著者
粟屋 仁美
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.60-74, 2020-10-31 (Released:2021-06-08)
参考文献数
22

本稿は、カープにより広島に生じた経済効果を地域活性化と捉え、その背景と要因を、ファンとカープ球団間の関係に解を求め考察したものである。プロ野球ビジネスの変遷は、プロ野球団を所有する親会社の産業の変化、技術の発展によるメディアの変化等、コンテクストの面より確認できる。特にプロ野球再編問題が生じて以降の親会社の産業やメディアの変化は、球団のファンへのアプローチ手法を変えた。時を同じくしてSNS等が普及したことで、ファンは多様化し、贔屓球団も偏りが低減した。これはプロ野球団のドメインが変わったといえる。このようにプロ野球ビジネスが変遷する中で、カープは他球団と異なる特色をいくつか持つ。個人所有の球団であり、親会社の影響を受けることもなく、個人経営者が広島に対するコミットメントを愚直に遂行していることや、球団の創設や球場の建築は、広島の経済界、自治体、住民により発意されコスト負担がなされてきたことである。考察の結果、広島に居を構えるカープファンは、株主的機能と類似した所有者意識を有していることを導出した。よってカープ球団により生じた現在の広島の地域活性化は、カープの広島に対するコミットメントとカープの株主機能的なステークホルダーにより生じたものといえよう。球団、ファン等の個の最適が、プロ野球全体のコンテクストとあいまって、広島全体が活性化され全体最適を生じているとも解釈できる。
著者
田中 雅子
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.19-36, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
31

経営理念と経営者の関係は論じられて久しい。その大半は経営者が哲学を持ち、それを表明することの意義や、浸透に果たす役割について考察されている。反面、経営者が理念を自分のものにするプロセスを検討したものは皆無に近く、数少ない研究も回顧的である。この問題意識を背景に、経営者として「プロセス真っただ中」にいるオーナー企業の後継者である三代目を対象に、彼の現在進行形で進んでいる理念を理解するプロセスを検討したいと考えた。理論的基礎に据えたのは、Lave and Wenger(1991)の「正統的周辺参加」である。この理論は5つの伝統的徒弟制にヒントを得た学習理論であり、周辺から十全へと移行する際にアイデンティティの増大が不可欠であるとされている。そこでその形成がより詳細に説明されている「断酒中のアルコール依存症者の徒弟制」の事例に重きをおいた。そしてこれらに基づき分析を行うことで、三代目の理念の理解を明らかにすると同時に、当該理論に新解釈を提供することを目的とした。結果、理論枠と同様に、組織における人・人工物といった「構造化された実践共同体」の存在や「アイデンティティ」が、三代目の理念の理解にとり重要であることが明らかになったが、追加点も導出できた。それはアイデンティティを増幅させるものは、行動以上に状況であることや、仕事や業務につく以前から周辺参加は始まっているという点であり、これらは本稿の新解釈でもある。また、理念浸透のレベルが異なる発言が出たことは、大変興味深い発見事実であった。本稿はそれを、経営者としての意識の高さと経験の間に乖離があるためと捉え、三代目の理念の理解は道半ばであると結論づけた。今後も継続して調査を実施し、レベルの差異が何に起因し、どのようなプロセスを経て十全の域に達するのかを明らかにすることが求められる。
著者
相原 君俊
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.49-60, 2022-08-31 (Released:2022-10-03)
参考文献数
19

実践コミュニティの概念が経営学に導入されて久しいが、実践コミュニティの概念を用いた経営学の研究のほとんどは大規模組織を想定したものであり、中小規模組織を対象としたものは少ない。中小規模組織のマネジメントにおいて、実践コミュニティがどのような役割を果たしているのかを明らかにするための前提として、本稿では、地方で任意団体としての小さなグループが事業活動を始め、法人化した後も公式組織の機能とともに非公式の関係性を有する実践コミュニティの機能が持続・併存されていることがわかった。その結果、二重編み組織による多重成員性という組織メンバー間の学習のループも生じ、事業も存続されてきたと考えられる。非公式の関係性の中で、組織メンバー間で意味の交渉を行うことができる条件が揃えば、公式組織の機能とともに非公式の関係性を有する実践コミュニティの機能が持続・併存が可能であり、そして事業活動の存続に有意になることを明らかにした。
著者
柴田 明
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.42-59, 2020-10-31 (Released:2021-06-08)
参考文献数
40

本稿は、ドイツの経済倫理・企業倫理において展開されている「オルドヌンク倫理学」の理論的観点から、企業倫理の実践活動、特にルール形成・ルール啓蒙活動を検討するものである。まずホーマンやピーズらの見解を中心にオルドヌンク倫理学の理論的主張を簡潔に再構成し、彼らの主張が、「ジレンマ構造」を核として、3つのレベルから企業の責任のあり方を議論していることを確認する。続いて、彼らの理論的主張から見て重要な、企業のルール形成活動やルール啓蒙活動について、ロビイングやルール・メイキング活動、パブリック・アフェアーズ活動の実態を取り上げる。そしてそれらの活動がオルドヌンク倫理学の観点から見てどう解釈できるのかについて検討を行い、最後にまとめる。
著者
西原 文乃 川島 俊之
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.2-18, 2022-08-31 (Released:2022-10-03)
参考文献数
27

昨今の経営において、株主資本主義や利益第一主義を脱した新たな資本主義を模索する動きがある。他方で、企業のパーパス(存在意義)を問う動きもある。こうした動きは企業も社会の一員として共通善や公共善を目指す存在への転換であると言える。しかし、このような経営における善の内実は、対象の捉え方によって変わる。今日の経営の対象はあくまで人間であり、個人としての人間だけでなく組織や企業などの人間が形成する共同体を含むが、それらは人間中心という独善になってしまう可能性を孕む。こうした問題意識に立ち、本稿は、数ある経営理論の中でも哲学を基盤に置き、善を起点とする知識創造理論において、その対象が「我々」人間に限定されているという見地に立ち、それを「他者」へと拡張する可能性を示す。本稿第2項の知識創造理論の検討では、同理論が哲学における知を概観し、西田やハイデガーを参照するが、「他者」を考慮していないことを明らかにする。第3項の斎藤の哲学では、ハイデガーが「他者」を論じていることを明らかにする。第4項の西田と仏教では、西田と仏教(臨済宗、浄土真宗、真言宗)が「他者」と深く関わることを具体例も交えて論証する。こうした考察から、想定し得ない「他者」を知識創造理論に明示的に取り入れることにより、知の生態系という「我々のため」の善に留まらず、新たな可能性へと開かれると結論する。また、政治や経営において、「我々」が「他者へ」の次元を視野に入れることで行動や思考の変容を起こし、「他者へ」の次元を護ることを提案する。この論考を通じて、時空間を超えて想定し得ないものについての想像と畏敬の念を持って善を追求し、「他者へ」の次元から政治哲学や経営哲学を語り、実践する人々が増えることを期待したい。
著者
中條 秀治
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.100-114, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
24

21世紀の経営哲学は、「サスティナビリティ」を中核の思想とする「新しい資本主義」への歩みを進めるものでなければならない。そのためには新自由主義経済思想と「株主価値神話」が結びついた現行の「ダナマイト魚法」的経済システムからの脱却を目指さねばならない。「株主価値神話」は「死ななければならない」。「この神話を終わらせる」ために、われわれは何をしなければならないのか。イスラエルの歴史学者ハラリ(Harari,2014)は『サピエンス全史』の中で、人類の強みは巨大な規模で協力関係を作り出す能力にあるが、それを可能とするのは「虚構の物語(fictional story)」であると指摘している。さらに、人々が信じる「物語」が別の物語に取って代わることで、人々の物事の捉え方と行動が変わり、社会は変化すると主張している。われわれがこれまで教え込まれてきた「株主価値神話」から脱却しようとするなら、われわれは新たな「物語」を必要とする。再生させなければならない「物語」は中世キリスト教を起源とする「コルプス・ミスティクム(corpus mysticum:神秘体)」の「物語」である。株式会社は法人であり、株主という自然人とは次元を異にするフィクションとしての「擬制的人格」である。「株主価値神話」にはカンパニー(company)の会社観とコーポレーション(corporation)の会社観の混同がある。コーポレーションの会社観に基づく法人の論理を突き詰めることで、”生きている法人”は「誰のものでもない」という立場に立つことが可能となる。21世紀の経営哲学は、株式会社がその存在の根拠としたコルプス・ミスティクム(神秘体)という「虚構の物語」に一旦立ち返ることで、「株主価値神話」からの脱却の糸口を見つけ、「社会制度体」としての法人という観点から社会貢献活動を企業の経営実践に組み込むことが可能となる。
著者
涌田 幸宏
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.115-127, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
30

サステナビリティを主導する企業家、ないしサステナブルな企業家とは、社会的価値、環境的・生態系的価値、経済的価値を同時に追求する企業家である。2015年、国連でSDGsが採択されて以来、サステナブルな企業家活動に関する論文が多数発表されているが、その研究は端緒についたばかりである。本論文は、サステナブルな企業家活動に関する研究をレビューし、今後の研究に向けた指針を探ることを目的とする。具体的には、特に事業創造プロセスの観点から制度的多元性におけるビジネスモデルの構築について議論する。サステナブルな企業が追求するトリプルボトムラインの価値は、しばしば矛盾し対立する。そのため、企業家は制度的多元性のコンフリクトに直面することになる。本論文では、サステナブルな企業家は、どのようにロジック間の競合を解消し、ビジネスモデルの構築と刷新を行っていくのかについて考察する。そして、異質な価値への段階的・逐次的な対応とビジネスモデルの変化を説明し、資源としてのビジネスモデル、価値主導的なビジネスモデルの組み替えという視点を提示する。最後に、今後のサステナブルな企業家活動研究の課題を示唆する。
著者
福田 充男
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.2-16, 2021-04-30 (Released:2021-07-22)
参考文献数
15

本研究では、Peter M. Senge (2006) 著「The Fifth Discipline」で提示されたディシプリンの1つであるシステム思考のうちの「問題のすり替わり構造」を主たる分析ツールとして援用し、沖縄県宮古市所在の自然塩製造・販売業者の経営理念浸透メカニズムの解明を試みた。この事例分析を通して、理念浸透を促進する「掲揚」と「実践」と「会話」という3つの行為が、相互に双方向に作用しあうという統合的学習モデルを、経営トップと経営チームと一般社員が共通して保有し、重層的なフラクタル構造を維持するときに、より深く組織に理念が浸透するという理念浸透メカニズムのモデルが導出された。
著者
橋本 倫明
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.17-28, 2021-04-30 (Released:2021-07-22)
参考文献数
22

2015年に適用が開始された日本版コーポレートガバナンス・コードは企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図るため、とりわけ独立社外取締役の積極的な登用を促してきた。これにより、日本での独立社外取締役の選任は急速に進んだ。さらに、2018年6月のコード改訂に伴い、経営者の選解任や報酬決定プロセスへの独立社外取締役の十分な関与が求められ、この数年で多くの企業が独立社外取締役中心の指名委員会や報酬委員会を設置した。しかし、企業の持続的な成長や中長期的な企業価値の向上を実現するためには、独立社外取締役の果たす役割だけでは不十分であるとともに、独立社外取締役の役割を過度に強調してきたことが、形式だけの登用やそのなり手不足といった問題を引き起こしてきた可能性もある。本稿では、ダイナミック・ケイパビリティ論に基づくコーポレートガバナンス論を展開し、これらの独立社外取締役に関連する問題を解決して、変化の激しい今日のビジネス環境において日本企業の持続的な成長を実現するために必要なコーポレートガバナンスの新たな指針を示す。その帰結は以下の通りである。(1)エージェンシー理論に基づけば、独立社外取締役の積極的な活用は、従来の日本のコーポレートガバナンスの主要課題であったインセンティブ問題を解決するための有用な方策である。しかし、(2)変化の激しい環境ではインセンティブ問題の解決は企業の持続的な成長を保証せず、企業活動を正しい方向に向かわせる経営者のダイナミック・ケイパビリティ活用を促すことが取締役に求められる最大の役割である。(3)その実現には独立社外取締役に過度な役割を与えるのではなく、企業の内部事情や業界に精通しマネジメント経験も持つ社内取締役も積極的に活用することが求められる。したがって、社内取締役と社外取締役の適切なバランスについての議論が、今後の日本企業のコーポレートガバナンスの最重要課題となる。
著者
劉 慶紅
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.2-18, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
12

現在の中国は持続的な経済成長、環境保護、社会的安定の3つのバランスを維持する為の取り組みとして、純粋な経済成長のみに目を向けるのではなく社会的問題の解決にも優先順位を置くことに基づいた政治的イデオロギーを編み出した。中国社会では、国家構築の過程で経済成長を重視してきたが、それによって生じた社会的問題に対処する必要性が自明となったことで重要な転機を迎えている。中国に進出している日系企業は、中国市場における競争を優位に進めるために、このような政策への理解は欠かせない。また、中国社会の上記のようなイデオロギー的転換によって引き起こされた激変は日系企業にとってリスクが高い事象であることは疑いないが、同時に中国市場において日本企業がさらに成長し、より良い企業イメージを築く機会を提供しているともいえる。そこで本稿では、このような状況下において、中国市場に進出する日系企業の戦略的課題が経済的な競争力の確保のみならず、環境保護や社会の安定的発展に向けた社会貢献であることを提示する。そのために、中国市場に展開する日系企業の社会貢献活動の実態を把握し、欧米企業の社会貢献活動と比較した上で、日系企業の社会貢献に関する問題点と今後の課題を明らかにする。これまで「非市場戦略」を推進するという観点からの中国市場における日系企業の研究では、社会貢献と中国の「和諧社会」の実現を結びつけた比較分析は殆ど行われておらず、この実証研究は数少ない考察の1つである。
著者
川名 喜之
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.37-53, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
31

本論文の目的は、近年金融機関で発生した組織不祥事を事例として、各社を取り巻く外部環境、その外部環境を受けた組織的対応、そして組織から求められる個人行動の連関性に着目することで、不祥事発生のメカニズムを明らかにしていくことにある。組織不祥事に関する先行研究は、組織不祥事の発生を未然に防止する組織の構築を目指してきた。しかしながら、組織不祥事の発生要因を、外部環境、組織構造、および個人の利害追求に還元する形では、いかにして組織不祥事が生じるのかを十分に説明できないという理論的課題を有してきた。そこで本論文では、先行研究の検討を通じてステークホルダーや当該企業を取り巻く規制などの外部環境をマクロとし、組織(メゾ)、従業員(ミクロ)の連関関係を組織不祥事の発生メカニズムとして捉える新たな分析枠組みを提示し、スルガ銀行、商工中金で発生した組織不祥事を対象として事例分析を行った。事例分析で明らかになるのは、マクロである外部環境からの要求に応答する形で整備され、ステークホルダーから正当性を獲得した組織において、その組織を維持・拡大するために従業員が暴走することで、組織不祥事が生じるという発見事実である。組織不祥事は、組織自体に欠陥や個人に問題があるのではなく、法規制やステークホルダーに埋め込まれた組織が、存立基盤と与えられた役割との矛盾を解消するために、不正自体を正当な行為として認識させていくメゾーミクロでの影の正当化が生じるからであると考える。影の正当化による悪循環のメカニズムが、組織内の不祥事防止策やガバナンスを無効化し、組織不祥事を生み出すことを明らかにしたことが、本論文の理論的貢献である。悪循環を生み出すマクロ・メゾ・ミクロの関係に注目し、組織不祥事の発生メカニズムを明らかにしつつ、いかに介入していく仕組みを作るのかが、今後の経営倫理研究に残された課題である。
著者
脇 拓也
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.54-68, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
23

企業に対する社会的責任の観点からの要求が高まる中で、企業にとって収益性と社会性(社会的責任を果たし、社会課題の解決の担い手となる)という一見すると対立する課題を両立させようとするためには、単に社会性に関する課題を自社の経営戦略・経営目標などに計上するだけではなく「企業の現状の状態と克服すべき課題を把握すること」および「企業が保有している能力や価値を活用して競争力を発揮するための力、つまりケイパビリティに着目し、大胆に組み替えていくといったこと」といったプロセスが必要と考えられる。そのために、本論文では、ポパー(K. Popper)の推測と反駁のプロセスと、ティース(D. Teece)によるダイナミック・ケイパビリティ戦略のフレームワークを利用して、収益性と社会性という対立する課題の解決、すなわち企業にとって社会性を重視しながら、同時に企業の能力を最大限発揮し収益性を獲得する方法について考察する。
著者
小松 章
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.69-74, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)

日本企業では今なおコーポレート・ガバナンス改革の必要性が叫ばれている。しかし、労使の生産共同体的な企業観に立脚する日本企業に、株主利益を第一義とする米英の営利的な企業観に立脚したガバナンス機構を導入した結果、従業員の地位は著しく毀損された。日本企業は、米欧のモデルに倣う建前だけの形式的な機構改革をやめ、本音の生産共同体的な企業観に回帰して、これからのグローバル競争に立ち向かうべきである。
著者
大月 博司
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.75-89, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
17

サステナビリティは、地球環境への負荷が高まり、人間が快適に住めなくなる恐れから使われるようになった用語である。そして、その対策として今や各国の政策や立法の場で広く議論を呼んでいる。しかし、その用語の捉え方は一様でなく、具体的な策として皆が納得する策を見いだすには至ってない。こうした中で、企業にとっては持続可能な地球環境の保護問題より、持続可能な企業行動のあり方の方が喫緊の課題といえる。なぜなら、企業活動が国の経済を支え、グローバル経済の支えである一方、多くの人が企業活動との相互作用によって生計を立てているからである。そこで、企業サステナビリティを考えてみると、目的達成の手段たるテクノロジーの活用・開発次第で、企業の持続的活動が操作可能であり、影響を受けることが判明する。しかも、環境変化とともにテクノロジーも進化し、それを生かすも殺すも経営陣次第であることが想定できる。そこで、どのような経営なら持続可能な企業行動につながるかを論究すると、そこには環境変化に動じない経営哲学を保持する経営者像が浮かび上がる。そして、テクノロジーが進化して複雑化すると、その使い方は多様になる。しかし、経営者の行動基準である経営哲学が企業に浸透していれば、テクノロジーの活用方法が多様化しても逸脱する可能性は低く、サステナブルな経営を実現できる。
著者
出見世 信之
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.90-99, 2022-01-31 (Released:2022-04-08)
参考文献数
16

本稿は、コーポレート・ガバナンス改革とサステナビリティをめぐる動きが日本企業にどのような影響を与えているかについて考察するものである。特に、実際の改革や取り組みにおける「コーポレート・ガバナンス」「サステナビリティ」の意味する内容の変化が企業の実践にどのように影響しているかを確認する。まず、経済学、経営学における企業観の変遷を概観し、コーポレート・ガバナンス改革の変遷やサステナビリティ概念の変容について確認する。経営理念が明確に示されているリコー、キヤノン、資生堂、花王の4社を取り上げ、それぞれのコーポレート・ガバナンス改革、企業サステナビリティへの取り組みについて確認した。
著者
杜 雨軒 張 宇星
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.17-41, 2020-10-31 (Released:2021-06-08)
参考文献数
43
被引用文献数
1

「CSR・消費者」を手がかりとして行われてきたこれまでの先行研究では、様々な分野の優れた研究者が実りある研究成果を収めている。しかも近年では、科学計量学や計算機科学が進むにつれ、マクロ的視点に立ってCSR、消費者それぞれをキーワードとする計量書誌学的分析が年々増えてきた。そこで本研究は「CSR・消費者」両方に着眼し、可視化ツールCiteSpaceの活用によって1997年から2019年に至るまで当該分野における英語論文情報を俯瞰・抽出し、972本のサンプル文献における研究者や、研究機関、国家、論文自体、キーワード・名詞句間の共起表現を時間・空間的および内容的な知識マップによって捉えてみた。その上、キーワード・名詞句にバーストを検出し、サンプル文献のうち151本の高頻度被引用論文を掲載年度別・内容分類別的に解読・整理したことにより、該当分野における国内外の研究トピックス、萌芽的論点の発見とその変遷の可視化を成し遂げた。結果的には、「CSR・消費者」に関するテーマを取り扱っているのは、Pérezやdel Bosque、Peloza、Wang等の研究者、およびカンタブリア大学やペンシルベニア州立大学、フロリダ大学等の研究機関であり、主にスペイン、アメリカ、中国等に集中していることが分かった。そして共起分析やバースト検知によって選別された中心性の高い頻出語としては、Business Ethics、Stakeholder Theory、Citizenship、Product Response等の研究トピックスがあげられ、Credibility、Green、Communication、Disclosure等が当分野の先端的課題となっていることが判明した。また、当分野の研究は従来の財・サービス及びブランド、慈善活動等社会貢献についての考察から、ステークホルダー全体に及ぶCSRの諸側面についての横断的考察へと移行しつつあることが伺えた。一方、ここ数年、企業マネジメント自体、および消費者の認知的・心理的・行動的メカニズムに着眼する量的考察が逐年増えてきたことも分かった。伝統的な文献研究法とは異なり、本研究は文献レビューを大規模学術論文データに基づく計量書誌学的な頻出分析・ワード分析と結びつけ、「CSR・消費者」研究の有用性と客観性を考えようとしたものであり、これまでにない新規性と学問的意義を持っている。
著者
木村 隆之
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.75-89, 2020-10-31 (Released:2021-06-08)
参考文献数
28

近年、地方創生やソーシャル・ビジネスへの注目の高まりから、経営学領域においても地域活性化を事例とする研究が増えている。なかでも代表的なのはソーシャル・イノベーション(SI)・プロセスモデルに関する議論があるが、そこにおける地方自治体の存在は、正当化の源泉であり資源と事業機会を提供するという行政の役割概念と同一視されてきた。しかし、地方自治体は、法制度の整備や制度設計により、地域内外の資源を新結合し地域活性化を強力に推進し得る、強力な変革主体として分析可能である。本論文は、地方自治体をSIプロセスの中心に捉え直すことで、地方自治体が社会企業家としての行動をとることの可能性について指摘するものである。社会企業家が社会問題の解決を目指し、動員可能な資源を利用した事業を開発することで社会問題の解決を図るのであれば、地方自治体もまた、地方自治を取り巻く制度的環境の下で構造的不公平に晒されている存在であり、地域活性化のために自らの裁量で動員可能な資源を用いた事業を構想し実行する。さらには地域内で生じた草の根的なSIを、国政レベルに紐づけることにより資源動員を行うという独自の役割を果たしていくことが可能な存在である。そのことを経験的に裏付けるために、島根県隠岐郡海士町の島嶼活性化事例を分析する。島嶼などの閉鎖された土地や過疎化が進む地域では特に、地方自治体が企業家的役割を担わねばならない。海士町事例では、自治体が主導となり島の資源を利用し、外需を獲得するという方策をとり、海士町でビジネスを試みようとする島外起業家たちの自助努力を取り込みつつ、民間企業が設立されていった。更に、外部人材獲得を継続するために町営の事業が進められ、多数のヒット商品や新会社設立を生み出していった。この様に海士町は自治体が企業家的役割を担うという、これまでのSI研究とは異なる地方自治体の役割を明らかにしている。
著者
大城 美樹雄
出版者
経営哲学学会
雑誌
経営哲学 (ISSN:18843476)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.90-96, 2020-10-31 (Released:2021-06-08)
参考文献数
13

立命館大学にて開催された第36回経営哲学学会全国大会において統一論題として報告した内容に発表後の質疑応答等にて指摘を受けたことを踏まえて、まとめた。統一論題として掲げられた「地域活性化に向けたイノベーション:民間・自治体・N P Oの取り組みに着目して」ということを基に、自治体としての沖縄県の取り組みについて紹介し、沖縄と経営哲学の関係性についても論じた。沖縄県の取り組みとしては、商工労働部アジア経済戦略課における、次の2つの視点から沖縄県の地域イノベーションを推進しているのであるが、1) 沖縄県アジア経済戦略構想、2) 沖縄国際物流ハブ活用推進事業、のうち今回は、1) の取り組みについて考察した。さらに、これらの事業を展開するうえで、次のような5つの重点戦略を策定していた。①アジアをつなぐ、国際競争力ある物流拠点の形成、②世界水準の観光リゾート地の実現、③航空関連産業クラスターの形成、④アジア有数の国際情報通信拠点“スマートハブ”の形成、⑤沖縄からアジアへとつながる新たなものづくり産業の推進、以上5つである。また、特に島袋は「生命の尊厳を最高の価値基準とする」という表現にもあるように、「生命」に対する畏敬の念は強く持っていた。その思想、信条、哲学は、どこからきたのか、どこへ行くのか、について説明を丁寧に行なった。沖縄出身の島袋にとって、「ぬちどぅ宝(命こそ宝である)」ということは、沖縄が経験した「唯一の地上戦」ということのみならず、自らの戦争体験から出陣の際に「死」を覚悟したことにより、さらに強く「生命」への想いが強くなり、その「想い」は、経営哲学学会へと結実するのである。また、今年は、図らずしも本学会創設者の島袋嘉昌の生誕100周年(1920年 大正9年生まれ)という記念の年となっており、その意味でも、沖縄と経営哲学に関する創設者の「想い」を論ずるにふさわしい年となっている。