- 著者
-
古田 智久
- 出版者
- 科学基礎論学会
- 雑誌
- 科学基礎論研究 (ISSN:00227668)
- 巻号頁・発行日
- vol.25, no.2, pp.83-88, 1998-03-31 (Released:2010-05-07)
- 参考文献数
- 23
クワインが『ことばと対象』において提起した翻訳の不確定性テーゼをめぐっては, そのテーゼについてのクワイン自身の説明が決して十分なものではなかったこともあり, 様々な解釈の下に多数の検討・批判論文が著されてきた。本論文の目的は, 定った解釈が確立されているとは言い難い状況にある翻訳の不確定性テーゼの主張内容を見極めることである。本論文での議論の進め方としては, 翻訳の不確定性テーゼの内容を説明する際にクワインが言及する, (1)証拠と翻訳マニュアルとの結び付きが緩いこと, (2)複数の翻訳マニュアルが存在しうること, (3)事の真相がないこと, という三つの特徴の各々を検討することにより, クワインがそれぞれの特徴によって意図していることを明らかにしながら, 翻訳の不確定性テーゼの核心に迫るという手法が採られる。本論文の考察によって, 翻訳の不確定性が, 専ら〈証拠と翻訳マニュアルとの結び付きの緩さ〉という認識論的な特徴によって説明され, 〈事の真相がない〉という存在論的な特徴によって科学理論の決定不全性と区別されること, そして, 上述の〈複数の翻訳マニュアルが存在しうる〉という特徴は, 〈実際問題として複数の翻訳マニュアルが存在する〉という主張ではなく, むしろ〈証拠と翻訳マニュアルとの結び付きの緩さ〉という認識論的な特徴から導かれる副次的なものであることが確認される。