著者
井上 昌善
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.1-12, 2021-11-30 (Released:2022-10-27)

本研究は,外部人材と子どもの熟議を促す社会科授業構成の原理と方法を,外部人材を活用した中学校社会科地理的分野の単元開発と実践を通して検討することを目指すものである。本研究の成果は,他者との協働的な関係性としての共通善を形成するためには,学校に公共空間を創出させ外部人材と子どもの熟議を促す指導が必要になることを開発単元の結果に基づいて示したことである。外部人材と子どもの熟議を促すためには,次の三点をふまえた指導が有効である。①課題解決のための共通基盤となる社会認識の形成を通して,子どもの思考の次元を変容させること。② 外部人材によるフィードバックを通して,子どもの自尊感情を高め意見表明に対する抵抗感を解消すること。③外部人材もまだ取り組んでいない現実社会の課題を中心教材として設定すること。 本研究の成果は,外部機関との連携を重視する学校教育のあり方を検討する際の一助になる。今後の課題は,消防士以外の外部人材や関係機関と連携した単元開発を行い地域と学校の連携方法のあり方を検討すること,地域社会と連携する社会科学習を推進する教師の教科観や学力観について明らかにすることの二点である。
著者
樋口 雅夫
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.25-36, 2013-03-31 (Released:2017-07-01)

本研究は,公民科「政治・経済」の学習において,現代社会の諸課題の根底にある価値観の対立を調停していく能力を育成する単元展開を効果的なものにするためには,その前提として公民科「倫理」において価値概念そのものを対象化し,その含意を批判的に吟味することによって受容させる「批判的価値受容学習」が有効であると考え,その単元開発を試みるものである。開発した単元「"天賦人権"は外来思想か?」では,現代民主主義社会において普遍的価値と見なされ,所与のものとして捉えられている自由,平等などの価値概念と初めて対峙し,受容した際の明治期日本に焦点を当て,誰がどのような方法でそれらの価値概念を日本社会に受容可能な形にしていったかを批判的に探求させる学習活動を通して,それらの含意を理解させていく単元展開を構想している。本研究の成果としては,現行教育課程上,共に履修することが規定されている,「倫理」及び「政治・経済」の関連を図るという観点から「倫理」学習の意義を明らかにすることができたことが挙げられる。「倫理」において,現代社会の諸課題を探求するための基盤となる様々な価値概念の含意を批判的に受容させておくことによって,「政治・経済」で,価値観の重なる部分,異なる部分の双方を併せもつ他者との間で暫定的合意案を形成・提示し続けていく「多元的価値調停学習」を行う基盤が整うのである。
著者
原田 智仁
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.1-12, 2013-03-31 (Released:2017-07-01)

本研究の目的は,内外の歴史教育で課題とされる大観学習の方法と実践的課題を考察することである。そのための方法として,日本の中学校歴史的分野と英国のKS3の歴史を大観する学習の事例研究を行い,それを手がかりに単元構成のレベルで大観学習の原理と方法を明らかにすることにした。カリキュラム上の位置づけについては日本の学習指導要領と英国のナショナルカリキュラムを,内容構成についてはそれぞれの国の代表的な歴史教科書を,学習展開については分析対象とした歴史教科書に基づく学習事例をそれぞれ分析した。分析の結果,日本の大観学習の特色は時代の要約ないし概括にあり,英国の大観学習の特色は時代を超えた歴史の見方やテーマの理解にあることが判明した。それを踏まえて,歴史を大観する学習のための単元構成の要件を次の4つに整理した。a)歴史の大観を時代の要約・概括に留めず,歴史の見方や考え方へと拡大して捉える。b)大観の時間的枠組みは既成の時代区分に囚われず自由に設定する。大観すべき内容こそが単元をなす。c)大観学習の要点は歴史の大観につながる問いの設定にある。d)大観のための基本的学習過程は,(1)最初の大観的活動と課題意識,(2)問いの発見と仮説形成,(3)大観と関連させた探究,(4)結論を導く作業,となる。以上の要件を踏まえて,「中世の幕開け」と題する単元モデルを開発した。
著者
村井 大介
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
no.81, pp.27-38, 2014-11-30

本研究の目的は,ライフストーリーの聴き取りを通して,地理歴史科を担当する教師の歴史教育観(歴史を教える際の教育観)の特徴とその形成要因を明らかにすることである。本研究では,5名の教師のライフストーリーの事例を分析し,他の教師も参照し得る点として以下のことを明らかにした。第一に,各教師の歴史教育観の特徴をかたちづくる基盤には,(1)社会科教育としての一貫性を重視するか否か,(2)歴史教育観を授業に如何に反映させるか,(3)生徒や社会への働きかけをどこまで意識するか,という3つのことがあることを明らかにした。第二に,歴史教育観の形成要因となる重要な選択肢として,(1)出会った生徒たちの状況に応える歴史教育観を形成しようとするか否か,(2)現在の社会事象を意識した歴史教育観を形成しようとするか否か,(3)修得してきた学問の知見を活かした歴史教育観を形成しようとするか否か,(4)自発的に研究会に参加して知見を得るか,(5)学習指導要領の改訂をどのように捉えるか,という5つのことがあることを明らかにした。
著者
中村 洋樹
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
no.79, pp.49-60, 2013-11-30

本稿の目的は,歴史学習の論理を「歴史実践(Doing History)としての歴史学習」と規定し,その論理と意義を考察することにある。本稿では,米国の歴史教育研究者S.ワインバーグが提唱した「歴史家の様に読む」アプローチの基本的な考え方・教授方略及び授業案を考察した。当該アプローチは,歴史家の読解方略を歴史学習へ応用することを目指している。本稿では第一に,当該アプローチをみていく前提として,ディシプリナリ・リテラシーという概念に焦点を当てた。第二に,「歴史家の様に読む」アプローチを分析した。当該アプローチは,出所を明らかにすること,文脈に位置づけること,丁寧に読むこと,確証あるものにすること,という方略から成る。当該アプローチの教授方略は,学習科学研究における「足場かけ」という概念に焦点が当てられている。本稿では,出所を明らかにすることを重視した授業案と確証あるものにすることを重視した授業案を分析した。その結果,本稿では当該アプローチの意義として次の2点を指摘した。第一に,当該アプローチは,テクストの著者の意図や前提を読解することに焦点を当てている。第二に,通説を支える資料と,それとは異なる立場の資料との間の相違点や矛盾を考察することを重視している。このような形で,当該アプローチは,歴史家の様に対話する(=頭を悩ませる)過程を担保することになっている。
著者
田中 伸
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
no.83, pp.1-12, 2015-11-30

成熟社会を迎えた現代,社会はさらに複雑化し,日常の現象を一つの見方・考え方で捉えることは困難になりつつある。本論文は現代社会の理解,及びそこで主体的に生きる市民性育成の方略として,コミュニケーション理論に基づく社会科教育論の理論と実際を小学校社会科授業とともに示すものである。コミュニケーション理論に基づく社会科は,子どもたちを理想とする社会へコミットすることを強制する教育論ではなく,現実社会を受け入れ,その社会と折り合いをつけながらしなやかに生きるスキルを身につけることを目標とした教育論である。教育内容は,社会的に構築・承認された社会現象が現実に機能・運用されている実態,及びそれと自身との関係,教育方法は,その運用過程の理解・分析・解釈である。上記の理論を具体化する方略として,本稿では漫画メデイア"ONE PIECE"を用いて自由思想の多様性を分析する学習をデザインした。授業は以下4つの手続きをとる。第1は自己意識の明確化,第2は思想(フレームワーク)の多様化(社会認識の多義性,及びその可変性の認識),第3は複数のフレームワークの折衝,第4は社会における自由思想の相克と受容過程の理解と分析である。この4段階の学習を通して,社会を客観的に捉える授業ではなく,自らを社会の内部に位置付け,社会と折り合いをつける力を育成する社会科授業を開発・実践し,子どもの認識変容を踏まえた実践結果とともに示した。