著者
俵木 悟
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

平成19年度は,これまで行ってきた昭和45年の日本万国博覧会(大阪万博)め「お祭り広場」における催し物と,その実現に大きな役割を果たした宝塚歌劇団郷土芸能研究会の活動にっいてのフォローアップ調査を行った。和歌山県太地町の鯨踊りについては,前年度の渡辺武雄氏とのインタビューにおいて,宝塚郷土芸能研究会が復活に関わったことを知ることができたので,本年度は地元で復活を進めた経緯にっいて,現地調査と聞き取り調査を行った。復活に際しての牽引役であった当時の青年のメンバーに対して行った聞き取り調査によって,現地での復活の機運と,郷土芸能研究会の来訪がタイミング良く重なり,とくに音楽の復元等で郷土芸能研究会の指導を受けた様子などが明らかになった。また,高知県の阿波踊りのフォローアップ調査では,当時進んでいた踊りグループ(連)の再編や,その組織化(阿波おどり振興協会,徳島県阿波踊り協会の発足等)が,直接万博への出演が契機となったとは言えないものの,その出演団体選考などに影響を与えていたことが分かった。現在,有名連として知られる多くの踊りグループは,こうした協会への所属によって正統性を認められているが,その権威化に「万博出演」の果たした役割は大きいと考えられる。また,宝塚歌劇団郷土芸能研究会の活動については,平成20年1月26日に開催された民俗芸能学会第117回研究例会において,池田文庫の鶴岡正生氏を迎えて「阪急学園池田文庫収蔵の日本民俗芸能取材資料の紹介」と題した講演をしてもらい,研究代表者(俵木)が司会・コメンテーターとして,学会にその活動の紹介を行い,残された資料の今後の利用について意見交換を行った。こうした調査の成果をまとめ,3月に研究成果報告書を刊行した。
著者
渡邊 明義 津田 徹英 早川 泰弘 三浦 定俊 淺湫 毅 中村 康 佐野 千絵 斎藤 英俊
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

彩色文化財の技法と材料について、日本とドイツの美術史研究者、伝統技術者、自然科学者が共同して研究調査を行った。研究期間中は互いの研究者が双方の国を毎年一回ずつ訪問し、あらかじめ選定しておいた現地で詳細な調査を行い、シンポジウムを開催し討議を行うなどして研究をすすめた。研究対象は、ドイツ側では主に南ドイツ(バイエルン地方)の中世彩色木造彫刻を取り上げたが、日本側では彫刻に限らず、絵画、工芸、建造物など広く関心を持って調査を行った。また彩色文化財そのものだけでなく、彩色に用いる顔料の製造工場や、金箔工房など、また各地の修復工房や作業現場でも調査研究を行い、彩色材料やその技法、修復技術への応用などについても相互の理解を深めるようにした。顔料分析については、ドイツにおいてはサンプリングによる試料の分析を積極的に行ったが、わが国の文化財については試料採取が困難なために、現場で試料を採取しないでそのまま顔料分析できるポータブル蛍光X線装置を開発した。この手法は対象作品表面からの測定になるため、彩色層に顔料を混合して用いているのか複数の顔料層か分析結果からだけでは判別できないが、実体顕微鏡を用いた観察と組み合わせることによって、確度の高い情報を得ることができた。本研究を通して、報告書に示すように多くの研究成果をあげることができた。一例としては、源氏物語絵巻物の顔料分析を初めて行い、白色顔料に従来想定されていた鉛を含む白色顔料(おそらく鉛白)だけでなく、カルシウムを含むもの(おそらく胡粉)、軽元素しか含まないもの(おそらく白土)、それにこれまで知られていなかった水銀を含む顔料の4種類を用いていることや、日本の彫刻彩色に緑色顔料として岩緑青以外に、砒素と銅を含むものや軽元素だけの顔料を用いていることを、初めて明らかにしたなどをあげることができる。
著者
三浦 定俊 早川 泰弘 木川 りか 佐野 千絵 宮越 哲雄
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

我が国の科学技術黎明期資料が、江戸時代から明治時代のはじめにかけて当時どのような材料と技術を用いて造られたかについて、これまでほとんどなされていなかった科学的観点からの実証的な調査研究を行った点が、本研究の特色である。幸いにも東京文化財研究所には、国立科学博物館に寄託されたトヨタコレクションが保管されていたので、コレクションをよそへ移動せずにその実証的な研究が可能となった。本研究では、資料のX線撮影にX線デジタル画像装置を利用した。この装置はダイナミックレンジが広く、通常の写真フィルムでは撮影が困難な、材質や厚みの著しく異なる資料の撮影に最適であった。また現像の手間が掛からないデジタル処理なので、点数が1,300点にも上るトヨタコレクションであっても効率的に研究し、本書に示すような成果を上げることができた。また今回の特定領域研究には大勢の研究者が関わっていたので、調査成果を速やかに整理して、デジタル画像をコピーして配布するなど、X線デジタル撮影の特長を生かして、本研究は「江戸のモノづくり」の特定領域研究全体に貢献することができた。この他、武雄市図書館・歴史資料館の所蔵する、二十人代武雄領主鍋島茂義(皆春齋、1800〜62)が収集した顔料の調査を行った。資料館の所有する茂義のコレクションの中には、当時の包みのままの絵の具が多数残されている。他に類例のない大変貴重なもので、資料館の協力を得て、それらの絵の具を整理・分類して分析し、当時どんな名称の下にどんな顔料が使用されていたか明らかにすることができた。
著者
岩井 俊平
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

本研究の目的は、中央アジアにおける仏教文化の時期と伝播経路を明らかにすることである。平成17年度の研究において、すでに出土遺物や遺構のデータを集成し、遺跡の時期を特定するデータをそろえることができた。今年度は、これらのデータを総括し、これまで研究代表者が行ってきた土器の編年について、新たなデータを加えることができた。それは、創価大学のダルヴェルジン・テパ(ウズベキスタン)出土資料の放射性炭素年代測定であり、これによって、一部クシャーン朝期とされてきた土器の年代が4世紀後半にまで下がることが確認され、研究代表者の年代観を証明することができた。それに従えば、一部の仏教遺跡は、5世紀まで継続せず、4世紀後半で廃絶することとなる。さらに、バーミヤーン遺跡の壁画に見られる諸要素を検討して東トルキスタンのキジル石窟壁画や敦煌壁画と比較し、バーミヤーン壁画の古い要素は、すでに東トルキスタン地域に存在していたものであり、アフガニスタンの7世紀以降の仏教に、中国の要素が非常に多く含まれていることも明らかにした。また、現地タジキスタンに赴き、ワフシュ川、カフィルニガン川流域の遺跡および6〜8世紀に発展し、世界史上重要な役割を果たしたソグド地域の諸遺跡を見学して、その出土遺物を調査した。これらの調査から、西トルキスタンの仏教遺跡は1〜4世紀に属するものと、6〜8世紀に属するものとに二分されることが明らかとなり、さらに後半の時期に属する仏教遺跡については、中国西域からの文化的影響を無視することができないということが判明した。これは、6〜8世紀の中央アジア(特に西トルキスタン)仏教のあり方に関するこれまでの観念に変更を迫るものであると考えられる。
著者
三浦 定俊 石崎 武志 肥塚 隆保 川野邊 渉 佐野 千絵
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2005

はじめに高松塚古墳、キトラ古墳におけるこれまでの環境測定データを整理してまとめた。特に高松塚古墳については、発掘後、約30年間の温度データを下に、石室内の温度が80年代以降の外気温上昇の影響を受けて上がってきたことを明らかにした。また高松塚古墳の墳丘部の土質や水分分布を調査し、墳丘部の土の間隙の約半分は空気で占められる不飽和状態になっていることがわかった。あわせて墳丘土の水分特性を調べたところ、これと平衡となる相対湿度は100%となることがわかり、これまでの石室内での相対湿度の測定結果が裏付けられた。古墳石室内の生物的環境については、高松塚古墳・キトラ古墳の壁面を覆っているゲル状の汚れはカビ、バクテリア、酵母からなるいわゆるバイオフィルムであることを明らかにした。また石室内外から試料を採取し、菌類や酵母、バクテリアについて遺伝子配列解析による分子レベルの系統解析を行った。その結果、両古墳で類似のものもあるが、特にバクテリアについては優占種が異なっていることがわかった。古墳保存施設をどのように管理すべきか検討するために、キトラ古墳の施設を例に施設管理の手法とその効果についての検証を進めた。その結果、施設内大気中浮遊菌の量の推移と種類の相同性から、室内大気の動きを把握する手法を確立した。
著者
鈴木 環
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では、バルカン半島からトルコ、カフカス諸国にいたるまでの黒海周辺地域に残された、中世の東方キリスト教教会・修道院遺構を対象に、「建設技術の地域間交流の解明」、「ポスト社会主義時代の歴史遺産の保存と活用に向けた遺産の評価」という2つのテーマを並行して行う。前者は、ビザンツ文化圏の周縁世界として偏った建築史研究上の位置づけを「地域性」と「技術者交流」という観点から再考することを目的とする。後者は、社会主義時代における宗教遺産の興廃と劇的な周辺環境の変化を経て、今後保存と活用にむけた遺産の再評価を行うことを目的とする。本年度はルーマニア・文化省歴史遺産保存局(ブカレスト)、イオンミンク工科大学にて保存修復に関する資料収集を行い、スチャヴァ、イアシ、アルゲシュの周辺に残る中世教会・修道院遺産を対象にフィールドワークを行った。教会・修道院建設における技術者交流のなかで、ドーム架構にみられるカフカス建築の影響に着目し、その分類を行った。各部屋の用途、平面形式、および壁画のプログラムと用いられるドーム架構の形式との間に相互関連があることを確認し、カフカス建築からの影響とみられる「星型ドーム」の導入と発展過程を知ることができた。またイスラームの影響を受けた装飾の付加、および19世紀のフランス人修復家による増改築・保存修復に着目した事例研究を行った。修復記録、図面および古写真から修復前と現在の姿を対照し、修復の理念と技術に関する時代的特徴を把握した。創建当初の正教の遺産としての価値に対する、他宗教の様式との混在、近代のデザインの介入など、異なる遺産価値を併せ持つ遺産としての評価とが課題となる。