

福澤諭吉特集
著者
寺崎 修
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.27, pp.87-115, 2010

一 はじめに二 浄土真宗への共感三 大谷光尊との交流四 痛烈な僧侶批判五 おわりに小特集 福沢諭吉生誕百七十五年 福沢と大阪
著者
毛利 敏彦
出版者
慶應義塾福澤研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.2, pp.207-236, 1985

はじめに一 明治維新後の大阪と教育二 「商法学校設ケザル可ラズ」三 加藤政之助四 五代友厚五 五代と福澤 その一六 二つの論説七 五代と福澤 その二八 門田三郎兵衛九 交詢社十 桐原捨三十一 興亜会十二 開所福澤諭吉特集
著者
福沢研究センター
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.37, pp.227-239, 2020

I 福沢諭吉自筆原稿II 小幡篤次郎書簡一資料紹介