著者
森 文彦
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.41-52, 2021

<p>浜松中納言物語は主人公中納言の内的世界での出来事を描いている。唐后は無意識の深い層に隠れている太母(Great Mother)のイメージである。唐后は方便(計らい)によって,中納言の亡父を唐国に転生させた。それは,中納言をして自分の存在に気づかせ,「母なるもの」「女性なるもの」を内的に確立させようとする唐后の計画であった。物語は,中納言のライバル,式部卿の宮や,恋人吉野の姫君との絡みを交えて進行する。当初中納言は,衝動的で心がいつも動揺していた青年であった。しかし,唐国からの帰国後は自分の責任を引き受ける成長した男性の姿を見せ始める。最終的に中納言は,物語の重要人物すべてを世話する中心的人物になる。物語は,唐后が中納言の成長をさらに促進するために,自分自身が日本に転生すると宣言するところで終わる。物語の目的は,内的な「父なるもの」と「母なるもの」の形成と相互に関係しつつ,主体性ある人格が成長・成熟していくプロセスを描くことにあったと考えられる。</p>
著者
佐藤 淳一
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.5-16, 2013

心理療法において「死と再生」の象徴過程は心の変容過程として重要なものである。しばしば「死と再生」の概念は,死の体験の後に再生が訪れるという面が注目されがちであるが,そのような過程に必ずしも当てはまらない事例も存在している。そこで本論文は,被虐待経験のある中学生男子との遊戯療法過程を報告し,「死と再生」の概念の再検討を行った。クライエントは自らを「悪」と同一化し,セラピストとの間で激しいちゃんばらを繰り広げ,何度も「死と再生」を演じた。また,動物や人形のフィギュアを箱庭の砂の中に埋める遊びを繰り返した。セラピー過程が進むと,箱庭に墓を立てたり十字架を投げ合うなどして,「死」を弔い,魂を鎮める儀式が行われた。本事例から,「死と再生」のプロセスは,死の体験の後に再生が訪れるというものではなく,むしろ「再生の死」,あるいは「死の再生」という過程が繰り返されること,そしてそのプロセスは弔いや鎮魂のイメージによって完遂されることが示唆された。
著者
菱田 一仁
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.51-61, 2012

人形はわれわれにとって身近なものであるが, 心理臨床においてもそれは例外ではない。遊戯療法や箱庭療法において人形は使用されるが, それらについて考察するうえで, そうした場で使われる人形のあり方について考察することが有用であると考えられる。人形という存在について考えるとき, 特徴的だと考えられるのが, 人形が人によって弄ばれるという点である。他と異なり人形は「私」という個人によって弄ばれ, それによって人形は「私」であって「私」でないという二重性を持った中間的な存在となると考えられる。そして, そうした中間的な存在として, かつて人形が人の思いや苦しみを託すヒトガタとして用いられたように, 現代の心理臨床の場面においても, そうした中間的な存在として「私」の想いや生きる苦しみを代わりに受ける存在として, 人形は存在していると考えられる。
著者
冨森 崇
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究
巻号頁・発行日
vol.26, pp.79-93, 2014

福島県は,東日本大震災において人類未曾有の地震・津波・原発事故・風評被害の4重苦に襲われた。特に原発事故による放射能汚染は,県民生活に大きな制限と分断をもたらし,今でもなお危機が続いている「イン・トラウマ」の状況にある。この状況下で福島県臨床心理士会は東日本大震災対策プロジェクトを立ち上げ,福島県からの委託事業,日本ユニセフ協会からの委託事業,ふくしま心のケアセンター等の県内外の多くの団体と連携・協力し,乳幼児とその保護者を対象に現地の団体だからこそできる地域に根ざした,自分たちにしかできない心理支援活動を展開してきた。本稿では,震災後の生活や福島県の現状,当プロジェクトの2年間の活動を報告する。
著者
近藤 淳実
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.29-40, 2015

本論文は,性的虐待の疑われた女児の児童養護施設内でのプレイセラピーの事例検討である。5歳8カ月で児童相談所に保護されてから,今までとはまったく異なる世界で適応していかなければならなかった。本児童がその生活に安住するためには,今までの生活は何であったのかを心の中に収めるための物語が必要であった。過去の生活を垣間見るプレイと今の生活を確認するプレイを繰り返しながら,本人の過去を収めていく過程を考察した。
著者
角田 哲哉
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.29-41, 2016 (Released:2017-03-24)
参考文献数
12

軽度の発達障害傾向のある場面緘黙女子中学生は,箱庭が格好の「窓」となり,象徴的な表現を含む興味深い作品を次々とつくった。その過程で,彼女は自己の内界へと向かい,自己と対話を重ねる中で,自らのたましいの声とも言えるものに導かれて自立性を確立することができた。本論文では,箱庭と併せて,場面緘黙に特徴的な身体緊張の緩和をねらったアプローチを行ったが,その過程を追うことで,軽度に発達障害傾向のある場面緘黙の人の箱庭療法の有効性を述べた。
著者
井上 靖子
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.31-41, 2013

本論文では, 不登校, 排尿恐怖症のあった小3女児との遊戯療法を取り上げ, 無意識の自律性という観点からの検討を行った。女児は自分を出せない不安や大人への恐怖があり, 弱視という問題を抱えていた。これらの内的な問題は, 遊戯療法において, 粘土遊びや描画を通して表現された。女児は, 粘土で, 自己像を投影した右目のないウサギと恐怖の対象である宇宙人の目玉を作った。遊びのなかで, 宇宙人の目玉は殺害され, その血液はウサギの右目として再生する。この血液は「いのちの水」イメージでもある。こうしてセラピストと共に想像することが, 自律的なイメージの発動を促した。女児は「いのちの水」イメージによって身体像を回復し, 子どもらしさを取り戻すことができた。無意識の自律性は, 他者や宇宙との繋がりを回復させ, 生命力の更新を可能にすることが明らかとなった。
著者
TAKATA Natsuko
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.2_101-2_113, 2011

I've reported on a female client who suffers from a dissociative identity disorder. She had many traumatic episodes during her childhood. Probably, she had dissociative defenses from childhood. In this therapy, she represented herself through pictures, Sandplay and clay. I first employed LMT in order to grasp her clinical condition. Then, she enjoyed Sandplay. I think she became closer to her child aspect in the Sandplay. But there was some dangerous aspect in her Sandplay too ; she expressed too much. In her Sandplay, the reptiles went on a rampage. They were about to go beyond the boundary of the sand box. This seemed to connect to her own rampage in real life. The clay was a safe tool for her at that phase. She could safely touch the ground-like material of the clay. I think it was a curative substance in this therapy.
著者
赤川 力
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.67-77, 2015 (Released:2016-02-08)
参考文献数
20

本稿は,潜在性統合失調症の思春期女子との面接過程である。面接過程において,持参した本の一節を素材にして面接が行われた。まず,第1期は受け入れる時期であり,病棟スタッフなどの援助者を受け入れる葛藤が見られた。第2期では幻覚・妄想状態に入っていく。個性化過程には避けられない変容過程が見られた。第3期において父親との対決となる。これまで脅威であった父親と向き合うことになった。第4期で家族とセラピストとの別れの時期となる。これらの面接過程において,クライアントから提示された本の一節を言葉のコラージュとして,他のイメージと共に検討し,言葉のコラージュの意味についても検討した。この過程におけるクライアントとクラピストとの転移・逆転移の関係について検討した。さらに,セラピストがクライアントに抱いていた罪悪感についても検討した。
著者
東畑 開人
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.39-49, 2014

本研究では,発達障害のクライエントが産出するイメージとはいかなるものか,イメージの構造分析を行った。まず,これまでの研究を振り返る中で,発達障害のイメージが「意味」を中身として持たない「表面だけのイメージ」であることを明らかにした。その上で,軽度発達障害の事例の検討を行い,「表面だけのイメージ」が一者性の感覚を保持するために使用される二次元的なものであり,三次元的な空間的分離性,四次元的な時間的分離性が成し遂げられることで,「表面だけのイメージ」に奥行きが生まれてくることを示した。このようにして,面接から排除されていた意味や情緒を人間的に体験することが可能になることを検討し,イメージに見えないイメージに奥行きを見出そうとするイメージの構造分析が,それ自体としてこころをもたないように見える発達障害にこころを見出そうとする営みであることを論じた。

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著者
山中 康裕
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.1-2, 2017 (Released:2017-04-19)
著者
田附 紘平
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.51-60, 2021 (Released:2022-05-13)
参考文献数
15

我が国において,夢に関する臨床的な研究は,夢の内容を扱ったものがほとんどであった。近年,夢の構造に着目する意義が指摘されているが,その基礎研究・事例研究ともに不足している。本研究の目的は,基礎研究として,日本人の夢の構造の年齢による差異および性差を検討することであった。オンライン調査によって得た20代~70代の調査協力者392名による夢の記述を評定した後,重回帰分析を実施した。その結果,性差はみられず,年齢による差異が多くみられた。具体的には,年齢が高いと,「困難状況の発生」「他(者)による主導権」「他(者)からの働きかけ」「他(者)とのやりとり」「他(者)の状態の連続性なし」「他(者)の実態の曖昧さ」「私の行動の制御不可能性」「私の状態の連続性なし」が有意に少なく,「私の主体的行動」「私の主観的描写」が有意に多かった。
著者
江野 肇
出版者
日本箱庭療法学会
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.3-13, 2021 (Released:2022-02-04)
参考文献数
10

今日,“心の傷”という言葉はPTSDの概念を超えて日常語として使用されている。“心の傷”の心理療法では,その背後にある“原因”を“特定”して,“取り除く”“修正する”ことで治療するモデルがしばしば使用される。しかし,特に児童養護施設の子どもたちにこれらを適用する場合,彼らの体験の個別性を見落としてしまう等の限界が認められる。よって,本論では,ユング派の内在的アプローチの視点から児童養護施設でのプレイセラピーの事例を考察し,傷を“取り除く”のではなく,傷に“近づく”ことによる治療の有効性を検討した。最初にクライエントの表現したイメージからは,“傷つくこと”と“傷つけること”を回避する在り方が認められた。しかし,セラピストがクライエントの“傷イメージ”を共有し,深くそれに関わることで,クライエントも自身の傷つきを受け入れることができ,他者と対等に関われるようになったと考えられた。