- 著者
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上田 周平
鈴木 重行
片上 智江
水野 雅康
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.B4P3075, 2010 (Released:2010-05-25)
【目的】頭頚部の運動は環椎後頭関節を中心とする頭部の運動と下位頚椎を中心とする頚部の運動から規定される(Hislop H.J.2002)。頭頚部のアライメントの相違は咽頭、喉頭などに形態的差異をもたらし嚥下機能に密接に関与すると報告されている。しかし、頭頚部の関節可動域(以下ROM)を頭部と頚部に分け嚥下機能との関連性を検討した報告はみられない。そこで本研究は頭頚部のROMを頭部屈曲と複合(頭部+頚部)屈曲の2つに区分し、それらのROMが嚥下障害に関連して生じる誤嚥性肺炎に関与するかを検証することを目的とした。【方法】2施設の介護老人福祉施設に入所中の高齢者50名(男性12名,女性38名,平均年齢85.8±6.9歳)を誤嚥性肺炎の既往の有無にて2群(誤嚥性肺炎あり群21名,なし群29名)に分類し、2群間で頭部屈曲と複合屈曲のROMを比較した。また群間のプロフィール比較として年齢、性別、更にその他の頭頚部機能として舌骨上筋機能グレード(以下GSグレード)、相対的喉頭位置(吉田.2003)を比較した。ROMの測定肢位はベッド上臥位とし、他動運動にて最大角度と可動範囲を測定した。頭部屈曲の最大角度は外耳孔を通る床からの垂直線と外眼角と外耳孔を結ぶ線とのなす角(A角)の最大値、可動範囲は最大角度に開始肢位でのA角を加えた角度とした。複合屈曲の最大角度は肩峰を通る床との平行線と肩峰と外耳孔とを結ぶ線とのなす角(B角)の最大値、可動範囲は最大角度から開始肢位でのB角を引いた角度とした。測定にはデジタルカメラを用い、カメラが被検者と平行になるように三脚に固定して3回撮影を行った。その後データをPCに取り込み画像解析ソフトImage J(NIH)を用いて角度を算出し、得られた角度の3回の平均値を採用した。また健常人10名(平均年齢33.6±10.5歳)を対象に上記測定方法の信頼性の検討も合わせて行った。統計学的手法は対応のないt検定、Mann-Whitney検定を用い、危険率5%未満を有意水準とした。【説明と同意】対象者またはその家族には研究の主旨を十分に説明し、研究に参加することへの同意を得た。また本研究は当院の倫理委員会の承認を受けて行った。【結果】群間プロフィールには差を認めなかった。またGSグレード、相対的喉頭位置においても両群で差はなかった。ROM測定の信頼性はICC(1.3)で頭部屈曲は最大角度0.98,可動範囲0.98,複合屈曲は最大角度0.94,可動範囲0.97であった。得られたROMは誤嚥性肺炎あり群では頭部屈曲は最大角度1.2°±14.0°,可動範囲20.7°±8.7°,複合屈曲は最大角度59.9°±16.3°,可動範囲52.5°±16.5°,なし群では頭部屈曲は最大角度9.4°±14.2°,可動範囲18.8°±8.9°,複合屈曲は最大角度62.7°±16.8°,可動範囲45.3°±16.1°であり両群間で差を認めたのは頭部屈曲最大角度のみであった(p<0.05)。【考察】頭頚部機能の1つとして比較したGSグレード、相対的喉頭位置に差がなかったのは、吉田らは加齢による影響で甲状軟骨と胸骨間が短縮することで喉頭位置が下降すると報告しており、今回の対象者が高齢かつ施設入所中のADLの低い者であったためではないかと推察される。頚部のROM測定には1995年に日本整形外科学会と日本リハビリテーション医学会が改定した方法が用いられるが、その方法は頭部と頚部を併せた複合屈曲での測定となっている。しかし、今回の調査では誤嚥性肺炎の有無で複合屈曲に差はなく頭部屈曲最大角度に差を認めた。また頭部屈曲の可動範囲には差を認めなかった。これらのことから誤嚥性肺炎あり群はなし群と比較し安静時に頭部が伸展位となっていることと、摂食時にchin down肢位が取りづらい状態であることが推察され、ROMの観点からも嚥下機能において不利益な状態を呈していることが確認された。今回の群分け方法では誤嚥性肺炎前にROM制限を生じたのか、誤嚥性肺炎後に2次的に制限を生じたのかは明らかでないが、嚥下機能の検査測定項目の1つである頭頚部のROM測定においては頭部と頚部の区分が必要であり、またその治療においても頭部と頚部を区分した介入、特に頭部屈曲に対する介入の必要性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】嚥下障害患者のROM測定において頭部屈曲を測定する必要性が認められた。今回の測定方法は更なる解剖学的検討、検者間信頼性の検討が必要ではあるが、検者内信頼性は高い結果であった。嚥下分野での理学療法士の関与は十分とはいえない。しかし今回の頭頚部の関節可動域1つをとっても我々が果たせる役割は大きく、今後の更なる積極的な介入や研究が望まれる。