著者
牧野 有通
出版者
明治大学人文科学研究所
雑誌
明治大学人文科学研究所年報 (ISSN:05433908)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.37-38, 1994-03-31

1992年4月から1993年3月までの本研究における具体的成果は下記の通りである。 a. アメリカ文学会全国大会発表「メルヴィルと新歴史主義」(1992年10月) b. 共著『文学アメリカ資本主義』(南雲堂,1993年1月) c. 「アメリカ作家と南北戦争――メルヴィルの場合」Sky-Hawk,8.(1993年3月) a. 1992年10月18日,成践大学で行われた第31回アメリカ文学会全国大会シンポジウム「アメリカン・ルネッサンス再検討」のスピーカーとして,新歴史主義的批評方法論に基づき,メルヴィルのアメリカ・イデオロギー批判を,ブルック・トーマス,ドナルド・ピーズ,およびエリック・サンドクイスト等の業績を具体例として議論した。
著者
佐藤 清隆
出版者
明治大学人文科学研究所
雑誌
明治大学人文科学研究所紀要 (ISSN:05433894)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.119-154[含 英語文要旨], 2009-03

2005年7月7日(木)と21日(木)の二度に渡り、ロンドンで同時爆破テロが発生した。その死者は50名を越えると報道された。ちょうど、グレンイーグルズ(Gleneagles)で主要国首脳会議(G8サミット)が開催され、また2012年五輪がロンドンで開催されることが決まった(64年ぶり3回目)翌日の出来事であった。この第一回目のテロには、国際テロ組織アルカイダが関係しているとされ、自爆テロを行った容疑者は4名で、パキスタン系英国人3名とジャマイカ系英国人1名と報道された。それぞれ年齢と住まいは、22歳(リーズ)、30歳(デュースベリー)、18歳(リーズ)、30歳前半か?(エイルズベリー)で、彼らは移民2世・3世であった。
著者
八角 真
出版者
明治大学人文科学研究所
雑誌
明治大学人文科学研究所紀要 (ISSN:0389598X)
巻号頁・発行日
no.12, pp.75-129, 1959-02

明治二十九年三月、本郷区立駒本尋常高等小学校高等科二年を修業した平野万里は、四月郁文館中学校に進学した。郁文館中学校は明治二十二年十月、棚橋一郎の創立にかかるもので、当時錦城、共立、日本の各中学と並んで市内では四大私立学校の一つに数えられていた。明治二十二年十月十九日の南京日日新聞は、郁文館中学の設立およびその教育方針を次のように報じている--〔棚橋一郎の郁文館〕今度文学士棚橋一郎氏の發起にて本郷駒込蓬莱町二十八番地に設立した郁文館は、全く金銭主義を掛け離れ、生徒の多少に拘はらず、専ら人材を養育するの目的を以って嚴重に生徒の徳行を監督し傍ら高等中学其他諸官立学校へ入学せんとするものの為普通高等の教育を授くるよし(以下略)
著者
小島 久和
出版者
明治大学人文科学研究所
雑誌
明治大学人文科学研究所紀要 (ISSN:05433894)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.75-90, 2002-03

この小論で取り扱うのはHelisenne de Crenneが1539年に発表した書簡体文学作品『私信ならびに反駁書簡』Les epistres familieres et invectives(略して『書簡集』と記す)である。この作品の作者は本名をMarguerite de Brietといい、1500年頃ピカルディー地方のAbbevilleに生まれ、Crenneの領主Philippe Fournelと結婚して息子Pierreを儲け、1552年頃に亡くなった女性である。彼女の生涯についてほとんど記録が残されていないことから、かつてはさまざまな憶測がなされて、例えば作品に散りばめられた古代ギリシア・ラテン文学からの引用や、ラテン語に基づく造語の多さゆえに、エリゼンヌ・ドゥ・クレンヌをプレイヤード派の師Jean Doratと同一視したり、さらにはFrancois Rabelaisの『第二の書 パンタグリュエル物語』に登場する変体ラテン語を操る「リムーザン学生」その人ではないかと考えられたほどである。