著者
上村 佳孝 三本 博之
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.39-50, 2011-03-31

動物の交尾器, 特にオス交尾器の形態は, 他の形態形質よりも進化・多様化が速い傾向にあり, その機構について議論が続いている. 本稿では, モデル生物であるキイロショウジョウバエを含むキイロショウジョウバエ種群について, 交尾器形態の機能とその進化に関わる研究についてレビューした. オス交尾器による創傷行動の発見により, 従来の研究では見出されてこなかった, オス交尾器に対応した多様性がメス交尾器の側にも同定されるようになった. しかし, メス交尾器の多様性は, 柔軟な膜質構造の形態変化によるものが多い. 交尾時の雌雄交尾器の対応関係の把握は, そのような旧来の手法では観察の難しい構造の特定を容易にし, 種間比較や操作実験による機能の研究に足がかりを与える. そのため手法の一つとして, 交尾中ペアを透明化する技術を紹介し, 本種群が交尾器研究のモデル系となる可能性を示す.
著者
吉澤 和徳 吉冨 博之 上村 佳孝
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

標本収集:国内でのフィールド調査により,より幅広い範囲のチャタテムシの形態解析用サンプルが得られた.ヒョウモンチョウ,マルハナノミのサンプリングも継続して行い,追加サンプルが得られた.遺伝子解析:前年度解析したミトコンドリアゲノム情報に基づき,トリカヘチャタテの分子系統解析に必要な追加プライマーの設計を終え,データもほぼそろった.現在外群のデータを追加している状態である.予備解析ではトリカヘチャタテ内の系統関係の解像度も高く,また近縁な Afrotrogla, Sensitibilla, Spekeletor 属との系統関係に関しても良好な解析結果が得られている.トリカヘチャタテの親子判別,集団構造解析に必要なマイクロサテライトプライマーも完成し,それらを報告した論文が受理され,現在印刷中である.形態解析:SPring8での追加の形態解析を行い,十分なデータを集めた.特に,トリカヘチャタテの精子貯蔵構造に興味深い発見があり,それらの解析をほぼ終え,論文の執筆を開始している段階にある.雌ペニスに関連した構造の解析も進めており,現在は比較に必要な雌ペニスを持たない通常のチャタテムシの交尾器の状態の解析を進めている.加えて,共焦点レーザー顕微鏡を用いた解析も進めており,これらの構造のタンパク質構成などについても解析を進めている.サブプロジェクト:プロジェクトを通して得られたトリカヘチャタテなどのサンプルを用いて,交尾器以外の形態の観察も行った.特に,前後翅を連結する構造の解析を行い,その結果を論文として出版した.この構造から,トリカヘチャタテの飛翔能力が弱いであろう事も傍証された.受賞:本プロジェクトでイグ・ノーベル賞生物学賞を受賞した.
著者
坂本 信介 坂本 尚子 上村 佳孝
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.50, pp.43-52, 2011

50号記念号研究ノート慶應義塾大学日吉キャンパス特色GP「文系学生への実験を重視した自然科学教育」の事業Ⅲ「新しい実験テーマの開発と実験マニュアルの整備」(生物学)の継続事業として, 「動物の最適採餌理論」を題材とした新たな学生実験テーマの開発を行った。具体的には材料の選定, 実験計画の決定, 学生配布資料・提出用レポートのフォーマット作成, 学生対象の試行実験を行った。本プログラムでは新規実験手法の体験よりも, むしろ, 科学的思考力を養うことに重点を置き, パターン認識や仮説検証のプロセスを訓練することを目的とした実験の開発を行った。学生が動物の役割を演じるrole-playing実験であり, 具体的には, 学生が動物のつもりで餌探索を行い, どのように餌が採集できたかについてグラフ化し(パターン認識), なぜそのようなパターンが得られたのかについて仮説をたて検証する(仮説検証)という流れである。試行実験では, 誘導的に仮説を導く過程においてヒントの有無, および, 班による議論の有無という二種類の操作を行い, 仮説とその検証方法を正しく導くことができたかを4グループの間で検証した。仮説の正答率はヒントを与えたグループでやや高く, 仮説を検証するためのプロセスを正しく辿ることのできた学生の割合は, ヒントなしで議論をしたグループがもっとも高かった。このことは, 正しい仮説検証のプロセスを導く上でより重要なのは仮説をたてる上でのヒントよりも仮説をたてる上での十分な議論であることを示唆している。
著者
上村 佳孝
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

昆虫の中でも比較的原始的な特徴を多く残すハサミムシ類(革翅目)は、そのペニスの本数に多様性が認められる。すなわち、左右一対2本のペニスを持つグループ(祖先的)と、中央に1本のペニスを持つグループ(派生的)である。前者の中には左右ペニスをほぼ均等に使用する種と、「利き手」(=使用頻度の偏り)が見られる種がある。ハサミムシ類のペニスの本数と利き手の進化史を、形態解析・機能解析・系統推定といった多面的アプローチにより解明し、「利き手の進化とボディプランの進化の関係」を探る。
著者
上村 佳孝
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.64, 2005

ある形質に対する最適値が雌雄で異なる場合,性的対立は生じる.盛んに交尾を試みる雄に対して,雌が拒否行動を示せば,交尾回数に関する性的対立の存在が容易に予測される.しかし,今回の発表では,雌雄ともに著しく高い頻度で交尾をおこない(乱交性),交尾に関して目だった葛藤がないように見えるコバネハサミムシ(以下,コバネ)を題材に,本当に葛藤がないのか?考えてみたい.<br>激しい精子競争が生じているコバネでは,雄の体長に匹敵するほど長い交尾器を用いて,細管上の受精嚢(雌の精子貯蔵器官)から,すでに存在している精子の掻き出しをおこなう.しかし,雌の受精嚢はさらに長く,一部の精子しか掻き出すことはできず,すでに他の雄の精子を持つ雌と1回交尾した雄が残す子供の割合は約2割である.<br>体サイズの大きな雄は雌を独占し,より多数回繰り返し交尾し,高い繁殖成功を得る.雄の体サイズは有意な遺伝的基盤を持ち,大きく繁殖成功の高い父親の息子はやはり繁殖成功が高くなると期待される.このような条件のもとでは,雌は自らを独占する能力の高い雄の精子を集めることで,優れた息子を得るという遺伝的利益を得ることができ,一回の交尾あたりの父性の置換率を2割程度に抑えることで,このような利益が最大化されることを数値シミュレーションは示した.すなわち,低い精子置換率をもたらす雌の長い受精嚢は,何度も繰り返し交尾可能な優れた雄の精子を効率良く集めるための適応と考えられる.しかし,雄が同じ雌と繰り返し交尾をおこなうという現象は,一回の交尾あたりの精子置換率が低い場合に進化し易いものと予想され,両形質は共進化する可能性がある.<br>発表では,雌雄双方の適応を考慮した共進化モデルと,一方の性の視点のみを考慮した最適化モデルの解析結果を比較し,交尾回数・精子置換率という複数繁殖形質の共進化の観点から「隠された対立」の分析を試みる.
著者
上村 佳孝
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集 第51回日本生態学会大会 釧路大会
巻号頁・発行日
pp.292, 2004 (Released:2004-07-30)

直翅系昆虫の一群であるハサミムシ類(Suborder: Forficulina)の雄の交尾器形態は多様であり,交尾器形態の進化の探求に格好の機会を提供している.virgaと呼ばれる挿入器が2本のグループ(ムナボソ,ドウボソ,マルムネ,オオハサミムシの各科)と1本のグループ(クロ,テブクロ,クギヌキハサミムシ各科)があり,従来,形態形質に基づく分岐解析から,前者から後者が派生した(=2本のうちの一方が失われて1本になった)と考えられてきた.しかし,分岐解析において,「挿入器が2本ある状態が祖先的である」と仮定されているため,交尾器の進化に関する議論は循環論に陥っており,各研究者による系統仮説も多くの点で一致をみていなかった. 本研究では,このような状況を解決するため,7科16種のハサミムシ類についてミトコンドリア16S,核28SのrRNA遺伝子の部分塩基配列による分子系統解析をおこなった.両遺伝子から推定された内群関係はよく一致し,結合データの解析および最尤法による有根系統樹は以下の諸点を明らかにした.1.挿入器を2本を持つ状態が祖先的であり,1本しか持たないグループ(3科)はそこから派生した単系統群である.2. 挿入器を1本しか持たないグループの姉妹群はオオハサミムシ科である. また,「なぜあるグループは1本の挿入器を失ったのか?」という疑問に対しては,これまで明確な仮説が与えられてこなかった.今回,2本の挿入器を持つ各グループのハサミムシ類について,交尾器の形態,挿入器の使用,交尾行動を検討したところ,オオハサミムシにおいて,他のグループでは観察されていない一方の挿入器(右)に偏った使用が観察された.これらの観察結果を得られた系統樹の上で議論し,ハサミムシ類における挿入器の退化過程について仮説を提示したい.
著者
林 文男 上村 佳孝
出版者
首都大学東京
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2012-04-01

昆虫類のオスの交尾器の多様性は顕著である.そうした多様性は,雌雄の交尾器の接合を通して進化してきたものである.しかし,交尾器のそれぞれの部分の機能については,その方法上の問題からほとんんど解明されていない.そこで,本研究では,新しい手法として,微細蛍光ビーズをオスの交尾器の各部に塗布し,交尾後にその蛍光ビーズがメスの腹部末端のどこに付着するのかを調べることによって,交尾器の接合部を明らかにした.大型昆虫であるカマキリ類を用いて,この手法を確立し,カマキリ類のオスの左右非対称な交尾器の機能が,メスの産卵弁を持ち上げることにあることを明らかにした.この手法は交尾器の機能解明に広く応用できる.
著者
上村 佳孝 三本 博之
出版者
北海道大学低温科学研究所 = Institute of Low Temperature Science, Hokkaido University
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.39-50, 2011

動物の交尾器, 特にオス交尾器の形態は, 他の形態形質よりも進化・多様化が速い傾向にあり, その機構について議論が続いている. 本稿では, モデル生物であるキイロショウジョウバエを含むキイロショウジョウバエ種群について, 交尾器形態の機能とその進化に関わる研究についてレビューした. オス交尾器による創傷行動の発見により, 従来の研究では見出されてこなかった, オス交尾器に対応した多様性がメス交尾器の側にも同定されるようになった. しかし, メス交尾器の多様性は, 柔軟な膜質構造の形態変化によるものが多い. 交尾時の雌雄交尾器の対応関係の把握は, そのような旧来の手法では観察の難しい構造の特定を容易にし, 種間比較や操作実験による機能の研究に足がかりを与える. そのため手法の一つとして, 交尾中ペアを透明化する技術を紹介し, 本種群が交尾器研究のモデル系となる可能性を示す.Animal genitalia, especially those of males, generally evolve more rapidly compared to other morphological traits. The driving forces underlying such evolutionary trends are much debated. In the present article, we review evolutionary and functional studies on the genitalia of drosophilid flies (Diptera) belonging to the Drosophila melanogaster species group. Despite that the male genitalia of this group show astonishing diversity, previous studies failed to detect any species-specific differences in female morphology that corresponded to interspecific differences in the male genital morphology. However, recent discovery of copulatory wounding behavior, that is, the phenomenon that male genitalia inflict wounds on the genitalia of the mate,enabled us to identify counter-evolutions in the female genitalia. Such diversification in the female genitalia is mainly represented as modifications in the soft membraneous regions. With description of a newly developed transparentizing technique of mating pairs, we discuss the potential of this species group to be a model research system of genital evolution.生物進化研究のモデル生物群としてのショウジョウバエ. 北海道大学低温科学研究所編