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豊橋市史談
RT @oretatami: 豊橋の国学者羽多野敬雄の書簡に文久3年12月の以蔵の動向が出てくるんだ。 羽多野さんへ攘夷事件を語ったり新居の飯田武兵衛本陣に泊まったりしてる。 https://t.co/8xzDM9MkbO
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幕末期土佐藩の国事運動と「政治犯」化 : 「御用状」にみえる土佐勤王党への対応を素材に
RT @oretatami: https://t.co/Oy2Yy6KWIi 幕末期土佐藩の国事運動と「政治犯」化 : 「御用状」にみえる土佐勤王党への対応を素材に 「土佐藩京都藩邸史料」では土佐勤王党のこともこんなにいろいろ書かれてるんだあ…!面白かったです
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武田観柳斎書簡 河村宛
RT @T_urade1987: この書簡で武田観柳斎は桂川で魚釣りしたと書いており、つまりそれだけ非番の日が多かったということなんでしょうね。しかし武田と釣りで絡めたフィクションは意外に少なそうです。 https://t.co/Bgt0hxnN9R
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幕府名士近藤勇
RT @hajime0083: 幕府名士近藤勇 - 国立国会図書館デジタルコレクション 明治30年発行の推しカプ同人誌を読んだ https://t.co/l21slaXcmE
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〔海軍歴史資料 写〕
RT @T_urade1987: 勝海舟関係文書「伊藤甲子太郎建言書」。おや、と思う方もいるでしょう。しかし、末尾を見てください。慶応四年三月、既に新選組のその人は死んでいます。更に「臣重固」とあるのにご注目を。伊東の諱は武明ですよね。そう、伊東甲子太郎がもう一人、幕末期にはい…
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人見・中川両苗と新撰組-幕末における二つの「郷士」集団-
RT @T_urade1987: 奈良勝司さんの「人見・中川両苗と新撰組-幕末における二つの「郷士」集団-」、公開されていました。面白い論文です。是非一読願えれば。 https://t.co/sueJyFALkc
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新撰組十勇士伝
@funnyara5 松林伯知の新撰組十勇士伝と思われます。https://t.co/Yown09eRjN
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茨城県贈位者事蹟
RT @T_urade1987: @kyounilokazu こちらで読めます。関口泰次郎、伊東摂津(甲子太郎)の事蹟も読めますね。 https://t.co/PQYYyrnPiP
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西南記伝
RT @T_urade1987: @hitachinokuni64 @kyounilokazu 参考になるかは分かりませんが、西南の役の際、不穏な動きをしていた士族の中に茨城県士族伊藤辰之助がいた由ですね。 https://t.co/XKDQ6dkLNP
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続再夢紀事
RT @T_urade1987: この続再夢紀事(枢密備忘からの孫引き)の記述は新選組を考える上でも重要です。守護職松平容保は当初水戸の武田耕雲斎を頭目にして浪士を統轄させ攘夷を行おうと考えていた訳ですね。 https://t.co/euQ4yUlzCm
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贈正五位乾十郎事蹟考
RT @T_urade1987: @busyo3 ちなみにこの時に下村と共にいた兜惣助は後に上京して木屋町の吉成勇太郎の元におり、後の天誅組乾十郎と共に広井磐之助の仇討ちの見届け人の一人になっていたりします。 https://t.co/t7C2d83wJS https://t.…
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贈正五位乾十郎事蹟考
RT @T_urade1987: @busyo3 ちなみにこの時に下村と共にいた兜惣助は後に上京して木屋町の吉成勇太郎の元におり、後の天誅組乾十郎と共に広井磐之助の仇討ちの見届け人の一人になっていたりします。 https://t.co/t7C2d83wJS https://t.…
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長州之天下
RT @3103_ky: https://t.co/dLQsaG3t6T タイトルが「怪傑坪井九右衛門」なのに大していいことかかれない坪井さん気の毒。 というか「独娘かねの入婿宗一(前名竹之進)を相続人とさだめたところへ」って竹槌さん??
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安政期福岡藩における西洋軍法の導入と抵抗
RT @momokurohan: @kyounilokazu 踏み込んだ内容だと、PDFでこんなものもあり、勉強になります。 https://t.co/01cjo4lCTB
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萩藩文久改革期の政治組織 : 政事堂の創設と両職制の改編
RT @3103_ky: J-STAGE Articles - 萩藩文久改革期の政治組織 : 政事堂の創設と両職制の改編 https://t.co/8szpPwBbm8 76頁と79頁の概念図は印刷して取っておきたいなあ
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会津藩庁記録
RT @3103_ky: #醒めた炎二 捕虜になっちゃった椋梨さんの甥っこ村岡伊助さんの申立て https://t.co/jQUoRzA3aa 次のページのこれ、10秒くらい悩んだ>高橋真作
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風簷楼遺稿
RT @T_urade1987: @tetutetu113 相馬藩の藤田九万です。柴原和(順治)を通して交流があったらしく、「安東鉄馬伝」なる小文を物しておりまして、「河村は、松田十助変姓名也」とありますね。近い文章は松村厳の本にも引用されていますが変名について書いた部分はあり…
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壬生浪士の思想事情
RT @T_urade1987: 以前書いた『壬生浪士の思想事情』CiNiiに掲載されたようです。内容はともかく(笑)、これで論文扱いして頂いたことになるのでありがたいですね。 https://t.co/5WKv6IXwXc
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振武余光
RT @T_urade1987: @kyounilokazu インターネット上でも読めますよ。『振武余光』になります。 https://t.co/R4SwDv8mqn
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回天実記
RT @T_urade1987: 回天実記の慶応元年四月二十五日の項に水藩の豊川仙蔵なる人物が壬生浪士に失策があり洛中見廻りを御免になったという情報をもたらしている事が分かります。慶応五年になっても、壬生浪士の情報を得ることができたのですね。 https://t.co/Kwwc…
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木戸孝允日記
RT @3103_ky: http://t.co/dZAlEcBCCs 木戸日記の明治9年3月2日に多田荘蔵の名前が出てた。晩年アレみたいな記述をどっかで見たんだけど、生きてたんだ多田さん。
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小木の城山
RT @T_urade1987: こちらで富山四郎の最後と、富山神社の由緒が読めます。結構詳しいですが、誤りも多いとのことです。色々言及される史料が多いのですが、彼も謎が多いですね。鹿児島県士族に「冨山五郎」と言う人がおり、弟かもしれませんが、確証はないです。 https://…
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郷土の童話と詩
RT @T_urade1987: 富山弥兵衛(四郎)の歌です。戦死した地域では、戦前の時点で結構知られていたようですね。 https://t.co/uGyDfgCJLo
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愛媛県先哲偉人叢書
RT @T_urade1987: @kyounilokazu 大橋書簡の「同国友愛の情もて」と言うところからのようですね。輪堂は伊予国出身、矢野玄道も同じくですので、そうではないかという推測でしょう。はっきり書かれている訳ではないので、確実性はありませんが……。 https:/…
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豊橋市史談
RT @T_urade1987: @kyounilokazu 山本速夫に関してはこちらが詳しいですね。書簡などを掲載しています。内山彦次郎の事件に言及しています。ネットでは明治二年没とありますが、それは誤りで明治七年没ですね。 https://t.co/nyeBRRpfWQ
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西海忠士小伝
RT @T_urade1987: @kyounilokazu 中田(または田中)から斎藤弥九郎から斎藤姓を譲り受けて斎藤九一郎を名乗ったようですね。略伝はこちらに詳しいです。西郷と関わりがあったり、重要人物の一人ですが史料は少ないですね。 https://t.co/5TLZEN…
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大日
RT @T_urade1987: @kyounilokazu ネットでは読めませんがこちらになります。六回に亘って連載されています。 https://t.co/DYyPvS9L3x
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大場伊三郎京都本圀寺風雲録
RT @T_urade1987: 『大場伊三郎京都本圀寺風雲録』は知られていませんね。大塲家と吉成家は繋がりが深いです。西本願寺の演武場開かれたことも、この史料から知ることができます。 https://t.co/jc1yQKMvtz
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薩長商社計画と坂本龍馬 : 坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本)
RT @iga_iganao: 五代くんと渡辺昇の接点ぐぐってたらこのようなものに行き当たった。五代くんが持ちかけた商社計画に関して、木戸さんが昇をパシッている/CiNii 論文-薩長商社計画と坂本龍馬:坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本) https:…
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土佐史談
https://t.co/Z2siElvzZg 今年読んだ中で面白いな~と思った近江屋、 とさ史談「坂本龍馬先生事蹟余聞」の 「高知県人で土佐史談会員の市村梅太郎君が、少壮の時この今井信郎氏に面会し、親しく暗殺当時の物語を聞いたことがあった」の談話で 藤吉と龍馬が刺客に抗戦してるところ
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羽田野佐可喜翁小伝
https://t.co/VQTT70b7DQ 羽田野さんの伝記だと、吉田の羽田野さん宅に潜伏した志士の中の一人として以蔵がカウントされてる。(次デジすごすぎる~) https://t.co/UiufXatuqF
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豊橋市史談
豊橋の国学者羽多野敬雄の書簡に文久3年12月の以蔵の動向が出てくるんだ。 羽多野さんへ攘夷事件を語ったり新居の飯田武兵衛本陣に泊まったりしてる。 https://t.co/8xzDM9MkbO
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本朝武家諸姓分脈系図
@NFt0LnabR2IDH7C ありがとうございます。たぶんその家かなと。麹町常仙寺が墓所と記録されていますね。遠山資尹は文人だったそうですが……。 https://t.co/TyqatV6cM1
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前原一誠 : 不運なる革命児
前原一誠 : 不運なる革命児 130コマ。 https://t.co/tfKr6huwMe これの元になった記事がおそらく西南記伝下巻2の一柳訪伝。 65コマ。 https://t.co/UW6M26092x
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西南記伝
前原一誠 : 不運なる革命児 130コマ。 https://t.co/tfKr6huwMe これの元になった記事がおそらく西南記伝下巻2の一柳訪伝。 65コマ。 https://t.co/UW6M26092x
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国民過去帳
国民過去帳(『明治過去帳』)より前野五郎(左上)没日も流布しているものより半年も違います。新選組云々の過去は記載されず。新選組隊士の中では分かっている人という印象でしたが、調べた方がいいでしょうね。 https://t.co/vIBqBmQ0So
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幕末期土佐藩の国事運動と「政治犯」化 : 「御用状」にみえる土佐勤王党への対応を素材に
https://t.co/Oy2Yy6KWIi 幕末期土佐藩の国事運動と「政治犯」化 : 「御用状」にみえる土佐勤王党への対応を素材に 「土佐藩京都藩邸史料」では土佐勤王党のこともこんなにいろいろ書かれてるんだあ…!面白かったです
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肥後藩国事史料
正確には松村十助のようです。松田重助の書き間違いとも思えますが。 https://t.co/CBV4OlhY7P
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神武天皇陵御修復と戸田忠至「中元御祝義金三百疋」 : 『庁攬』文久三年七月条より
明治16年3月30日、幕末の山陵奉行だった戸田忠至が死去。外池昇「神武天皇陵御修復と戸田忠至「中元御祝義金三百疋」」(『成城大学共通教育論集』7、2014年)は、文久の修陵をめぐる戸田の悪評や、宇都宮藩家老の家督の身分から異例の大出世を遂げたことなどに言及。 https://t.co/2mmDsYjLT5
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武田観柳斎書簡 河村宛
この書簡で武田観柳斎は桂川で魚釣りしたと書いており、つまりそれだけ非番の日が多かったということなんでしょうね。しかし武田と釣りで絡めたフィクションは意外に少なそうです。 https://t.co/Bgt0hxnN9R
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川俣茂七郎
『川俣茂七郎』によれば天狗党高橋上総介(赤報隊の高橋新太郎)、色々やったと書かれていますね。神職だからと言って必ずしも大人しかったと言う訳ではないようです。 https://t.co/E9faIRrSLj
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東京市史稿
芳賀敬太郎、永倉と同年ぐらいと思われていましたが、想像以上に年を食っていたかも知れません。こちらで四谷内藤宿に屋敷替えされているのですが、弘化元年です。「諸向地面取調書」を見ると「芳賀禄之助」が四谷内藤宿にいます。これ口書の「六之助」のことですよね。 https://t.co/SnBlBvdFpc
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明治維新赤穂志士高野の殉難
出典はこちら、同志細木元太郎の書簡です。原六郎のものも載ってます。 https://t.co/4Dz0CM1zr9
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浮沈日記
大久保利通関連文書、面白いですね。第二奇兵隊立石孫一郎が殺されたときに所持していたらしい「浮沈日記」が読めます。新館精一郎と会ったことは他の史料から分かりますが、楢林昌建とも面会していたり、色々と興味深い。 https://t.co/B1gS9SOL5h
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維新史料綱要
大体風説書だよりで、史料稿本を見てみても非当事者の伝聞・手記の類いだということが分かります。 https://t.co/BuBCOrtXVq
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元勲から色男へ : 木戸孝允表象と視覚メディア
元勲から色男へ : 木戸孝允表象と視覚メディア https://t.co/x1vJi6nvcB
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幕府名士近藤勇
幕府名士近藤勇 - 国立国会図書館デジタルコレクション 明治30年発行の推しカプ同人誌を読んだ https://t.co/l21slaXcmE
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台湾総督府内務部長古荘嘉門について
大正4年5月11日、古荘嘉門が死去。幕末の肥後藩出身で、井上毅と同門。明治初期に河上彦斎と共に反政府の運動に関与。野口真広「台湾総督府内務部長古荘嘉門について」(『社学研論集』4)曰く、明治20年代の対外硬運動を担った国権党初代総理で、日本の台湾統治の重要人物。 https://t.co/U3mq6IrDAI
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真木和泉守遺文
@ho7na 小河一敏の『王政復古義挙録』によれば「淵上丹次」は真木らとともに薩摩藩邸入りしており、そこから角照三郎と長州に向かったようです。一緒に亡命したが袂を分かったと吉田玄蕃宛の真木が述べているのはそのためでしょう。 https://t.co/EHCpThI6zK
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真木和泉守遺文
@ho7na 勉強しましょう。渕上家の動向は真木の南僊日録で分かります。訥庵の門下に入った時期も特定出来るほどです。やはり真木の一番弟子ですから真木の書いたものにあたるのが早い。山梔窩に父、妻、兄、弟が祀られています。 https://t.co/SRJyTfCwon
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〔海軍歴史資料 写〕
勝海舟関係文書「伊藤甲子太郎建言書」。おや、と思う方もいるでしょう。しかし、末尾を見てください。慶応四年三月、既に新選組のその人は死んでいます。更に「臣重固」とあるのにご注目を。伊東の諱は武明ですよね。そう、伊東甲子太郎がもう一人、幕末期にはいたんです。 https://t.co/Wb9SPAbrJ1
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【資料紹介】森銑三刈谷日記・上(大正五年六月一七日~一二月三〇日)
昭和60年3月7日、森銑三が死去。『森銑三著作集』が「正」と「続」の合計で30冊ある。高木浩明「資料紹介 森銑三刈谷日記・上(大正五年六月一七日~一二月三〇日)」(『書物・出版と社会変容』21、2018年)は、幕末の国学者・村上忠順の旧蔵書を整理したときの日記を紹介。 https://t.co/ilSY7MBGLd
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内務省期の農書編纂と織田完之 (奥村哲教授・木村誠教授記念論文集)
大正12年1月18日、織田完之が死去。幕末期、天誅組総裁・松本奎堂に師事した。明治期に内務省、次いで農商務省に出仕し、農政に携わった。國雄行「内務省期の農書編纂と織田完之」(『人文学報』505)は、「近世農書の発掘、刊行に貢献した」と指摘。佐藤信淵や平将門を研究。 https://t.co/CKRiWKW37h
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小木の城山
https://t.co/0z5EYKPkGU #帝國圖書館 https://t.co/OiBaBPGENx
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西海忠士小伝
@kyounilokazu その際に師範の一人であった斎藤(田中)九一郎が捕縛されてますね。彼は別名を斎藤主計と言い、慶応四年三月に香川敬三、巣内式部、阿部十郎らと共に軍曹を拝命しています。なので実は新選組とは縁が深いです。 https://t.co/5TLZENNjxi
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幕末期における豪農層の活動 : 長倉村大森彦重道義を中心に
中村早知惠『幕末期における豪農層の活動 長倉村大森彦重道義を中心に』(茨城県立歴史館報45所収)を入手しました。末尾に「御上京御供東海道上下記」全文翻刻されています。大高又次郎は桜任蔵の分骨に関わった由。古高俊太郎は古高喜衛門として名前が現れます。 https://t.co/DUK4irufHf
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西南記伝
@hitachinokuni64 @kyounilokazu 参考になるかは分かりませんが、西南の役の際、不穏な動きをしていた士族の中に茨城県士族伊藤辰之助がいた由ですね。 https://t.co/XKDQ6dkLNP
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人見・中川両苗と新撰組-幕末における二つの「郷士」集団-
奈良勝司さんの「人見・中川両苗と新撰組-幕末における二つの「郷士」集団-」、公開されていました。面白い論文です。是非一読願えれば。 https://t.co/sueJyFALkc
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広沢真臣の子,健三のアメリカ留学について
まだちゃんと読んでいませんがハウスさんの広沢さん評がとても良い。6フィートの巨人・・・ 「広沢真臣の子,健三のアメリカ留学について」 https://t.co/Uu9he0I40l
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真木和泉守遺文
これは確かにそうで、真木和泉は文久の改革に始まる「公武御一和」に同調しているんですよね。久光らの朝廷への政治参与こそが公武合体だと。また同時に一橋慶喜、松平春嶽の将軍後見職、政事総裁職への就任を高く評価しています。これが文久三年三月のことです。 https://t.co/HFZl2voxrK
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続再夢紀事
この続再夢紀事(枢密備忘からの孫引き)の記述は新選組を考える上でも重要です。守護職松平容保は当初水戸の武田耕雲斎を頭目にして浪士を統轄させ攘夷を行おうと考えていた訳ですね。 https://t.co/euQ4yUlzCm
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贈正五位乾十郎事蹟考
@busyo3 ちなみにこの時に下村と共にいた兜惣助は後に上京して木屋町の吉成勇太郎の元におり、後の天誅組乾十郎と共に広井磐之助の仇討ちの見届け人の一人になっていたりします。 https://t.co/t7C2d83wJS https://t.co/nNTrCe0BkD
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贈正五位乾十郎事蹟考
@busyo3 ちなみにこの時に下村と共にいた兜惣助は後に上京して木屋町の吉成勇太郎の元におり、後の天誅組乾十郎と共に広井磐之助の仇討ちの見届け人の一人になっていたりします。 https://t.co/t7C2d83wJS https://t.co/nNTrCe0BkD
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明治二十年のファンシーボール : あるいは鹿鳴館外交の挫折について
明治二十年のファンシーボール: あるいは鹿鳴館外交の挫折について https://t.co/UHHyR41ao0 仮装パーティの参加者について #メモ ていうかこれは仮装なんだろうか・・・? >宮中顧問官・佐佐木高行(長裃の土佐武士) >陸軍大臣大山巌(薩摩武士)
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長州之天下
https://t.co/dLQsaG3t6T タイトルが「怪傑坪井九右衛門」なのに大していいことかかれない坪井さん気の毒。 というか「独娘かねの入婿宗一(前名竹之進)を相続人とさだめたところへ」って竹槌さん??
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維新日乗纂輯
以前の中村小次郎、『維新日乗纂輯』二巻の真木直人日記にも出て来ていました。当時下関にいた真木と会ったようです。柏木民部と行動をともにしていたようですが奇兵隊に加わっていたのかも知れませんね。ただ、この日記はどうも後年加筆された痕跡もあります。 https://t.co/A8pY8joGGH
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防長回天史
該当箇所「防長回天史四」264~265頁 https://t.co/x9eg6nb9pm 小説なんかで言われてる「攘夷ムリって指摘したから(蒙昧な)攘夷派に斬られた」ってのとはニュアンス違った。
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萩藩文久改革期の政治組織 : 政事堂の創設と両職制の改編
J-STAGE Articles - 萩藩文久改革期の政治組織 : 政事堂の創設と両職制の改編 https://t.co/8szpPwBbm8 76頁と79頁の概念図は印刷して取っておきたいなあ
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日本杏林要覧
瀧本玄馬、天保十二(1841)年生ですね。『日本杏林要覧』で確認しました。坂本杢三郎は文政九(1826)年生まれだと思われるので、同一人物だという見立てはどうもハズレのようです。 https://t.co/t5K7NgyPNT
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風簷楼遺稿
@tetutetu113 相馬藩の藤田九万です。柴原和(順治)を通して交流があったらしく、「安東鉄馬伝」なる小文を物しておりまして、「河村は、松田十助変姓名也」とありますね。近い文章は松村厳の本にも引用されていますが変名について書いた部分はありません。 https://t.co/ezlfvkQbuS
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壬生浪士の思想事情
以前書いた『壬生浪士の思想事情』CiNiiに掲載されたようです。内容はともかく(笑)、これで論文扱いして頂いたことになるのでありがたいですね。 https://t.co/5WKv6IXwXc
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会津藩庁記録
こちらの「京都方浪士人別」に出ている万年大進が誰だか分かりました。恐らく誤記で万年大純が正確でしょう。漢学者で医師だったようですね。 萬年櫟山の名前で『皇國醫系』という本を文久元年に出しています。それなりに知られていたようですね。 https://t.co/GWVI7NI0mq
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浪士姓名簿
@morokoshoten 突然すみません。「浪士姓名簿」はこちらのものとは違うのでしょうか? https://t.co/xk0ODRtLw7
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小木の城山
こちらで富山四郎の最後と、富山神社の由緒が読めます。結構詳しいですが、誤りも多いとのことです。色々言及される史料が多いのですが、彼も謎が多いですね。鹿児島県士族に「冨山五郎」と言う人がおり、弟かもしれませんが、確証はないです。 https://t.co/E0LXL8UGqg
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郷土の童話と詩
富山弥兵衛(四郎)の歌です。戦死した地域では、戦前の時点で結構知られていたようですね。 https://t.co/uGyDfgCJLo
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童子
『童子』という本には貴重なエピソードが載っています。親の七光りの無能というイメージからは程遠い人に見えますね。ただ父の名には縛られていたようです。 https://t.co/dNYyd6i4jN
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会津藩庁記録
#醒めた炎二 捕虜になっちゃった椋梨さんの甥っこ村岡伊助さんの申立て https://t.co/jQUoRzA3aa 次のページのこれ、10秒くらい悩んだ>高橋真作
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薩長商社計画と坂本龍馬 : 坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本)
五代くんと渡辺昇の接点ぐぐってたらこのようなものに行き当たった。五代くんが持ちかけた商社計画に関して、木戸さんが昇をパシッている/CiNii 論文-薩長商社計画と坂本龍馬:坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本) https://t.co/YwOaOalKLK
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木戸孝允日記
http://t.co/dZAlEcBCCs 木戸日記の明治9年3月2日に多田荘蔵の名前が出てた。晩年アレみたいな記述をどっかで見たんだけど、生きてたんだ多田さん。
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