著者
床呂 郁哉
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.1-20, 1992-06-30 (Released:2018-03-27)

本稿はフィリピンのスールー諸島における海洋民社会についての歴史人類学的研究を目的としている。特に, この地域における歴史とエスニシティの動態を, 西欧側と現地側双方の多様な歴史表象や歴史の語りを通じて明らかにしてゆく。従来の民族誌において, スールー諸島の海洋民社会は, タウスグ族を頂点としバジャウ族を底辺とする民族間階層を成すものとして描かれてきた。本稿では, このようなエスニシティの編成が18世紀後半以降のスールー王国の王権の展開を通じて形成されてきたことを明らかにする。また次に, こうしたマクロな歴史過程は, 現地住民の多様な歴史の語りの中で表象されることを通じて, それを語る民族集団の意識やイデオロギーに応じて解釈され, 再定義されてゆく。こうしてエスニシティが歴史的に形成され, 歴史がそのエスニシティによって再編されてゆくという動態的過程がスールー社会において認められるのである。
著者
宮崎 恒二 内堀 基光 床呂 郁哉 山下 晋司 清水 展 伊藤 眞 山下 晋司 石川 登 伊藤 眞 清水 展
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2005

本研究は、高齢者および退職者の海外への移動の実態を探ると共に、人口移動を、日本を含む地域間および世代間の相互循環および交換という視点から考察する可能性を追求するものである。文献資料調査ならびにマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、オーストラリアなどにおける、政府ならびに関連機関、長期滞在者ないし移住者である日本人、関連業者に対する面接・聴取調査の結果、5に示す学術成果を公開した。その大要は次の通りである。老後の医療・介護に対する不安から、国際移住は定住よりも長期滞在へとシフトしつつある。他方、メディカル・ツーリズムの拡大を含め、滞在先での医療・介護の可能性も開け、日本で最期を迎えることに拘泥しない考え方も見られるようになっている。海外での長期滞在の選択は、経済的には費用対効果という観点から、より豊かな、あるいはより困難の少ない生活を求めた結果である。他方、壮年時の海外生活ならびに海外旅行経験者の増加は、海外在住をライフスタイルの選択肢の一つと考える傾向が生じていることを示している。海外での長期滞在については、滞在先の政府・業者、日本国内の旅行業者などにより広報されており、「ゆったりとした第二の人生」というイメージを多用している。長期滞在者は、不動産投資を目的とする場合もあるが、多くは日本での多忙な生活との対照を強調し、家族、とりわけ夫婦の間の関係の再構築に言及することが多い。長期滞在の対象国は、家族構成・生活形態等の相違により大きく異なり、フィリピン、タイは単身男性が、バリは単身の女性が、そしてその他の地域では夫婦単位であることが多い。一般に、一部の日本語教育のボランティア活動等を除き、受け入れ社会との接触は最小限にとどまる。本研究により、人と空間の関係が固定的でなくなっており、移動がライフサイクルの一部として組み込まれつつあり、かつ家族の再編を促す兆候が示された。
著者
飯塚 正人 大塚 和夫 黒木 英充 酒井 啓子 近藤 信彰 床呂 郁哉 中田 考 新井 和広 山岸 智子
出版者
東京外国語大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

ムスリム(イスラーム教徒)を反米武装闘争(「テロ」)に駆り立ててきた/いる,ほとんど唯一の要因と思われる「イスラームフォビア(ムスリムへの迫害・攻撃)」意識の広範な浸透の実態とその要因,また「イスラームフォビア」として認識される具体的な事例は何かを地域毎に現地調査した。その結果,パレスチナ問題をはじめとする中東での紛争・戦争が世界中のムスリムに共通の被害者意識を与えていること,それゆえに反米武装闘争を自衛の戦いとして支持する者が多く,反イスラエル武装闘争を支持する者に至っては依然増加を続ける気配であることが明らかになった。