著者
小林 和子
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.121-129, 1998

ヨーロッパ大陸のほぼ中央に位置し,周囲をドイツ語,フランス語,イタリア語の三つの大言語文化圏に囲まれたスイスは26の州から成る連邦制の多言語国家である。13世紀末の3州の同盟に始まる建国以来,連邦の機能はあくまでも強大な近隣大国の支配を排除するための政治的結束であった。強い自治権をもつ州や,この下の小さな地域共同体が文化的同一性の基盤となりそれぞれの歴史・伝統を形成してきた。このような国家の形成原理に加え,高い山々,河川・氷河・湖などの自然地理的障壁が言語を含む各地方の独自の文化の保存を促した。四つの言語圏に分かれ,三つの公用語を制定し,しかも主要言語内の方言格差が大きく必ずしも相互理解が容易でない,といった複雑な多言語状況に加え,近年の産業構造の変化,経済のグローバル化などに伴う他の諸言語の使用拡大といった社会言語的変化も見逃せない。本稿では,今日の多言語国家スイスの言語状況を分析するとともに,学校教育における言語教育の課題と動向を考察する。考察の焦点は特に初等学校段階で必修とされている第二言語教育と近年早期導入の実施や検討がなされている英語教育にあてられる。
著者
入江 識元
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.159-170, 2001

ヘンリー・ジェイムズの中編『ねじの回転』は視覚や聴覚が形成する認識と記憶の構造についてすばらしいモデリングを提供する。実際『ねじの回転』ほど主人公の認識のメカニズムが複雑な作品も珍しいし、これらは全て作家ジェイムズが仕組んだプロットであるが、こうした「語りの多重性」が語りの歪みと曖昧性を生み、幽霊の出現を読者に納得させる。この作品の視点について考察する場合、まず女家庭教師の視点の曖昧性に注目するだろう。伝統的なイギリスの教養を身につけた彼女にとって、上流階級の豪邸やそれを取り巻く美しい自然は、彼女の想像力を掻き立たせるに十分な素材であったし、理性的な教養人たる彼女は、その後次々に出現する幽霊を理性的な証明により合理化する。そしてこの物語の信憑性は全てこの女家庭教師のロマンス熱に浮かされた「眼差し」に委ねられている。彼女は相手の見せる表情から疑念を持ち、想像を増幅させるに至る。この作品はラカンやカント、ハイデガーなどが提示した強迫神経症や純粋理性や時間的存在といった哲学的問題とも絡めて論じることができる。この作品はそうした問題について解決の糸口を与えていることは間違いない。
著者
横田 勝 三船 温尚 清水 克朗
出版者
高岡短期大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
no.5, pp.19-26, 1994

スズを基としたスズ-銅-アンチモン合金は一般にホワイトメタルと呼ばれ,工業用軸受け材料やピューターと呼ばれる工芸材料に多く利用されている。本実験では工芸材料の立場から金相学および機械的性質について実験と検討を行った。得られた結果は次の通りである ; (1)Sn-CuおよびSn-Sb 2元系合金の冷却過程において熱分析曲線の上で2種類の発熱ピークが観察された。一方,Sn-Cu-Sb 3元系合金では3種類のピークが観察された。これら3種類の合金の60OK付近で現われる第1ピークは平衡状態図中の液相線上の点に相当する。約500Kで現われる第2ピークは,それぞれSn-Cu系ではa/α+η,Sn-Sb系ではα/α+β. Sn-Cu-Sb系ではα+γ/α+β+γの変態温度に相当する。Sn-Cu-Sb 3元合金だけは520K付近で第3のピークが観察された。これは平衡状態図中の固相線温度に相当する。(2)5mass% CuまでのSnへの参加による硬さへの影響はほとんど認められなかった。しかしながら、SnへのSbの添加は硬さを著しく向上させた。SnへのCuとSbの同時添加は3元系合金の硬さを効果的に高めた。(3)本3元系合金の強化機構は時効硬化型であると考えられる。
著者
三船 温尚 清水 克朗 小堀 孝之 栃波 浩二
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.51-72, 1998

本論分は,1965年中国四川省三星堆遺跡から出土した縦目仮面を高岡短期大学において復元鋳造した工程の詳細を報告するものである。
著者
入江 識元
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.59-69, 1996

作品の生産と金銭の浪費のなかでフィッツジェラルドが常に悩んでいたのは,外界の見せかけと自我の分裂の問題である。彼は,実人生では,消耗し崩壊する過程での分裂を繰り返しながら,作品では,自らを分節化しながら新たに生成してゆくという意味での分裂を描いた。この作品の冒頭にあるように,個と一般性の問題はこの作品の中心テーマであり,分裂の問題がこれに密接に関わってくる。彼は主人公アンソンを,一般的な金持ちの息子としてではなく,あくまでも個として提示した。この背景付け,人物をタイプ化することの不可能性があり,自我そのものの分公的性格がある。こうした性格に加え,家系という支配的歴史に由来する優越性を彼は獲得し,その反動でシニシズムを持つことになる。ポーラとの決別の原因の一つは,この優越性とシニシズムによるものであった。だが,重要なのはポーラの過ちだ。ポーラは写真(偽装された過去)や対話(偽装された現在)を通してアンソンをタイプ化しようとしたのだ。このように,個を問題にする際に重要なのは,家系や血縁といった権力装置の背後に隠れたアンソン自身の自我の分節化であって,その意味で作品冒頭の命題は生きてくるのだ。
著者
秦 正徳
出版者
高岡短期大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
no.8, pp.23-36, 1996

埋め戻した土地に構築された東遊園地の彫刻および屋外建築物は,兵庫県南部沖地震で,傾斜,転倒,崩落などの典型的な被害を呈した。この被害状況を報告するとともに,彫刻や屋外構築物の力学的性質に検討を加えた。得られた結果は次のとおりである。(1)石を用いた組積造の構造は,被害を受けやすい。(2)石と金属製ダボの接着は充分でない。(3)プラスチック造,鋳造,鉄筋コンクリート造のような一体化された構造は地震に強い。(4)重量が小さく,断面二次モーメントが大きい構造は地震に強い。(5)埋め戻した土地は軟弱であるので,転倒防止のためにフーチンを広くとる必要がある。
著者
磯部 祐子
出版者
高岡短期大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.159-170, 2004

小論は、2003年の現地調査に基づき、中国浙江省紹興における民間演劇の再燃について考察を加えたものである。改革開放後、経済の自由化と共に、それまで息を潜めていた民間の芸能活動は復興の兆しを見せた。爾来20年、今日、江南では、中華人民共和国成立以前の活況さえも紡彿とさせるほど民間芸能の盛んな地域も生まれ始めた。小論は、調査を行った5つの事例によって、今日の紹興における演劇の上演状況と宗教との関わり、伝統の継続性と異質性、そしてその背景にある人々の精神世界について明らかにする。
著者
磯部 祐子
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.73-89, 1994

本論は,瞼譜の発生と変化分化の歴史を考察し,瞼譜に多用される色彩のうち,紅と黒を中心とした瞼譜派生の法則性及び色彩のシンボリズムについて考察を加えたものである。儺祭の仮面などが母体と考えられる瞼譜は,唐の「塗面」「染面」を濫觴とし,宋の戯文に至り,「抹」「〓」などの描写法が出現する。次いで,金の侯馬董墓などによって,滑稽役者の隈取りが類推可能となる。『元曲選』中には副浄,〓旦を中心とした部分化粧の記載が見え,末や外などにも脚色人物本来の顔色が特記されるようになり,このことは内面的個性を顔色に表そうとする具体的意識の嚆矢と考えられる。明の伝奇は,浄とそれ以外の人物を明確に区分するために,浄に瞼譜が使用され,昆山腔の脚色名は瞼譜の施行方法に基づいて行われるようになる。以後,清になると,色彩ごとに登場人物の特徴が次々とシンボライズされていくが,清中葉では,脳門と両眉に具象的図柄を描くことによって人物の特定化が更に明確になされていく。京劇を中心にまさに瞼譜芸術の極みへと向かうのである。この背景には京劇など花部の広範で雑多な享受者が存在したこと,加えて民間の社火瞼譜の影響があったことを指摘する。一方,京劇瞼譜の洗練には,宮廷の瞼譜観も反映されていたと推論する。また,色彩的に多用される紅と黒の二色の考察によって,内面を表象すると考えられた瞼譜は,(1)類似した個性を同色の範疇に収めただけでなく,(2)親子襲用,(3)姓名或は色彩語との類似性,(4)音通による相関性などの要素によって数多い登場人物の色彩決定がなされていった。しかし,(5)反面的意味での色彩決定,(6)舞台上の色彩バランスによる色彩の特定化などの点も同時に指摘し得るのである。併せて,中国の瞼譜には日本の歌舞伎のような厳密な正邪の区分は存在せず,その発生と派生をみても曖昧なシンボリズムしか見いだすことはできないと結論する。
著者
鳥田 宗吾
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.257-272, 2005-03

本稿は、およそ400年の歴史をもつ高岡の彫金技法に関する、歴史の概要、鑿の種類、象嵌技法、作品制作工程などを解説するものである。若い学生や後継者がこれらを参考にして、今後の高岡彫金の発展に貢献できることを願っている。また、高岡短期大学の学生作品が工芸産業界に大きな刺激を与えた最近の事例を紹介した。
著者
村上 恭子
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.135-149, 1992

Thomas PynchonのThe Crying of Lot 49に描かれた謎の組織Tristeroは,60年代アメリカに現れたカウンター・カルチャー運動にみられる精神を具現しているかのようだ。すなわち,産業資本主義とテクノロジーを中心とする社会にみられる様々な状況-人間疎外,体制の生み出す一義的な価値体系,そうした体系に適合しないゆえに社会から排除されたもの達,等々-にTris teroは異議を唱え,自由で多様な生き方を示している。しかし,Tristeroに見られる反文明,反産業,反論理,といった反体制の理念は,ヒッピー,ビート族,フラワー・チルドレン等の50年代,60年代における特殊な文化運動に収斂しきれない大きな歴史的パースペクティブを特っている。それは神話の世界から存在する昼と夜の世界,換言すれば,<体制,文化,秩序>対<反体制,自然,反秩序>,あるいは文化における<正の要素>対<負の要素>の対立と共存の歴史である。本論では,Tristeroを通して,文化の双面性,両義性の問題を検討する。
著者
蜷川 彰 畑 篤
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.67-73, 1999

生漆またはウルシオールとコバルト粉末,及びウルシオールと酢酸コバルトとの反応について検討した。これら3種類の反応のなかでは生漆とコバルト粉末との反応生成物は最もコバルトイオンの取り込み量が多く,肉もちのよい黒漆となった。生漆とコバルト粉末及び鉄粉末との反応物から得られた塗膜の抽出物の赤外線吸収スペクトルを比較すると,3050cm^<-1>付近のアルケンの吸収がコバルト粉末を用いると鉄粉末の場合より少なく,ウルシオール側鎖の反応がより進んでいることを示した。しかし,ウルシオール・コバルト錯体の可視吸収スペクトルはウルシオール・鉄錯体のそれと比較すると700から600nmにかけての吸収強度が小さかった。
著者
三船 温尚 清水 克朗
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.97-131, 1996

平成6年から爵を中心とした青銅器調査を,京都大学文学部博物館(京都市),黒川古文化研究所(西宮市),泉屋博古館(京都市),久保惣記念美術館(和泉市),東京国立博物館(台東区),東京大学文学部考古学陳列室(文京区)などで行った。爵の他,〓,角,觚など黄河流域における初期青銅器約50点について,合范痕跡周辺を調査観察した。本稿はこのうち,爵の柱,〓,器身,脚の調査報告を中心とし,併せて今だにその詳細が解明されていない,具体的な爵の鋳型分割方法を考察するものである。
著者
村上 恭子
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.51-63, 1995

情報とテクノロジーが主要な役割を占めている後期資本主義社会において,特に大きな影響力があるテレビというマスメデイアの様々な側面を,Thomas PynchonのVineland (1991)を中心に検討を行った。テレビによる疑似世界の蔓延は,シミュラークルの先行するハイパーリアルな世界を偏在させ,実像と虚像の区別を不可能にしてしまっている。またテレビが送る断片的映像は,互いに不調和な要素が渾然となった多元的世界を生み出し,見る人々の心を一種の分裂状態にさせた。さらにテレビ映像は,現実を透明に直接に再現しているようでありながら,出来事,カメラ・アングル,形式的構成などを通してイデオロギーを洗脳する媒体としても必ず機能する。こうしてテレビは,国家や大企業などの特定の権力機構や文化と結び付いた覇権的イデオロギーを人々に押しつけ,画一的な価値観や全体主義的傾向を生み出すのである。だがその一方では,テレビは真実を伝え,政治や経済的不正を暴いて,その社会的使命を果たしてもいる。 Pynchonのこうしたテレビの描き方を通し,読者は合理主義的西欧文化の功罪を知ることができるのである。
著者
中野 清治
出版者
富山大学
雑誌
高岡短期大学紀要 (ISSN:09157387)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.93-100, 1990-03

英語の進行相の中核的意味は「進行・継続」であると一般に言われており,事実そのとおりである。しかし,進行相には他に付随的意味がいくつかあり,「非断言的・押し付けがましさがない・遠慮がち・丁寧」といったニュアンスを伝えると各種の語法書・文法書は指摘している。I'm hoping you'll be willing to join us. l was hoping you'd lend me some money. When will you be paying back the money? Should you happen to be passing, do drop in.この付随的意味を「進行相の丁寧効果」と呼ぶことができるが,この効果は進行相の動詞構造そのものが持つ本質的な意味,すなわち「時間幅」「未完了」にまで遡ることができるのではないか,本稿はこのことを検証するとともに,EFL学習者がとくに不得手とされている未来進行相に重点をおいて検討してみた。