著者
井上 瞳
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.31-63, 2021 (Released:2021-07-08)

本稿では、1980年代以降アメリカで展開された心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関する言説を「トラウマのPTSDモデル」と定義する。そのうえで、このモデルの特徴を、トラウマ的出来事を経験した後も維持される自律した個人という近代的主体観を基盤とすることと規定した。このような主体観という視座から、性暴力被害と回復をめぐる日本の精神医学・心理学領域の研究を検討することで、これらの研究が、自身の情動や認知、行動をマネジメントする近代的主体観にもとづいていることを指摘した。最後に、現代の女性をとりまく社会状況である新自由主義とポストフェミニズムという文脈の中で、日本の精神医学・心理学領域における性暴力被害と回復をめぐる言説を分析した。その結果、「トラウマの PTSD モデル」は、個人の自律性に着目することで、性暴力被害者に回復の道を提示するが、現代社会においては、レジリエントな主体であることを是とする規範として作用するおそれがある点を指摘した。
著者
島本 奈央
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.253-274, 2021 (Released:2021-07-08)

2020年7月パレスチナ占領地に関する国連特別報告者S. マイケル・リンク氏によって、イスラエルによるパレスチナ占領地域への連座刑犯罪についての報告書が4年ぶりに提出され、連座刑を国際法上の戦争犯罪として考えようとする議論が波紋を広げている。連座刑を用いたイスラエルの組織的な占領統治は、ユダヤ人、パレスチナ人の非共生な状態をより深刻化させている。連座刑は現行法上国際刑事裁判所で戦争犯罪として裁くことはできないものの、地域的な国際刑事法廷では戦争犯罪として認められ始めている。 本稿では、私が携わった上記に関わる業務とフィールドワークの報告に加えて、それを基に国際人道法上の違反行為である、連座刑についての国際法的論点の現状整理を行う。本稿の目的は、連座刑を用いたパレスチナ占領政策の考察と、法的理論の欠缺の示唆にある。
著者
宮前 良平 藤阪 希海 上總 藍 桂 悠介
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.243-275, 2022-03-31 (Released:2022-07-22)

本稿は共生・共創を考えるうえで重要なテクストである『サバルタンは語ることができるか』(スピヴァク 1998 = Spivak 1988)(以下『サバルタン』)の共読を通して、スピヴァクによる表象(代表/表現)の問題意識を共生学の3つの アスペクト(フィロソフィー、アート、サイエンス)から多角的に捉えなおすことを目的とする。第1章では、『サバルタン』の共読の舞台となった読書会がはじまった経緯を述べ、正しく内容を読み取ることを志向しながらも「読みの差異」が生まれたことに着目する。第2章では、共生のフィロソフィーの視点から『サバルタン』におけるスピヴァクの立ち位置を確認する。その際にスピヴァクによる自己言及に着目し、サバルタン連続体の見方を導入することの重要性を述べる。第3章では、共生のアートの視点からテクスト経験をオートエスノグラフィとして表現することを通して、自らのサバ ルタン性を語り直す。第4章では、共生のサイエンスの視 点から調査研究を行う際のサバルタン性との関わりを反省的に描き出す。最後にこれらの「読みの差異」を、ポジショナリティの差異として環状島モデルに布置し整理することで、「サバルタン」と、語る主体としての私との関係性を考察する。
著者
片田 真之輔 大川 ヘナン なかだ こうじえんりけ
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.145-175, 2021 (Released:2021-07-08)

本稿は、共生や共創という一見ポジティヴな言葉に関して、その語の現行の用いられ方に対する違和感やフラストレーションをあえて前面に押し出しつつ、協働的エスノグラフィーという手法を用いた多角的かつ批判的な検討を試みる。 第一に大川は、“ 在日ブラジル人 ” という当事者の視点から、一般社会や研究の世界おける現在の共生の在り方が、“ 強者のため共生 ” にとどまり、“ 当事者のための共生 ” にはなっていないことを示す。また、学術的な場において当事者と見なされるためにはマジョリティの考える条件が必要であるという問題を指摘する。 第二に片田は、“ 教育制度や選抜に翻弄された ” 経験をもつ者として、未来共生プログラムの選抜試験、共生を素直に語れる場が変容していく過程を通じて、現在の学術的な共生や共創の前提には、その語の意味に反して “ 制度的優生思想 ” と呼ぶべき問題が存在しているのではないかという問いを提示する。 第三になかだは、対話イベント内の際の当事者性を抑圧するようなコメントを契機として、“ ポリグロットうちなーんちゅ・クィアフェミニスト ” という立場から、マイノリティや問題の当事者が安心して声を挙げる環境を保障することの難しさを論じた。 本稿での検討により、次の 2 点、1. マイノリティや各種問題の当事者の声を聴くこと、2. 社会的なマジョリティやいわゆる専門家の前提の内にある無意識の特権性への自覚を通してはじめて、共生社会を共に創る可能性が開かれるのではないかと結論づける。
著者
冨安 皓行
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.3-30, 2021 (Released:2021-07-08)

本研究は、米国に住む「日本人ゲイ」が性的マイノリティ性と人種・民族的マイノリティ性という二つのマイノリティ性をどのように経験してきたのかについて記述することを目的とする。本研究は語る内容のみならずどのように物語るかという語り方、すなわち物語/語りのナラティブとしての側面に着目し、カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアに住む三名の「日本人ゲイ」の物語/語りを提示・分析する。三名の物語/語りは「オカマ」のような話し方によるいじめについての話や、日本企業の異性愛中心性についての話、日本と米国どちらに住み続けるかについて思案するような話を含んでいる。これらの話は既存の研究の指摘と多分に重なり合う。 ときに「日本人ゲイ」たちの物語/語りは両義性や矛盾を含む。たとえば一方で人種的・民族的マイノリティ性をもつ性的マイノリティが向き合う差別について語りながらも他方で自身の「成功」について示すことや、「悲惨」なものとして語りうる物語をさまざまな工夫を通して「悲惨」な物語として語らないことなどの例がみられる。本研究はこれらの物語/語りのもつ意味や役割について考察した。
著者
桂 悠介 佐々木 美和 八木 景之
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.177-207, 2021 (Released:2021-07-08)

本稿では、「フォーラム 共生/共創の多角的検討(1)違和感とフラストレーションを起点とした協同的オートエスノグラフィー」を受け、いかに「当事者」の声を聴き、向き合いうるかを論じる。 まず、共生や共創の前提となる「他者の声を聴く」際、聞き手が他者の「部分」だけではなく「全体」と向き合う姿勢をもつ必要があることを指摘する。次いで、当事者の「声を聴く」ための方法として、宗教的言説をめぐって当事者と非当事者が共に参画するハーバーマスの「協同翻訳」論に着目する。その上で、協同翻訳が宗教に限定されない共創の方法として応用しうることを論じる。 第三に、フォーラム1で表明された、現在の学術的な共生や共創が「当事者のため」のものになっていないのではないか、一定の基準により選抜された人々による「制度的優生思想」と呼びうるものではないかという違和感やフラストレーションに対して、リリアン・ハタノ・テルミの当事者の4F(Fact、Fear、Frustration、Fairness)理解の教育や竹内章郎の「能力の共同性」論を通した、より公共的な実践や議論への「翻訳」を試みる。最後に、協同翻訳をより積極的に行うための、「インリーチ」や熟議をめぐる議論を紹介する。
著者
中野 良彦
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.85-107, 2021 (Released:2021-07-08)

生命の誕生から現代人までの進化の歴史を、レジリエンスという視点から考察した。地球は約 46 億年とされるその歴史の中で大きな環境変化を何度も繰り返してきた。それにより、生物の大量絶滅が引き起こされ、そのたびに生き残った少数の種から新たな環境における適応放散が生じた。人類においても、その進化の始まりである樹上性から地上性への変化をはじめとして、何度も生活様式を環境に適応するように変化させ、その結果として現代のような全地球的な拡散と繁栄を導くことを可能とした。しかし、その現代における物質文明は副産物として多くの問題を抱えている。とくに、人類全体に関わる環境改変と現代病といわれる様々な疾患は、急速に変化した現代環境と深い関係がある。そのために、われわれがすべきことは何であるのかについて、生物が生き残ってきた過程を振り返ることにより、環境適応がなぜ可能であったのか、そのためには何が必要であるのかといった点を生物学的な視点を中心に考察した。
著者
日高 直保
出版者
国立大学法人 大阪大学大学院人間科学研究科附属未来共創センター
雑誌
未来共創 (ISSN:24358010)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.69-84, 2021 (Released:2021-07-08)

本稿では、人間のレジリエンスとナラティヴの結びつきを明らかにすることで、人間のレジリエンスについて理解を深めることを目指した。人間のレジリエンスにおいては、「意味の行為」という概念により示される、個人が自らの経験を意味づける行為、およびそれにより生み出されるナラティヴが、重要な要因であると考えられた。個人が危機に直面した際、その状況を理解し、適応すべく取られる行為が「意味の行為」であり、人間のレジリエンスと「意味の行為」は深く結びついているのである。また、人間のレジリエンスとナラティヴが結びつく背景として、ナラティヴが生成変化を続けるものであり、経験をネガティヴに意味づけたことによる不適応も、ナラティヴの再構成によってこそ変化しうる可能性を指摘した。加えて、ナラティヴは個人が望む行為を実行する上で必須であると同時に、個人の世界観や自己観を生み出し、人間がレジリエンスを発揮する基盤を作り上げる存在でもあると考えられた。