著者
杉田 菜穂
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.43-55, 2018 (Released:2018-10-15)
参考文献数
24

戦後日本の政策論議に生産年齢人口の<質>という観点を導入したのは,大来佐武郎(1914-1993)である。官庁エコノミストとして知られる大来は,1961年からの10年間で名目国民所得を倍増させることを目標に掲げた所得倍増計画(1960年)作成の中心人物であった。この計画は,経済的な発展だけでなく福祉や職業訓練,教育といった社会的な発展に対する政府の責任を重視したという点で経済計画におけるひとつの転機となった。その背後には,生産年齢人口増加率の低下という問題意識がある。1961年に『人間能力の開発:現代の国富論』という書名でエリ・ギンズバーグのHuman Resources: The Wealth of a Nationの翻訳を出版した大来は,アメリカの人的資源開発をめぐる議論にいち早く注目し,その観点を経済計画作成にも取り入れた。それは,1960年代以降の日本における社会的発展を考慮した経済的発展という政策基調の起点となった。本稿は大来に焦点を当てて,戦後日本におけるマンパワー・ポリシーをめぐる議論の史的経緯を明らかにする。
著者
坂爪 聡子
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.43-55, 2006-05-31 (Released:2017-09-12)

本稿の目的は,出産が女性の就業に与える影響を明示的に取り入れたモデルを用いて,少子化の進行要因を明らかにすることにある。従来の理論研究では,出産により就業状態や就業条件が変化することは考慮されていない。それに対して,本稿では,子供をもつ場合ともたない場合,あるいは子供数による女性の就業における違い-生涯所得格差や賃金格差-をモデルに取り入れている。なぜなら,日本では出産を機に退職する女性は依然多く,たとえ再就職してもその条件は悪いため,出産が生涯所得や賃金に与える影響はきわめて大きいからである。少子化の分析において,これらの影響を考慮することは不可欠である。本稿のモデルは,基本的にはベッカーなどに従うものの,上述の設定により子供のコストが従来のモデルとは異なる。このことは,予算制約の形に影響を与え,本稿のモデルでは子供をもたない選択をするケースが導出される。さらに,このケースが成立する可能性は,出産による損失所得や賃金低下の程度が大きくなるほど,高くなる。
著者
西村 智
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.25-37, 2016 (Released:2017-11-16)

本稿は,若者の恋愛離れの非経済的要因として,恋人探しを先送りする行動に着目した。行 動経済学にもとづくアンケート調査と実験結果から,目先の気楽な独身生活を優先させて恋人探しを先送りしている未婚者が少なからずいることがわかった。また,恋愛を先送りしており,かつ,現在偏重型の者は,先送りしていることを自覚させられることにより恋愛においてより積極的になるという結果が得られた。これらの結果は,恋愛の先送り行動に関するさらなる研究の必要性を示唆している。
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.110-115, 2021 (Released:2021-11-18)
著者
福田 節也 余田 翔平 茂木 良平
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
2021

<p>「『誰が誰と』結婚するのか」という問いは,結婚における重要な問題でありながら,日本の人口学における知見は限られている。また,この問題に中心的に取り組んできた階層研究者の間でも,日本における学歴同類婚の趨勢については必ずしも一致した見解が得られてこなかった。本稿においては,1980年から2010年までの国勢調査の個票データを用いることにより,日本における学歴同類婚の趨勢を描き出し,その趨勢の変化と社会的・人口学的な含意について解説を加えた。妻30–39歳の日本人夫婦を対象として,記述統計ならびにログリニア分析を行ったところ,われわれの分析結果は,1)学歴同類婚ならびに女性の学歴上方婚の連関が弱まっていること,そして2)女性の学歴下方婚の連関が強まっていることを示した。また,学歴同類婚の連関の強さを学歴別にも分析したところ,3)大学卒の女性において下方婚の連関が強くなっているという結果を得た。これらの結果は,日本や中・先進諸国における学歴同類婚の世界的な新潮流と一致するものであった。本分析で示された学歴同類婚における変化は,どのように説明することができるのであろうか。本稿では,女性の高学歴化と前後して生じた,①グローバル化による労働市場の二極化(雇用の非正規化)と②ジェンダー革命による女性の経済的役割の変化という2つの社会変動との関連を指摘した。加えて,日本で大卒女性の下方婚がより生じやすくなっていることについては,大卒男性において非正規就業の割合が増えたことに伴い,大卒男性の所得分布が下方に推移し,大卒とそれ以外の学歴の者との経済的な境界が一部曖昧となりつつあることも一因ではないか,との見方も示した。すなわち,これらの社会情勢の変化によって,高学歴女性をはじめとする稼得能力の高い女性の結婚市場における魅力が向上した。また,従来よりも男性の学歴と収入の関係が曖昧となった結果,高学歴の女性の一部においては,結婚相手の学歴にこだわらずに結婚する者が出てきた。そのため,最近の研究にみられるように大学卒女性の婚姻率が上昇し,女性の学歴下方婚,とりわけ大学卒女性の下方婚がより生じやすくなった(Fukuda et al. 2019)。現時点においては仮説にすぎないが,本稿における分析は,このようなシナリオと整合的であった。最後に,本稿における分析が示す社会的含意について述べる。今日,多くの中・高所得国においては,男性よりも女性の大学進学率が高い状況にある。先行研究によると,世界的な傾向として高等教育進学率における男女差が逆転することにより,かつて伝統的なパターンであった女性の学歴上方婚が減少し,学歴下方婚が増加している。日本においては,4年制大学への進学率で見る限り,その差は縮まりつつあるものの,これまでのところ従来の男女差は逆転していない。しかし,われわれの分析結果は,夫妻の学歴選好の面において,すでに日本においても同様の変化が生じつつあることを示した。欧米では高等教育への進学における男女差の逆転により,女性を主な稼ぎ手とする世帯の増加,平等主義的なジェンダー態度の拡散,妻学歴下方婚カップルにおける離婚率の減少といった社会規範の変化がみられるという(Esteve et al. 2016)。女性の高学歴化に加えて,わが国では人口減少局面への転換によって労働力人口が先細りつつあり,主に男性のみが就業して家族を養う性別役割分業モデルは日本のマクロ経済にとって望ましいものではなくなっている。長期的な人口減少のトレンドは,政策(例:女性の活躍推進,保育所定員の拡充等)や人々の経済合理性(例:共働き志向)に作用することによって,ジェンダー規範の変容を今後も不可逆的に推進していく一因となるものと思われる。女性の高学歴化のさらなる進展によって,日本においても欧米と同じような社会規範の変化がみられるのか注視していく必要があるだろう。</p>
著者
皆川 勇一
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.25-35, 1989

1960年頃から,農山村および山村地域では,新規学卒者ならびに若者の激しい都市への流出,中高年層にまでおよぶ出稼ぎ,さらに,大量の挙家離村が生じ,その結果,地域人口および世帯の減少が顕著となった。これらの現象およびそれにともなう産業衰退ならびに農山村住民の生活困難が過疎問題である。この過疎の問題が認識され,過疎への対応策が取られてから20年を経た今日,過疎地域はどのような状況にあるか,過疎問題は改善されたと言えるだろうか。本稿ではこうした問題を人口学的側面から検討した。過疎白書にもとづき過疎地域の人口の動向をみると, 1960年代の急激な人口流出とくらべ,最近では,全体としての人口減少は鎮静化しつつある。1960年代のセンサス間人口減少率は10%をこえていたが, 1980〜85年間には3%台に低下し,各センサス間に10%以上の人口減少をみた市町村数も, 1965〜70年期の877から, 1980〜85年期には107に減少した。しかしながら,若年層の人口流出率は依然高い。その上,過去20年以上にわたる若年層の流出の必然的結果である人口老齢化にもとづく出生減と死亡率の上昇によって,過疎地域の人口減少率は今後ふたたび上昇することが将来推計によって明らかにされている。現在,過疎地域の最も深刻な問題は高齢者比率の急上昇である。過疎地域全体の65歳以上の人口の比率は, 1985年現在, 17%に達しており,今後の老齢化の進行も全国にくらべはるかに急速と推計される。この結果,過疎地域では,これから人口の自然減がさらに増大し,高齢者夫婦および高齢者の一人暮らしの世帯が急激に増加することになる。高齢化の進行は過疎地域の社会福祉問題を深刻化させるが,さらに今ひとつの問題は,'高齢化が地域経済の動向におよぼす影響の大きさである。1970年代には,地方経済のささやかな成長が生じたが,それを可能にした第一の主体的条件は,地元居住の中高年世代の多就業化であった。20代30代の若者の大量流出にもかかわらず,戦後農村部に留まりつづけた現在50歳以上層の多就業化こそが70年代の地方経済の拡大の一つの基礎条件であった。しかし,今後これらの就業者は引退ないし死亡し,地方の労働力の供給源は急速に萎縮せざるをえなくなる。とくに過疎地域ではこれは深刻な問題である。村おこし町づくりが様々な形で試みられるなかで,過疎地域の産業ならびに生活の再構成は,当面の地域政策に対し最大の難問を提起している。
著者
松田 茂樹
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.41-53, 2019 (Released:2019-10-25)
参考文献数
19

本研究は,出生行動研究に用いられてきた方法を修正したヴィネット調査を用いて,子育て支援策が追加出生意欲に与える効果を分析した。使用したヴィネットカードは児童手当の増額や幼児教育無償化など6つの架空の子育て支援策を組み合わせた8パターン―分析可能な範囲でカードの枚数を減らしている―であり,それぞれのカードに記された支援策が実施された場合の追加予定子ども数を回答者に尋ねた。web調査によって子どもを持つ有配偶男女に対して実施したヴィネット調査のデータを分析するために,マルチレベル分析を適用した。分析の結果,総じて児童手当など経済的支援にかかわる支援策が追加出生意欲を増加させる効果が高いという知見がえられた。本研究で使用した「複数の架空の子育て支援策が書かれた枚数が少ないヴィネットカード」,「web調査」,「マルチレベル分析」の組み合わせは,出生行動に関するヴィネット調査を研究者に身近で,有効な方法にするものである。
著者
稲葉 寿
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.7-17, 1997-11-30 (Released:2017-09-12)

人口研究における数理モデルの利用は,実証的な科学としての人口学の成立に決定的な役割を果たしてきた。ことにアルフレッド・ロトカによる安定人口理論は,生命表分析とともに近代人口学のセントラルドグマとして1960年代に至るまでその地位は揺るがぬものであった。しかし1970年代に入ると,ロトカモデルは多次元モデルや非線形モデルへと拡張され,人口学における数理モデルは一気に多様化するとともに,人口学的分析の射程は著しく拡大した。この過程でマッケンドリックーフォン・フェルスター微分方程式による人ロモデルの定式化は重要な役割を果たした。微分方程式モデルは数学者,生物学者などの関心を引くこととなり,80年代には年齢構造をも含む一般的な構造化人口モデルの研究が集中的に進められた。また人口学においてもコール,プレストン等によってマッケンドリック方程式の間接推定法への応用が図られ,実用的な意義も確認された。こうした数理的研究の急速な蓄積は80年代後半に至って数理人口学を独立した研究領域として確立しようとする強い動機となったのである。安定人口論は人口の再生産力の測定という根本的課題に答える試みであったが,そこには両性問題という難題があることは古くから指摘されてきた。この問題の解決のためには両性のペア形成過程を考慮にいれた人口再生産モデルを考える必要があるが,これは非常に困難な非線形モデルとなることが知られている。両性モデルについては最近になっていくつかの性質が明らかにされるようになってきたが,数理人口学における最も重要な今後の課題の一つであろう。過去10年の間に数理人口学は学問領域としての自立化をはたしつつあるように見えるが,そのさらなる豊穣化のためには現実の人口問題群や,関連諸領域との絶えざる対話と認識関心の共有化を図ることが必要とされるであろう。
著者
木下 太志
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.27-39, 1999-12-01 (Released:2017-09-12)

本稿は,日本の歴史人口学において,長い間未解決であった問題を取り扱った。それは,宗門改帳における出生の過少登録に関する問題である。この問題は宗門改帳から乳児死亡率だけではなく,出生率をも正確に推計することを妨げており,日本の歴史人口学の発展のネックとなっていた。この問題を解決するため,本稿では,乳児死亡率と出生率を別々に扱い,前半部分で宗門改帳の記録から正確な乳児死亡率を推計する方法について検討し,後半部分で宗門改帳における出生の過少登録を中心に論じた。前半部分では,宗門改帳から得られる情報だけではなく,明治・大正期の人口動態統計も使い,宗門改帳から得られる乳児死亡に関する指標を「初年死亡率」と定義して,それと乳児死亡率との関係を見つけ出し,この関係を乳児死亡率の推計のために使った。後半部分では,マイクロシミュレーションを利用した。その結果,出生の過少登録のレベルは乳児死亡率のレベルと密接に関係しており,徳川時代の乳児死亡率のレベルでは,宗門改帳に記録された出生は,実際の出生よりも14パーセントから18パーセント程度過少に,日本国内の地域性を考え,少し安全側に立っても,12パーセントから18パーセント程度過少に記録されている可能性が高いことがわかった。近年の歴史人口学の研究では,このレベルを20パーセントと仮定することが多かったが,本稿の結果からすると,この仮定は過大に見積もられているという結論が導き出された。本稿では,宗門改帳の記録日によって,出生の過少登録のレベルが大きく影響されるのかどうかという問題についても検証した。この問題に対する答えは否定的なもので,宗門改帳の記録日の違いは,懸念されるほどには出生率の推計に影響を与えないことがわかった。最後に,シミュレーションを使って,異なるサイズの小集団における出生率の分散を検討した。この結果は,小集団における出生率の分散に関するひとつの指標となり,断片的な宗門改帳を扱う際の助けとなるであろう。
著者
森岡 仁
出版者
日本人口学会
雑誌
人口学研究 (ISSN:03868311)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.65-72, 1997-05-31 (Released:2017-09-12)