著者
小林 隆人 谷本 丈夫 北原 正彦
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.1-12, 2004-06-30
被引用文献数
1

オオムラサキ(鱗翅目,タテハチョウ科)の保護を目的とした森林管理手法の確立に必要な資料を得るため,面積の広い森林が連続的に分布する栃木県真岡市下篭谷地区と都市化が進んで面積が狭い森林がパッチ状に分布する伊勢崎地区において,森林群落のタイプとその面積,寄主植物であるエノキの本数,エノキの根元で越冬する本種の幼虫の個体数,夏季における成虫の目撃個体数を調査した.両地区とも,アカマツ-クリ・コナラ林およびクヌギ,コナラ,針葉樹,タケの人工林などがパッチ状に分布し,アカマツ-クリ・コナラ林の面積率が最も高かった.本種の寄主植物であるエノキの母樹(樹高2m以上)は,森林地帯,農家の屋敷地,荒地に小集団で存在した.母樹の本数は両地区ともアカマツ-クリ・コナラ林で最も多く,他の森林群落および土地利用では少なかった.地区別の本数は下篭谷地区と比べて,伊勢崎では顕著に多かった.当年,1年生など発芽して間もないエノキの椎樹は,森林の部分的な伐採から1年ほど経た比較的新しい林縁部に見られた.下篭谷では,胸高直径が15cm以上25cm未満のエノキにおける本種の越冬幼虫の個体数が,他のサイズのエノキよりも有意に多くなったが,伊勢崎では幼虫個体数はエノキのサイズの間で有意に異ならなかった.一方,木の周囲の森林および落葉広葉樹二次林の面積と越冬幼虫の個体数との間には,両地区とも有意な正の相関が認められた.成虫の確認個体数は下篭谷地区で多く,成虫の多くはクヌギ林およびその付近で確認された.以上の結果から,落葉広葉樹二次林に対して土地利用の変換を伴う部分的な伐採を行うことは,エノキの密度を増加させる反面,本種の越冬幼虫や成虫の密度を減少させることが示唆された.このような両者の相反する生息条件を満たすには,クヌギ林とエノキが備わったある広さの落葉広葉樹二次林を伐期が異なる小班に区分することが必要である.
著者
吉田 洋 新津 健 北原 正彦
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第27回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.98, 2011 (Released:2011-10-08)

長らくの間、富士山はニホンザル(Macaca fuscata:以下「サル」と称す)が生息しない分布空白地域とされ、その理由として地形がなだらかであることや、川がないからと説明されてきた。しかし現在ニホンオオカミ(Canis lupus)のような地上性の天敵のいないサルにとって、急峻な岩場や斜面が生息の必須条件とは考えにくく、植物質中心の雑食動物であるサルが、年間平均降水量が1,500mm~2,800mmもある富士山麓において、生存に必要な水分を摂取できないとは考えにくい。そこで本研究では、サルの分布を現在の自然環境要因のみでなく、分布の歴史的変遷とそれをとりまく人間の社会環境を要因に加えてとらえなおすことにより、今後のサルの保護管理に資することを目的とした。1735年~1738年頃に成立した「享保・元文諸国産物帳」には、駿河国駿東郡御廚領の産物として「猿」との記載があり、宝永大噴火(1707年)で少なからず損傷を受けたサル個体群が、約30年間後には産物帳に記載されるほど回復していたと考える。このことは御廚地方の周辺に、御廚地方への供給源となった大きなサルの個体群が存在していたことを示唆している。さらに1923年に東北帝国大学が実施した「全国ニホンザル生息状況アンケート調査」によると、静岡県富士市中里付近に少数の個体の目撃情報があり、静岡県富士宮市上井出付近には、「十数年前までは多数棲息していたが現今はその姿はない」と記載されている。これらのことは、富士山に生息していたサルの個体群が、江戸時代から大正時代にかけて大きく縮小し、明治時代後期はその縮小のさなかであったことを示唆している。さらに環境省自然環境局生物多様性センター(2004)によると、1978年の調査時には富士山にサルは分布していなかったが、2003年の調査時には富士山南斜面にサルの分布が確認されている。これは、1978年に生息が確認されていた愛鷹連峰の個体群が、北方に分布域を拡大し、富士山南斜面に移入しためと考える。以上のことから富士山においてサルは、近世以前には少なからず生息していたが、明治・大正時代にかけて絶滅し、近年は外輪山地の個体群からの移入により再び分布域を拡大していると考える。今後もし今の社会情勢が大きく変化しなければ、サルは分布を拡大し続け、水平方向では富士山の全周に、垂直方向では積雪期には冷温帯落葉樹林の上限である標高1,600mまで、非積雪期には森林限界である標高2,850mよりも高く、分布が拡大すると予測する。
著者
久保 満佐子 小林 隆人 北原 正彦 林 敦子
出版者
植生学会
雑誌
植生学会誌 (ISSN:13422448)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.49-62, 2011
参考文献数
47
被引用文献数
1

1.草原性のチョウ類が多く生息する富士山麓の上ノ原草原において,人為的管理が出現植物の種組成,吸蜜植物の開花,チョウ類の種組成に与える影響を調べ,チョウ類の多様性を維持する草原の管理方法を提案した.<BR>2.上ノ原草原にある1)草刈り後に草を持ち出している防火帯(防火帯),2)草刈り後に草を放置している植栽地(草刈地),3)草刈り後に草を放置している未舗装作業道路(道),4)管理放棄後3年以上経過した草原(放棄草原),5)クロツバラが優占する低木疎林(低木林)の5つの環境を調査地として,各調査地で出現植物の種組成と吸密植物の開花数,チョウ類の種組成を調べた.<BR>3.出現した植物および開花した吸蜜植物の種組成について二元指標種分析を行った結果,両種組成は,第一に植生構造の違いにより低木林に対してその他の調査地に区分され,次に管理方法の違いにより防火帯に対して草刈地と道,放棄草原に区分された.開花した吸蜜植物の種組成における指標種は,防火帯が7月,草刈地と道,放棄草原が8月と9月を中心に開花する種であった.開花数は,管理が行われている調査地で放棄草原や低木林より多い傾向があった.<BR>4.チョウ類の種組成について二元指標種分析を行った結果,防火帯に対してその他の調査地で区分された.防火帯のチョウ類の指標種は7月に発生する種であり,吸蜜植物における指標種の開花季節と一致した.<BR>5.本草原では,季節を通して吸蜜植物の開花があり,発生時期の異なるチョウ類が生息していることが特徴であった.さらに,低木林は,草原とは異なる遷移段階に依存するチョウ類の食樹であり,これらの種の主要な発生源となっている可能性があった.このため,本草原のチョウ類群集を維持するためには,草原の中で管理方法や植生構造の違いを含む植物群落の多様性を維持する管理の工夫が必要であると考えられた.
著者
吉田 洋 林 進 北原 正彦 藤園 藍
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.52, pp.430, 2005

本研究は,山梨県富士北麓地域に生息するニホンザル(<i>Macaca fuscata</i>)1群を対象に,ラジオテレメトリーと,GPSテレメトリーから得られるデータの特性を把握することを目的とした.調査はまず,対象群のニホンザルメス2頭を箱罠で捕獲し,1頭にVHF発信器(ATS-8C, Advanced Telemetry System, USA),1頭にGPS発信器(Collar120, Televilt, Sweden)を装着して放逐した.ラジオテレメトリーは週3-4回,日中に実施し,GPS発信器は週4回,午後0時に測位するように設定した.今回用いたGPSの測位精度は,3Dで±15m以内(90%)である.調査は,2003年12月から2004年5月に実施した.<br>調査の結果,測位成功率はラジオテレメトリーが100%(n=66),GPSが77.2%(n=92,うち3D以上が50.0%,2Dが39.8%)であった.月毎にみると,GPSの測位成功率に大きな変動はないものの,3D以上の割合が4月から低下し,逆に2Dの割合が増加した.この結果は,落葉樹の開葉と,ニホンザルの耕作地および遊休農地の利用の減少からもたらされた可能性がある.さらに,固定カーネル法で行動圏面積(95%)とコアエリア面積(50%)を求めたところ,ラジオテレメトリーではそれぞれ13.1km<sup>2</sup>,2.8km<sup>2</sup>,GPSではそれぞれ17.6km<sup>2</sup>,2.2km<sup>2</sup>と,GPSで得たデータのほうが,行動圏面積は大きく,コアエリアの面積は小さく算出された.この結果から,ラジオテレメトリーでは測位が難しい場所でも,GPSでは測位できること,地形が急峻な場所では,GPSが測位し難いことが影響している可能性があるといえる.
著者
北原 正彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.29-39, 1996-03-15 (Released:2017-08-10)
参考文献数
24
被引用文献数
3

A local adult population of the nymphalid butterfly, Brenthis daphne rabdia (Butler), was studied by the mark-release-recapture method in a grassland at the foot of Mt Kayagatake in central Japan, in June and July, 1985. The number of adults captured and marked during the study period was 36 for males and 22 for females. The average number of recaptures among each research day in all recaptured adults was l for males and 1.6 for females. The rate of recapture throughout the study period was 11.1% and 45.5% for males and females, respectively. The maximum longevity observed was 21 days for males and 19 days for females. The present results suggest that dispersibility was higher in males than in females, while females showed a tendency to be sedentary. The causes of the differences in the mobility and dispersal patterns between males and females are discussed in the light of the distribution patterns of larval hostplants and adult nectar plants, and the emergence site of females.
著者
北原 正彦 入來 正躬 清水 剛
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.253-264, 2001-09-30 (Released:2017-08-10)
参考文献数
24
被引用文献数
3

To examine the relationships between the northward distributional expansion of the great mormon butterfly, Papilio memnon Linnaeus, and climatic warming in Japan, we analyzed a data set on temperatures near the northern range limit of the species for the past ca 60 years from the year 1940 until 1998. Within the distributional range of the species in southwestern Japan in the year 2000, a significant increase in temperature (i.e., climatic warming) occurred and a significant increase in the latitude of the northern range margins was detected during the period analyzed. That is, the latitude of northern range margins in the species increased with the increasing mean temperature of the coldest month and annual mean temperature in southwestern Japan. Thus, it is suggested that climatic warming as a major external factor may have played an important role in its northward expansion. The averages of annual mean temperatures and mean temperatures of the coldest month near the northern range margins were 15.46℃ and 4.51℃, respectively. Our analysis also suggested that there were different types of northward range expansion patterns of the species. We discuss the patterns mainly from the point of external factors.
著者
永田 斉寿 飯塚 日向子 北原 正彦
出版者
日本環境動物昆虫学会
雑誌
環動昆 (ISSN:09154698)
巻号頁・発行日
vol.17, no.4, pp.153-165, 2006-12-15
被引用文献数
2

2004年4月から2005年11月まで,福島県いわき市の3地域において,トランセクト法によるチョウ類調査を行った.調査の結果,石森山では7科54種1348個体,水石山では8科49種1416個体,仏具山では8科56種1080個体のチョウ類が確認された.3地域全体では8科69種3844個体が確認された.この中で環境省(2000)のレッドリストの準絶滅危惧2種を確認できた.また,分布地域を北東方向に拡大しているツマグロヒョウモン,アオスジアゲハ,モンキアゲハ,ウラギンシジミ,ムラサキシジミなども確認された.3地域全体を込みにしたいわき市の優占種構成は,関東北部地域のそれと類似しており,両地域間で似たような群集構成を持っていることが示唆された.一方,3地域間の比較では,最大種数(56種)は仏具山で確認されたが,森林性スペシヤリストの種数は石森山で最大であった(11種).水石山は確認種数は最も少なかった(49種)が,3地域の中では,草原性種の平均密度が最も高く,森林性種のそれを上回っていた.以上の3地域間の群集構造の違いは,各々の地域の人為的撹乱度の違い,環境構造や植生の違いなどが主に影響しているものと考えられた.3地域の環境評価段階は各評価指数によって違いが認められたものの,3地域共に中自然〜多自然,もしくは二次段階から原始段階の中に収まることが分かり,調査した3地域は都市の近郊に位置しているものの,チョウ類群集にとっては比較的良好な生息環境が維持・提供されているものと判断された.
著者
小林 隆人 北原 正彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.201-212, 2005-06-20

ゴマダラチョウとオオムラサキは同じ寄主植物を利用し, 寄主植物の根元で越冬するなど似たような生活環を持つチョウである.本研究では, これら2種について, 越冬幼虫の密度と様々な環境要素との関係を, 落葉広葉樹二次林(以下, 二次林)の断片化が進んでいる都市部と二次林が広く残存する都市郊外において調べた.オオムラサキの幼虫の密度は都市部よりも郊外において有意に高かったのに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は郊外と都市部の間で有意な差がなかった.調査地と種を独立変数とした二元配置の分散分析の結果から, オオムラサキは都市化による二次林の減少に敏感であるのに対し, ゴマダラチョウはオオムラサキよりも二次林の減少への適応力が優れているなど, この2種は互いに異なる生活史戦略を持っていると思われた.寄主植物周囲の森林および二次林の面積とオオムラサキの幼虫の密度の間には都市と郊外の双方において正の相関が認められた.これに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は木の周囲の森林や二次林の面積とは有意な相関がなかった.オオムラサキの幼虫の密度が周囲の二次林の面積の減少とともに低下したことには, 二次林面積の減少によって雌成虫による産みつけられる卵の密度が低下したこと, もしくは若齢あるいは中齢幼虫の死亡率が高くなったことが関係していると思われる.一方, ゴマダラチョウの幼虫の密度と周囲の二次林面積との間に有意な相関が見られなかった理由の一つは, 雌成虫が周囲の二次林面積に関係なく餌植物に産卵を行っていたことと思われる.この他に, 幼虫の死亡要因がオオムラサキと異なっていて, 死亡率が周囲の二次林面積に関連しないことも考えられる.本研究により, 両種が日本において地理的にはある程度共存するものの, 局所的には分布地域が異なる原因を明らかにするために有効な手掛かりが得られた.
著者
小林 隆人 北原 正彦
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.201-212, 2005
参考文献数
14

ゴマダラチョウとオオムラサキは同じ寄主植物を利用し, 寄主植物の根元で越冬するなど似たような生活環を持つチョウである.本研究では, これら2種について, 越冬幼虫の密度と様々な環境要素との関係を, 落葉広葉樹二次林(以下, 二次林)の断片化が進んでいる都市部と二次林が広く残存する都市郊外において調べた.オオムラサキの幼虫の密度は都市部よりも郊外において有意に高かったのに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は郊外と都市部の間で有意な差がなかった.調査地と種を独立変数とした二元配置の分散分析の結果から, オオムラサキは都市化による二次林の減少に敏感であるのに対し, ゴマダラチョウはオオムラサキよりも二次林の減少への適応力が優れているなど, この2種は互いに異なる生活史戦略を持っていると思われた.寄主植物周囲の森林および二次林の面積とオオムラサキの幼虫の密度の間には都市と郊外の双方において正の相関が認められた.これに対し, ゴマダラチョウの幼虫の密度は木の周囲の森林や二次林の面積とは有意な相関がなかった.オオムラサキの幼虫の密度が周囲の二次林の面積の減少とともに低下したことには, 二次林面積の減少によって雌成虫による産みつけられる卵の密度が低下したこと, もしくは若齢あるいは中齢幼虫の死亡率が高くなったことが関係していると思われる.一方, ゴマダラチョウの幼虫の密度と周囲の二次林面積との間に有意な相関が見られなかった理由の一つは, 雌成虫が周囲の二次林面積に関係なく餌植物に産卵を行っていたことと思われる.この他に, 幼虫の死亡要因がオオムラサキと異なっていて, 死亡率が周囲の二次林面積に関連しないことも考えられる.本研究により, 両種が日本において地理的にはある程度共存するものの, 局所的には分布地域が異なる原因を明らかにするために有効な手掛かりが得られた.
著者
小林 隆人 北原 正彦 中静 透
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.152-160, 2009-03-30

オオムラサキの個体群を保全する目的で餌植物の植林を行う際の効果的な植林方法を明らかにするため,本種の保護を目的としてクヌギとエノキが交互に列状に植林された場所とその周囲の天然林で,エノキとクヌギの密度・大きさ,オオムラサキ幼虫の木当たり密度を調べた.植林区林内では枯死したエノキがある程度見られたが,クヌギの枯死は見られなかった.植林区のエノキのdbh(胸高直径)は周囲の天然林のエノキよりも有意に小さかった.しかし,植林区の林縁のエノキに限っては,dbhは林内のエノキよりも大きく,周囲の天然林のエノキと差がなかった.周囲の天然林においても,林縁のエノキのdbhは林内のエノキよりも大きかった.植林区のエノキにおける木当たり幼虫数は天然林よりも有意に少なかった.植林区でも周囲の天然林でも木当たり幼虫数は林内よりも林縁で有意に多かった.ただし,植林区の林縁のエノキにおける木当たり幼虫数は天然林の木当たり幼虫数と有意に異ならなかった.本種を保護するには植林予定地の内部にクヌギを,林縁にエノキを植えるべきである.