著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.39, pp.53-79, 2006

光陰矢の如し―私が初めて磯採集に足を運んだのは大学に入学した1955年の初夏,半世紀も昔の話になる。それまで磯には縁の無かった私がそこで目にした生きものは,ほとんどが初顔だった―潮だまりには黒くて大きなアメフラシ,赤い花を咲かせているケヤリムシやウメボシイソギンチャク,岩陰から黒いトゲを覗かせているムラサキウニ,大きめの石の裏にはアオウミウシやクモヒトデ……。その世界の多彩な生きものたちの魅力に取りつかれて,たびたび葉山や三崎の磯を訪れるようになり,やがては無脊椎動物の発生学に進み,三崎臨海実験所で大学院時代を過ごすことにもなった。 磯採集でもっとも興味をもったものの一つは,さまざまな形態を示す棘皮動物だった。これはヒトデやウニの仲間で,基本的に5を単位とする放射相称の海産動物。これが本稿に登場する役者たちなので,馴染みの薄い方々のために,海浜でよく目にする種類をグループ別にざっと紹介しておく(図1参照)。(1)ヒトデ類:多くは☆型で,中央の「盤」(本体)のまわりに5本の「腕」が伸びている。マヒトデ(図1-(a))が典型的だが,筋目のある縁取りをもつモミジガイ,腕が8本あるヤツデヒトデ,糸巻に似たイトマキヒトデ((b))などもいる。なお,本報では「ヒトデ」を類名に用い,明治期文献のAsterias amurensis(旧称ヒトデ)は「マヒトデ」とした。(2)クモヒトデ類:ヒトデに似ているが,腕が細長く,盤と腕の区別が明確((c))。腕が枝分かれして複雑になっているテヅルモヅル類((d))も見られる。(3)ウニ類:よくイラストに描かれているように,半球状の殻からトゲが沢山出てイガグリのような形をしている普通のウニ((e))のほかに,一見ウニとは思えない姿をしたウニがある。以前は歪形類(不正形類)と呼ばれていたグループで,殻の上面に花形の模様(花紋)が見える。たとえば,円い皿型のカシパン類((f)),その一種で,下面に蓮の葉脈のような溝が見えるハスノハカシパン,5つの穴があるスカシカシパン((g))がある。ほかに,楕円型でやや厚みがあり,殻も頑丈なタコノマクラ((h)),卵形で殻の薄いブンブク類もいる。(4)ウミユリ類:花のような「冠」と,それを支える「茎」がある((i))ので,「ウミユリ」(海百合)の名がついた。これはみな深海性だが,浅い所にはウミシダ(海羊歯)類が生息する。ウミシダは「茎」が無く,盤のまわりにシダの葉に似た腕が10~数10本出ており,盤の下の巻枝で岩にしがみついている((j))。ウミユリもウミシダも,初めて見たら植物と思うに違いない姿である。(5)ナマコ類:サツマイモのような形((k))で,ウニやヒトデとはまったく異なるが,これも棘皮動物。食用にするので名が通っている。「このわた」は,その内臓の塩辛。 上記のウニの仲間に,タコノマクラ(蛸ノ枕,図1-(h))という種類を挙げた。変わった名称なので,何時ごろからそう呼ばれているのだろうと気になっていたが,誰に聞いても知らないし,書物を見てもわからない。仕方なく,そのままになっていた。 1980年代の初め,私は動物発生学から大転換して歴史の方面に道を変えたが,そのとき最初に取り組んだのは,三崎臨海実験所の歴史だった。この実験所は明治19年(1886)に創立されたアジア最初の常設臨海実験所で,日本の動物学発祥の地と言っても過言ではない。そこで,実験所設立後まもなく動物学会が発刊した『動物学雑誌』の報文や記事を調べはじめたのだが,妙なことに気がついた。 当時の『動物学雑誌』には三崎などでの海産動物採集報告が少なくないが,それに登場する「タコノマクラ」が現在のタコノマクラとは違う場合があるのだ。しかも,事は込み入っていて,ある報文ではウニの仲間のカシパン,別の報文ではヒトデ,さらに別の報文ではクモヒトデを指している。もちろん,現在のタコノマクラを指す場合もある。一体全体どうなっているのか,さっぱりわからないままに数年が過ぎた。 そのうち江戸時代に足を踏み込んで,いろいろな資料を調べ始め,そのなかで「タコノマクラ」の名称に再会することになった。そして,「タコノマクラ」の名の混乱は江戸時代にさかのぼることが明らかになってきたので,棘皮動物―当時は「介類」や「魚類」に含められていたが―の記事に出会うたびにメモを取っておいた。 最近そのメモを見直してみると,信頼できる江戸時代資料が40件ほどあり,それに含まれる棘皮動物の記載例は数百に達する。そこで,それをまとめておこうと考えて筆を取ったのが本報である。稿末の表に示した事例は,図あるいは注記の記載内容から現在のどの類に当たるかが判明する場合に限った。また,ナマコは古くから「コ」「ナマコ」と呼ばれ,それ以外の名称はあまり無かったので,本稿には入れなかった。 以下の部分では,この稿末の表に基いてヒトデやカシパンなどが江戸時代に何と呼ばれていたかをまず検討し,最後に「タコノマクラ」の呼称の変遷を考察する。文中の「資料」は,番号にMがつくか,とくに明治期資料と断らない限り,すべて江戸時代資料である。資料名に付した( )中の番号は稿末表の資料番号,西暦年は同表に示した刊年・成立年。 なお,生物名の語源解釈はコジツケになりがちなので,私は原則的に触れないのを基本方針としているが,本稿ではその方針を棚上げして語源に踏み込むことにしたい。それによって,江戸時代の人々の命名の由来がわかるし,また命名の巧みさを感じ取ってほしいと思うからである。
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.37, pp.33-59, 2005

動植物の記載で年記や地域が明確な事例は,過去の環境や人々の関心のあり方を知る手掛かりとなる。そこで先に動物についての略年表「幕末までの珍鳥奇魚捕獲記録」を本誌に載せ,ペリカン,オオサンショウウオ,マンボウ,リュウグウノツカイなどの捕獲・観察記録をまとめた(磯野2002,第9節)。しかし,漏れた事例もあり,また新資料の調査などで記録が増えたので,事項を大幅に増した年表を作成した。今回は,現在必ずしも珍品ではないが,当時の人々には馴染みの薄かったヨウジウオやコバンザメなども加えた。逆に,当時はありふれていたが,今は姿を消したトキやコウノトリなど現代人にとって珍しい動物も取り上げた。
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.40, pp.33-49, 2006

1 はじめに2 植物の記述(1)初出植物名(2)初出に準じる用例(3)花銘の類(4)食品類3 動物の記述(1)初出動物名(2)初出に準じる用例(3)鯨の献上(4)白鳥の献上(5)鶴の献上(6)貝覆い4 『言継卿記』5 『山科家礼記』6 おわりに
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.34, pp.9-21, 2003

原著論文慶長8年(1603)年に本編,翌年に補遺編が長崎で出版されたイエズス会宣教師編『日葡にっぽ辞書』は,3万2千語を収録し,当時の和語を知るための第一級資料である。たとえば,『野菜の日本史』は,『邦訳日葡辞書』を利用して当時の呼称とともに,新たにヨーロッパ人が持ち込んだ数々の野菜を明らかにしている。このような試みは動植物全般に有用であろう。そこで,今回は動物を対象として『邦訳日葡辞書索引』から該当する語を収録,『邦訳日葡辞書』の語釈と解説によって検討・整理した。その上で江戸時代の分類に従って「獣類・禽類・魚類・介類・虫類」の5類に大別し,五十音順に配列したのが次に示すリスト(種名か類名)である。このリストにおいては①広く使われている和語を中心として収録した。たとえば,オシドリについては「おしどり」を選び,「鴛鴦おしどり」の音読み「えんおう」は拾わなかった。また,「獣」・「鳥」などの総称や,想像上の鳥獣名,詩歌語(いなおおせどり=稲負鳥など),婦人語(あかおまな=サケなど)は原則として収録していない。②平仮名の品名は,『日葡辞書』にローマ字綴り方で表記されている和語を,『邦訳日葡辞書』で現代表記の仮名書きに直したものである(リスト以外も同じ)。なお,「魚」の「うお」は口語で「いお」となることがあり,両方の表記が用いられている。③( )内は注釈で,片仮名は現和名(平仮名と同じときは原則として省略),「」を付したのは原注の『邦訳日葡辞書』訳を簡略化したものである。また,獣類の「ちす」のようにその獣が現在の何に当たるか見当がつかない場合や,「あおばい」に対する「キンバエ」のように種名や類名を断定しかねる場合は,「?」を付した。必要に応じて,相当する漢字表記や類名を加え,読みやすいように平仮名に下線を付した場合もある。長文の注釈を要するときは,「*」を付し,注記としてリストの末尾にまとめた。④「あおがえる」「あおがいる」など発音上の小差にすぎない語や,「あこや」「あこやのかい」などの類縁語は,一般的と思われる語を先に置き,「・」を用いて併記した。⑤見出し名や現和名には種名と類名が混じているが,大半は「‥‥類」の表示を省いた。⑥初出と思われる語には,波線を加えた。⑦現和名の推定には江戸時代初頭の辞書・用語集・本草書のほか,鳥名は『日本鳥名由来辞典』,魚名は『日本魚名集覧』,貝名は『日本貝類方言集』,それ以外の動物や全般的な検討には『日本国語大辞典』を参照した。
著者
大場 茂 大橋 淳史
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.46, pp.13-41, 2009
被引用文献数
1

研究ノート1. はじめに2. 旋光性2-1. 右旋性と左旋性2-2. 石英の比旋光度3. 石英の結晶構造と外形3-1. シリカの結晶相3-2. α-石英とβ-石英の構造3-3. 水晶の半面像3-4. 高温形低温水晶4. 屈折率の異方性と光の干渉4-1. エアリースパイラル4-2. 結晶中での光の伝播4-3. 光軸に垂直な水晶板による旋光4-4. 水晶板のコノスコープ像4-5. 水晶球の干渉像5. 考察5-1. 石英か水晶か5-2. 右水晶と左水晶の定義5-3. 円偏光板の役割5-4. オリジナルのエアリースパイラル6. 学生実験への対応慶應義塾大学日吉キャンパスにおける文系学生を対象とした化学実験のテーマの1つとして,キラリティ(左と右の区別)に関する実験を平成17年度から開始した。これは主に糖の旋光度を測定するテーマであるが,原子や分子レベルのキラリティが外に表れる例として,水晶の半面像の観察も実験の中に組み込んだ。水晶とは石英のきれいな結晶のことであるが,その内部での原子配列のキラリティは非対称な結晶面をもとに区別できる。また水晶球については,直線偏光板と円偏光板の間にはさみ,エアリースパイラルを観察してその渦巻の方向から,右水晶か左水晶かを判別できる。本稿では石英の結晶構造をもとにこれらの原理を解説し,また右と左の定義にまつわる話題を紹介する。現時点でも右水晶の定義にまだ混乱がみられるが,「右旋性を示す水晶のこと」に統一すべきである。
著者
井原 晴佳 増田 直衛
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.34, pp.71-81, 2003

研究ノート共感覚とは,ある感覚を引き起こす物理的なエネルギーが感覚器官に与えられることによって,通常その感覚器官に属する反応のみが生じるが,同時に,他の感覚器官に属する反応も生じる現象である。中でも,聴覚器官に与えられたエネルギーに対して,聴覚だけでなく視覚も同時に生じるものを色聴という。共感覚には,他に,数や曜日に一定の視覚図式があり,常にその中で一定の位置をとって現れる数型,色や形に対応した音や音楽が聞こえる音視などがある。共感覚は実験的に研究されることは少なく,個人の経験に基づいた逸話的な報告のなかでとりあげられることがほとんどである。このため,共感覚を経験したことがない人には,ある感覚経験をたんに別の言葉で比喩的に置き換えたものと理解されることが多い。しかし,本来の感覚以外に別の生き生きとした感覚が生じるという事例が発達的研究を中心に多く報告されている。本研究では,聴覚から色覚が生じる色聴に焦点をあて,実験的に検討する。共感覚の研究は,19世紀後半から行われていたが(Marks,1975),多くは作曲家などに関する逸話的なものに過ぎず,実験が行われるようになったのは1930年代からであった(梅本(1966)によれば,Karwaski, T.F. Odbert,H. S.(1938)などがある)。Cytowic,R.E. Wood,F.B.(1982)では,提示する音にピアノの単音を用い,これを複数回提示した場合,色聴所有者は提示音を聞いた時にみえる色の一致度が高く,色聴非所有者は色の一致度が低いと仮定し,被験者に提示した音に合う色を選ばせ,色の一致度から色聴所有者と非所有者の比較を行った。その結果,色聴所有者は色の一致度が高く,非所有者は一致度が低いことが示された。このように,過去の研究では,1.音を聞いた時にみえる色が,時間が経っているにも関わらず一致している2.幼少時から色聴が生じている,といった色聴の特徴が示されている。また,色聴の中でもさらに4つのタイプがあるとされている(Peacock,K.1985)。タイプ1は,曲を聞いて色聴が生じるもの,タイプ2は,トランペットの音色が緋色である,というように,音色から生じるもの,タイプ3はC の音は白,というように音程から生じるもの,タイプ4は,C の調は白,F
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.29, pp.55-65, 2001

江戸時代の日本では独自の博物誌が花開いたが,その軸の一つは薬品会・物産会といわれる展示会であった。その嚆矢は宝暦7年(1757)に江戸で田村藍水が主催した「薬草会」だったが,数年後には大坂や京都でも同様な会が開かれるにいたる。やがて,展示物も薬品以外の動植鉱物に広がるとともに,専門家以外の庶民にも観覧の機会が与えられるようになった。開催地も,のちに名古屋が第四の中心地となる。 ところが,従来は薬品会の年表が無く,いろいろな点で不便を感じることが少なくなかったので,6年ほど前に「薬品会・物産会年表」を作成した(磯野直秀,科学医学資料研究,247号,6-14,1995年)が,その後,それに漏れていた会が相当数あることがわかり,他方では訂正を要する事例もいくつか出てきた。そこで,前報を増訂したのが以下の年表である。残念ながら,江戸・京都・大坂・尾張以外の各地については新しい知見がまったく得られなかったが,その資料発掘は今後に期したい。
著者
池田 威秀 足立 朋子 鈴木 真理子 秋山 豊子
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.57, pp.11-46, 2015

教育挿図資料近年, 当大学で発生した飲酒事故の重要性に鑑み, 飲酒事故を未然に防ぐことを目的に事業を展開した。生物学の分野から, 学生個々人のアルコールのパッチテスト, その後のアンケート調査, その解析, 意識調査, 自分の遺伝的体質の解析(アルコール分解酵素の遺伝子鑑定)や, 肝臓におけるアルコールの分解作(酵素反応)の理解を進める授業などを展開した。また, 授業用資料(PPT)やパンフレット作成を行なった。生物学を履修している学生には, これらを用いて授業を展開し, 飲酒事故防止のための理解を進める。生物学を履修していない学生には, これらの資料をウェブで公開して閲覧できるようにする。加えて, 将来的なアルコール中毒や肝機能障害のリスク回避, さらに最近多様化してきた他の薬物中毒に対しても, その危険性を広報していく。以上のことから, 全塾的・長期的に, 学生がアルコールと他の薬物への対応の仕方を習得し, 将来的に心身ともに健康維持できるよう, 教育支援を行なった。
著者
坂本 信介 坂本 尚子 上村 佳孝
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.50, pp.43-52, 2011

50号記念号研究ノート慶應義塾大学日吉キャンパス特色GP「文系学生への実験を重視した自然科学教育」の事業Ⅲ「新しい実験テーマの開発と実験マニュアルの整備」(生物学)の継続事業として, 「動物の最適採餌理論」を題材とした新たな学生実験テーマの開発を行った。具体的には材料の選定, 実験計画の決定, 学生配布資料・提出用レポートのフォーマット作成, 学生対象の試行実験を行った。本プログラムでは新規実験手法の体験よりも, むしろ, 科学的思考力を養うことに重点を置き, パターン認識や仮説検証のプロセスを訓練することを目的とした実験の開発を行った。学生が動物の役割を演じるrole-playing実験であり, 具体的には, 学生が動物のつもりで餌探索を行い, どのように餌が採集できたかについてグラフ化し(パターン認識), なぜそのようなパターンが得られたのかについて仮説をたて検証する(仮説検証)という流れである。試行実験では, 誘導的に仮説を導く過程においてヒントの有無, および, 班による議論の有無という二種類の操作を行い, 仮説とその検証方法を正しく導くことができたかを4グループの間で検証した。仮説の正答率はヒントを与えたグループでやや高く, 仮説を検証するためのプロセスを正しく辿ることのできた学生の割合は, ヒントなしで議論をしたグループがもっとも高かった。このことは, 正しい仮説検証のプロセスを導く上でより重要なのは仮説をたてる上でのヒントよりも仮説をたてる上での十分な議論であることを示唆している。
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.36, pp.1-14, 2004

江戸時代に入って動植物への関心が高まるが,17世紀末までは本草家・博物家・園芸家などが作成した図譜は少なく,椿・菊など個別の園芸品の図譜(注1)を除けば,多くの種類を描いたものは百科図鑑の『訓きん蒙もう図彙』(1666刊,中村惕てき斎さい)や『五百介図』(1687頃成,吉文字屋浄貞)『草花絵前集』(1699刊,伊藤伊兵衛三之丞)くらいしか知られていない。そこで,17世紀に描かれた画家のスケッチが博物誌にとって有用な資料となる。 たとえば,狩野探幽のスケッチ集『草木花写生』(果蔬草花図巻,東博蔵)については北村四郎の解説(注2)があり,トマトやカボチャなどの渡来品が描かれていることが記されている。その探幽の甥で幕府御用絵師だった狩野常信(木挽町狩野家二世)も『鳥写生図巻』『草花魚貝虫類写生』(ともに東博蔵)の2点を残しており,いずれも優れた博物誌資料であることを拙報ですでに報告した(注3・4)。 これに類する資料に,国立国会図書館蔵『草木写生』があり,一応の調査を行なったので, 本報でまとめておきたい。
著者
向井 知大 大場 茂
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.55, pp.1-19, 2014

研究ノート野外における放射線強度を, 車での走行あるいは歩きながら調査するシステムを試行した。これは簡易型ガイガーカウンター(インスペクター)をPCにつないで放射線強度を3秒ごとに記録し, またGPSアンテナで位置情報も同時に取り込むものである。定点観測ならびに走行・歩行実験を行い, 測定条件やデータの解析方法について検討した。その結果, 統計変動を抑えるためには, 30秒間の積算計測数を用いてγ線にもとづく空間線量率を求めるのが妥当であること, また検出器の高さを地上1mから0.35mに下げても, 空間線量率は8%程度しか増えないことがわかった。
著者
向井 知大 小畠 りか 大場 茂
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.50, pp.61-75, 2011

慶應義塾大学日吉キャンパスにおける文系学生を対象とした化学実験のテーマの1つに, アセトアニリドの合成に関する実験がある。無水酢酸と氷酢酸の混合液を用いてアニリンをアセチル化する反応である。しかし, 反応条件(加熱還流の強さや時間など)について不明確な点があった。そこで実験条件を変えて合成を行ってみた。その結果, 収量は加熱の強さや加熱時間にほとんど依存しないこと, 並びに使用する無水酢酸の鮮度が収量にかなり反映することが明らかとなった。なお, アニリンが空気中で酸化されて赤くなるが, これはフェナジン骨格をもつオリゴマーが生成するためである。これと関連して, ポリアニリンの生成機構について文献を調べて要点をまとめた。50号記念号研究ノート
著者
児玉 光義 表 實
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.38, pp.57-66, 2005

1 序2 本影と半影3 半影の視半径と本影の視半径4 月食5 月食予報6 月食予報の図式計算法7 カリキュラム案7 . 1 M1からM5までの各点の座標を求める7 . 2 1時間毎の月の中心の移動距離7 . 3 半影食の始め7 . 4 本影食のはじめ7 . 5 食が最大(食甚)になる時刻7 . 6 本影食の終り7 . 7 半影食の終り7 . 8 部分月食の観測
著者
大場 茂 向井 知大
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.55, pp.21-37, 2014

研究ノート先が尖った六角柱状の透明な水晶で, 底面がc軸(伸長方向)に垂直にカットしてあれば, 右水晶(右旋性の水晶)か左水晶かを光学的に見分けることができる。ガラス製三角プリズムを水で濡らして水晶の先端の斜面に密着させ, 水晶の底面からc軸方向へ直線偏光をあて, 三角プリズムおよび円偏光板を通して見ると, 虹色の渦巻き(エアリースパイラル)が見える。その渦巻きが右巻きならば右水晶, 左巻きならば左水晶である。この干渉像は水晶の複屈折と旋光性に起因する。水晶中では複屈折により, 光の進行方向がc軸から傾くと, 正常光に対して異常光の位相が遅れる。光の通過距離が長くなればなるほど, この位相差δが大きくなる。しかし, c軸に対して光線の角度が少し小さくなるだけで, 位相差δが減少し, 通過距離の違いによる影響が解消される。このため, 干渉縞がほぼ同心円状に見える。ただし, エアリースパイラルを明瞭に観察するには, 割れや濁りがなく, 光学的に質の高い水晶に限られる。
著者
大場 茂 向井 知大
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.56, pp.21-34, 2014

研究ノート慶應義塾大学日吉キャンパスにおける文系学生を対象とした化学実験のテーマの1 つとして, ナイロン66 の合成と染色に関する実験を2000 年以前から行っている。合成後のナイロンについて, 機器分析の1 つとして, ATR 法(全反射減衰分光法)による赤外スペクトル測定を2008 年から開始した。それは, 吸収される赤外線のエネルギーから, 化合物に含まれている官能基を簡単に同定できるというメリットがある。本稿では, その背景ならびに実験準備上の注意を述べる。また, すべての吸収帯の帰属についても文献を調べ, 環状単量体のデータとも比較して検討した。なお, アジポイルクロリドの溶媒としてヘキサンを用いているが, これとヘキサメチレンジアミンの水酸化ナトリウム溶液との界面重合により生成したナイロン66 の糸が弱いのは, 重合度ならびに結晶化度が低いためである。冷延伸法によりナイロンの糸を強化できることが知られているが, ナイロン66 は熱安定性が悪いため, 空気中での溶融紡糸が困難であることを確認した。
著者
山本 裕樹 表 實
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.44, pp.59-80, 2008

1 序論2 解析方法2.1 地球と木星間の距離2.2 衛星の軌道半径2.3 ケプラーの第三法則と木星の質量3 観測から解析まで3.1 観測手順3.2 記録の整理3.3 軌道半径の測定4 木星の衛星の観測例とデータ解析4.1 観測データ4.2 データ解析4.2.1 各衛星の軌道半径4.2.2 ケプラーの第三法則と木星の質量4.3 考察4.3.1 各衛星の軌道半径4.3.2 ケプラーの第三法則と木星の質量4.3.3 誤差5 土星の衛星の観測例6 まとめ創立150年記念号 : 自然科学のエッセンス = 150th anniversary number : essence of natural sciences研究ノート