著者
佐野 真人
出版者
皇學館大学
巻号頁・発行日
2018-09-28

平成30年度
出版者
皇學館大学
巻号頁・発行日
2018

元資料の権利情報 : CC BY-NC-ND
出版者
皇學館大学
巻号頁・発行日
2015

元資料の権利情報 : CC BY-NC-ND
著者
岡野 友彦 永村 眞 漆原 徹
出版者
皇學館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究では、室町時代の幕府発給文書に焦点を絞り、古文書がその「もの」として有する料紙などの非文字列情報と、古文書の上に書かれた文字列情報との間に、どのような有機的関連性があるのかを検討した。具体的には透過光を用いた古文書の顕微鏡撮影などによって、不純物をきれいに除去した紙と不純物の残る紙、わざと米粉を入れた紙と入れなかった紙に大別できること、その二つの組み合わせから、4種類の料紙に分類できることを確定した。これら4種類の紙が、それぞれ文字列情報としてどのような古文書に使用されているかの確定にまでは至らなかったが、一定の見通しを得ることはできた。
著者
上野 秀治
出版者
皇學館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本課題研究によって得られた研究成果のうち『岩倉公実記』の編纂過程は次の通りである。1.明治16年8月香川敬三に岩倉具視行状取調べが命ぜられると、香川は岩倉家職員山本復一に資料蒐集を依頼、写字生を使い、おそくも同年11月より蒐集作業を開始した。2.明治17年5月頃から城多董が加わり、18年6月頃より薄井竜之が加わるが、薄井は同年8月にはやめ、かわって多田好問が加わった。3.城多董は年語編集に集中したが、18年8月頃には岩倉具視絵伝(絵巻物)の作成にかかった。絵伝の絵は田中有英に描かせた。4.編纂費用は当初香川敬三が立替え、17年頃より21年3月までは内閣機密金から支出され、その後28年9月までは皇后の手元金から支出された。5.明治21〜22年頃から三条実万・実美父子の年譜作成が本格化し、山本復一・城多董がこれに関与することになった為、岩倉行状取調べは停滞しつつも、多田好問が中心になり、西尾為忠が加わった。6.26年末には岩倉行述編輯は多田が主筆となり、西尾は絵伝の詞書を担当、資料整理は沢渡広孝が行なっていて、具視の10年祭には間に合わなかった。7.30年前後は編纂が進まず、33年西尾の死去、35年沢渡の転出にあい、多田一人で執筆する状態になった。8.岩倉の20年祭(36年7月)を目標に編纂を急ぎ、多田が執筆した原稿を香川・原保太郎・薄井竜之とで校読会を開いて修正した。9.明治36年12月に『岩倉公実記』稿本を奉呈した。これらのことから、資料蒐集、年譜編集、伝記編纂と、歴史編纂に必要な手順を踏んでいることが明らかとなった。途中で絵伝作成が加わったが、これで明治40年代に湯川松堂が描いて完成した。当時、目で見てわかる歴史絵巻がわかりやすく、必要なものと認識されており、明治天皇もそれを要望した。三条実美の伝記も、年譜と絵伝を作成しているところから、当時の歴史編纂に絵伝の占める地位は大きかったと結論づけられる。
出版者
皇學館大学
巻号頁・発行日
2015

元資料の権利情報 : CC BY-NC-ND
出版者
皇學館大学
巻号頁・発行日
2018

元資料の権利情報 : CC BY-NC-ND
著者
櫻井 治男 齋藤 平 谷口 裕信 濱千代 早由美
出版者
皇學館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、明治維新を転機とする日本社会の変革状況のなか、新政府の下で実施された伊勢神宮の諸改革の影響による伊勢信仰の持続と変容の解明にある。特に神宮と在地とを繋いでいた御師の制度廃止と旧御師家の活動・生活実態につき岩井田家所蔵資料の活用を図った。その結果、①未公開資料約2万点のうち半数の目録化を完了し、資料の展示公開を行うことで研究及び資料の重要性を示した。②旧檀那地域の調査により、在地と岩井田家との関係が1930年代後半まで続き、伊勢信仰の持続性とかかわる点を明確にした。③参宮者の伊勢における宿泊面で、近代的な旅館業との競争原理のなかで旧師職家の役割が衰退する動向を明らかにした。
著者
櫻井 治男 牟禮 仁 本澤 雅史 河野 訓 塚本 明 藤本 頼生 石原 佳樹 八幡 崇経
出版者
皇學館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

本研究は、(1)神仏分離時期の行政文書(廃仏毀釈・神葬祭関係が中心)のデジタル画像化と公開、(2)寺院を中心とした廃仏毀釈状況の検証、(3)新たな葬儀形式である神葬祭の受容期における寺院と人々との関係などについて研究を進展させることを主な目的とした。それぞれの成果の概要は次の通りである。(1)については、三重県庁所蔵の関係行政文書、約5000枚のデジタル画像化を行ない、三重県史編纂室、皇學館大学、三重大学の3か所においてパーソナル・コンピューターによって閲覧することを可能とした。また、三重県神社庁所蔵の関係文書および神宮文庫において研究上重要な史料の存在を確認することができた。但し、これらの史料は膨大な量に及び、研究の推進上はその一部を活用するにとどまっており、今後の研究課題として残された。(2)寺院を中心とした廃仏毀釈状況の検証は、なお時間をかけて明らかにすべき課題である。本研究では、関係史資料(文書・絵図)の確認と一部資料の収集を試みたが、内容的な検討は必ずしもできず今後の研究展開に委ねることとなった。しかしながら、関係資料の一部を研究報告書に収録し、研究基盤の一端を公開する役割を担うことができた。(3)の神葬祭化の問題は、本研究グループが主体となり行なったシンポジウムを通して、研究の方向性や観点などを明らかにすることができたが、実生活における状況の解明や、更なる史料の収集および内容検討は今後の課題となった。