著者
金子 貞吉
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.67-103, 2018-10-10

本稿は,戦後日本経済の発展史をたどるために,どのように区分して,それをどのように特徴づけるか,考察することである。経済事象は連続しているので,それをただ時系列的に述べるのではなく,時期区分して,その特徴を明らかにしようとするものである。経済発展は,時期区分できるほど,きちんとした変動をみない。政策の転換や急変するような事態の発生などをメルクマールにして,区切りをつけることは可能であろう。しかし,それが全体に浸透して,変化をもたらすには,タイムラグがある。また,一つの要因で変化が起きるわけでもない。だから,時代を画する特徴をあげることが困難であった。景気循環やマクロ統計をたよりに,時代の特徴を析出することから始めた。次いで,これまでの斯界の論議を検証して,それぞれの時代の推進軸がなにか考察した。その上で,それぞれの期間に起きた事象を拾いながら,いかなる関連がみられるか分析し,その時代の特徴を説明するという手法をとった。経済事象には,それを構成する要素があり,その要素は複合しているが,経済を動かす要因となる。そういう要因は,国の政策等の国内的なものもあるし,外国からの変動が波及するものもある。それらが相互作用して経済関係に変化をもたらし,内部矛盾が高じると自壊して変化をおこすこともある。そのような変動を時期別に折出して,時期区分の特徴を明らかにすることとした。それを総括した試論表をマトリックスにして,末尾に示しているので,参考としてほしい。そういう意味で,本論の分析は試論的な,区分的特徴を述べることにした。
著者
前原 直子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.723-754, 2015-09-30

『国富論』のアダム・スミスによれば,教育の役割は,《相対的幸福》の実現に寄与することにある。人間各人が,人生の目標を富の増大=物質的利益の増大に見定め,「利己心」を発揮し「勤勉」に自己「努力」を図り自己の境遇を改善すれば,物質的に豊かな経済生活を実現できる。こうして《相対的幸福》の実現を目指し,「勤勉」に自己「努力」する人間が増えてゆくならば,イギリスは生活水準の高い経済社会を形成するのみならず,国家の税収を増やし,道路の整備や港湾の建設などの公共事業を通じて,一国の資本蓄積を進展せしめ,豊かな経済社会を実現できる。 『国富論』においてスミスは,資本蓄積論と分業論を展開することによって,社会における「教育」の重要性を主張した。その意味でスミスは,経済的利益の増大と教育とが密接に関連していることを主張する教育経済論を展開しているといえる。具体的には,スミスの主張は国民教育の導入と大学教育の改革に向けられた。 これに対し,『道徳感情論』における教育の役割は,《絶対的幸福》の実現に寄与することにあった。人間各人は,他者との比較による物質的利益の増大,すなわち《相対的幸福》を実現したのちは,「生活必需品」と「便益品」を獲得すること以上の利己心の作用を「自己抑制」し,「心の平穏」を保持しなければならない。『道徳感情論』における教育の役割は,人間各人に高い「共感」能力を育成し,「心の平穏」を保持することの重要性,すなわち《絶対的幸福》の重要性を認識させることにあった。 総じていえば,スミスにおいて教育の役割は,「共感」能力の向上によって人生の目標を発見し,「利己心」の発揮によって自分の理想とする自分を創造する力の涵養,そして必要以上の「利己心」を「自己抑制」する「徳」を培い,自分の「才能」=自己「能力」に見合った仕事を通じて社会に貢献してゆく力の涵養,という点にあった。
著者
前原 正美
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.545-575, 2013-09-20

「人聞の幸福」=《相対的幸福》とは,他者や社会からより高い社会的賞賛=社会的是認を獲得するということであり,つまりは自分自身の存在価値の社会における他者と比較しての相対的優位性--富の大きさ,社会的地位や名声,能力や才能など--を獲得するプ ロセスのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福のことである。「入聞の幸福」=《絶対的幸福》とは,現実の不完全な自分自身 =「良心」に従えない現実の自分自身から. 「良心」に従える完全な自分自身へと自分自身を創造してゆくことのなかに自らの幸福を見いだす.という幸福である。まさにそれは,スミスにとって真の意味での幸福であり,「良心」に従って自己を改善し.より完全なる自分を創造する.という意味で《絶対的幸福》 なのである。『道徳感情論』におけるスミスは. 「人間の幸福」 =《相対的幸福》論に加えて「人聞の幸福」論=《絶対的幸福》論を展開している。スミスの考えでは,最終的には「人間の幸福」は《絶対的幸福》を実現してゆ〈プロセスのなかにある。スミスは. 『国富論』において.資本蓄積の増進→富裕の全般化→高利潤・高賃金の実現→富の増大=物質的利益の増大→より高い社会的賞賛=社会的是認の獲得というプロセスのなかでの社会の全構成員の相対的地位の向上の実現可能性を資本蓄積論に基礎づけて論証したのだが,そうして万人が「人間の幸福」=《相対的幸福》の実現を目指し努力してゆけば.おのずと「見えざる手」を通じて万人が「人聞の幸福」=《絶対的幸福》の認識へと到達し 幸福の価値転換=意識転換を果たしてゆける機会を与えられてゆくであろう,と予想したのである。
著者
松原 宏
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.737-756, 2012

日本のクラスター政策としては、 経済産業省による産業クラスター計画と文部科学省による知的クラスター創成事業が、21世紀初頭から始動してきたが、「事業仕分け」等により頓挫した状況にある。クラスター政策の再構築にあたって、政策の空間構造の検討が重要と考え、本稿では、東北・仙台地域と九州・福岡地域を事例に、政策展開の歴史的経緯や政策評価にかかわる空間構造特性について検討することを試みた。産業クラスター計画では、各地方経済産業局の管轄区域内での産業立地の状況や重点地域の選定が重要な要素を構成する一方で、知的クラスター創成事業では、地域内の研究開発基盤の歴史的蓄積や海外も含めた地域外との主体間関係の進展、中核機関の経路依存性や大学を中心とした知識フローの空間特性などが、地域イノベーションの成果にかかわっていることが明らかになった。
著者
柴田 徹平
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.253-275, 2017-10-10

2000年代半ば以降,大手製造業の現場で行われていた偽装請負が大きな社会問題になった。一方で建設産業においても同時期に偽装請負が行われていた。本稿では,建設産業における個人請負化の新たな段階として,2000年代以降に増加した偽装請負の問題を取り上げる。明らかになった点は以下のとおりである。 第1 に,一人親方の働き方の1 つである常用型の70.2%が偽装請負の下で働かされていることを明らかにした。第2 に,下請の重層化と90年代後半以降の零細企業を取り巻く厳しい経営状況の下で,下請零細企業に雇用されていた労働者が就業実態は変わらずに,契約形態のみ請負に切り替えられる(常用型化する)という偽装請負の状態に直面していたことを明らかにした。第3 に,零細企業が偽装請負を行っている背景には,元請ないし上位の下請などの大企業が現場労働者を直接雇用しない中で,零細企業が現場労働者の雇用を担い,その雇用の負担がのしかかる中で,やむにやまれず偽装請負が生じていること,の3 点を明らかにした。
著者
柴田 徹平
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.253-275, 2017

2000年代半ば以降,大手製造業の現場で行われていた偽装請負が大きな社会問題になった。一方で建設産業においても同時期に偽装請負が行われていた。本稿では,建設産業における個人請負化の新たな段階として,2000年代以降に増加した偽装請負の問題を取り上げる。明らかになった点は以下のとおりである。 第1 に,一人親方の働き方の1 つである常用型の70.2%が偽装請負の下で働かされていることを明らかにした。第2 に,下請の重層化と90年代後半以降の零細企業を取り巻く厳しい経営状況の下で,下請零細企業に雇用されていた労働者が就業実態は変わらずに,契約形態のみ請負に切り替えられる(常用型化する)という偽装請負の状態に直面していたことを明らかにした。第3 に,零細企業が偽装請負を行っている背景には,元請ないし上位の下請などの大企業が現場労働者を直接雇用しない中で,零細企業が現場労働者の雇用を担い,その雇用の負担がのしかかる中で,やむにやまれず偽装請負が生じていること,の3 点を明らかにした。
著者
Masahiro SHINOHARA
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
経済研究所 Discussion Paper = IERCU Discussion Paper
巻号頁・発行日
vol.338, 2021-01-09

ニュージーランドの付加価値税であるGST(Goods and Services Tax:財・サービス税)は、単⼀税率(2010 年10 ⽉以降15%)で課税ベースが広く、経済活動に対して中⽴的な税制として国際的に⾼く評価されている。本稿の課題は、ロジャーノミクス(Rogernomics)における税制改⾰に注⽬し、GST 導⼊の背景を明らかにすることである。そのために、①税制改⾰前の租税構造の推移および国際的視点からの特徴、②税制改⾰の背景にある当時の経済状況および改⾰前の税制の問題点、③労働党政権での税制改⾰の意義および改⾰の概要、④消費課税改⾰に関する諸議論に注⽬し、論点を整理する。 1980 年代の労働党政権下における税制改⾰を論じたわが国の先⾏研究として、⼤浦(1995)、松岡(1999a;1999b)、渡辺(2011)がある。⼤浦(1995)は、税制改⾰に限定せず、労働党政権の⾏財政改⾰に焦点を当て論じている。また、松岡(1999a;1999b)は、税制改⾰の意義、内容、問題点を探っている。渡辺(2011)は、GST 導⼊から2010 年税制改⾰に⾄るまで、GST の変遷を概観している。いずれにおいてもGST が取り上げられているが、本稿ではGST 導⼊の背景の議論に焦点を絞り、これらの先⾏研究よりも詳細に論ずる。 GST の導⼊は、ロジャーノミクスの経済改⾰の⼀環として実施された税制改⾰の⽬⽟であった。個⼈所得税に依存した税制によって発⽣する不公平や効率性の低下の是正、卸売売上税の抱える問題点の解決、財政⾚字削減といった事柄に対応するために導⼊された。税制改⾰とセットで給付制度の⾒直しも実施されたが、これは単にGST の逆進性を緩和する⼿段としてではなく、低中所得階層の⼦育てを経済⽀援することが⽬的であった。残された課題として、GST の制度設計を巡る議論およびGST 導⼊による経済効果の考察があるが、これらは別稿に委ねる。
著者
程 天敏
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.315-340, 2018-10-10

近年,中国企業の海外進出が顕著になってきている。海外市場を獲得する一方,現地社会に対する責任への増加も一途を辿っている。そこで,中国企業の社会的責任の特徴とは何かについて社会的関心が寄せられている。さらに,海外進出が進む中,労働や環境などの社会的責任に関連する様々な問題がリスクとして顕在化しており,企業にも影響をもたらすようになってきている。従って,企業が海外進出を通じて,持続可能な発展を実現するためにも,企業の社会的責任の課題やリスクに的確に対応することが求められる。本論文は,海外進出を展開する大きな資本を有する企業に注目して,中国74社大手企業を対象に,彼らの企業の社会的責任への取組について分析を行い,企業の社会的責任を実施するために必要とされること,推進における課題を模索する。海外における中国企業が社会的責任への取組を取りまとめることおよび,各種課題にどのように対応すべきかを検討するための一助とする目的として研究を行った。
著者
陳 波
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.43, pp.123-160, 2012

潼南県は2004年に農業観光発展戦略を定め、戦略の1つとして蔬菜基地にすることやお茶の大量生産を目指した。2006年にはこの緑色戦略を広げ、「菜の花経済」を追求するようになった。崇龕鎮は2007年に菜の花を用いて観光地づくりの準備期に入り、菜の花祭りが2008年3月から毎年1回開催され、2011年3月に第4回が開催された。開催ごとに総合収入・観光人数が増大し、第4回の総合収入は第1回の2.5倍、観光客数も36万人から120万人へと増大した。2010年の菜の花祭りの総合収入は全県GDPの2.3%に相当する。中国内陸部の貧困県の鎮において観光客数が120万人に上るのは、観光開発や観光客誘致の成功と言って良い。加えて、地元農民のマナー向上だけでなく、農民の視野が広がり、地域資源の価値を確認でき、郷土愛を深める等の効果も見られた。 潼南県の菜の花祭りという観光地づくりはなぜ成功を収めたのか。菜の花祭りの開催によって、観光スポットづくりを始め、広報・宣伝・イベント活動や組織運営等において、イノベーションが行われたのである。同時に、これらのイノベーション的な活動は飲食・交通・道路インフラ整備・メディア等の多くの産業部門の発展を促進した。菜の花祭り開催の事前準備・開催・事後処理に伴って、工業・農業・サービス業に関わる多数の事業が発生し、産業の興隆をもたらしている。菜の花祭りによるスピルオーバー効果が発生し、3次産業の発展を促進している。本稿は主にその成功要因としての具体的なイノベーションを考察する。
著者
和田 重司
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.195-222, 2018

Marxʼs reformation theory of social system had been a subject of severe controversy while the Russian revolution was connected with it. But, after the collapse of the Soviet Russia, its revolution has been regarded either as anti-Marxʼs theory or as a singular system which had no relevance with it. In accordance with this change, the controversy on Marxʼs reformation theory seems considerably to have lost its severity. But now at the present, when Marxʼs theory can be examined without any political concern, it might be rather more suitable and necessary than the past time, to investigate into the reality of Marxʼ s thought. The present paper tries to show the theoretical themes of Marxʼ s reformation theory, in particular, the relation between the theory of "Das Kapital" and Marxʼ s special researches into the social forms of primitive "communes" of the human-beings.
著者
浅田 統一郎
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.591-634, 2015-09-30

In this paper, we compare two dynamic theories of monetary policy with nonnegative constraint of nominal interest rate. The first approach is the mainstream nonlinear ‘New Keynesian’ (NK) dynamic model, and the second approach is the alternative nonlinear ‘Old Keynesian’ (OK) dynamic model. Both models are formulated by means of nonlinear twodimensional differential equations. We show that the nonlinear NK dynamic model produces several anomalous results that are inconsistent with the empirical facts, while the nonlinear OK dynamic model is able to resolve such anomalies.
著者
鳴子 博子
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.385-405, 2018-10-10

人民の歴史家ミシュレは1789年のバスチーユ攻撃とヴェルサイユ行進を「男の革命・女の革命」と呼んだ。本稿は,ルソーの革命概念と性的差異論という独自の視座からこれら2つの民衆の直接行動,暴力行使を対比的に分析することを通して,フランス革命最初期における暴力とジェンダーの関係を新しい形で浮かび上がらせようとする試みである。ヴェルサイユ行進では,6-7000人からなる武器を携えた女性集団が,家族の生活領域を飛び出して公的空間に現れ出てパンを要求し国王をパリに連れ戻した。バスチーユ攻撃に見られる男性集団の暴力とヴェルサイユ行進の女性集団の暴力との差異はどこにあるのか。ヴェルサイユ行進は,フランス革命の進展にいかなる貢献をなしたのか。18世紀末に行われた,能動化した女性たちによるこの稀有な直接行動は,人類史上どのように位置づけられるだろうか。本稿は,フランス革命における暴力および暴力と道徳の関係を追究する論考の最初の論文である。
著者
魏 旭 高 晨曦
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
経済研究所 Discussion Paper = IERCU Discussion Paper
巻号頁・発行日
vol.294, 2017-12-01

マルクス経済学の理論的体系、その論理的出発点を全体的、構造的、科学的に把握し、その性質を究明するには、その論理的出発点と帰結とを結合することが是非とも必要である。唯物論的弁証法の総原則に基づき構築されたマルクス経済学の理論的体系は、科学的な抽象方法を用いた、研究のプロセスとシステム的記述プロセスとの統合であり、演繹法による資本制生産様式の発展という歴史的過程の論理と、本質と規律とに対する分析との総括である。これはすなわち、研究方法と叙述方法とが独立的、断絶的な段階や方法ではなく、同じ研究プロセスで交代的に使われている方法であることを意味する。したがって、この体系全体の構築に関わる歴史と論理との関係には、厳格な一致は必ずしも要求されない。その代わりに、歴史の発展プロセスに立ち戻る事後的論理的分析と総括とが要求されている。このような方法論的体系に従い、マルクスは、最も具体的な規定――世界市場という次元での商品の規定――から出発し、商品一般を抽出し、これを自己の論理的出発点としたのである。そして、抽象から具体に進み、最後はまた資本の産物であり、最も具体的である、世界市場という次元での商品という論理の帰結に立ち戻り、資本主義経済の運行法則をわれわれに提示してくれた。その法則によると、資本主義は必然的に終焉を迎え、共産主義に移行する。マルクスの経済学体系の研究方法と論理的出発点の標定(方法)は、中国の特色のある社会主義的政治経済学体系を研究し、とりわけその体系の論理的出発点を構築しようとしているわれわれにとっての、重要な指針であろう。
著者
渡邉 浩司
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.47, pp.495-508, 2015

キリスト教の聖人の祝日が記載されている中世の暦は,キリスト教世界の記憶と異教世界の記憶がぶつかり合う場であり,ヨーロッパの文化を理解するための重要な鍵となっている。本稿は,暦上でそれぞれ6月24日と12月27日に祝日を持つ,洗礼者ヨハネと福音史家ヨハネという2 人の聖ヨハネをめぐる神話学的考察である。2人の聖ヨハネの祝日がほぼ「夏至」と「冬至」に対応するのは偶然ではない。西洋の占星術伝承によれば,「夏至」と「冬至」はそれぞれ「蟹座」と「山羊座」に対応するため,2人の聖ヨハネは「至点の扉」の門番の役割を果たしているのである。門番の雛形は,2つの顔を持つ古代ローマの神ヤヌスであり,中世のキリスト教世界はヤヌスを 人の聖ヨハネとして再解釈した。一方で「蟹座」と「山羊座」の守護星がそれぞれ「月」と「土星」であることは,2人の聖ヨハネが「メランコリー」の影響下にあったことも示唆している。
著者
清水 洋邦 松尾 紀子 増田 俊一
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.791-816, 2018

西多摩地域1)をひとつの地方自治体と仮定すると,行政規模が人口30万〜50万人未満の広域な都市(面積:500㎢以上)である中核市(10団体)とほぼ同水準となる。広域合併都市にみられるように都市的区域・郊外・農山村を内包し第2次産業を核として発展してきており西多摩地域は都市型社会と農村型社会が混在した地域といえる。中でも青梅線,五日市線に点在する住工混在地域は駅へのアクセシビリティが高い。また,西多摩地域は古くから歴史・文化・経済・生活など多くの面で共通性と結びつきを持ち,ひとつの生活圏・経済圏といえることから「西多摩をひとつに」するといった新たな行政圏域の形成が望まれる。
著者
金子 貞吉
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.183-206, 2016

アベノミクスは異次元の金融緩和策を軸にしているが,その理論的根拠も間違っている。円安・株価上昇では金融的効果をあげたが,目標の消費者物価上昇率2%は達成せず,実体経済での成長戦略は失速し,肝心の国民生活を低下させた。 日銀政策を追跡すると,日銀の保有資産のなかで増加しているのは国債であり,その対価である準備預金だけが当座預金のなかに過大に積み増されている。それに対して,現金や貸出金の増加率は微増で,市中に通貨は流れていない。異次元的金融緩和策は,大量の国債を日銀が引き取る「財政ファイナンス」になっているといっても過言ではない。この供給通貨は,旧来の不況対策を復活させ,公共事業の資金に回り,民間投資には貢献していない。それは金融取引だけを増やし,実体経済には向かっていないことが明らかである。 もともと貨幣は実体経済の活動から発生するが,今日の銀行の信用創造は,企業の投資活動の資金需要に応ずる性格ではなくなっている。日銀も公信用をもって通貨を膨張させたが,国債は証券化して,マネー経済の核にすらなっている。
著者
後藤 弘樹
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.49, pp.515-548, 2017

現在でもアメリカの口語,俗語,方言の中にはイギリスの古い時代の英語語法が多数残存しているのが見うけられる。本稿で取り上げた動詞の活用変化の中には地域によって,例えば,アメリカの南部諸地域では古い時代(主に17世紀,18世紀)のイギリス英語の姿が垣間見られることがよくある。それも当時,極めて交通の便が悪く,文化の流入も滞りがちな人里遠く離れた南部の奥深い山間部では,特にそうである。現在も尚,イギリスのかつては正用法として用いられていた古い時代の英語語法が,急激な社会情勢の大変革から時代にそぐわなくなり,本国イギリスでは既に廃語廃用となった所謂古語がアメリカに多数残存していて,それが日常庶民の発話の中で今も尚用いられている。本稿では特に言葉の根幹をなす古い時代の動詞の活用変化(現在,過去,過去分詞)を英米の文学作品を通して検証することにする。
著者
福住 多一
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.193-216, 2014-09-25

最後通牒ゲームの実験で被験者達にステロイドホルモンの1 つであるテストステロンを投与すると,公平な配分提案が増えることを,Eisenegger et al.(2010)は見出した。彼らは,応答者が拒否を選ぶことによって提案者に与えられた資源配分の権限が台無しになることを提案者が恐れ,その結果,公平な提案が増えるというステイタス仮説を提唱している。本論文は,この実験結果を説明するステイタス仮説の理論モデルを提示する。我々は,各プレイヤーは他のプレイヤーの効用を考慮に入れないとする。これが利他主義や公平性という最近の行動ゲーム理論における社会的選好の理論と,我々のモデルの大きな違いである。本論分はプロスペクト理論を応用し,損失回避の傾向と参照点を持つプレイヤーを想定する。そこで,テストステロンの増加がプレイヤーの参照点の上昇をもたらすと考えることで,Eisenegger et al.(2010)の実験結果をモデルは首尾よく説明することができる。提示したこのモデルは,信頼ゲームの実験でオキシトシンを投与したKosfeld et al.(2005)の実験結果も,うまく説明することができる。高い水準のテストステロン,すなわち我々の仮定のもとで高い水準の参照点を持つとされるプレイヤーは,自らの資源を相手に与える傾向が強まる。よって,その性質が世代を超えて安定的に保持されていくのかどうかは定かではない。本論文は,高い水準の参照点を選好として持つプレイヤーが,適応度に基づく進化動学によって内生的に出現することを,進化的安定性の概念を用いて説明する。
著者
佐藤 晴彦
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.50, pp.293-314, 2018

少子化対策や社会保障施策の効率性の検証とその打開策を検討した。少子化対策については,政府施策は無効性が少なく,重複額も小さかった。しかし,全体的にバランスが取れていたかどうかという点では,外面性(夫婦の共有時間,保育,家計収入)1)からも内面性(結婚の価値観,夫婦関係,子供を持つことの価値観)2)からも評価は低く,体系性に欠けていた。この意味では効率が悪い施策だったと言える。社会保障対策については,少子・高齢化の進行,非正規社員の増加,女性のワーク・ライフ・バランス問題,高齢者の就業問題に対応した改革は,一筋縄で進めるのは至難の業である。これらは家族にまつわる問題であるため,さまざまな案件とその法律作成はスムーズに進められるべきである。そのためには、諸事案の解決は、体系的に構築され、さらに1つ1つの解決案には、重要度の順位が付されているべきである。そうなれば、アジェンダ設定として、法律化には効率的に運ばれうる。「家族省」を設立されればそれは一層可能になる。
著者
建部 正義
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.48, pp.207-231, 2016

ベン・バーナンキの『危機と決断―前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録―』(小此木潔訳、角川書店、2015年)が出版された。 筆者は,拙稿「バーナンキは変節したのか―『連邦準備制度と金融危機』を読む―」(『東京経済大学会誌―経済学―』第277号,2013年2月,に所収,後に,拙著『21世紀型世界経済危機と金融政策』新日本出版社,2013年,に収録)のなかで、バーナンキの『連邦準備制度と金融危機―バーナンキFRB理事会議長による大学生向け講義録―』(小谷野俊夫訳,一灯舎,2012年)を参照しつつ,以下のように結論づけた。 はたして,バーナンキは,FRB議長に就任し,その経験を積むことによって,マネタリスト的見地から変節するにいたったのであろうか。まさに,そのとおりである。筆者は,理論的にはともかくとして,実践的には疑いもなくかれは変節したと考えている。 本稿の課題は,以上の結論を,バーナンキの新著『危機と決断』を読み解きつつ,再確認することにあったが,その課題を完全に果たすことができた。 要するに,バーナンキは,FRB議長に就任し,金融危機に対処するなかで,理論的にはともかく,実践的には,否,理論的にさえ,疑いもなくマネタリストの立場から伝統的なセントラル・バンカーの立場に変節するにいたったというわけである。