著者
浅川 雅美 岡野 雅雄
出版者
文教大学
雑誌
湘南フォーラム:文教大学湘南総合研究所紀要 = Shonan Forum : Journal of the Shonan Research Institute Bunkyo University (ISSN:18834752)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.139-147, 2008-03-01

This study was conducted in order to examine how the travel brochure of Yonaguni sland promotes the island as a fascinating travel destination. For this purpose, the entire text of the brochure in its original form was used as text data and “main words” were extracted from it through morphological analysis. Further, the tuples of the main words and the words in concord with it were also extracted. The result demonstrated that the most frequent descriptions made using the main words and the tuples of the main words concerned the island’s natural resources, followed by descriptions of places where scenes from a TV drama were filmed. However, the brochure included comparatively few descriptions on cultural resources. Further, the points of interest of Yonaguni Island in the brochure were defined in terms of two main dimensions, i.e., the island’s “peculiarity” and its “adventurous and exciting nature.
著者
横川 潤
出版者
文教大学湘南総合研究所
雑誌
湘南フォーラム (ISSN:18834752)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.103-110, 2014-02

In these days, analog record, or vinyl, has been popular among music fan in Japan. The interest feature is that big fans of vinyl often seek for Original press so eagerly. The purpose of this paper is to consider the reason of their enthusiasm for Original press and examine its cases. As an example, the case of Beatles is examined and the idea that strong favoritism, that is somewhat resemble to religiousness, toward Original press is under the charisma of the musician is presented. At last, ethical matters are discussed from the view point of Buddhism. The excessive enthusiasm toward Original record or collecting records sometimes lead people to unethical mental condition. It is not necessarily to say wrong to collect records but fans should know the risk and set the limit for their desire.
著者
渡辺 陽菜 井上 節子
出版者
文教大学湘南総合研究所
雑誌
湘南フォーラム (ISSN:18834752)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.111-118, 2014-02

玄米には抗酸化作用を示すフィチン酸(IP6)が多く含まれているため、健康志向の一つとして、"玄米食"が注目されている。一方で、フィチン酸のリン酸基とミネラル元素が結合し、体外に排出されるため、玄米摂取によるミネラル阻害という問題が報告されている。そこで、玄米のミネラル阻害を抑制するために、フィチン酸に含まれるリン酸基の一部を脱リン酸し、摂取する方法の検討を行った。玄米を調味料として用いられる食塩水(塩化ナトリウム)で洗浄し、結合しているリン酸基の変化を調べた。さらに、フィチン酸含量が少ない精白米と、玄米の抗酸化力の違いを調べた。 米粉、玄米粉、発芽玄米粉のフィチン酸(IP6)とイノシトール5リン酸(IP5)量を、液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定した。IP6は玄米粉、発芽玄米粉に多く、IP5は玄米粉に多く含まれていたが、米粉では両成分が低値を示した。 また、玄米粉を塩化ナトリウム溶液(0.5 、1.0 、3.0 、5.0%濃度) で洗浄し、HPLC によって、水溶性抽出分と脂溶性抽出分に分け、各抽出分のIP6、IP5、イノシトール4リン酸(IP4)の定量を行った。IP6は脂溶性抽出に多く含まれ、IP5とIP4は水溶性抽出分に多く含まれていた。また、洗浄に使用した塩化ナトリウム濃度が大きくなると、IP6、IP5、IP4濃度が高くなった。米粉と玄米粉を同様に塩化ナトリウム溶液で洗浄し、その後、抗酸化力の指標である過酸化脂質生成量の変化をTBARS(八木)法で調べた。塩化ナトリウム濃度が高くなると、米粉では過酸化脂質量の増加がみられたが、玄米ではその増加が見られなかった。この事から、玄米粉は白米粉と比べ、過酸化脂質生成が抑制される事が明らかになった。
著者
横川 潤
出版者
文教大学湘南総合研究所
雑誌
湘南フォーラム (ISSN:18834752)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.103-110, 2014-02 (Released:2014-06-11)

In these days, analog record, or vinyl, has been popular among music fan in Japan. The interest feature is that big fans of vinyl often seek for Original press so eagerly. The purpose of this paper is to consider the reason of their enthusiasm for Original press and examine its cases. As an example, the case of Beatles is examined and the idea that strong favoritism, that is somewhat resemble to religiousness, toward Original press is under the charisma of the musician is presented. At last, ethical matters are discussed from the view point of Buddhism. The excessive enthusiasm toward Original record or collecting records sometimes lead people to unethical mental condition. It is not necessarily to say wrong to collect records but fans should know the risk and set the limit for their desire.
著者
岡野 雅雄
出版者
文教大学
雑誌
湘南フォーラム:文教大学湘南総合研究所紀要 (ISSN:18834752)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.57-63, 2011-02

本稿では、現今のゲーム研究(game studies)を参照しつつ、インターネット広告で用いられるゲームについて、考えてゆきたい。 ゲーム研究は、まだ歴史が浅いものの、特に欧米を中心に急速に形成されつつある。その理論的な背景はさまざまであるが、記号論的な視点が重要な役割を果たしている。たとえばMyers(2010)は、「ビデオ・ゲームは、科学としての記号論の観点からは、記号とシンボルのコード化された操作を通して意味を生成し変換する記号的機構(semiotic mechanism)である」と述べている。 Saussure(1916)の流れをくむ記号論についてみると、Guiraud(1971)は、記号としてのゲームの特徴として、コード化されており規則があること、ゲームの中では我々はある役割を演ずることを挙げている。さらに、その記号の分類体系においては、ゲームを「社会的記号」の一つに位置づけ、ゲームを以下の3つに下位分類している。 1)知的で科学的:なぞなぞ・クロスワード・パズルなど 2)実際的で社会的:ままごと・チェスなど社会的状況の模倣 3)感情的で美的:サッカー・レスリングなどのスペクタクル そして、ゲームの機能として、ままごと遊びで役割・職業を学ぶ場合にみられるような「学習」、試合でいちばんふさわしい者を選ぶ場合にみられるような「選別」、欲求不満を解消させる「娯楽」を挙げている。 Guiraudの体系はゲームの基本的な特質は押さえていると考えられるが、ビデオ・ゲーム以前のものであり、多様な形で発達した現在のゲームを把握するためには補わなくてはならない点が多い。ことに、言語中心に理論が組み立てられている点が、多くの感覚様相(モダリティ)を巻き込んで行われるゲームには適合しにくい。 その欠点を補うものとして、記号論の中でも「社会記号論」からのアプローチ(Kress & van Leeuwen, 1995;Kress & van Leeuwen, 2001)が好適な理論的な基礎を提供してくれている。Kressらは、Saussureの流れをくむ言語中心の記号論を批判し、記号過程は視覚・聴覚ほかの感覚が統合された「マルチモーダル」なものであり、言語はその一部として働くものと考えている。これは、デジタル・ゲームが、ディスプレーに表示される視覚的記号、言語的メッセージ、音響効果・音楽、コントローラーを操作する筋肉の動きなど、多くの感覚様相を巻き込んだものであることを考えるときに特に妥当性が高いモデルとなっている。 また、社会記号論が相互作用性(interactivity)を重視する点も、デジタル・ゲームを考える際には好適なものとなっている。オンラインで提供される広告ゲームも、デジタル・ゲームのひとつとして、相互作用性を抜きにして考えることはできない。このような観点からみると、コード化・コード解読からなる過程であるゲームが、webのもつ動的特性を利用してさらに高度な相互作用性を手にして、新しい遊戯的な形式をとったものの一つが広告ゲームである。以下では広告ゲームについて考えたい。