著者
平川 秀幸
出版者
科学基礎論学会
雑誌
科学基礎論研究 (ISSN:00227668)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.59-65, 1997-03-31 (Released:2010-05-07)
参考文献数
15

ガストン・バシュラールの科学論 (épistémologie) の重要な特徴の一つは, 「科学的精神の心理学」とも自称しているように, 合理的で客観的と言われる科学的活動を, 探究者たちの個人的・間主観的な心理的内実への分析を通じて説明していることである。ところで客観性を心理的なものに結び付ける仕方は一般に「心理学主義」と呼ばれ, 特に英米系の形式論理学的な科学哲学の伝統では否定的に評価されることが多い。何故ならそれが, 論理学的法則を経験的で偶然的でしかない心理学的法則に還元することによって, 科学の合理性や客観性を揺るがすと考えられるからだ。同様の批判はバシュラールに対してもあり, 例えばCanguilhemは次のように危惧を表明している。「科学の進歩の条件を認識論的障害の精神分析の中に見出そうとすることは, 科学が客観性を要求するという点において, その権威を失墜させないだろうか」1。またGuttingは, 「間主観性の心理学によって知の客観性を保証する」 (RA, 12) というバシュラールのアプローチを「科学的正当化や科学的客観性についての合意説」として解釈しながら, それが「科学的客観性の基盤」の説明として不十分であると批判している2。しかしこの点で興味深いのは, そうした批判を顧慮しながらもバシュラールが, 自らのそれは「心理学主義と非心理学主義の弁証法」(ibid) 乃至「脱心理学化の心理学」(ibid, 27) なのだと言って, それと所謂心理学主義との差異を強調しつつ, 形式論理学的な立場を逆批判していることである。「論理主義が目指す知の論理的基礎の探究は, 合理主義が包摂する知の科学論的研究を汲み尽くせない」(ibid, 18), 「方法を機械的なものにしようとしたのは形式主義の知識論的誤謬である」(ibid, 25) 。では, バシュラールのこのような形式論理学的科学哲学への批判と, 「脱心理学化の心理学」という意味での〈心理学主義〉の擁護は, 一体どのように理解されたらよいのだろうか。一見それは, 客観性の基礎を形式論理学的科学哲学が論理的なものに求めたのに対し, 単に心理的なものを再定立させているようにも見える。換言すれば, 両者は客観性の「保証」や「基礎」という観念について一定の了解を共有しながら,「客観性の基礎とは何か」なる問いへの相異なる答えとして対立しているのだということだ。しかし本稿で提示したい解釈は, これとは別のものである。即ちバシュラールにおいて第一に問われるべきは「彼において『客観性の保証』とはそもそも如何なることか」という問題なのであり, 彼における「論理学対心理学」の対立構図の根底には, 科学やその客観性について, 一般的なそれとは根本的に異なる見方が潜んでいるのではないかということである。本稿の課題は, このような問題観点からバシュラールの客観性概念を検討し, 彼の〈心理学主義〉は, 彼独特の問題機制とそれに伴う客観性概念に基づいて必然的に要求されるものであり, しかも形式論理学的科学哲学からの批判をも退け得る積極的な主張であることを示すことにある。
著者
小林 傳司 山脇 直司 木原 英逸 藤垣 裕子 平川 秀幸 横山 輝雄 副田 隆重 服部 裕幸 沢登 文治
出版者
南山大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002 (Released:2002-04-01)

現代社会における科学技術が、知的、物質的威力としてのみではなく、権力や権威を伴う政治的威力として機能していることの分析を行い、科学者共同体において確保される知的「正当性」と、科学技術が関連する社会的意思決定において科学知識が果たす「正統性」提供機能の錯綜した関係を解明し、論文集を出版した。また、このような状況における科学技術のガバナンスのあり方として、科学技術の専門家や行政関係者のみならず、広く一般人を含む多様なステークホルダーの参加の元での合意形成や意思決定様式の可能性を探求した。特に、科学者共同体内部で作動する合意形成様式の社会学的分析に関する著作、幅広いステークホルダー参加の元手の合意形成の試みのひとつであるコンセンサス会議の分析に関する著作が、その成果である。さらに具体的な事例分析のために、参加型のテクノロジーアセスメントにおける多様な試みを集約するワークショップを開催し、現状の成果と今後の課題を明らかにした。課題としては、全国的なテーマと地域的なテーマで参加手法はどういう違いがあるべきか、参加型手法の成果を政策決定とどのように接続する課などである。同時に、「もんじゅ裁判」を事例に、科学技術的思考と法的思考、そして一般市民の視点のずれと相克を記述分析し、社会的紛争処理一般にかかわる問題点や課題を明らかにした。本研究の結果到達した結論は、人々の現在及び将来の生活に大きな影響を与える科学技術のあり方に関しては、政治的な捕捉と検討という意味での公共的討議が必要であり、そのための社会的仕組みを構想していく必要があるということである。こういった活動の成果は、最終年度にパリで開催された4S(Society for Social Studies of Science)国際大会でセッションを組んで報告された。