著者
川田 和正 大西 宗博 佐古 崇志 瀧田 正人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.3, pp.155-160, 2022-03-04 (Released:2022-04-05)
参考文献数
29

宇宙線は宇宙から等方的にやって来る陽子を主成分とする高エネルギーの原子核である.1912年の宇宙線発見以来,そのエネルギースペクトルは10桁以上にわたり観測されてきたが,その起源,加速機構や伝播など多くの謎が残されている.宇宙線スペクトルは冪関数で表されるが,最も顕著な特徴は4 PeV(=4,000 TeV)付近の折れ曲がりであり,そのエネルギー以上で宇宙線フラックスの減少割合が高くなる.この観測結果から,少なくともPeV付近までの宇宙線は銀河系内の天体,例えば超新星残骸で加速されていると考えられてきた.しかし,宇宙線をPeV付近に加速できる「ペバトロン」と名付けられた天体の探索が長年続けられてきたが,そのような天体の正体はいまだ不明である.荷電粒子である宇宙線は銀河磁場によって曲げられ到来方向を失うため起源の特定は難しいが,直進するガンマ線はそれを可能にする.PeV宇宙線は起源天体近くの分子雲と衝突すると,宇宙線エネルギーの約10%(=100 TeV)をもつガンマ線を放射するため,100 TeV以上のガンマ線観測はペバトロン特定の強力な手段となる.しかし,これまでに実験的に知られている銀河系内天体における宇宙線の加速限界は,超新星残骸のガンマ線観測から0.01 PeV程度であり,ペバトロンの加速エネルギーには全く達していない.Tibet ASγ実験は,中国チベット自治区の高原(標高4,300 m)に設置された空気シャワー観測装置により広視野で宇宙線・ガンマ線の観測を行っている.高エネルギーガンマ線(または宇宙線)は,大気中で「空気シャワー」と呼ばれる粒子カスケードを起こし,シャワー状に粒子が地上に降り注ぐ.この空気シャワー中の粒子を,多数の粒子検出器からなる空気シャワー観測装置で捉え,元のガンマ線のエネルギーと到来方向を決定する.また,ガンマ線信号に対して雑音となる宇宙線を排除するために,空気シャワーに含まれるミューオンを利用する.空気シャワー中に含まれるミューオン数を測定するために,ミューオン以外の粒子が十分吸収される地下に,約3,400 m2の水チェレンコフ型ミューオン観測装置が建設された.ガンマ線起源の空気シャワー中のミューオン数は,宇宙線起源のそれと比べて極端に少ないため,ガンマ線と宇宙線の選別が高精度で可能になった.これにより,100 TeV以上で宇宙線雑音を1,000分の1に減らすことに成功し,超新星残骸/パルサー星雲である「かに星雲」から世界で初めて100 TeVを超えるガンマ線を統計的有意に観測した.ガンマ線の最高エネルギーは450 TeVにも達し,当時観測史上最も高いエネルギーのガンマ線の検出に成功した.これは,PeV近くまで加速された電子が低エネルギーの光子を叩き上げる逆コンプトン散乱によってガンマ線が放射されていると考えて矛盾がなく,宇宙線の起源とは言えなかった.しかしその後,超新星残骸「G106.3+2.7」と分子雲の方向が重なる場所からも100 TeVを超えるガンマ線の観測に成功した.これは,PeV宇宙線が分子雲と衝突して発生した中性パイ中間子の崩壊を通してガンマ線が発生したと考えるのが自然であり,ペバトロンの有力な候補の発見となった.
著者
川田 和正
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

当該研究課題では、中国チベット自治区羊八井(ヤンパーチン、標高4300m)に設置されているチベット空気シャワー観測装置の地下2.5mに大面積の地下プールから成る「水チェレンコフ型ミューオン観測装置」を新たに設置し、超高エネルギー(VHE=Very High Energy)ガンマ線に対するバックグラウンドノイズを大幅に低減して感度を劇的に向上させる計画である。そして、この新しい観測装置を用いて我々の住む天の川銀河からのVHE宇宙ガンマ線を、超低ノイズ・広視野という利点を生かし世界で初めて観測することを目指す。前年度迄に、合計で約四千平米の地下ミューオン観測装置の躯体の建設が完了している。当該年度においては、完成したミューオン観測装置への20インチ光電子増倍管(PMT)等の観測設備のインストール及び建設のため撤去されていた地上部分の空気シャワーアレイ検出器の回復作業を行った。今年度の5月から、空気シャワーアレイの回復を行い、その後、プール内壁への防水材の塗装及び高反射素材(タイベックシート)の接着を行った。また、光センサーである20インチPMTを地下ミューオン観測装置内にインストールし、データ収集装置の調整を行った。さらに、約100平米のミューオン観測装置のデータを用いて、ガンマ線と宇宙線バックグラウンドノイズを区別し、銀河面からの200TeV以上のガンマ線の探索を行った。約80%のガンマ線信号を残しつつ約90%の宇宙線バックグラウンド除去に成功した。その結果、有意なガンマ線信号は見つからなかったが、銀河面からの拡散ガンマ線に対する上限値を得た。この結果は2011年に北京で開催された宇宙線国際会議(ICRC)で発表された。