著者
玉懸 元
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.168-169, 2000-09-30

現在仙台市では語彙・文法・音韻など各面において共通語化が進んでいるが,そのような中でなお活発に行なわれる方言形式として終助詞「ッチャ」がある。本研究は,その終助詞「ッチャ」を取り上げ,その談話機能という点に注目して記述を行なったものである。終助詞「ッチャ」は,(1)当のことが相手にとってのそもそも分かること・知っていることのうちに含まれるはずだという想定を表わすことを基点として,文脈によっていくつかの機能を担う。まず,(2)(甲・乙は兄妹)甲:兄チャン 和英辞典 ドコダッケ 乙:居間ノ 本棚ダッチャのように,相手が今・この場においては当の事柄を忘れている・気付いていないといった場合に用いられると,(3)当のことを相手に思い出させる・気付かせるという機能を果たす。言うまでもなく,これは(1)を表わす「ッチャ」が当該文脈において使用されることによって必定発現する機能である。また,(4)(部屋の日当たりの話)甲_1:オレノ 部屋 西向キ ダッチャー 乙:アー ウン 甲_2:ダカラ 朝トカ 昼間トカ ゼンゼン ヒー 入ンネーヨワのように,相手のもともと知っている・分かるはずのことであってもこれから自らが展開させていこうとする発話内容にとっての土台となることとして敢えてそれを取り上げておきたい場合に「ッチャ」を用いるという用法も可能であるが,この場合(3)の機能に加えて,(5)相手に後続の発話を期待させ待機させるという機能が担われる。これは,隣接対第一発話位置において相手のそもそも分かることや知っていることをわざわざ述べるという行為が持ち得る語用論的効果に基づいて発現される機能である。本研究は,第一に,従来直感的・断片的な記述に止まっていた当方言の「ッチャ」についてその談話機能の非一様性を示しそれらを関連付けて記述した点にその成果を求められるが,さらには(1)日本語の終助詞(より広くは文末形式)の多様性(2)共通語化の過程,といったより広い視野からの課題を検討していくための具体的資料としての意義をも併せ持つものである。
著者
小倉 肇
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-15, 74, 2001-03-31

ア行「衣」とヤ行「江」の合流過程において,語頭:ア行[e-],非語頭:ヤ行[-je-]という語音排列則が形成されたことを『和名類聚抄』『土左日記』『本草和名』などの「衣」「江」の分布から推定する。「あめつちの歌」の「えのえ」も,この語音排列則に従っていることを述べる。語頭:ア行[e-],非語頭:ヤ行[-je-]という語音排列則が緩み,単語連接における後接語の初頭(語頭)という位置で[e-]>[je-]の変化が起き,[e-]の語頭標示機能が弱められ,最終的に,語頭:[je-],非語頭:[-je-]となって,ア行「衣」とヤ行「江」の合流が完了する。このような語音排列則の形成と変化を想定することによって,「大為尓」「いろは」の48字説についても,単なる「空想」ではなくて,成立する蓋然性の高いことを述べる。
著者
佐野 宏
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, 2000-09-30

萬葉集の字余りと母音脱落現象とについては,その関連性を指摘する論が少なくない。両現象は,いずれも詳細な現象叙述によって規則性が発見されており,特に母音を中心とした古代日本語の音節構造を解明する上で重要な現象として位置づけられている。しかし,萬葉集の和歌を定型詩として捉えた場合に,字余りと母音脱落現象とがどのように共存していたのかということについては,一句中の単位が,文字数,音節数のいずれによって構成されているのかなど,その定型のあり方をめぐって,なお考察の余地が残されているようにも見受けられる。発表者は,字余りと母音脱落現象とが,どのような関係にあるのかを捉えるために,以下のような作業仮説を設けた。すなわち,字余りを回避するという動機付けによって,母音脱落現象が生じているのであれば,字余りの分布と脱落形の分布とは重なる,というものである。これが,立証されれば,字余りと母音脱落現象とは互いに密接な関係にあると判断され,母音脱落現象は字余りを回避するという動機付けによるといえるであろうし,逆にそうでないならば,両現象は,ひとまずは別に扱うべきであるということになる。本発表では,萬葉集における字余り句と母音脱落現象を生じている脱落形句との分布が具体的に重なるのか否かを,萬葉第四期の仮名書き例を対象として,毛利正守氏の字余り句の分類-A群・B群の別-をもとに調査した。その結果,A群には字余りが多く分布し,B群には字余りは稀であったのに対して,母音脱落現象-脱落形-は,むしろA群とB群とに均一に分布している。この調査結果からは,母音脱落現象は,字余りを回避するという目的ではあまり有効ではないと考えられる。したがって,字余りは,一方に脱落形を伴うと伴わないとにかかわらず,まずは和歌の唱詠上の現象として捉え,母音脱落現象は,和歌の唱詠とは関係なく,語構成上の現象と捉えた方が合理的であると考えられる。以上のことから,和歌の定型という場合に,一句中の文字数の制限はさほど強力ではなかった蓋然性が高い。
著者
川上 蓁
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.33-34, 2000-12-30
被引用文献数
1
著者
田野村 忠温
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.152, pp.123-109,69, 1988
著者
三原 裕子
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, 2000-09-30

日本語では,語によってマ行音とバ行音が交替する現象が知られるが,この音韻現象は,表記を通してもうかがうことができる。そこで,本発表では後期咄本に現れた「ま」・「は」・「ば」行表記の推移を観察して,その推移の諸要因を明らかにし,併せて,そこから見て取ることのできる後期咄本の資料性を検討する。現れた表記のうち,交替以前の語形を反映していると思われる表記と,「ふをむと読む」,所謂「読み癖」の表記は文章語的なものと位置付けられ,交替後の語形を反映していると思われる表記は口頭語的なものと位置付けられると考える。このような見地から,各語の状況を整理してみると,以下のようなことが言える。調査した語の表記推移の要因として想定されるものには,(一)「意味分担によって,表記にもその使い分けが反映したと思われるもの」(「灯」ほか)や(二)「語の本義に関する記憶の薄れが,表記変化に拍車をかけたと考えられるもの」(「禿」ほか),(三)文章語として認識されていた語が丁寧な語から日常語へと一般にひろまり,口頭語として広く使われてきた語が,その地位を下げるといった「文体的価値の低下が表記に反映したと思われるもの」(紐)などがある。さらに,調査した語の中には,語形変化の過渡期をうかがえる語(「禿」)や,「ふをむと読む」伝統を踏襲した保守的表記で表される語(「居眠り」「煙」)もあった。従来後期咄本のような口語的性格を持つ表記が現れ易い資料は,口語資料としての価値を有すると考えられるが,その一方で,同資料には伝統的な「は」行表記を比較資料よりも多く残すことなど,表記の保守性もうかがうことができる。咄本製作者には,このような保守的表記を選択するものがおり,読者にもそれを許容して享受するという教養層が存在したことが指摘できる。
著者
鈴木 浩
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.78-79, 2001-03-31

用言句と用言句とを結ぶガの接続助詞化について,石垣説(石垣謙二「主格『が』助詞より接続『が』助詞へ」)をふまえ,平安期にみられるその変化過程に関して若干の変更を提案した。以下,[ ]内は石垣説での用語。1)「用言句+ガ+用言句」の形は初期訓点資料からその例が見出され(公刊されている解読本文での調査に基く),ガが主格をあらわすと認められるもの(→主格型)と,同格をあらわすと認められるもの(→同格型)とに分けられる。2)二類はともに「名詞+ノ(同格)+用言句a+ガ+用言句b」の形を基本形式とし,用言句aは(同格型では用言句bも)先行の名詞を意味上装定する関係になる。この名詞は新出の事物だったり個体としての特定化がなされる以前の意味だったりといった,文脈上の特性が認められる(→基点名詞と呼ぶ)。3)石垣説にあって[主格形式第一類]と位置づけられた例は『竹取物語』以降の和文に見られ,上記主格型(=[主格形式第二類])・同格型よりも文献上の出現が後れる。この類での用言句aは用言句bの知覚対象としての事態で,述定の句であり,異質な面をもつ(→対象型と呼ぶ)。4)主格型・同格型と対象型とは『平中物語』以降の和文では混在して見出され,さらに『大和物語』・『源氏物語』からは主格型での用言句a,同格型での用言句a・bの中に述定の句へと変質したものが見られるようになる。とりわけ主格型における変化では,〈い〉用言句aに先行する名詞が既出の特定個になっていて,もはや後続用言句の装定を得て特定化されるものではなくなっている,〈ろ〉基点名詞とおぼしき名詞が格助詞ヲを伴って現れ連用格成分化している,という例(→述定主格例)が認められ,用言句aの述定化と連動する現象と考えられる。この〈い〉は[主格形式第二類の変化形式]と重なる部分があり,〈ろ〉は[主格形式第三類]である。石垣氏はこれらをガが接続助詞化する上での中間的な形と位置づけたが,そのことは用言句aの述定化を上のように論定することで再認される。
著者
安部 清哉
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.101-116, 2003-07-01

日本語方言の重層性を,関東を横切る方言境界線と河川湖沼沢池地形名の分布から考察し,方言境界線の成立要因を明らかにして,古い日本語の背景としてモンスーン・アジア(M.A.)領域の言語特徴を考慮する必要があることを述べた。全体としては次のことを指摘した。(1)河川名や湖沼沢池名には分布範囲の異なる新旧の相違がある。(2)その境界線は「奥東京湾-柏崎線」「柏崎-銚子構造線」「利根川」等の複合的自然境界による。(3)この境界をもつ方言分布は縄文時代以来直接的間接的にその影響を受けてきた。(4)河川名タニよりも古い分布としてナイがあり,それは東アジアに連続しM.A.領域にも周圏的に分布する。(5)M.A.領域内には類別詞など共通する言語特徴が認められる。(6)M.A.文化領域の形成は旧石器時代にまで溯り,言語だけでなく気候・文化人類学的諸特徴相互の関連性が極めて高く,文化人類学的にも注目すべき領域である。