- 著者
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床呂 郁哉
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 民族學研究 (ISSN:24240508)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.1, pp.1-20, 1992-06-30 (Released:2018-03-27)
本稿はフィリピンのスールー諸島における海洋民社会についての歴史人類学的研究を目的としている。特に, この地域における歴史とエスニシティの動態を, 西欧側と現地側双方の多様な歴史表象や歴史の語りを通じて明らかにしてゆく。従来の民族誌において, スールー諸島の海洋民社会は, タウスグ族を頂点としバジャウ族を底辺とする民族間階層を成すものとして描かれてきた。本稿では, このようなエスニシティの編成が18世紀後半以降のスールー王国の王権の展開を通じて形成されてきたことを明らかにする。また次に, こうしたマクロな歴史過程は, 現地住民の多様な歴史の語りの中で表象されることを通じて, それを語る民族集団の意識やイデオロギーに応じて解釈され, 再定義されてゆく。こうしてエスニシティが歴史的に形成され, 歴史がそのエスニシティによって再編されてゆくという動態的過程がスールー社会において認められるのである。